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2016/3/29 誤字修正
商館の外に立ち、バーグマン宰相と連絡を取るために『大黒屋』を監視している君影草の連絡員を待っていたが、そこに現れたのは何度か顔を会わせた連絡員ではなかった。
「レミさん……」
レミさんの服装は城塞都市バルガで最後にあったとき同様に、胸元が大きく開いた白いシャツにズボン、まるで事務員のような働く女性の装いだった。
「やぁシュバルツ君、久しぶりだね。いつもの男ではなくて驚いたかい?」
いつもの男――レミさんは確かにそう言った。俺が誰と会おうとしていたのかを知っているということだ。
つまり……。
「……いえ、むしろレミさんが君影草の一員だったことに驚きました」
俺の応えに、レミさんの口元は緩み「少し歩こうか」と、『大黒屋』の前を通り過ぎて歩いていく。それに俺も頷いて返し、レミさんの後に続いて歩き出した。
「もう何年も前の話だが、元々――わたしは諜報ギルドの一員でね。君影草とは別のクランに属していたのだが、城塞都市バルガで活動しているときにアシュリーのお目付け役を打診されてね」
諜報ギルド……もしかして、以前俺を誘った“ギルド”とは、諜報ギルドのことか……。
「ふふっ、君を誘ったギルドのことを考えているのかな?」
「えぇ、ちょうど思い出していたところですよ」
「君が君影草に加入してくれれば、色々と仕事が捗っただろうけど致し方ない。それと――君もこの際覚えておくといい、クルトメルガ王国には三つの大きな諜報クランが存在する」
「三つ?」
「そうだ。一つ目は君影草、クルトメルガ王国の宰相二人だけの指示で動く直属のクラン、今はわたしもここの一員だ。二つ目が忍冬、多くの王侯貴族に仕える諜報員を輩出しているクランだ、わたしも以前ここにいた。そして……」
そう言いながら、レミさんは俺の腕に自分の腕を絡めて身を寄せてきた。
「そして三つ目が――“シュルドチアーナ”。闇ギルドに与する犯罪者たちの諜報クランだ。その末端は何度も捕縛されているが、内部のことは全く分かっていない。君も気を付けたほうがいい。宰相をはじめ、多くの貴族たちが君の商会に目をつけている。間違いなく、シュルドチアーナも見ているはずだ」
「ありがとうございます。気をつけておきます」
闇ギルドお抱えの諜報クランか……。冒険者クランや傭兵団、それに商業組合など、様々な職に身をおく者同士たちが集まる場が存在するように、闇に蠢く者たちがあつまる場も存在する。
これまでに相対した盗賊団“鬼蓮”、暗殺クラン“槐”、海賊船団“海棠”。そして、これらの取りまとめ役――闇ギルド“覇王樹”。そこに加えて諜報クラン“シュルドチアーナ”ときたか……。
まずは表の諜報ギルド“忍冬”だが、山野に自生する蔓性の植物で、初夏ごろになると対生する葉の傍に筒状の花を二個ずつつける。甘い匂いが香る花色は白から徐々に黄色へと変わり、金銀花とも言われる花だ。
そして、シュルドチアーナ。これは殆ど聞き覚えがないが、かすかに覚えているのはユリ科――というかアロエやサボテンに似ている、ハオルチア属の中の一種。多肉植物という葉や茎の内部に水を貯める植物のことだ。
その中の一種であるシュルドチアーナは、ロゼット型と呼ばれるバラの花を地に置いたように葉が放射状に広がっている。小ぶりの多肉植物なのだが、俺が記憶している一番の特徴は――その名、覇王城。
「ふっ、これだけ近くに寄ったのに、今の君は全く動じないのだな」
そう言われて、初めて腕を組んで寄り添うように歩いていたことに気付いた。
「……いつのまに」
「それでもなお、動じないか。まぁいい……それで、連絡員を待っていたのだろう? 何かあったのか?」
「えぇ、至急バード卿とお会いしたいのですが、それとできればテーゼ卿とクード卿にもご同席を」
バード卿とはバーグマン宰相の仮の名、テーゼ卿とクード卿もクルトメルガ王国の王国財務長官、ロイド・テイセン伯爵と中央騎士団のトップにして王国各地の騎士団顧問、アーレイ・クルード伯爵のことだ。
「バード卿とは望めば時間を作ってくれるだろうけれど、ほかの二人も同席となると、それ相応の要件でないと難しいと思うぞ?」
