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迷宮の入り口は、不自然に盛り上がった小山にある、大きな洞穴だった。
入り口の周囲には、迷宮から溢れた魔獣や亜人種に対応する為の警備兵達が立っている。警備兵に軽く挨拶し、俺とアシュリーは迷宮の中に入っていった。
洞穴の中には、ゴブリンの巣穴で見かけた小さな光る白い花が幾つも咲いていた。これが白光草だったのかと思いつつ、まずは地下一階へ下る階段がある小部屋へと入っていった。
「この階段を下れば迷宮の領域となります、準備はよろしいですか?」
アシュリーの最終確認の問いに、俺はちょっと待ってもらい、周囲にアシュリー以外の人の気配や、マップの光点がないことを確認する。次にTSSを操作し、まずは着ていたロングコートを収納した。
今回のDランク昇級試験での迷宮探索に合わせ、俺は主兵装を、それまで使っていたMP5A4から『FN P90』に変更した。
FN P90はサブ兵装で装備しているFive-seveNと同じ、ベルギーのFN社製で短機関銃に属する銃器だ。特徴は、人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると、剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。
これは、迷宮と言う狭い空間で戦闘する上で、乱戦になった場合に、貫通弾や跳弾が他の人に当たることを回避したいことと、P90の弾倉は50発も装填でき、高い継続戦闘能力を求めての変更だった。
P90を構え、デフォルトで装着されているドットサイトではなく、それを外したアイアンサイトを覗き、戻す、覗き、戻す。
ダウンサイトへの移行に違和感がないことを確認し、腰のポーチからタクティカルライトと言う、銃器に装着する懐中電灯のようなアタッチメントと、サイレンサーを2本取り出し、アイアンサイトの横にタクティカルライトを装着し、サイレンサーも取り付ける。また同じように、Five-seveNにもサイレンサーを装着し腰へ戻す。
「準備完了です、行きましょう」
俺が装備の確認をしている様子を、ニコニコと見ているアシュリーに声をかけ、いよいよ初めての迷宮探索を開始した。
◆◆◇◆◆◇◆◆
牙狼の迷宮はその名の通り、グラスウルフを中心とした、東の森に生息する魔獣が多く、亜人種はゴブリンくらいしか出てこないらしい。迷宮一階の道幅は広く、事前に総合ギルドの資料館で読んだとおり、6~10m近い幅で変化しながら続いていた。
俺とアシュリーは、並んで歩くと言うより、俺が少し前で歩き、その後ろをアシュリーがついてくるという隊列になっていた。前後の警戒をしながら、アシュリーと一般的な迷宮探索の仕方を聞くと、多くのPTが先頭に斥候を置くか、盾持ちを二人前に並べる隊列を採っているらしい。
「前方のカーブの先から3匹ほど近づいてきます。アシュリーさん、もう少し後方でお願いします」
「はい、お気をつけて」
前方から聞こえてくる足音はグラスウルフだろう、散々耳にした足音のリズムが三つ、俺はP90の安全装置を解除し、右へカーブしている20mほど手前で膝立ちになり、ダウンサイトしてクロスヘアとアイアンサイトを重ねる、そのまま少し待つと、カーブの先からグラスウルフの頭が出てきた。
それがグラスウルフだと判別できた瞬間、P90のトリガーを引く、セレクターはフルオートなので、3~5発ほど発砲してトリガーを戻す、”タップ撃ち”もしくは”指切り”などと言われる撃ち方で、グラスウルフの頭を撃ち抜いた。続いて姿が見えた2匹目、3匹目も同様にクロスヘアを滑らせて射撃していく。
サイレンサーの効果により、非常に小さい音でタタタンッ、タタタンッと鳴るだけで、迷宮での最初の戦闘はほんの数秒で終った。
「やはりシュバルツさんのそのスキルは凄いですね……探索初心者は、この通路幅に戸惑い、グラスウルフ一匹でも苦戦したりするのですが」
「俺の戦い方は、このArmsでの中・遠距離戦が基本ですからね。先手を取れれば、グラスウルフ程度なら戦闘になる以前に排除できそうです」
そう言いながらもP90を構えるのは解かず、ゆっくりとグラスウルフへ近づいていく。しかし、構える先に斃れるグラスウルフたちは、迷宮に沈み込むかのように黒い靄に包まれながら消えていった。斃れていた場所に残るのは、核となっていた小さな魔石だけである。
「風の魔石ですね、グラスウルフからよく採れる属性です」
「前から考えていたのですが、やはり俺には迷宮が合っているのかもしれません、道具袋が使えない俺には、魔獣を斃しても素材として持ち帰るのは厳しい。ですが、この魔石を数集めるだけなら、そう大きな袋は要らないでしょう。それに、この通路幅が俺の攻撃を避けにくくしていますしね」
