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書籍化作業が一区切りついたので短いですが更新再開
6/23 誤字修正
ゼパーネル邸で一泊した翌朝、俺は開門と同時に王城を出発し『大黒屋』へと戻った。
アーク王子の晩餐会までもう時間がない。マリーダ商会へシャフーワインを納め、男性参加者が用意するのが習わしだという祝いの品も考えなければならない。
この世界の王族へ献上するに値する品――正直、想像がつかない。やはり貴金属だろうか? それとも希少な食材? この世界の事を考えれば魔石――大魔力石……いやいや、さすがに『大黒屋』シュバルツが大魔力石を持っているのは不自然すぎる。
この世界に落ちて半年以上経過した。物の価値観はだいぶ判ってきたが、それはあくまでも一般市民の視点、もしくは冒険者や探索者としての視点でしかない。
アシュリーやバーグマン宰相に聞いておけばよかったと後悔しながらも、『大黒屋』の地下倉庫に転送魔法陣と模写魔法陣を敷設し、まずはVMBのガレージへと跳んだ。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
バーグマン宰相からの依頼を受け、魔の山脈で怪盗“猫柳”達を保護する事を決めた頃より、このガレージや個人ルームに来ることが殆ど出来ていなかった。
彼らの生活基盤として、コンチネンタルを出したままにしていたことが主な理由だが、移動用車両を同時に二台以上召喚できない制約ある以上、この不自由は致し方ないのかもしれない。
コンチネンタルのガレージに移動し、最高級ワインを取り出しては耐久値を回復。数度繰り返してシャフーワインの在庫を確保する。
次に個人ルームに移動し、ここでしか利用できないノートPCを起動し、インテリア家具やアバター衣装、ここでしか購入できない品々が並ぶSHOPを選択した。
様々な高級インテリア家具を見ていく――書棚、ソファー、家電製品、楽器、ベッド等々。種類もカテゴリーも豊富だが、向かうパーティーは誕生日を祝う席なのだ。結婚披露宴ではない、嫁入り道具の様な家具を贈るのは気が早いかもしれない。
誕生日会に必須と言えば……ケーキ? だが、SHOPに食材や食品はない。
VMBに空腹を感じるなどの状態変化ステータスは存在しない。FPSという対戦型シューターには必要がないからだ。
ならこの世界の食材で前の世界のケーキを再現しようにも、作り方はおろか材料すらよく判っていない。
しかし、前の世界の食べ物という視点は悪くない気がする。と思った瞬間、ノートPCのモニターに表示されている一つのバナーに目が行った。
“期間限定! スペシャルマテリアルBOX! 今月はウェディングフェア!”
……更新されている。
マテリアルBOXというのは、一言で言えば中身不明の福袋――ガチャとも言われていたが、限定デザインカラーの銃器や限定移動用車両などが最大で六個入っている。
スタンダートなタイプから月や季節限定のBOXも販売されており、CPによって購入する事ができた。
確か、以前このバナーを見た時は月限定の銃器BOXだったと記憶していたが、どのタイミングかわからないが更新されている。
もしやと思い、ブラウジング機能を立ち上げたが――“ERROR”
ノートPCが前の世界のネットと繋がっているわけではないようだ。ならばなぜ……。
答えに行き着くまでに掛かる時間はほんの僅かだった。この世界に落ちて、前の世界と連絡不能になっても、数度だけ受信可能状態になった事があった。
俺を迷宮の主の束縛から解放した何者かとメールで接触した時、そして俺をこの世界に落とした元凶――狂える邪神と交信した時だ。
あの僅かな時間でノートPCのラインナップが更新されたのだろう。そうとしか考えられない……。
前の世界との時間軸がどうなっているのかは判らない。この世界の暦に適応したのか、偶然にも一致したのか。とにかく、目の前にはウェディング関係のオブジェクトがランダム封入されたマテリアルBOXがある……。
買うしかない。
念のため、提供割合をチェックしてラインナップを確認しておく。マテリアルBOXに封入される銃器やオブジェクトアイテムにはレアリティーが設定され、その排出確立は非常に細かく設定されていた。
ラインナップは――ご祝儀袋から始まり、ウェディング衣装にウエディングカー、結婚指輪に個人ルームを結婚式会場に変化させる限定内装デザイン、教会タイプや披露宴会場タイプなど種類も豊富だ。
そして飾りつけ用アイテムの……あった。ウェディングケーキに披露宴料理セット、装花やキャンドルセット等々。
TSS経由のSHOPではアバター衣装の種類はキャラクターの性別に固定されている。性別を男性にしていれば、女性用は購入する事も見ることも出来ない。
だが、マテリアルBOXは違う。性別無関係で封入され、異性の衣装が出た場合、着る事ができないので他のプレイヤーとのトレード用とするのが常だった。
そして、料理関係は家具扱いのオブジェクトアイテム。ゲーム内では食べる事の出来ないデータの塊だったが、現実世界に適応した今のVMBシステムならば、食べる事が可能なのは間違いない。それはコンチネンタルから運び出したワインや調味料で実証済みだ。
しかし、ウェディングの主役とも言うべき結婚指輪を始め、ウェディングドレスやウェディングケーキのレアリティーは高い。
他にも花束型拳銃とか、クラッカー型グレネードとかのネタ銃器もあるが、やはり本命はケーキだろう。
料理は会場に用意されているはずだし、俺が急に披露宴料理を持ち込んでも受け入れてもらえないだろう。
だがウェディングケーキならば置いておくだけでも華になる。味は実際に当てて試食せねば何とも言えないが――この世界の菓子技術から考えるに、インパクトがあるのは間違いない。
坑道の迷宮討伐時に消費したCPは膨大だ。マリーダ商会にいって無属性魔石を大量に購入しなくては、今後の活動に支障が出る。
だが、まずはマテリアルBOXを回して贈り物を確保しよう。なぁに、たかがウェディングケーキだ――数回回せば、ポンッとでるだろう。
そうして俺は所持CPの半分を費やし、なんとかウェディングケーキを贈る用と試食用の二台手に入れた……。




