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「ん……う……」
頬が冷たい、手には何か草のようなものと触れ合う感触、ゆっくりと目を開けると俺は天空庭園ではない別のマップにうつ伏せに倒れていた。
「どこだここは? 隠しマップか?」
通常なら天空庭園で小島に着地できなければ、マップ外への落下判定で死亡となり、プレイヤーのホームである個人ルームへと飛ばされるはず、しかしそうはならずに俺は草原、そう緩やかな風を感じる草原ステージに寝ていた。
「こんなところへ飛べるなんて情報は聞いたことがないが……風?」
周囲を見渡し、上空を見ても天空庭園の小島は見えない。見えるのは緩やかに動く雲と風に靡く草花のみ、しかしおかしい、VMBには風なんていう要素は無かったはず、そういえばさっき地面に寝ていた時に頬が冷たかった、温度を感じる……
「VMBじゃない? いやまさか」
ゲーム内ではない違和感に戸惑いながら自分の体を確認する。さっきまで使っていたMP5A4はある、マガジンベルトにはマガジンが3本、腰にはサブ兵装、グレネード、ナイフ、左腕のガントレットには様々な機能を内包したタクティカルサポートシステム(以下TSS)が付いているし、スクリーンモニターを展開すれば今までどおりにメニューが表示される。
しかし、運営からのニュースやメールを開こうとしても、表示されるのはERRORの文字のみ、ヘッドゴーグルに映るマップは初期化されているのか、自分の位置を示す光点のみ、今まで貯めてきたCPはそのままの数字……武器・弾薬や備品を購入できるSHOPは機能しているようだ、支援兵器召喚機能も選択は出来る。
「意味がわからない、隠しステージだから誰かと連絡が取れないようになっているのか? とりあえず、折角の隠しステージだ、何か良い物がゲットできるかもしれないし、進んでみるか」
VMBのPvEモードには、ステージクリア報酬としてCPの他に低確率で銃火器などの装備品が手に入ることがあり、その殆どの物がSHOPでは購入できない限定バージョンの物だった。俺はこの限定物を収集するのが面白く、このモードに嵌っていた。
「と言っても、どっちに行くんだこれ」
周りを見渡しても目印になるようなもの、マップのゴールを連想させるものが見えなかった。方角だけはヘッドゴーグルに映るマップによって判ったが、周囲を見渡しても北の遠くに林、東には山、西と南は草原が広がるだけであった。
「うーん、西と南は何もなさそうだなぁ、VMBのマップ構成考えると山岳戦は聞いた事がない、と言うことは進むべきは北の林か」
全く前情報の無いステージは、どこから敵が出てくるか判らない。敵はマップに赤点として表示されるが、未踏破状態の部分は敵情報の赤点がマスクされ表示されることはない。
MP5A4を腰に廻し点射機能で3点バーストにする。パワードスーツにより強化された脚力により、普通より少し速い程度の軽い駆け足で北へ向けて移動を開始した。
目の前に林が近づいてきたが、ここまで敵の出現は無かった。しかし、全く予想していなかったものが目にはいった。
「虫?! え?」
草原を走ってる時には気づかなかったが、林に入り草木の背が高くなると、それに合わせるようにそれと共に生きている者も目に入るようになった、そう生きているのである。
仮想現実であるVMBの世界には当然ながら虫は存在しない。林や草原などの自然マップはあるが、そこで動くものは、プレイヤーか敵のどちらかだけでありNPCといった無害なキャラクターやMOBは存在しない。
「やっぱりここはVMBじゃないのか……? なら何故俺はこの格好でここにいる、と言うかここどこだよ」
それは誰に対しての問いだったのか、答えるものはなく、その声は凪ぐような風と共に林の中へと消えてゆく。思わずMP5A4のグリップを強く握る、実感する硬い鉄の塊、本体重量は3kg程度しかないが、それ以上にずっしりと感じる重量、今まで感じたこともなかった耳のイヤーパッドの重さ、ヘッドゴーグルのオレンジ色が見せる非現実感、思わず耳のイヤーパッドのスイッチに触れ、ヘッドゴーグルを収納する。
