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時は少し遡る。
ヨーナことシュバルツが逃亡奴隷たちを連れて『大黒屋』へと戻っていた頃、総合ギルドとドラグランジュ辺境伯領からの合同依頼を受けていた山茶花の四名――フラウ、ミーチェ、ルゥ、マリンダは、ドラグランジュ辺境伯の長女オフィーリアと、その護衛騎士ヴァージニア・バーレンバーグの計六人で行動を共にしていた。
「今夜はこの辺りで野営にするわ。ミーチェ、周囲の偵察をお願い、ルゥとマリンダは食事の準備を」
「了解にゃー」
「おう、任せとけ!」
「了解」
森林都市ドラグランジュを出発し、再び坑道の迷宮へと向かっていた一行は、迷宮まであと数時間といった距離まで戻ってきていた。
明日の日の出とともに出発すれば、午前の早いうちには迷宮に再侵入できる。フラウはそう考えていた。
だが――。
「フラウ、何か様子がおかしいのにゃ」
周囲の偵察から戻ってきたミーチェの報告によれば、一度目に通過した時と比べ、獣や魔獣の気配が全くしないのだと言う。
となれば、考えられる理由はそう多くはない。自然界に生きる獣や魔獣たちが避ける何かが近くにいるのだ。
「ドラーク王国の竜騎士隊だろうか?」
オフィーリアの言うとおり、魔獣までもが避けるとなると、竜騎士が駆るアルアースがまず考えられる。
「考えられるわね。だけど、ドラグランジュ辺境騎士団が魔の山脈に入るのに制限が掛けられているように、ドラーク王国の部隊も正当な理由なく進入してはこれないはずよ」
「ドラーク王国から魔の山脈に進入するとの連絡は受けておりません。それに魔の山脈内の魔獣討伐は、我々が行う番だったはずです」
「そうだったな、ヴァージニア。となると、何か湧いてきたか?」
「その可能性が高いわね、今夜は見張りを増やして三人交代にするわ。怪しい気配や音を聞いたらすぐに知らせて」
湧いてきた――。それはつまり、迷宮内部で力をつけた魔獣・亜人種が迷宮の外へとあふれ出したことを示していた。
フラウの指示により今夜の方針が決まる。
魔の山脈に引き寄せられる魔獣たちも避けるような存在が、この山脈のどこかを徘徊している。それもそう遠い場所ではないことは、獣たちの動きを知れば明らかだった。
数時間後――彼女たちは聞く。魔の山脈に轟く、けたたましいまでの連続した炸裂音を――。自然界の覇者、ドラゴンの咆哮を彷彿とさせる爆音を――。
「この音は何だ? 初めて聞く法撃音だ」
見張り番に立っていたオフィーリアとヴァージニアがまず気づいた。
「この音……」
見張り番の三人目、ルゥのつぶやきをヴァージニアが拾った。
「ルゥ殿、この法撃音を知っておられるのですか?」
「前に似た音を聞いた。正確無比な遠距離スキル、見切ることは難しく、喰らえば耐えることも難しい」
「そのようなスキルが……」
「すぐにみんなを起こす」
「そうだな……怪盗“猫柳”捕縛の任を受けての魔の山脈入りだったが、何が起こっているのかを確かめなくては……」
休んでいたフラウ、ミーチェ、マリンダも遠くから響く法撃音に気づき起きてきた。
「何が起こっているの?」
「戦闘」
「この音は……彼が戦っているにゃ?」
「いやいやいや! ここにいるわけないだろ、魔の山脈だぞ?!」
「だけど、マリンダ。誰が戦っているにせよ、この法撃音はただ事ではないわ。ミーチェ!」
「そう遠くないのにゃ……迷宮……いや、ドラム要塞の辺りだと思うにゃ」
「出発する準備が整いました」
山茶花の四人が法撃音とそれを鳴らしている者について話し合っている間に、ヴァージニアは野営道具を片付け、焚火の火を松明に移して手に持っていた。
日の出までもう少し時間がある、六人は松明の火を分け合い。ミーチェを先頭にして、未だ鳴りやまぬ爆音の発生源へと移動を開始した。
移動を開始して間もなく、六人は夜空が赤く染まっているのを見た。日の出とは全く違う方角、染まるはずのない空が染まっている。その事実が示すことを、六人は明確に把握していた。
自然と進む速度は速くなり、それと反比例するかのように駆ける足音は小さくなっていく。闇夜に散らばる落木を踏み折らぬように、伸び放題の枝葉を揺らさぬように――。
林から草木が消えていき、代わりに砂と石ばかりの荒野と姿を変えてさらに進んだ巨石の陰に、まずはミーチェが身を潜めた。
「ドラム要塞が……燃えているにゃ……」
「暗くてよく見えないけれど……要塞の正面にも戦闘があるわね」
