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深い闇に沈む魔の山脈、ドラーク王国との国境線を監視するドラム要塞へと夜襲を仕掛けた。
要塞は崩壊し、常備兵に多大な損害を与えた俺は、仕上げとばかりにスモークグレネード弾を撃ち込み、ドラム要塞を白く染め上げた。
「なっ、なんですかこの白煙は!」
ドラーク王国よりドラム要塞を預かるカシウム師団長の、焦燥に駆られた声が白煙の向こうに聞こえた。
その焦りは想像がつく。自分が任されていた要塞が崩壊し、配下の兵達を次々に失い、捕縛したはずのコティーには逃亡された。
きっと、この失態をドラーク王国の支配者は許さないだろう。
だが、それは俺も同じだ。
この世界に落ちて、クルトメルガ王国の地に落ちて、俺は多くの人々と知り合った。アシュリーや総合ギルドの職員たち、マルタさんを始めとしたマリーダ商会の人々、多くの冒険者や貴族たち。そしてなにより、クルトメルガ王国で暮らす多くの国民と知り合った。
俺は、自分が思っている以上にクルトメルガ王国のことを気に入っていたようだ。クルトメルガ王国へとちょっかいをかけ続けるドラーク王国、そしてその支配者には不快感ばかりが募る。
今の俺ができることはそう多くはない――ただひたすらにVMBの力を揮って、このクルトメルガ王国へと降りかかる火の粉を払うことくらいしか出来はしない。
丁寧にインベントリへ戻す時間が惜しい。手に持つダネルMGLとMG34を地面に落とし、腰に掛けているグレネードアックスを引き抜いた。
ここに銃器を残していても、誰かが手に持った瞬間に光の粒子へと変わる。俺との距離が一定以上離れても銃器は消える。その先はインベントリだ。
あと数十秒で白煙が消え去る――その前に。
「えぇい、この白煙はなんなんですか?! 誰がこんなものを!」
「コノ白煙はオレが撒いたものダ」
「誰ですか?!」
俺は白煙の中をFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードの熱感知と音を頼りに進み、残る標的であるカシウムの背後にまで迫っていた。
不意に掛けられた聞きなれぬ声に、カシウムは即座に振り返ったが、そこにあったのは首の落ちた副官だったものが二つ。そして、白煙が光の微粒子へと変わりながら消え去っていく先に立つ、一匹のアンデッド。
「なっ、アンデッドが言葉を――」
「コノ要塞はもう終わりダ」
カシウムは一瞬だけ副官たちに目を向け、直後に後方へと飛び距離をとった。
口だけの文官タイプかと思ったが、どうやら武官タイプだったようだ。距離が離れたところで直ぐに腰の長剣を抜き、その切っ先を俺へと突き付けている。
「……まだわたしがいます。ドラム要塞を失い、国中を捜索しても見つからなかったコルティーヌに逃げられたのは誤算でしたが……。言葉を話すほどの上位格アンデッド、おまえを捕縛して本国へ連れて帰れば、この汚名全てをそそぐことができる」
「ホウボクされた家畜はいつ家に帰るのか知っており、自らの意思で草地を離れるとイウ。ダガ――愚かものは自分の腹の限度も知らずに、目に見えるだけの草を食べるソウダ」
「なっ――わたしを家畜以下だと愚弄するのか! アンデッドの分際で!!」
カシウムが持つ長剣の剣先が、怒りに震えているのがよくわかる。
だが、カシウムを煽りはしたが、それはそのまま俺にも返ってくることでもある。奴が愚か者ならば、俺はマヌケ野郎ってところだろうがな。
「アルギルス!」
怒りに震えるカシウムが叫んだ。同時に、視界に浮かぶマップと集音センサーが後方から接近してくる超重量級の動きを捉えた。
振り返ることはしない。近づく何かから横へスライドジャンプすることで距離をとった。
俺が横へ飛ぶのと、何かが俺がいたところへと飛び込んでくるのはほぼ同時。ジャンプしながら回転して向きを変え、飛び込んできた――大型のアルアース。
カシウムの言葉を聞くに、この大型のアルアースの名はアルギルスか。坑道の迷宮内で見た、カシウムの騎竜だ。
続いて聞こえる多数の足音――ガチャガチャと擦れ合う金属音が多数と、逆に軽い布切れが擦れる音が多数。
