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無料のwebマガジン「ヤングエースUP」様にて、本作のコミカライズ連載が本格的にスタートしました。
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「フム――単独で追ってくるとは……死にたいのカ?」
「……たった一匹でドラム要塞を崩壊させただけではなく、言葉まで使いこなすか。やはり、おまえをこのまま逃がすわけにはいかないようだな、アンデッド」
ドラム要塞での戦闘音を聞かれ、俺の予想に反してその姿を現した山茶花の四人とオフィーリアにヴァージニア。
さすがに戦闘に突入するつもりはなかったので逃げの一手を打ったわけだが、オフィーリアは目くらましとして投擲したM18スモークグレネードに怯むことなく、俺を追跡して来たようだ。
オフィーリアの薄桃色の髪が、日の出の光を反射させながら風に靡く。そして、腰に佩く細剣をゆっくりと引き抜く――。鞘から僅かにブレード部分が見えると同時に、その周囲に霧氷が舞った。
キラキラと朝日を反射して輝く霧氷の中心に立つオフィーリアは、まるで戦乙女のように威風堂々と細剣を構えた。
これだけの破壊と――目にしたであろう殺戮を前にしても、一人で俺の前に立つか。その気持ちはわからないでもない、森林都市ドラグランジュを中心とした辺境伯領を治める領主の娘としては、監視要塞を一匹で崩壊させるようなアンデッドが、魔の山脈を徘徊していることを知って放置はできまい。
オフィーリアの強さは、魔の山脈で彼女たちの行方を追っていた時に観察していたので知っている。中・遠距離で戦うのならば俺に分があるだろう。しかし、近接戦闘になった場合、彼女の剣技にどこまでついていけるのかは正直疑問だ。
「言葉が話せるのなら丁度いい。アンデッド、おまえは魔の山脈の迷宮からやってきたのか?」
「ソレを聞いてどうスル?」
「いやなに――ちょっと探し人をしていてな。ひょっとして、迷宮に住み着いている集団を見かけなかったかな?」
怪盗“猫柳”のことか――。
「アァ、いたな。地下一〇階に住み着いてイタ」
「やはりそうか……」
「ダガ……」
「だが?」
「ココの兵士たちに蹂躙されタ。生き残りはイナイ」
「ほぅ……アンデッド、おまえはその様子をただ見ていたのか?」
「ソウダ。逆に問うが、まさか助けるべきだとでも言うキカ? オレは自然界全ての敵、アンデッドの“ヨーナ”だゾ?」
腰からグレネードアックスを引き抜き、左手で保持しながらオフィーリアの動きを観察する。
彼女もまた、霧氷舞う細剣を右手に持ち、その切先を突きつけるように構え、ゆっくりと対峙して行く。
「ヨーナ? ふっ――それもそうだな。ならばなぜ、おまえは今ここにいる」
「……オレのものになる予定の迷宮に、こいつらが手を出すから先手を打ったマデ」
「アンデッドが迷宮を襲うのか? どこまで規格外のアンデッド――いや、ヨーナぁ!」
その一言と共に、オフィーリアが動き出した。
「≪ブリザードスプラッシュ≫!」
突き出される刺突と同時に、周囲に舞う霧氷が小指ほどの礫となって飛来してきた。
瞬時――空いている右手で背中のライオットシールドを掴み、まずは飛来する礫を半身に構えて防ぐ。
この礫、見た目以上に攻撃力があったようだ。見る見るうちに耐久値が減っていき、ライオットシールドは光の粒子となってはじけ飛んだ。
そして、オフィーリアの攻撃もまだ止まりはしない。続いて襲い来る刺突をグレネードアックスで外へと逸らしながら、首を巻き込むように右手を振り拘束を試みたが――。
オフィーリアはそれを躱して、突き抜けるように俺の後方へと流れていった。
不味いな……。悠長に戦っていては後方からフラウさんたちが来てしまう。
すでに視界のマップには、こちらへ駆け寄る光点が見えている。数分もせずにここへとやって来る。そうなれば、本当に逃げるのが難しくなる。その先に待っているのは全力戦闘しかないだろう。
今なら……銃撃を受けるのはオフィーリア一人……。
後方へと突き抜け、すでにこちらへと振り返り、再び切先をこちらに向けて構えるオフィーリアへと、ダッシュからのスライドジャンプ――。
