210
本日は二話連続更新しています。
209を未読の方はお気を付けください。
ラムトンワーム――全長三〇m、胴回りも直径三mはあるワーム型の迷宮の主。
こいつとの戦闘を開始してどれほどの時間がたっただろうか? 三十分か、1時間か、それ以上か……。
頭頂部を破壊しても、そこを切り捨てるように破棄して再び歯牙の並ぶ大口を再生させるラムトンワームに、俺は攻め手を失い、ただただその全長を僅かに縮めることぐらいしか出来ていなかった。
準備しておいた特殊手榴弾や予備マガジンは底をつき、最後に残ったのはPhaseRifleのエネルギー残量一〇〇。フルチャージショット一発分だけを残し、あとは近接武器であるグレネードアックスしか残っていない。
補給BOXを召喚して補充できればいいのだが、その召喚プロセスを理解したラムトンワームの妨害によって、補給困難な状況へと陥っていた。
最後の一発を無闇に撃つわけにもいかず、距離をとりながら支援兵器の召喚を試みるも、光の粒子が形作る前に妨害を受けて霧散してしまう。
遅い――遅すぎる!
VMBがゲームだったころは、遮蔽物に身を隠し、仲間の援護射撃の間に召喚を行うことを当たり前としていた。
だが、この世界では俺一人。ここまでは魔獣・亜人種との戦闘の合間で補給を行ってきたが、その行動の限界がこの大事な一戦で露呈してしまった。
俺の手数が減ったことに感づいたのか、ラムトンワームの動きがさらに加速して大口の歯牙が蠢く。
正面から飲み込むつもりか……。
補給BOX・支援兵器召喚は妨害できる――その当たり前の現実を、俺は今更ながら理解させられていた。
もっと早く、もっと早く! 俺が求めた瞬間にそこにあれ!
TSSのスクリーンモニターに映る画面が、今まで以上に高速でスクロールしていくが――遅い。
俺が求める早さはこんなものではない。
より早く――より正確に――FPSで撃ち勝つ為に、最も基本的で、最も重要なこと。画面に映る1ドットの敵を、0.1秒で反応し撃ち抜く。何千何万と繰り返してきたFPSプレイヤーとしての経験が訴えている。
もっと早くできると。
認識する意識の外側で物事を捉え、マウスを――トリガーを引く微動作を無意識的に行う。この根本的なプロセスは、この世界に落ちても決して変わりはしない。VMBというVRFPSが、ゲームシステムがこの世界に顕現しているのならば!
俺が求めるものが――。
「ココにアル」
そう呟いた瞬間、俺の手には未使用のエネルギーパックが握られていた。そして理解する。VMBのシステムと同化を続けているこの体が、また一歩先へと進んだ。
エネルギーパックを換装し、PhaseRifleのフルチャージショットを目の前に迫っていたラムトンワームの大口へ撃ち込む――その衝撃に、突撃が俺の真横へと逸れていく。
暴風と砂煙を巻き上げながら通過していくラムトンワームの巨躯に、そっと左手を添える。
その手に、僅かな光が瞬く。そして、巨躯が通過しきった後に俺の手の中にあったのは、レバーが付いた小さな四角い起爆装置。
そう――ラムトンワームの巨躯に一定間隔で張り付けた、C4爆弾を起爆させる起爆装置だ。
「コノ宴もそろそろ終わりにシヨウ」
レバーを引き、ラムトンワームの巨躯に張り付けられた数え切れないほどのC4が、爆音と共に一斉に爆発する。
一方向に並んで張り付けられた爆薬の勢いにより、ラントンワームの巨躯はブースターを付けたジェットの如く空中へと打ち上がった。
「Guoooooo!!」
巨躯を覆っていた岩の甲殻がボロボロと剥がれ落ち、ラムトンワームが体全体の黒い甲殻を晒す。
上空でのたうち回るように巨躯を暴れさせるラムトンワームを見上げる。今なら体全体がよく見える……。
巨躯の中央よりやや後ろ――人型で言うならば、へその下の丹田辺りだろうか。岩の甲殻に覆われている時には判らなかったが、そこだけが他と比べて膨らみ――そして赤みを帯びて鈍く光っていた。
「ソコか!」
表情を持たないヨーナのスケルトンフェイスが、今だけはひどく歪んで嗤っていただろう。ゆっくりと空を掴むように上げられた左手に――次の瞬間には、M202A1が展開状態で握られていた。
狙いは赤く光るラムトンワームの核。下降を始める巨躯の核へ正確にエイム――狙いをつけ、トリガーを引く。
巨躯の下降速度と66m焼夷ロケット弾の弾速を計算した偏差射撃が正確に核を捉えて着弾。
その爆発の勢いで再び浮き上がる動きもさらに計算し、二発目――三発目――四発目が次々に着弾していく。
轟音と爆炎を立ち上げながらラムトンワームが墜落する。玉座の間に大きな震動と砂煙が再び巻き起こり、俺の集音センサーには土を掘るような音も聞こえていた。
墜落と同時に土中へ逃げたか。だが、土中を掘り進む音はこちらへ近づいてきている。
ラムトンワームも俺の変化に気づいたのだろう。遠距離攻撃を受けずに接近し、この戦いを終わらせるつもりなのだ。
ならば、俺もフィナーレに相応しい最大の一撃で迎え討とう。狙うべき場所は判っているのだ。
岩の甲殻を再び纏っても無駄だ。
地中へと逃げようとしても無駄だ。
核を隠そうとしても無駄だ。
そこから引きずり出し、粉々に砕き、核を抉りだしてこの戦いに決着をつける。
土中を掘り進み、こちらへと近づいてくるラムトンワームへ向かって俺も走り出す。追随して視界に浮くスクリーンモニターの画面が次々に切り替わり、支援兵器の購入画面が映し出される。
確かここにあったはずだ。
最高級モーターホームのコンチネンタルと同様に、VMBのPvEモードでのみ操作できるステージオブジェクトカー。最高難易度のミッションを好成績でクリアした者だけが購入できる、性能度外視のコレクターアイテム。
あった――必要なCPは……一、十、百、千、万――億?!