音の発生源に目を向けると――燃え上がる要塞の瓦礫の向こうから、フルプレート系と思われる重装鎧を着こんだ歩兵たちと、逆にヒラヒラとした祭服のようなローブの歩兵たちがこちらへ向かってくるのが見える。
歩兵の総数は合わせて二〇人。ご丁寧に一〇人ずつ別れ、大盾と槍斧を持った重装歩兵を前衛に、短杖にローブ――あれが魔術結界装備なのだろうが、それを着込んだ魔術歩兵を後衛に並べて集結した。
飛び込んできたアルギルスはカシウムの下へ移動した。これで俺を挟み込むようにしてカシウムとアルギルス、重装歩兵隊と魔術師隊が展開したことになる。
だが、歩兵隊の表情は暗い。このドラム要塞を粉砕し、炎上させ、多数の同胞を殺した一匹のアンデッドを前に、チラチラと崩壊した瓦礫に目を向けながら、不安と恐怖の表情を浮かべながら陣形を保っていた。
「すぐには倒すな、ドラム要塞をこれほどに崩壊させた上位格アンデッドだ。それに言葉を話すこともできる。無力化し捕縛しなさい! こいつを捕縛し、魔獣と亜人種の世界について情報を聞き出すのです! さもなくば、お前たちは私同様に要塞損失の罪を問われることになりますよ!」
カシウムの脅すような言葉に、歩兵たちの表情が変わった。正直――要塞が崩壊した責任を常備兵が負わされるとは思えないが、歩兵たちはそうは思わなかったようだ。
アンデッドの姿をとる俺に対する不安や恐怖は吹き飛び、決死の表情と強い眼光が灯った。
「魔術障壁を展開しろ。重装歩兵隊は≪金剛盾≫を発動!」
陣形を組んだ重装歩兵隊と魔術師隊の後方に、歩兵隊を指揮する副官の姿が見える。坑道の迷宮内部で見かけた副官の一人、これでターゲット全員の位置は判明した。
二人いた副官の内一人は、すでに首なし死体となって俺の足元に倒れている。
歩兵たちを指揮する副官と、アルギルスに跨り距離を取り始めているカシウム、この二人は坑道の迷宮の位置、そしてコティーの存在を明確に認識している。その他にも知っている奴が存在するかもしれない。
だが、俺が攻撃を開始するまでの時間と、欲深そうなカシウムの態度を見るに、いても一人か二人。足元に転がる見覚えのないカシウムの副官、こいつがプラスアルファの存在だな。
狙うは……二人。
大盾を構える重装歩兵前方の空間が歪む――魔法障壁の展開。そして、白光に輝く甲羅のようなものが重装歩兵たちを包んで消えていく――スキル≪金剛盾≫の発動エフェクトだろう。その効果はわからないが、物理防御力を上げる類のスキルだとは予想できる。
早々に戦闘を再開しなければ、さらに色々と付与魔法やBuffスキルを発動されるかもしれないな――。
腰のポーチからM84フラッシュバンを二本取り出し、カシウムとアルギルスの前へと一本放り投げ、もう一つを重装歩兵前へと投げた。
「何かを投げたぞ、警戒しろ!」
連続する二つの爆音が轟き、要塞を赤く染める炎の明かりを塗り潰すほどの白光が閃く。
「うぉぉぉ!」
「ぐあぁ!」
マップに浮かぶ光点の一つが、爆音が轟く直前に大きく移動したのが見えた。
カシウムの跨るアルギルスだ。歩兵隊は防御を固めることを選択し、カシウムは距離をとることを選んだ。
運のいいやつだ……だが、その回避行動が唯一の正解。不正解の回答を出した歩兵隊が、視覚・聴覚障害に喘ぐ内にその数を減らすべく行動を開始する。
毛皮のマントに隠していたUMP45を前に回し、歩行立射の体勢をとって前進しながらトリガーを引いた。
重装歩兵は防御態勢を維持できず、膝から崩れ落ちて喘いでいた。頑強そうなフルプレートの鎧とスキルによる更なる防御力強化。だが、一か所だけ素肌が見えている部分がある――顔だ。
胃液を吐き出し、泡を吹きだす者もいるそのむき出しの口元にクロスヘアを合わせ、指切り射撃を行いながら数を減らしていく。
発砲時の反動が強いUMP45では、至近距離といえども狙いから外れることは珍しくない。一発の.45ACP弾が剥き出しの顔部分ではなく、そこを守る兜へと当たった――。
兜へと着弾する瞬間――僅かにだが白い甲羅のようなエフェクトが見え、銃弾を受け止めた? 同時に金属に銃撃が当たった音とは少し違う、ガラス細工を撃ち抜いたかのような砕ける音が響き、銃弾は着弾判定により消滅。
残る重装歩兵の装備する兜には、傷一つ付いていなかった。
硬い――いや、物理攻撃を無効化されたのか?