スキルの≪ダッシュ≫とはまた違う挙動に、オフィーリアが防御の体勢をとるのが見える。間違っても直撃しないように――確実に防御できる軌道を選び、グレネードアックスを全力で振り下ろす。
「~~、~~!」
振り下ろす直前にオフィーリアが何かを呟いた瞬間、細剣の周囲を漂っていた霧氷が集束し、細い刃が氷の大剣へと姿を変えた――。
そして激突。
俺の体と同化したパワードスーツによる身体強化を全開に利かせた振り下ろしに、オフィーリアは大剣を盾代わりにすることで防いで見せた。
だが、ここまでの流れは想定通り――振り下ろしたグレネードアックスを受け止めた衝撃で、オフィーリアの両足が僅かに地に埋まる。それはつまり、次の行動への動き出しが僅かに遅れることを意味する。
空いている右手を腰のホルスターへ廻し、PSS特殊消音拳銃を引き抜く。
その動きに、オフィーリアは短剣か何かを想定したような身の引き方をして距離を取ろうとしたが、足が埋まっていたことでバランスが僅かに崩れた。
ここだ――。
僅かに崩れた体勢に沿うようにグレネードアックスを押し込み、一歩踏み込んでオフィーリアとの距離を一気に縮めた。
「なっ――」
二人の間には氷の大剣とグレネードアックスだけしかない。共に体が武器につくほどに押し込み、オフィーリアの視界から俺の手元を隠す――。
「ワルいな。じゃれ合うのはここまでダ」
「なにを――」
オフィーリアの言葉を無視し、左足をなぞるようにトリガーを三連射して一気に後方へと大きく飛んで距離をとる。
「くっ――」
オフィーリアの激痛を噛み締めるような呻きと同時に、オフィーリアを飛び越えるようにして後ろから誰かが飛び込んできた。
「≪スパイダークラッシュ≫!!」
飛び込んできたヴァージニアが銀色の短杖で地を叩くと、土と石を噴き上げながら蜘蛛の巣上に亀裂が走った。
「オフィーリア様、大丈夫ですか?!」
左足を撃ち抜かれたことで片膝をついているオフィーリアの前に、盾になるようにヴァージニアが立った。
「だ、大丈夫だ」
すぐ後方にも光点が四つ――もう本当に時間がない。オフィーリアの諦めていない眼が俺のことを射抜くように見ている。
だが、あの怪我ならばすぐには追ってこないだろう。着地と同時にさらに後方へと飛んで距離をとり、俺はオフィーリアとヴァージニアの前から姿を消した。
「アンデッドは逃げていったのにゃ」
「オフィーリア無事?」
「あ、あぁ、フラウ。何かで足を刺されたが大丈夫だ」
「この傷……アンデッドの武器は何だったの?」
「片手斧だ。足を傷つけられた武器は見えなかったが、暗器か短剣の類だろう」
「そう……。攻撃を受けたときに、何か聞こえた?」
「何か? 無音――いや、空気が抜けるような、そんな音がしたような」
「そう……」
彼女たちと距離をとりながらドラム要塞だったものを大きく回り、一気に荒野を駆けて魔の山脈へと戻った。
途中まで彼女たちの声は聞こえていたが、銃器を見せずに足を撃ち抜いたのは無駄骨だったかもしれない――。
アンデッドのヨーナがシュバルツと同一人物などとは思わないだろうが、同系統のスキル――血統スキル≪Arms≫と同じ、もしくは似たものと見当をつけられたかもしれない。
そんな心配をしながらも、今は王都まで戻ることを優先し、坑道の迷宮へと向かって荒野を駆け抜けた。
途中で視界に浮かぶ情報を切り替えながら、AN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)が探査するミニマップを表示した。そこに映るのは『大黒屋』の地下倉庫だ。
内部に浮かぶ光点の数を走りながら数え、フリックが無事にコティーを救出できたのかを確認する――。
一つ多い――。地下倉庫に召喚し続けているコンチネンタルの最後尾、ベッドルームに浮かぶ光点がコティーだろう。
となれば、あとは俺が王都へ帰還するだけなのだが……。
当初の予定では、俺は坑道の迷宮・地下一〇階の門番の間に転送魔法陣を設置したままで転移するつもりでいた。
だが、オフィーリアのあの目――決して逃しはしないと、そんな強い意志を感じる光を灯していた。
あの目を見ては……設置したまま転移などという危険な行為をとるわけにはいかないだろう。ドラム要塞の崩壊を見て、オフィーリアたちは再び森林都市ドラグランジュへと向かうことを選択するだろう。