実に俺が保有しているCPの八割近い額が、購入するために必要なCP消費額だった。前の世界でプレイし続けてきた三年間、そこにこの世界で儲けた資金で購入した無属性魔石をCPに変換し、倍額近い数値にまで貯めてきた。
その八割を要求されるほどの高額車両――VMBのゲーム内で見たことはないし、購入したという話も聞いたことがなかったが、ここまで高額だったか……。
購入の権利は手に入れていたが、車両自体には興味がないし使い道がなかったので確認していなかったが、これまでの商業活動がなければ、今この場で購入することは出来なかっただろう。
消費CP額にこそ驚いたが、購入をためらうことはない。資金はまだある、収入の当ても十二分にあるのだ。購入を決定し、ガレージへと切り替える。
そして前方へと大きくジャンプ。
これ以上の召喚プロレスはもはや必要ない。俺が求めれば、それはそこにある。
ジャンプした俺の周囲に数多の光の粒子が出現し、その輝きは荒れ果てた大地を照らし――次の瞬間、巨大な影が荒野を覆いつくした。
同時に、ラムトンワームが地上へと姿を現す――今まで以上に防御を重視した重装甲の甲殻をまとい、怒号の叫びと共に大地を吹き飛ばしながらうねりを上げそそり立つ。
「GuWoo――」
しかし、その怒号は目の前に鎮座する己よりも巨大な存在を認識して止まった。
俺が多額のCPを消費して購入したのは、世界最大の超大型建設機械Bagger293。
バケットホイールエクスカベーターと呼ばれるこの建設機械は、露天採掘や炭鉱で稼働する自走機械で、長いアームの先に巨大な採掘バケットを複数取り付けた巨大ホイールを持つ。
ホイールを回転させながら表土を削り、アームの中を通るベルトコンベアによって運ばれる。もちろん移動用車両なので、車体下部に並ぶ巨大なキャタピラによって自走することも出来る。
そしてこのBagger293は、人類史上最大の自走機械とも言われ、全長二二五m、全高九三m、総重量一四二〇〇トン。アームの先で回転するバケットホイールだけでも直径二一m以上もある。
これだけの超巨大自走機械だと、実際には分速一〇mほどしか出ないのだが、これはBagger293であってBagger293ではない。
VMBの仕様として操縦者一人ですべての操作が可能であり、アームの旋回速度、移動速度共に、ストレスを感じない程度には速く調整されている。
俺はすでにBagger293のアームに横付けされた操縦席――というよりも操縦室に座り、二本のコントロールスティックを握っている。
目の前にはラムトンワームの大口が困惑しているかのように蠢き、完全に動きが止まっていた。
そして、その隙を逃すほど俺はマヌケではない。
バケットホイールを回転させ、アームを旋回させてラムトンワームを横から殴り倒した。
乱暴な操縦の仕方と使い方だが、耐久値が存在するVMBの移動用車両たちには、細部の部分破壊といった概念は存在しない。
破壊判定が存在するタイヤやガラスなどには破損グラフィックが存在し、挙動に影響が出る場合もあるが、そこ以外はすべてパラメータ――耐久値などの数値で管理されている。
ワイヤーが切れたから――フレームが歪んだから――動かなくなる、などということはないのだ。
横から殴り倒されたラムトンワームは荒野を割るほどの勢いで叩きつけられ、新調したはずの重装甲の甲殻は粉々に砕け散っていた。
バケットホイールの回転速度を上げていき、まずは地中に逃げられないように頭頂部を押し潰す。
そのままバケットホイールで岩の甲殻の残骸と下の黒い甲殻を削り取っていき、頭頂部を圧し切った。
止まることなく低く響き渡るBagger293の駆動音に、ラムトンワームの叫び声が掻き消されていく。
ジタバタと暴れ始めた巨躯――ではないな、“たった”三〇mほどしかない胴体へとアームを旋回させ、バケットホイールを振り下ろす。
超重量の一撃は甲殻を突き破り、ホイールのバケットが肉に喰い込んだところで回転を止める。
ラムトンワームは胴体をいくら破壊し、切断しても、まるで金太郎飴のように大口の頭頂部を再生させる。こいつを斃すには、土中に隠している核を破壊するしかない。
その為にはまず――暴れる胴体を押さえつけながら、アームを旋回させて胴体全体を地上に引きずり出す。
核の位置は覚えていたが、引きずり出した胴体には隠す気もないマークが付いていた。そこを狙われたことに、相当な恐怖を感じたのだろう。
ここが大事な場所ですと言い表すかのように厚く覆われた下腹部は、逆に悪目立ちするほどに丸く膨らんでいた。
ムダなことを……。
初めて操作するBagger293だったが、まるで自分の手の指先を躍らせるかのように自然と操作することができていた。これもシステムと同化した影響なのだろう。
巨大なバケットホイールが暴れる胴体の核を寸分の狂いもなく打ち砕き、回転しながら厚い護りを削り取っていく。
ものの数秒でバケットは核に到達し、赤く光る大きな魔石を圧し砕いた。
その瞬間、ラムトンワームの胴体が雷に打たれたように微振動し、黒い煙を上げながら体全体が多孔質な灰色の石と変化し――風に舞い散る砂のように玉座の間から消え去った。