リズミカルに撃ち鳴らされていたUMP45の発砲音が途切れた一瞬に鳴り響いた防御音、それを聞いたのは俺だけではなかった。
「物理攻撃か!」
後方から聞こえるカシウムの声――同時に、聞こえる魔言の詠唱。重装歩兵たちの後方にいた魔術師隊は、M84による被害が小さかったようですでに正気を取り戻している者がいた。そして、そのさらに後ろにいた副官の一人は、ここまでの一連の流れを静かに監視し、見極めようとしていたようだ。
「~~~、~~~、≪石壁≫!」
最後尾の副官が口早に魔言を唱え、魔法名を宣言した瞬間――俺と重装歩兵隊の間に分厚い石壁が迫上がり、銃撃を物理的に防ぐ防壁となった。
「魔術師隊、魔法障壁を解除しろ。重装歩兵隊を下がらせてかいふ――くの必要はなさそうだな。陣形を組みなおせ! ≪金剛壁≫を切らすなよ、魔術師隊は対遠隔物理防御!」
石壁の向こうで副官の指示が飛ぶ。
「くっくっく――たとえ一匹で要塞を破壊するほどの力を持っていても、その種が判ればどうとでも対応できる。所詮は我々に討伐されるのが定めのアンデッドにすぎないということですよ!」
カシウムの嗤う声が聞こえるが、俺に言わせれば――。
「ナニを嗤う。この程度、スケルトンメイジですら二撃目には対応してきた防御手段ダゾ」
この程度で防げるほど甘くはない――。
素早くUMP45のマガジンを換装し、続いてM84フラッシュバンが入っていたのとは違うポーチから取り出すのは、M67破砕手榴弾だ。指で弾くようにしてピンを抜き――。
「なんとでもほざくがいい、アンデッド! 最後に立っていたものが勝者だ!」
石壁を背にカシウムとにらみ合いながら、M67を後方へと山なりに放り投げ――炸裂。
それが号砲となり、俺とカシウムの跨るアルギルスが同時に駆け出した。
前方へのダッシュをしながら腰のグレネードアックスを引き抜く。右手にUMP45、左手にグレネードアックスを持ち、迫るアルギルスの大口を睨む。
「アルギルス、≪亜竜の息吹≫!」
カシウムの指示にアルギルスの口腔に光が灯るのが見える――ダッシュから右前方へとスライドジャンプ‐ストレイフジャンプと高機動ムーブへと切り替えて、アルギルスの正面から姿を消す。
瞬間――魔砲とはまた違う。もっと濃度が高いと明らかに判る魔力の奔流が吹き荒れた。
≪亜竜の息吹≫が石壁に直撃し、反対側を俺のM67で幾ばくかのダメージを加えていたせいか、石壁を破壊してその先へと突き抜けた。
崩壊していく石壁の向こうでは、M67破砕手榴弾による負傷を回復させようとするところだった。
「えっ――」
僅かに聞こえた重装歩兵の声をよそに、ストレイフからの空中射撃へ移行するべくクロスヘアをアルギルスの上へと飛ばしたが――。
いない――。
「死ねぇぇぇい!」
カシウムは俺が≪亜竜の息吹≫を避けたのと同時に、上空へと飛んでいたようだ。視界に浮かぶマップの光点の形により、俺よりも高い位置にいることを瞬時に察し、その怒声に反応するようにグレネードアックスを振りあげた。
カシウムの長剣とグレネードアックスの斧刃が激突する――。
この男、思っていた以上に戦闘に長けた指揮官だったようだ。弾き返されるように後方へ飛ぶカシウムを追ってクロウヘアが飛ぶ。
UMP45の銃身を左腕にのせ、トリガーに指をかけた瞬間――≪亜竜の息吹≫を放ったばかりのアルギルスが次の行動を起こしているのが見えた。
鋭い牙が並ぶ大口を開け、涎をまき散らし、地獄の底から響くような低い咆哮が轟きわたる。
一度はカシウムに重なったクロスヘアが止まることなく追い越し、迫るアルギルスの口腔へと重なる。
指切り射撃ではなく、トリガーを引き抜くフルオート射撃で.45ACP弾をマガジンが空になるまで撃ち抜いた。
硬い外皮に覆われているアルギルスといえど、内部の肉までが硬いわけではない。咥内へと撃ち込まれた.45ACP弾は喉を撃ち破り、首の筋肉を内側から破裂させ、頚椎を撃ち砕いた。
「アルギルス!」
俺の横へと巨体を転ばせるアルギルスに、カシウムが一度だけ声を上げた。
