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書籍版「マヌケなFPSプレイヤーが異世界へ落ちた場合」、カドカワBOOKS様より
明日発売! よろしくお願いします!
魔の山脈の迷宮から遠ざかっていく山茶花とオフィーリアたちを密かに見送り、俺は明らかに人の手が入っている坑道へと歩を進めた。
坑道内を補強する木材は随分と古い物のようだ。朽ちかけているものや黒く変色しているものも多い。しかし、坑道内の壁に触れてみると、最近掘り起こしたような場所もあった。
そして狭い……高さは三mもないだろう、幅も二mちょっとしかなく、ここを集団で進むならば、自然と一列になって進むことになる。
魔の山脈には魔鉱石の鉱脈がある。それがこの地へと魔獣・亜人種を呼び寄せる原因の一つになっているわけだが、鉱脈を掘り起こしているとは聞いていない。
だがまぁ、鉱脈があるとわかっているということは、少なからず鉱山として利用していた時期があったということだろう。
この坑道はその頃のものか……しかし、ならば何故に新しく掘った跡がある?
薄暗く、白光草の明かりだけが灯る坑道を進むと、その僅かな明かりすら通らないほどの闇が目の前に広がっていた。
迷宮の入り口だ――。坑道の内部がそのまま迷宮化しており、視界に浮かぶマッピングされ続けていたマップが再びマスクされ、俺の立っている周囲だけがマッピングされ直す。
迷宮内部に入ったことを認識し改めて周囲を見渡すと、入り口部分は少し広がっている小広場のようになっていた。
これまでの経験を思い返せば、この小広場に転送魔法陣が設置してあるはず……、あった――。
ここに出現している転送魔法陣の数は一つ……。坑道内部を掘った跡があったことから予想はしていたが、坑道の迷宮もまた誰かが侵攻している。
総合ギルドの資料館で閲覧した資料によれば、迷宮の入り口に出現する下層への転送魔法陣は、それを守護する門番を倒すことによって浮かび上がる。
つまり、最初の転送魔法陣がある地下十階の門番は、誰かによって倒されているということだ。
バーグマン宰相から受けた今回の依頼――、一つは魔の山脈に存在する迷宮を討伐するパーティーを密かに援護し、攻略の状況を報告すること。
そして、それとは別に聞いた情報――。迷宮内部に本拠地を作り、潜伏しているという怪盗“猫柳”の話。俺や山茶花よりも先に地下十階に下り、門番を倒して転送魔法陣を使用可能にしたのは猫柳で間違いないだろう。
元々、猫柳は三人組と聞いていた。だが、本拠地と目される坑道と迷宮の攻略状況を考えると、戦闘可能な人員は三人では済まないだろう。
迷宮をどこまで攻略しているのかはわからないが、本拠地として活用するのならば、ある程度の広さがある門番の間、それと定石に鑑みれば地下八階にあると思われる清浄の泉、この辺りが一番の候補地だろう。
迷宮の外と比べると、高さや幅が倍以上に広がった坑道の迷宮地下一階を歩きながら、俺以外の誰かがいることを想定し探索を続けていくと、集音センサーが四足の移動音を拾い始めた。
数は三つ、マッピングされたばかりのマップの端に光点が浮かび上がる。
坑道に膝をつき、グレネードアックスを構えて光点の主を待ち構える。もう少しで光点の主が視界に出てくる――しかし、俺はまだその姿が見えない段階でトリガーを引いた。
空気の抜ける音と共に、低い放物線で飛ぶ擲弾が曲がり角へ飛び込む。同時に俺も前方へダッシュし、擲弾の着弾を知らせる爆音に続いてアクセルジャンプで曲がり角へと飛び込んだ。
飛び込んだ一瞬で状況を確認、一匹は擲弾のスプラッシュダメージ――範囲攻撃によって行動不能に陥っている。
グレネードアックスを左手に持ち替え、空中で腰のホルスターからPSSを引き抜いてトリガーを五連射。残り二匹のうち、手前にいた個体へとクロスヘアを飛ばし、光点の主――フォレストウルフの頭部から後ろ脚にかけて撃ち抜く。
動きを止めることなく着地と同時にスライドジャンプで最後尾のフォレストウルフへ向かって滑り込み、掬い上げるようにしてフォレストウルフの首を斬り飛ばした。
