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色々と忙しいので、更新優先で投稿
アンド微修正
現在位置は坑道の迷宮・地下二十八階。『ヨルム』を出発した後、俺は真っすぐに迷宮へと向かい、転送魔法陣を使って地下一〇階へと転移して下層へと進んだ。
地下二〇階の門番はコボルトの上位格、グロースコボルトアサシンだった。細身の長身でボロ布を巻き付けるように着た亜人種で、その大きな体躯からは想像できないほどに身軽で俊敏な門番だった――が、M84フラッシュバンから脚を撃ち抜き、その移動力を奪えばあとは楽だった。
そして現在地だ。地下二十五階から広がったフィールドダンジョン型の階層は、一言でいえば鉱山の坑道だ。横穴の続くこのフィールドダンジョンには、上層と同様の魔鉱石の塊だけではなく、鉄鉱や銀鉱、それに金鉱石の塊が埋まっていた。
横穴は一定の間隔で木材により補強され、横幅は狭く、天井も低い。通常の探索者ならば、ここは非常に戦いにくい階層になったことだろう。
しかし、逃げ場のない横穴は、直線的な飛び道具である銃器にとっては非常に有利な地形だ。そして、この階層付近で現出しているのはコボルト系ではなく、俗にゴーレムと呼ばれる土石の塊で出来た無生物の魔獣だった。
今も進行方向から、二つの重々しい足音が聞こえている。ここまで会敵したゴーレムの種類は三種、土塊のアースゴーレムに石塊のストーンゴーレム、そして厄介だったのが鉄塊のアイアンゴーレム。
聞こえてくる重量から察するに、接近してくるのはアースとアイアンゴーレムだろう。
現在の俺のアバターはヨーナ、武装はPhaseRifleをメインにUMP45をサブとして持ち歩いている。近接用はいつものグレネードアックスだが、ゴーレムはとにかく硬いし太い。
したがって、対ゴーレム戦では――横穴で片膝立ちになり、ダウンサイトする。後は光学サイトの先に現れるのを――サイトの端にアイアンゴーレムの黒い体が見えた瞬間、僅かにサイトを横へずらしてトリガーを引く。
横穴を疾走する赤い光線を視認したと同時に、アイアンゴーレムは半身を融解させながら崩れ落ちていく。
PhaseRifleのフルチャージショットならば、一撃で斃せることがここまでの探索で判っていた。次に出てくるアースゴーレムにフルチャージは必要ない。チャージゲージが三〇まで溜まるのを僅かに待ち、アースゴーレムの形状――人型ではあるが、その体は太く、細く歪んでいる――の弱い部分に光学サイトのレティクルを合わせ、トリガーを引く。
射撃可能な最低チャージ量まで溜まるごとに撃ち出される光線が、アースゴーレムの細い部分を撃ち抜き、その体を分解させていく。
ゴーレムはアンデッドのゾンビとは違い、体に一定以上のダメージを与えれば動きが止まる。その目安は頭部の赤い目から伸びる魔力のラインだ。
目同様に赤く光るそのラインは、ゴーレムの体中に血管のように伸び、鼓動するかのように光の強弱が波打っている。その光が消えた時、それがゴーレムの斃れる時だ。
迷宮に沈んでいくゴーレムの後に残る魔石を拾い上げながら、視界に浮かぶマップの先に映る清浄の泉を確認する。
この坑道の迷宮を最も攻略しているのは俺だ。その俺が進んだ階層以下の情報は一切ない。つまり、目の前の清浄の泉が最終セーフエリアなのか、それともさらに下まで迷宮が続いているのかはわからない。
だが、もしも最終ならばこの下の階層が門番、そして迷宮の主がいる。
清浄の泉で食事休憩を採りながら、門番戦になった場合に備えて十分な量の武器弾薬を召喚した。
しかし、その準備も結局は徒労に終わった。
地下二九階だけではなく、地下三〇階にも門番はおろか、迷宮の主の姿もなかった。
三一階から続くのは上層の坑道型迷宮でも、フィールドダンジョンとなった横穴でもなかった。