「レミさんは、私とバード卿との関係についてどこまで?」
「詳しいところまでは知らされていないし、知る立場でもない。わたしの役目は君との連絡係でしかない」
「そうですか――なら、バード卿にはこうお伝えください。“奇跡の水”をもう販売できないかもしれない、と」
俺の言葉の意味が全くわからないといった表情を浮かべたレミさんだったが、「つ、伝えよう」と言って王都の雑踏に消えていった。
レミさんのうしろ姿を見送りながら、俺はマップに浮かび上がる数多の光点の気配を追った――。
王都の中心部へと向かいながら、俺の動きを追跡・監視をしている光点がないかを探ったが――わからないな。
不穏な音も聞こえてはこない……諜報クランの一員と思える人物には心当たりがある。
レミさんもそうだが、他にはバルガ公爵家の女護衛、ヴィー。あの変態女は姿を消すことができた、その状態では音を発しない限り光点は映らない。
だが対策はある。視界をFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードにすれば、体温を見て居場所を知ることができる。
意識だけでFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに切り替えて周囲を見渡すが、やはり不審な体温の持ち主は見えない。
現状では監視する目はいない――と、思った瞬間。背後の上部で音が鳴った。
通りの商館の屋根付近からだ。上は見ずに振り返りながら、視界の隅に音の発生源を捉えた。
――人だ。
その人型は三階ほどの高さから軽やかに飛び降り、こちらへ歩いてくる。
聞こえた音は着地音か――。
向こうは俺が気付いているとは思っていないのだろう。敵意のようなものは感じない。ゆっくりとこちらへ歩いてきながら、俺の後ろへと回り込んでいく。
その動きを視界の隅で追いながら、次の動きを待った。
「シュバルツ様、バード卿の準備が整いました」
君影草か……。少しだけ驚いた表情を見せながら振り返り「すぐに伺います」と、何度か顔を会わせた連絡員の男へと伝え、俺は王城へと向かい歩き出した。
◇◆◇◆◇◆
「報告はお主の商館か連絡員を通して、と決めていたはずじゃが?」
王城へと出向いた俺は、すぐにバーグマン宰相の執務室へと通された。宰相は俺の顔を見ると早々に秘書官らしき女性を退室させ、執務室には俺と宰相の二人だけになっていた。
宰相は俺が入室する前から、何かの報告書らしきものを読んでいたようだ。金縁の丸眼鏡を鼻にかけ、以前までは横髪が頑張っていた頭部をやさしく――やさしく撫でながら、視線だけを扉前に立つ俺へと向けてきた。
「早急にお伝えしなくてはならぬ事態が発生したため、王城まで参りました」
「ドラム要塞のことか?」
「もう知っておられましたか……」
「君が来る、ほんの少し前じゃ」
と言いながら、宰相は手に持つ報告書をノックして見せた。
俺が崩壊したドラム要塞から急いで移動したように、オフィーリアたちもその情報を早急に王都へと送ったのだろう。パーティーを分けて情報を運んだか、もしくは俺の知らない情報伝達手段があったのかそれはわからない。
今重要なのは、その報告書に何と書いてあるかだ。
「情報の出どころは山茶花とオフィーリアたちですね? 彼女たちはなんと?」
「ドラム要塞が規格外のアンデッド“ヨーナ”によって崩壊し、その機能を失ったと報告しておる。それと“ヨーナ”討伐のためにドラグランジュ辺境騎士団を動かすことの許可を、辺境伯との連名で求めておるわ」
宰相は手に持つ報告書を俺に差し出し、俺に読んでみろと言わんばかりにヒラヒラさせている。
それを一歩前に進んで受け取り、報告書をよ――みたいが、所々わからなかった。まだこの世界の文字を読むこと自体は勉強不足なままだ、文字を見れば翻訳文が浮かび上がるため、そちらを読んで良しとしてしまっている。
確かに――報告書には宰相が話した内容と同じことが書かれていた、不足はない。
「シュバルツ、お主の報告を聞こう」
報告を受けてなお、俺の話を求めるのか。いや、情報の差異と俺しか知らぬ話を求めているわけか。
だが――その前に報告を受ける人物が増えるようだ。
「大黒屋はここかぁー!」