そう言いながら、魔石を拾い腰のマガジンベルトにぶら下げた荷物袋へと入れていく。
「シュバルツさんは、探索者の道を選択するのですか? 確かに魔力のないシュバルツさんでも、大きな収入が見込めるかもしれませんが、探索者は大きな怪我や帰れなくなるケースも少なくありません。ソロでやっていくには、余りにも危険ですよ……」
「『魔抜け』の俺と、パーティーを組んでくれる人はいないでしょう。それに俺の戦い方は、同種の攻撃手段をもった者と組まないと活かせません。
近接攻撃主体の方と組んでも、逆に危険に晒すことになるでしょう。なに大丈夫ですよ、だからそんなに心配そうな顔はしないでください」
俺はアシュリーさんへと振り返り、口元を緩めた。 アシュリーさんの表情は浮かなかったが、それでも俺はやっていくしかない、この異世界で生きていくには、戦っていくには無属性の魔石が必要だ。戦いと無縁の生き方をする選択肢もあるのかもしれない、最初はどうしていいのか、何をするのか全くわからなかった。
しかし今は、俺はこの異世界で戦う為に落とされた、そんな気がしている。
「さ、アシュリーさん、先へ進みましょう。まだまだ探索は始まったばかりですからね」
「……はい、そうですね、先へ進みましょう」
俺とアシュリーさんは探索を再開し、先へ進みだした。そこからは、魔獣や亜人種の足音を聞きつつ、近づいてくる敵を待ち構えて、見えた瞬間に即射殺するのを繰り返し、魔石を回収していった。そして、地下一階を半分ほど進んだところで、最初の大部屋が近づいてきた。
「シュバルツさん、この先の大部屋は、魔獣か亜人種が10以上はいる筈です、どの様に対処しますか?」
「そうですねぇ、大部屋の魔獣たちって、こちらが部屋に入らないと攻撃してこないってのは本当なんですかね」
「ええ、大部屋にいる魔獣たちは、通路を警戒しているというより、そこで休息をとっていたり、亜人種だと焚き火を囲っている、なんてことも目撃されたことがありますね」
なるほど、今後の探索でネックになるのが、大部屋での上位種がいる場合や数が多い場合だ。迷宮内は通路と小部屋、大部屋で構成されており、通路や小部屋は多くても5匹程度しか集団でいないらしい、しかし大部屋は二桁は必ずいると言われ、時にはそこに上位種が混じっているそうだ。
この多勢を相手にする場合、どのようにして数の差を縮めるか、どのような戦術を取るのがより効率がいいのか、探索者として生きていくには、この問題が常に付きまとうことになる。
「ちょっと使ってみたい道具があるんですが、大きな音が出るので、使う時には耳を塞いでいて下さい。それと、大部屋の入り口がどうなっているかにもよりますが、音が出る時に、それを直接見ないように気をつけてください。もしかしたら、アシュリーさんにも影響が出てしまうかもしれません」
「音ですか? 大きな音を出して……どうするんですか?」
「なんといいますか、判りやすく言えば、状態異常を発生させる攻撃を行ないます。それで敵がパニックになったところで処理します」
「大きな音で状態異常ですか?」
俺が使おうとしているのは『M84フラッシュバン』と呼ばれる特殊手榴弾だ。
基本装備として、いつもこれを2個携帯しているのだが、今までは自然界での戦闘だった為、これを投げることは無かった。だが今回は、敵が大部屋に留まっている事がわかっているので、これの効果を検証する意味でも使ってみることにしていた。
M84フラッシュバンは爆音と閃光により、相手の視覚と聴覚を一時的に麻痺させ無力化させる。VMBの対人戦のPvPでは、お互いにヘッドゴーグルやイヤーパッドがあるため、アバターカスタマイズで頭部が剥き出しのアバタータイプでもないと大きな効果が得られなかったが、異世界へ落ちる直前まで、俺はPvEをプレイしていた為、装備したままだったのだ。
エネミーは、当然ヘッドゴーグルなんて装着していないので、閉所での奇襲には非常に効果的だった。
「そうです、使うのを見れば……と言っても、音と同時に強い閃光が出ますので見てると軽い視覚異常を起こしますが」
アシュリーさんに、M84フラッシュバンを簡単に説明しながら大部屋へ近づいていく。すでに俺の耳には、多数の亜人種らしき奇声が聞こえている。
大部屋の入り口は通路の右側にあり、直線で入っていくレイアウトにはなっていないので、これも都合が良かった。アシュリーさんに入り口の後方で待機してもらい、通路からリーン状態で中を覗き込んだ。
(1、2、3……11匹か、全て普通のゴブリンに見える)
部屋の中にいる数を確認し、MAPに映る光点の数と差異がないことも確認する。ヘッドゴーグルのマップには、大部屋が全て収まっており、1辺20mほどの広さの中央に、ゴブリンどもが固まって座っていた。ぎゃーぎゃー喚いているが、あれは何か会話しているのだろうか?