「フゥー」
軽く一息吐き、振り返って擲弾のスプラッシュダメージに巻き込まれて行動不能になっている個体の後頭部をとり、トリガーを二連射して止めを刺した。
マガジンを換装しながら、黒い靄に包まれながら坑道に沈み込んでいくフォレストウルフを見つめ、現状の兵装の組み合わせだと交戦距離が極端になっていると感じていた。
やはり、ARFかSMGが必要だ。しかし、山茶花の面々にはシュバルツとして迷宮討伐に同行したときに、銃器の形状や攻撃能力を見られている。
何か……あからさまに違うもので中・遠距離攻撃ができる銃器……あったわ。
TSSを起動し、インベントリに並ぶ銃器たちの中から、これまで一度も使ってこなかった分類――レーザー兵器が集まるタブを開いた。
集束していく光の粒子が黒い補給BOXを形つくり、目の前に現出した。上蓋を開け、中から取り出した銃はPhaseRifleと言う名称のVMBオリジナルレーザーライフルだ。
形状こそ一般的なARFに似ているが、カラーは黒一色。銃身下部にスライド開閉式のエネルギーパックを装填する部位があり、上部には専用の光学サイトが付いている。
円柱形の大きめの乾電池のようなエネルギーパックの容量は一〇〇〇、一度に一〇〇までチャージすることができ、トリガーを引くと九〇エネルギーを消費して、プレイヤーを即死させる即着の光学レーザーが発射される。
つまり、エレルギーパック一つで約十一発のフルチャージショットが可能であり、最低でも三〇エネルギーがチャージされていれば低威力のレーザーが発射できる仕様になっている。
レーザー兵器の特徴の一つがこのチャージ式の残弾管理であり、もう一つが即着という仕様だ。
これは、光学サイトや極小にまで収縮したクロスヘアを相手に合わせてトリガーを引けば、引いた瞬間に相手にヒット判定がでるというゲームの仕様だ。
これだけ聞くと、プレイヤーを即死させられる攻撃が必中で撃てるように聞こえるが、VMBではゲームバランスの名の下、光学サイトの枠内やクロスヘアが自分に近づくと、即死レーザー攻撃への注意を促すアラームメッセージが視界に流れる仕様となっている。
このアラームメッセージに素早く反応し、CBSや各種物理盾、または急激な機動変化によって狙いを外すことが可能となっていた。
だがここはVMBのゲーム内ではない。PhaseRifleの威力も不明だが、光学サイトに捉えても魔獣の視界にアラームメッセージなど流れるはずはない。
それに、山茶花のメンバーに銃撃を見られても、独特な振動音と共に赤い光線が飛ぶエフェクトを放つPhaseRifleの攻撃は、シュバルツの血統スキル《Arms》と錯覚するよりも先に、魔法攻撃と見間違えるはずだ。
今まで使用を控えてきた一番の要因、エネルギーパックを購入するための消費CPの高さも、大魔力石の落札金に加え、シャフーワインにシャンプー、コンディショナーなどの浴室用品、そして妙に人気が出始めている育毛剤の高値のおかげで、資金には十分すぎるほどの余裕がある。
補給BOXから予備のエネルギーパックを三つ回収し、逆にGE M134 Minigun本体と模擬弾の弾薬袋を収納して上蓋を閉じた。
これで一先ず再編成はいいだろう。
ここからは、まず地下一階から順に階層をマッピングしていき、100%になり次第下の階層へと下りていく予定だ。マップ構造を把握し、山茶花や怪盗“猫柳”から姿を隠せる場所をしっかりと把握しなければ、どこで鉢合わせになってしまうかわからないからだ。
特に――山茶花の面々と鉢合わせた場合、戦闘に突入するのは避けられないだろう。まさか俺がシュバルツであり、シャフトであるなどと言うわけにもいかないし、どちらかの姿をとるわけにもいかない。
TSSを操作し、マップ検索からミーチェさんに付着させたGPSの位置を確認すると、まだ魔の山脈を森林都市ドラグランジュにむかって移動している最中のようだ。
つまり、時間的余裕は十分にある。俺も明日には報告のために王都へと戻るが、そのあとは時間をかけてこの坑道の迷宮を探索することになるだろう。