大声とともに執務室の扉が勢いよく開けられ、中に突入してきたのは王国騎士団顧問のアーレイ・クルード伯爵だ。その背後からは息を切らしながら走る、王国財務長官のロイド・テイセン伯爵の姿も見える。
二人とも、数日前と比べて明らかに頭部が芽吹いている。小さな帽子で隠していたようだが、走ってきた拍子で床に落ちていた。
「探したぞ、大黒屋! “奇跡の水”がもう販売できないのは本当かぁー!」
「はぁ――はぁ――大黒屋が閉店するって、ほ、本当ですか?」
クルード伯爵とテイセン伯爵は入って来て早々に俺に迫り「なぜ売れんのだ!」とか、「あれがないと僕は!」など、俺の目の前に真っ赤な顔を二つ並ばせ、大口を開けて喚きまくっている。
「“奇跡の水”がもうないだと! そんな報告は聞いとらんぞぉー!」
あっ、真っ赤な顔がもう一つ増えた……。
クルトメルガ王国の重鎮三人が落ち着きを取り戻すまでに、三〇分ほどの時間を要した。
今は執務室に置かれているテーブルをはさみ、クルード伯爵とテイセン伯爵の二人と向かい合うように座り、バーグマン宰相は執務机の椅子に座っている。
「では、“奇跡の水”は今まで通り、問題なく販売できるのだな?」
「ですから――何度も申し上げましたように、育毛剤の製造に必要な材料が枯渇の危機にあります。しかし、御三方に僅かばかりのご助力をいただければ、育毛剤だけではなく、双方にとって有益な取引ができると考えています」
バーグマン宰相はそう確認を取りながら、じっとこちらを見ていた。伯爵二人は秘書官が用意した紅茶を啜りながら、お茶うけで出された焼き菓子を満足顔で頬張っている。
「それで、ワシたちに何を求めるのだ?」
王国騎士団顧問のクルード伯爵がティーカップをテーブルへ置き、それまでのにこやかな笑顔とは打って変わり、俺を射抜くかのような鋭い視線で見つめていた。
「まず、ドラグランジュ辺境伯領からの報告にはなかった情報からお伝えします」
俺の一言に、クルード伯爵は視線をバーグマン宰相へと向けた。宰相は一つ息を吐きながら立ち上がり、「これじゃ」と言ってドラグランジュ辺境伯領からの報告書をクルード伯爵へと渡した。
その報告書に目を通すクルード伯爵の表情が、再び変わっていく。報告書を持つ手は震え、握り潰しそうなほどに力が入っているのがわかる。
「バーグマン! 貴様はドラグランジュの剣姫にいったい何をやらせているのだ!」
そして吠えた。
テーブルに報告書を叩き付け、クルード伯爵は俺ではなく、バーグマン宰相へと話し相手を変更していた。
「魔の山脈で探し物をさせておる。これは陛下も了承したことじゃ」
「探し物だと?!」
「迷宮――ですね」
激昂するクルード伯爵とは違い、テイセン伯爵は叩き付けられた報告書を読んで冷静に事態を推測していた。呟きはしたものの、その目は報告書から動くことはない。
「そうじゃ、魔の山脈には予想通りに迷宮が存在しておった。ここじゃ」
宰相が新たにテーブルへ広げたのは、以前俺が描いた魔の山脈の地形図だ。
「この地図は……」
広げられた地図を目にした瞬間、声を荒げていたクルード伯爵の表情は固まり、目を見開いて地図に釘付けとなっていた。
「この地図はまさか、巷で密かに噂になっている“地図屋”の作ですか?」
「その通りじゃ、テイセン卿。この大黒屋こそが、“地図屋のシュバルツ”と呼ばれている男だ」
地図屋のシュバルツ――牙狼の迷宮地図を描いたことが発端となり、VMBの能力を利用して描き下ろした地図は、名を伏せて出回っていたにもかかわらず、様々な状況証拠から“地図屋のシュバルツ”として、製作者の名が広まり始めていた。
まだ大きな商会の調査担当の間だけで真偽不明のまま出回っている情報だと思っていたが、国政の重役にまで名を覚えられるほどに広まっていたか……。
「ワシも聞いたことがある。と言うより、牙狼の迷宮地図はワシも確認した。あれは実に見事な地図だった」
クルード伯爵も知っていたか。
「それよりも迷宮じゃ。オフィーリアには山茶花をつけて迷宮討伐に向かわせておったのじゃ。オフィーリアにも魔の山脈に入る大義名分が必要じゃったからな」
「一パーティーで討伐させる気か、相変わらず無茶をさせる」
「無茶なものか、オフィーリアたちの他にも戦力は送っておる。十分な実力の持ち主をな」