しかし、その後の行動はわからない。俺の想定通りの動きをとってくれるか、もしくは“ヨーナ”を追って坑道の迷宮へと侵攻するかもしれない。その先で俺の転送魔法陣を発見されては困る。
結局――移動にかかる時間に目をつぶり、安全策を取ることを選択した。
坑道の迷宮から転送魔法陣を回収し、ミーチェさんのGPS反応を見ながら森林都市ドラグランジュへと向かった。
目指すはドラグランジュの転送管理棟。ヨーナからシュバルツへと姿を戻し、正門を通らずに都市内へと侵入した。そこからはバーグマン宰相から受け取った転送魔法陣の特別使用許可証を使い、身分確認などをされることなく、秘密裏に王都へと飛んだ。
『大黒屋』に戻ってくるまでに数日の時間を要したが、地下倉庫にはアルアースの肉やマリーダ商会の黒弁など、食料には困らない量を用意してある。
地下倉庫という閉鎖空間に閉じ込められることに、いつまでも黙っていられるとも思えない。
『大黒屋』の二階に転送魔法陣を設置し、商館の二階から地下倉庫までの僅かの距離を転移するという、一見無駄とも思える行程を経て地下倉庫へと移動した。
光のカーテンが視界を走り、薄暗い地下倉庫が目の前に広がった。
周囲を見渡し、数日留守にした地下倉庫に問題がないかをまず確認――灯りを節約していたのか、薄暗い地下倉庫中は物音ひとつ立てずに静まり返っていた。
「あっ、ヨーナ――さん、帰ってきた!」
「本当だ! 帰ってきた!」
突然魔法陣の上に現れた俺の姿に、逃亡奴隷や怪盗“猫柳”の残党たちは息を吐くことも忘れたように押し黙っていたが、唯一変わらぬ光を放っていたコンチネンタルの車内から、静寂を打破る大きな声と共に奴隷少女の二人が駆け下りてきた。
しかし、地下倉庫内の空気を察したのか、駆け寄る一歩ごとにその勢いは衰え、最後には歩くよりも遅い動きで俺の前へと立ち並んだ。
「あ……あの、姫様帰ってきました」
「あ、ありがとうございます」
「レイの言葉など要らヌ、取引に応じただけダ。今度はお前たちが行動で応える番ダ」
礼の言葉にそう返しながらも、俺の目は奴隷少女たちではなく、その後ろに立つコティーとフリックを見ていた。
「アンデッドと取引をしたと言うのを、今の今まで信じ切れニャかったけれど、本当に会話ができるアンデッドと取引したのね」
「勝手な真似をして、申し訳ございません。ですが、あの時点でコルティーヌ様をお救いできる方法は、これしかなかった……」
フリックの言葉を、コティーは目を閉じて静かに聞いていた。
「ヨーナというのは、本当にあなたの名前なのニャ?」
ゆっくりと目を開き、コティーは真っすぐに俺の目を見ていた。その姿は王都の高級宿、『平穏の都亭』で部屋付きをしていた頃とは全く違う。
ドラーク王国第十七王女、コルティーヌ姫か……。一国の姫が、なぜ国防を司る要塞の師団長に獣奴隷などと言われるほどに蔑まされていたのか。
また、なぜドラーク王国の基本政策であった奴隷政策に反発し、奴隷解放運動とも言える逃亡奴隷への助成を行っていたのか。
かつて、クルトメルガ王国の建国王は奴隷制度に苦しむ民のために、奴隷制度廃絶のために、新たなる国を興した。奴隷という言葉すらも消し去るために。
それほどのことをしなければ、人の下に人を作る制度はなくなりやしない――制度上も、人の心の中からも。
コティーが何を思い、逃亡奴隷に手を貸してきたのかはわからないし、それは俺には関係がない。
俺は一人のFPSプレイヤーとしてこの世界に落ちた。
迷宮の迷宮の主として据えるために、この世界に落とされた。
俺は、この世界の救世主になるために落とされたわけではない。
何もかもを救うことはできないし、自分ならやれると勘違いするようなマヌケではない。ただただ――俺にできる範囲、できると確信できる範囲で行動を起こすだけだ。
「ソウダ」
「わたしはコルティーヌ・リ・ドラーク……いや、今はもう――ただのコティーなのニャ」
そう言いながら、コティーは一歩ずつゆっくりと俺のもとへと近づいてくる。
薄暗い地下倉庫の中に、コンチネンタルの車内から漏れる光だけが溢れ出ていた。その光がコティーを後ろから照らし浮かび上がらせる――まるで、後光を浴びながら佇む神か仏のように。