その声に返す声はない――そして、それは俺も同じ。
UMP45のマガジンを換装し、さらにTSSを起動して、遠隔操作型重機関銃セントリーガンを一基召喚し、≪竜の息吹≫を向けられ混乱している重装歩兵隊と魔術師隊へ向けて設置する。
セントリーガンの銃口が俺の意思に従って動き出し、12.7mm重機関銃が火を噴くように銃弾を撃ち放ち始めた。
「なっ、なんだあ――」
「バ、≪金剛盾≫!」
「ス、ストーンウォールをてんか――」
歩兵隊が光の粒子とともに突如現れた物体が何なのを知ったとき、それは自らの死を知るのと同義だった。
≪石壁≫を展開するのも間に合わず、≪金剛盾≫での防御も止むことのない暴威を受け止めきれずに砕け散った。
意識の端でセントリーガンを操作しつつ、俺はカシウムと刃を交わしていた。
すでに何度か見せた銃撃により、カシウムは銃器の特徴を正確に把握していた。その凶悪なまでにシンプルな攻撃手段――銃口を向け、トリガーを引く。たった二つのアクションで放たれる、魔法でもスキルでもない攻撃。
しかし、剣を振り下ろせば即ち攻撃となる剣撃に比べれば一段階多いアクションが要求される。
カシウムはその一段階目の動き出しにしっかりと反応していた。無理に攻めてくることはなく、銃口の正面に立たないように動き回りながら小さく剣を振って牽制を続けていた。
俺の近接攻撃はVMBの自動アクションが主だ。それもカウンターアクションやCQBといった一瞬で相手を戦闘不能にする近接格闘。これを決めるには相手の力を利用するか、もっと懐に飛び込まなくてはならない――。
現状の距離で剣戟を重ね続けていては不利か……。
セントリーガンの残弾数は二〇六発――。重装歩兵隊と魔術師隊の動きは止まり、その後ろにいた副官も蒼い月夜を見ていた。
剣戟を重ねながら、カシウムをセントリーガンの射線へと誘導する。
「アンデッドよ、お前はいったいどれほどの格なのですか? ダークナイト? デュラハン? バーサカー? それともさらに上位格だとでもいうのか?!」
「ナニを言うかと思えば……格なぞ知らん。オレはヨーナ、それ以外の何者でもナイ」
「ヨーナ? 聞いたこともない……」
終わりが見えない剣戟に、カシウムは明らかに焦りを感じているようだった。
だが、それはお前だけだ。
セントリーガン‐カシウム‐俺と一列に並んだ瞬間、セントリーガンが再び火を噴きカシウムの背に向けて射撃を開始した。
カシウムは後方から雷鳴の如き銃声に振り返り――その眉間に一つ穴を開け、続いてもう一つ、二つ、三つ……止まることのない銃火の嵐を浴び、立ったまま上半身を弾き飛ばし絶命した。
当然ながら、カシウムの先に立つのは俺だ。
カシウムの体を貫通した銃弾の嵐を、俺はCBSを展開することで耐えていた。
シールドを展開するためのエネルギーがある限り、CBSはVMBの全ての攻撃を防ぐことができる。
カシウムを突き抜けてくる銃弾を受け止めながら、意識の端でセントリーガンを操作し、CBSの防御範囲から逸れないようにコントロールし、俺もその嵐の勢いに体を崩さないように体勢を維持する――。
自分で自分を撃ってそれを受け止めるなど……ははっ、やればできるものだ……。
これでターゲットとしたカシウム、そしてその副官を仕留めた。ドラム要塞を崩壊させて常備戦力の維持を不可能にし、この魔の山脈にたいする防御機能を停止させた。
さらに、逃亡した非戦闘員や兵たちによって、魔の山脈には尋常ではないアンデッドが徘徊していることが伝えられるだろう。
前線基地となるドラム要塞を失ったドラーク王国に、これを討つ戦力を即時投入することはできやしない。
ここまでは予定通り……ここまでは。
わずかに残る要塞崩壊の残り火と、ゆっくりと昇り始めた朝日に照らされて、ドラム要塞だったものがオレンジ色に染まる。
その姿に目を奪われかけた一瞬、視界のマップに新たに六つの光点が浮かび上がった。位置はドラーク王国とは逆、魔の山脈方面――でかい音をたてすぎた。
呼び寄せるつもりのなかった六人の冒険者の姿が荒野に浮かび上がっていた。