ミーチェに続いてフラウが巨石の陰に入り、残りの四人も合流した。
「彼?」
ルゥが呟いたが、その後ろについたオフィーリアの見解は違った。
「ドラム要塞の防壁が崩壊している……魔獣の群れにでも襲われたか?」
「まだ戦闘が続いているようです」
彼女たちの位置からは内部までは見通せなかったが、崩壊し炎上を続ける要塞からは未だに砲声が轟いていた。
「……オフィーリア、確認しておきたいことがあるわ」
「なにをだ? フラウ」
「魔の山脈への進入許可を貰っているのは、わたしたちだけのはずよね?」
「その通りだ。怪盗“猫柳”の本拠地捜索と、それに伴う迷宮探索を極秘に行うため、他の冒険者による魔獣狩りは休止させている。それに加えて、ドラーク王国との間を行き来する商人たちにも山道の利用を控えさせている」
「わたしたち以外に、同様の依頼を受けている冒険者はいないのかしら?」
「少なくとも、わたしは聞いていない。もしかしたら、父上が何か知っておられるかも――」
そこまで話したところで、オフィーリアとフラウは要塞から響いていた音が消えたことに気づいた。
ミーチェたちもすでに気づいており、身を隠していた巨石から出て要塞――だったものを見つめていた。
「戦闘が終わった? オフィーリア、その件はまた後で――。今は……」
「えぇ、ドラム要塞で何が起こっていたのか、それを確認しましょう」
◆◇◆◇◆◇◆
俺の目の前に立つのは、抜刀し、大盾を構え、魔言詠唱を始めた山茶花とオフィーリア、それにヴァージアの六人だった。
派手に戦いすぎた……。M202A1を始め、87式対戦車誘導弾やセントリーガンは、攻撃時に発する発射音や射撃音の音量はまさに爆音。度重なる砲声に引き寄せられるように、彼女たちは坑道の迷宮ではなく、ドラム要塞へとやってきたのだろう。
そして見たはずだ。荒野を走る街道が血に染まり、要塞が崩壊して多数の死者が出ている様を――。
この戦いに後ろめたい気持ちなど一切持っていない。だが、この場で顔を合わせるのは少し――どころではないほどにタイミングが悪い。
「彼じゃない」
ルゥさんの呟きが聞こえる。
「前から気になっていたのですが、皆様の言う“彼”とは?」
魔言詠唱が終わり、魔法名を宣言して付与魔法らしき魔法を六人に掛けたヴァージニアがそのままルゥさんに尋ねたが、ルゥさんはそれに答えることなくこちらを凝視していた。
「ちょっとした知り合いにゃ、詳しくは話せないのにゃん」
代わりにミーチェさんがこちらを見ながら答えたが、どうやら彼女たちはいつぞやの約束を未だに守ってくれているようだ。
「アンデッドが一匹でこれをやったってのかい!」
「他にもいるかも、注意」
「ルゥの言うとおりよ。周囲を警戒して、ミーチェ!」
「あいつ以外には、魔獣や亜人種の臭いも気配もしないにゃ!」
「フラウ……これほどの破壊を生み出すアンデッドだ。門番どころではなく、迷宮の主に匹敵する格かもしれない」
「オフィーリア様、フラウ様、我々だけで討伐するのは……」
「だがヴァージニア、こいつをここで野放しにして、もしもドラグランジュ側へ来たらどうする? ここで討伐せねば、必ずやドラグランジュで暮らす民に害を及ぼすぞ」
あちゃー……。完全に戦闘モードに入ってる……どうする……?
残る弾薬はUMP45に装填されている八発と予備マガジンが一つ。毛皮のマントに隠すようにPSS特殊消音拳銃が腰のホルスターに入っているが、こちらも予備マガジンは二本。
グレネードアックスの擲弾は三つ残っているが、そもそも俺は彼女たちと戦うつもりはない。
それに――模擬弾を使用するならまだしも、通常弾では手加減のしようがない。戦闘になれば、即どちらかの死に直結することになる。
彼女たちとはまだ少し距離がある。逃げるなら――今しかない。
今にも突撃を開始しそうなマリンダさんの前へと、撤退時に使おうと残しておいたM18スモークグレネードを放り投げ、噴射された緑色の煙幕に重なるように退路を選び、崩壊した要塞の内部へと撤退を開始した。
「なんだこれ!」
「マリンダ気を付けて! 腐食煙霧かもしれないわ!」
フラウさんの注意喚起の声が聞こえたが、それはただのカラーガスだ。
「アンデッドが逃げるぞ!」
「オフィーリア様! お一人では危険です!」
後方から光点が一つだけついてくる――。ドラム要塞の裏手から荒野を回り込むように魔の山脈へと戻ろうとしたが、その動きを見られては面倒だ。
俺は足を止め、追跡してくる光点へと振り返った。