もしも、俺の顔が動くことのない白骨のスケルトンフェイスでなければ、コティーの姿に圧倒される呆け顔を晒していたかもしれない。
奴隷少女の二人を含め、地下倉庫で数日間暮らしていた逃亡奴隷の男女たちは、俺とコティーが向かい合う視界から出ていくかのように、地下倉庫の隅へと静かに移動していた。
「フリックから取引条件は聞いているナ?」
「えぇ、聞いているニャ。正直、アンデッドと取引が成立するとは思っていなかったニャ。けれど、ドラム要塞から助け出され、要塞が崩壊するのを見たニャ」
「要塞の崩壊により、一時的にドラーク王国は魔の山脈への監視の目を失うダロウ」
「その通りニャ。そして、魔の山脈には決して無視できない強力なアンデッドが徘徊していることが判明したニャ」
「森林都市ドラグランジュの辺境騎士団が、緊急対応で魔の山脈に侵入し、緩衝地帯となっていた魔の山脈はクルトメルガ王国の監視下に置かれることになるダロウ」
「そして……わたしたちの隠れ村を発見するニャ……」
「ソノ後、属する国のない魔の山脈の民として村は認められ、坑道の迷宮の魔鉱石採掘で生計を立ててイク」
それが、俺の書いた筋書きだ。運がいいのか悪いのか、事が俺の想定通りに進みやすい環境は整っていた。
だが、想定通りに進むための障害がすべて取り除かれているわけではない。
まず、第一の障害となったドラム要塞は潰した。オフィーリアと想定外の戦闘にはなったが、俺の存在をドラグランジュ側に知らしめることもできた。
オフィーリアの目を思い出せば確信できる、ドラグランジュ辺境騎士団は間違いなく動く。
オフィーリアの目的であった怪盗“猫柳”に関しても、当初はシュバルツの口から調査報告として伝えるつもりだった。しかし、思いがけずヨーナとして伝えることができたため、オフィーリアは猫柳壊滅の可能性が高いと判断し、ヨーナ討伐を優先することだろう。
第二の障害となるのが、魔の山脈に村を作ること。そして最終的な障害が、それを認めさせることなのだが、ここはそれほど高くない壁だと考えている。
一番の問題は村だ。これをどれだけ早く、そして長く住める居住環境を作れるかにかかっている。
「今さら……取引することをやめる、とはいかないのニャ。全て……あなたの提示した条件に従うニャ、怪盗“猫柳”は解散し、二度と姿はあらわさないし、魔の山脈に村を築いて生活するニャン。迷宮から採掘した魔鉱石の五割を譲渡するニャ」
「ソレでいい。ギリム、オマエは魔法建築で民家を量産できるカ?」
「なっ? あ、あぁ、そうだな……一軒ずつ建てるのは無理だ、手も材料も足らない。じゃが、ワシは妖精種のドワーフじゃ、山肌をくり貫いてそこに居住空間を作ることは簡単じゃ」
洞窟住居か……その方が村の防衛も楽か……。
「ソレでいい。住むのに必要なものはオレが用意してヤロウ」
その後、コティーやギリムと村の準備についていくつか意見交換をし、何か足らなくなったものはないか、問題などが発生していないかを確認した。
食料などはまだ大丈夫だったが、問題が一つだけ発生していた。
数日前に、地下倉庫の上で多数の足音や騒ぐ声が聞こえていたというのだ。
何かを求める男の声――何かに喜ぶ女の声――まるで、魔獣の宴が開かれているような狂乱の声が響いていたという。
俺がいなくても営業日に営業したのか――たしかに、エイミーやプリセラたちにはその指示を事前に出してあった。探索者として活動しながらの商業活動だ、営業日に俺がいないこともあるだろう。
そのために鍵を渡していたのだからな――だが、地下倉庫と鍵を分けておいたために、地下に降りてくることはなかったのだろう。
改めて地下倉庫から出たら命の保証はしないと忠告し、俺は転送魔法陣を使って二階へと転移した。
ヨーナの姿からシュバルツへと姿を戻し、俺は最後の障害を乗り越えるべく『大黒屋』の店頭に立った。
いるはずだ――不定期な営業をする『大黒屋』の動きを監視し、さらには俺との連絡をつけるために、バーグマン宰相の直属である君影草の連絡員がこちらを見ているはず。
そして、こちらへ歩いてくる足音に気付く――通りを歩く通行人の足音ではない、自らの意思で俺のもとへと進む、確かな足音。
その音を鳴らす主へと視線を向ける――その先にいたのは、総合ギルド調査員のレミさんだった。