目に映る自然の色彩は、どう見ても現実だった。ゴーグル越しではなく、肉眼で見ればすぐにわかる、ここはVMBのゲームの中の世界じゃない、現実だ……TSSを操作しログアウトを確認するもやはり何も反応しない。
どこを見るわけでもなく、焦点の合わないフラフラとした視界の遠くに何かが横切った
「敵?!」
ゲーム内と同じ格好をしていたせいか、動くものを敵と思い、すぐに傍の木へと体を隠し、少し震えた手でイヤーパッドを触り、ゴーグルを再び展開する。
木を背にリーンと呼ばれる前方を覗き込む動作で、何かが横切った方向を見る。
「人? プレイヤーか?」
200Mほど先に人型の何かが3人見えた。だが何かがおかしい、髪の毛が無い? 服装が……腰巻? ゴーグルのオレンジ色越しではよくわからない、思わずゴーグルの透明度を上げ、マップなどのHUDが見えるギリギリまで調整する。木から木へと低い姿勢で移動し、体を隠すカバーリングという移動方法を繰り返し、3人の後を追った。
「おいおい、まさかあれ……ゴブリン?」
100Mほど後方で様子を窺うと、それの色がおかしいことがまずわかった。人の色じゃない、緑色だ……やはり髪の毛は無い、耳がでかい、身長は120cm程度だろうか、子供にしか見えないが手には棍棒みたいな木の棒を3人とも持ってる。
どう見ても人間ではないし、VMBにあんな敵はいなかったし聞いたことも無い、しかし連想できる者の名は『ゴブリン』これしかない。
「俺は一体どこに来ちまったんだ、帰れるのかこれ」
明らかに自分のいた現実とは違う現実を見せられて、俺は完全に混乱していた。ただひたすらにゴブリンの後を隠れながら追っていた、追いながらこの現実について考えていた。
「ここは地球じゃないのか? これはあれか、どこかの惑星にテレポートでもしたのか? それとも時間移動か? いやいやいや、昔の地球にだってゴブリンが実在したわけじゃない、ならあいつらはなんだ? ここはどこだ? 今までの俺がいた世界とは違う現実、仮想現実じゃない現実、異なる世界……異世界」
俺はゲームが好きであったし、アニメや小説、ライトノベルなども忌憚なく楽しんでいた、一番好きなものはFPSであったが……。
「異世界転移、これはまさか……俺がやってたのはVRMMOじゃないんだぞくそがぁ」
最近のライトノベルのトレンドになってきてる題材が異なる世界へと旅立つファンタジー物だ、俺もいくつかは読んだことがあるし、その切っ掛けに使われるのがVRMMOというゲームジャンルだった。
俺がやってるVMBのような仮想現実シューターではなく、仮想現実RPGといったものだろうか、西洋系ファンタジーを題材にしたRPGの世界が、そのままリアルになったような異世界へと飛ばされる主人公の物語。
「俺がやってるのはFPSだぞ? 剣と魔法の世界に銃火器もって転移かよ……いや魔法があるかは知らないが……いや、こうなったらあると思った方がいい、相手は未知の飛び道具を持ってる、そう思って色々と対処しよう……」
そんなことを呟きながら30分ほど追い続けると、林の奥から水の流れる音、いや落ちる音が聞こえてくる。木々の隙間から見えてくるのは滝だ、水量は多くないが10Mほどの高さから落ちる滝と崖が見える、前方を歩くゴブリン3人……3匹か? は滝の横にある穴へと入っていった。
「俺なにやってんだろ」
穴へと消える3匹を見ながらふと我に返った。どうやら、あの3匹は巣穴に帰っただけのようだ。
俺が帰る場所はどこだ……動けなかった、俺には何をしていいのか目的が判らなかった。元の世界へ帰る?どうやってだ、どこで帰るんだ、この世界で生きる? どうやってだ、どこで生きるんだ。
俺はその場で、巣穴をただただ見つめている事しか出来なかった。
使用兵装
MP5A4
ドイツのヘッケラー&コッホ社製のサブマシンガン、世界でもっとも使用されているサブマシンガンであり、そのバリエーションも非常に多く。軍隊、警察、対テロ部隊等、幅広く活躍する名器である。