「なるほど、ところで……魔の山脈の迷宮討伐とドラム要塞の崩壊、それと大黒屋こと“地図屋のシュバルツ”、どのような関係が?」
テイセン伯爵の疑問に、場の視線がすべて俺へと集まった。宰相からは何も説明する気がないようだ。つまり、どこまで話すかは俺に任せるというわけか。
さて、どうするか……。
「……それは私からご説明します。オフィーリア様方の迷宮討伐には、宰相閣下からのご依頼により、私の加入しているクラン――火花より人を送っております」
「火花? 聞いたことのないクランじゃな」
「はい、クルード伯爵閣下。我々は極々少数で構成されているとともに、各々がクラン名を名乗ることは殆どありません」
「何名送っているのですか? 全く未開拓の迷宮を攻略するには、相当な実力者と数が必要だと思いますが」
「一名です、テイセン伯爵閣下」
「一名だと? バーグマン、一体誰を送ったのだ」
「それはじゃな……」
クルード伯爵の問いに、宰相はどう答えるか決めかねているようだった。俺が『枉抜け』だということを知るのは、国王や宰相を含めても数人しかいない。
“地図屋のシュバルツ”などという情報はともかく『魔抜け』の真実も含めて、宰相は俺に関する情報開示には明確な線引きをしているようだ。
そして火花などという、これまで一度も話したことのないクラン名まで出てきた。それも当然――今考えたことだからな。俺一人が魔の山脈へ出向き、迷宮討伐からオフィーリアの護衛に大黒屋としての商いもしているなどと言っても、その言葉に信憑性がなさすぎるからな。
「“黒面のシャフト”です、閣下」
「シャフトだと?! あの傭兵も火花とやらの一員なのか」
「なるほど、それならば納得です。“黒面のシャフト”と言えば牙狼の迷宮を単独で討伐し、先日の王競祭でも盗賊を追い詰めて派手な戦闘を繰り広げたとか」
「シャフトにはオフィーリア様方を密かに護衛するとともに、向こうの情報をこちらへ送ってもらっています。それをもとに私が地図を描いているわけですが、彼からの情報により私もドラム要塞の崩壊を確認しております」
シュバルツとシャフトの繋がりをしゃべったのは一つの賭けだ。これから話す俺の言葉の信憑性を高めるには、明確な実力者の行動という裏付けが必要だと考えた、それがシャフトだ。
「シャフトは魔の山脈で二つのものを見つけたと連絡してきました、一つは迷宮――便宜上、ここを坑道の迷宮と呼んでいます」
「もう一つはなんじゃ?」
執務机へと戻った宰相が、指を前で組み合わせながら続きを促してくる。
「もう一つは、魔の山脈に隠れ、住み着いている者たちです」
「なんじゃと?」
「魔の山脈に村があるとは初耳ですね。ドラーク王国との緩衝地帯となっているあの地帯は魔獣や亜人種が頻繁に引き寄せられてくるため、人が住むには適さないのでは?」
「彼らは山肌をくり貫き、洞窟住居を作ることで魔獣・亜人種から身を守っているそうです。生活は山の恵みと、クルトメルガ王国とドラーク王国を行き来する大規模商隊と取引をして維持しているそうです」
「あの山脈に人が住んでいるとは知らなかったが、それと“奇跡の水”は何か関係あるのか?」
「もちろんあります。ですが――その件についてお話しする前に、その者たちの中にいた両国にとって重要な人物について報告する必要があります」
「両国とは、クルトメルガ王国とドラーク王国か?」
「その通りです、宰相閣下。魔の山脈に隠れるように住み着いていたのは、ドラーク王国より国抜けしてきた者がほとんどです。そしてその中に、ドラーク王国第十七王女、コルティーヌ姫の姿を確認したとの報告を受けています」
「なんだと!」
「第十七王女というと、確か獣人種の姫じゃったか。今の王が即位する前に、町娘に手を出して産ませた子じゃな」
「あの地帯にドラーク王国の王族が隠れ住んでいるとは、ちょっと問題じゃないですか? バーグマン宰相」
「ちょっとどころではないわ!」
クルード伯爵がテーブルを叩いて声を上げた。
「ドラーク王国は獣人種に厳しい政策を採っているとはいえ、王族となればそれだけで意味がある、それが緩衝地帯の魔の山脈に隠れ住んでいるなどと知れれば、ドラーク王国は必ず兵を山に入れるぞ」
もう竜騎士を山に入れて、さらには迷宮にまで侵入しましたよ……。