アシュリーさんの下がったところまで慎重に後退し、ゴブリンが11匹いることを伝え、俺の合図で耳を塞ぐことを改めて確認した。
再び入り口の傍まで行き、腰のグレネード用ポーチから、M84フラッシュバンを取り出し、アシュリーさんへ耳を塞ぐよう合図する。
俺の合図を見て、アシュリーさんが耳を塞ぐのを確認し、M84フラシュバンの上部についているピンを抜き、ゴブリンが固まっている中心めがけて投げ込んだ。
VMBの手榴弾は様々な種類があるが、多くのタイプが投擲から約3秒で爆発する。銃器の性能が、ゲーム内とこの異世界で違いが無かったように、M84フラッシュバンもまた違えずに、約3秒で爆発した。轟音が鳴り、閃光が放たれたのを確信する。同時にヘッドゴーグルに表示されているクロスヘアが、フラッシュバンがヒットした事を知らせる拡がり、スプレッドを確認し一気に大部屋へと侵入する。
「Gyaaaaaa」
大部屋の中のゴブリン達は漏れることなく、目や耳を押さえ、口を大きく開き、悲鳴のような違うような、唸る様な奇声を上げていた。
M84フラッシュバンによる、視覚・聴覚への状態異常が、どのくらいの時間続くのかは判らないので、素早くP90のトリガーを引き、一匹ずつ迅速に処理していく。
思わぬ反撃がくる恐れもあるので、あまり近くには寄らないように、しかし弾を外さない必殺の距離で仕留める。
しかし、P90の弾倉50発と言えど、11匹を処理するには足らなかったようだ、まぁ俺の指切りが甘かったのかもしれないが……P90を背に廻し、素早く腰からサブ兵装のFive-seveNを引き抜き、残ったゴブリンを処理した。
「この数を一度の攻勢で、しかも数分で斃してしまうなんて……それに、本当に大きな音でしたね。耳を押さえていたのに、轟音で空気が震えるのを感じました。 あんなもので状態異常を引き起こせるなんて、属性魔法でも聞いた事がありません」
後方でゴブリンを処理していくのを見ていたアシュリーさんが、部屋の中央へ入ってきた。斃したゴブリン達は、順次靄に包まれ魔石だけを残していく。俺は残った魔石を拾いながらアシュリーさんへ振り向き
「こちらの想定どおりに事が進んでくれましたからね、相手の状況に合わせて色々と戦い方を変えていけば、俺一人でも十分やっていけると思いますよ」
「ええ、この様子なら安心です。でも、油断はしないでくださいね」
「もちろんです。さぁ、先へ進みましょう! この大部屋を抜ければ、地下二階への階段までは部屋は無いはずです、一気に走破してしまいましょう」
こうして、俺の迷宮初探索は問題なく終了した。地下二階までの道中は、それまでと何ら変わらず、待ち構えての先制射撃で全て片付け、地下二階に一度下りて、再び地下一階にもどり、来た道を帰っていく。
ただし、迷宮の魔獣や亜人種は、一度斃すと数時間から数日は再び出現することはない。その為、帰りの行程はほとんど歩いているだけだった。
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。
M84フラッシュバン
爆音と閃光により、相手の視覚と聴覚を一時的に麻痺させ無力化する特殊手榴弾。