「ココは……」
目前に広がるのは巨大な湖――だが、地上に出たわけではない。
「……地底湖カ」
薄暗い地下迷宮の中にあって、その地底湖がぼんやりと光っている。湖上には紫色の怪しい霧が立ち込めており、目の前に伸びる通路以外の視界は遮られていて、遠くを見通すことは出来ない。
だが、マップには湖上に張り巡らされた蜘蛛の巣状の通路が見えている。
通路から二メートルほど下の湖を覗き見ると、水中に光る鉱石が沈んでいるのが見えた。あの鉱石を回収してみたいが、視界に浮かぶマップに映る光点の群れ――群れ――群れ。
この光点はただの魚――ではないよな。魚型の魔獣か、それとも亜人種の魚人……マーメイドかマーマンか。
魚人についての情報は資料館で調査済みだ。まさかこんなところで出会う可能性が出てくるとは思わなかったが。
魚人は海中や湖中に巣を作り、雌雄が同居して繁殖活動を行う。主食は人肉――海や湖で漁を行う者を狙い、水中へ引きずり込んで溺死させる。
しかし、坑道の迷宮に地底湖のフィールドダンジョンか。迷宮内部のフィールドダンジョンは迷宮が存在する地上を模している。
つまり、魔の山脈のどこかに地底湖があるということか――だが、それはどうでもいい話か。
この階層を抜ける上で俺が考えなければならないのは、水中戦になった場合にどうするかだ。
VMBの通常銃器たちに水中戦能力は殆どない。水中で発砲した場合、その攻撃力が一〇分の一にまで下がる、それがVMBの仕様だ。
水中で戦闘するなら、それ相応の銃器を用意する必要がある。
魚人たちがこちらを察知する前に――TSSが展開され、表示が目まぐるしく移り変わり、カーソルが高速で移動しながら必要なものを選択していく。
光の粒子が収束していき、黒い補給BOXが召喚される。中に入っているのは水中専用のARF、APS水中銃だ。
この銃は1960年代にソビエト連邦で開発された特殊作戦用の水中銃だ。装弾数は二十六発、弾薬は5.56×40㎜MPSという専用弾薬を使用する。
もちろん地上でも発砲できるのだが、射撃時の集弾率と反動――リコイルが大きく、そのコントロールには細心の注意が必要になる。
また、VMBの仕様として地上で発砲しても、その攻撃力が一〇分の一に下がってしまう。
だが、この仕様はこの世界では大きな問題ではない。ゲームだったころは主兵装を二種類持つことはできなかったが、この現実では違う。
APS水中銃とともに、UMP45をサブ兵装として携帯し続けることにし、PhaseRifleは補給BOXへと収納した。
そしてもう一つ、もしも水中戦になった場合に備える必要がある。小型酸素ボンベと――通路に戻る手段を用意しておかなくてはならない。
取り出したのはグラップリングフック。小型ショットガンほどの大きさで、筒状の銃身が付いている特殊装備の銃型ガジェットだ。銃器同様に銃身上部にのったサイトで狙いをつけ、トリガーを引けば三又のかぎ爪フックがロープとともに射出され、ロックされる。
もう一度トリガーを引けば、今度は逆にロープが巻き戻されて持ち手が移動することができる。
これで準備は完了だ。湖上の通路をゆっくりと進みながら、マップに映る光点の動きを監視していく。
地底湖は巨大だった。この階層より上のフィールドダンジョンよりも広いと判る。この広さには覚えがある――緑鬼の迷宮だ。
マップに映る光点は、怪しく漂う紫色の霧の向こうの通路に敵がいることを示している。
視界を通常モードからFRIL(赤外線サーモグラフィー)モードに変更してみたが、霧の低温が妨げとなって視界は真っ青になった。
この位置から銃器の射程距離を生かした遠距離攻撃を行い、一方的に攻撃を――とはいかないようだ。
ならば進むしかないだろう。湖中の魚人たちを刺激しないように、慎重に通路の先を目指して歩き出した。