「それも問題じゃが、第十七王女は何故に魔の山脈に隠れ住んでおるのじゃ、そこは確認できておるのか?」
「できております。隠れ住んでいる人数は王女含め十六名、内十五名は逃亡奴隷であり、第十七王女はその手助けをしているとのことです」
「国の政策を王女が否定ですか、全く……あの国は一体なにをやっているのですかね。北の隣国バイシュバーン帝国が勢力を拡大しているなか、ドラーク王国もいつ標的になってもおかしくないと思うのですが」
「それですがテイセン伯爵。シャフトからの報告では、すでにドラーク王国は実権をバイシュバーン帝国に握られつつあり、属国となることを選んだとのことです」
これは坑道の迷宮で捕縛した竜騎士から聞き出した情報だ。勢力を拡大し続けている極北の大国バイシュバーン帝国は、隣国を次々に吸収合併していくとともに、武力を使わない懐柔策も採っているそうだ。
そんな中での第十七王女コルティーヌの立ち位置は、非常に微妙なものとなっていた。ドラーク王国にとっては獣奴隷と罵られるほどに低くみられているが、バイシュバーン帝国の皇帝――氷狼帝とも呼ばれる男もまた獣人種であり、併合した国々からは獣人種の姫を妃として要求していた。
だが、ドラーク王国には獣人種の姫は一人しかいない。氷狼帝の要求に応えるためには、逃亡奴隷の手助けをしながら姿を消した第十七王女を生きたまま発見する必要があった。
しかし、クルトメルガ王国から見ればそれは面白くない。
バイシュバーン帝国とは現在国境を接してはいないが、拡大を続けるバイシュバーン帝国がいつ隣国となるかはわからないし、ドラーク王国に易々と属国化されても困るはずだ。
ドラーク王国の第十七王女を取り巻く現状を説明し、さらには突如出現したアンデッド“ヨーナ”の行動によって崩壊したドラム要塞の状況を再確認すれば、自ずと一本の筋書きが浮かび上がってくる。
宰相と伯爵たちは俺の提案を黙って聞いていた。しかし、その目は決して黙ってはいない。
俺が提案する魔の山脈の隠れ村を囲い込みと、第十七王女を隠匿してバイシュバーン帝国の属国化を邪魔する案に対し、メリットとデメリットを精査しているようだった。
さらに言えば、この提案をしてきた俺の真意を見抜こうとしているのだろう。
はっきり言って俺が得るものは多くはない。隠れ村――はこれから造るわけだが、採掘された魔鉱石のうち四割はクルトメルガ王国へ納める。これは俺の取り分から支払う予定だ。
その代わりに、坑道の迷宮が討伐されて魔の山脈に生息する魔獣・亜人種の掃討が一段落するまで間、ドラグランジュ辺境騎士団に隠れ村周辺の警護をしてもらう。
辺境騎士団による警護はそう難しくはないだろう。表向きは“ヨーナ”討伐のための前線基地を近くに設営するだけで十分なはずだ。
また、坑道の迷宮から魔鉱石を採掘する人員を送り込む必要がないことから、ドラーク王国に迷宮の存在を知られる可能性を下げられるだろう。
「ふむ、我々の負担は殆どないな」
「それどころか、魔鉱石の鉱山を手に入れられることは財政面からみて、悪い話ではありません」
「辺境騎士団が魔の山脈を大掃除するのは、基本的な業務とそう変わりはせん。隠れ村とやらを警護するのも大きな負担にはなるまい。それよりもだ、防衛要塞を単体で崩壊させるほどのアンデッドを討伐することのほうが、何倍も労力を必要とするじゃろう」
「それは、シャフトにも対応させます。彼には迷宮討伐の仕事がありますが、中で“ヨーナ”を発見した場合、その討伐を優先するように連絡を入れておきます」
「ほぅ、“黒面のシャフト”の助力が得られれば、その“ヨーナ”とやらも長くはあるまい」
宰相の厳つい顔が笑い、俺の一芝居に合わせるように話を進めだした。
「陛下とゼパーネルにはワシから話をしておこう。テイセン財務長官は魔の山脈の掃討作戦に向けた特別予算の準備を、クルード騎士団顧問は辺境騎士団の緊急対応を取りまとめ、ドラーク王国へ通達してくれ」
そして最後に、宰相は俺へと視線を飛ばし――。
「それでシュバルツ、その隠れ村を囲い込み、魔鉱石の採掘が滞りなく進めば?」
「はい、調合に必要な材料を問題なく調達できるかと――育毛剤の供給、切らすことなくご用意させていただきます」
そう断言する返答に、三人の重鎮が満足げに頷いた。