迷宮内を探索しながら今後の行程を考えていると、マップに小部屋が映り込んできた。蠢く光点の数は四つ、足音から察するにコボルトタイプだ。
PhaseRifleのテストがやっとできるな。
確認すべきことは多い。フルチャージの威力、即着の仕様が再現されているかの確認、最低チャージ量での威力、連射性能に貫通力等々。
たった四匹では足らないな――、と考えながらも、毛皮のマントに隠したPhaseRifleを前に廻して両手で保持、いつでも攻撃できる体勢を整えながら小部屋へと向かった。
小部屋で蠢いていたコボルト四匹を斃し終えた俺は、黒い靄に包まれて沈んでいくコボルトの姿を見ながら、PhaseRifleの威力を考察していた。
まず、フルチャージショットは想像以上の攻撃力だった。PhaseRifleはカテゴリー的にはARFと言うよりかは、SRFのカテゴリーに属する。
発射されたエネルギー弾はVMBの仕様通りの即着であり、トリガーを引いたと同時に視界が赤く閃き、次の瞬間にはコボルトの胴体部に円形の穴が開いていた。
さらには同一射線上にいたもう一匹の胴体もまた、半円に抉れるように消失していた。
発射音は僅かな振動音のみ。そして、VMBがゲームだった時同様の赤い光線のレーザーエフェクト。
最低チャージ量での射撃でも、コボルト相手ならば7.62×51mm NATO弾と同等の威力が出ていると思われる。
フルチャージショット後のチャージ速度なども確認し、複数を相手取っても問題ないファイアレート――射撃間隔だと実感することができた。
この日は深夜から朝になるまで探索を続け、迷宮地下四階までのマッピングを完了させた。
安全を確保した小部屋にLVTP-5を召還し、その中でマリーダ商会の黒弁を食べたあとは、魔獣・亜人種のリスポーン間隔を記録し、王都へと転移した。
王都の第二区域、俺の行動拠点となった『大黒屋』の地下倉庫に設置した模写魔法陣の上に降り立った。
軽く周囲を見渡すが特に異変もないようだ。『大黒屋』の営業開始まではまだ時間がある。エイミーやプリセラたちがやってくる前に一仕事終えてしまおう。
アバター衣装のセットをヨーナからシュバルツに変えながら、地下階から二階の事務所へと移動した。
俺がやろうとしているのは、魔の山脈の迷宮――便宜上、坑道の迷宮とすでに呼んでいるが、この迷宮までの地図とマッピングが完了した地下四階までの迷宮地図を作製することだ。
坑道の迷宮討伐がスムーズに完了したとしても、北のドラーク王国との緩衝地帯となっている魔の山脈では収穫祭を行うわけにはいかないだろう。
それに、迷宮の位置はドラーク王国との国境線に近い位置だ。迷宮から様々な資源を持ち出すために、多くの冒険者や労働者が国境線に近づけば、それだけでドラーク王国を刺激することになる。
それを避けるための最小単位の探索パーティーと俺が派遣されたわけだ。だが、迷宮では何が起こるかわからないし、怪盗“猫柳”の本拠地のこともある。
迷宮の正確な地図を製作しておけば、もしもの増援を迎え入れることもできるだろうし、山茶花やオフィーリアたちと不意に遭遇した時に、俺の逃走経路を考える助けにもなるだろう。
すべての地図を描き終えるまでには、そう時間は掛からなかった。
時間を確認すると、もういつ彼女たちがやってきてもおかしくない時間だ。今日は先に売り場である一階に下りていようかと思ったが、俺が動き出したのと同時に玄関の鍵が開けられる音が聞こえた。
「こんにちはー」
「店長―! 来ましたよー!」
玄関が開くと同時に聞こえる元気な少女たちの声、エイミーとプリセラがやってきたようだ。足音の数は四つ、残る二人は護衛兼警備のアルムとシルヴァラだろう。
俺も一階へとすぐに下り、売り場で四人に声をかけた。
「お疲れさま、商品はすでに用意してあるから、店内の掃除から始めてくれるかい?」
「「はいっ」」
すぐに動き始めたエイミーとプリセラを横目に、アルムとシルヴァラが俺の近くまでやってきた。いつもは好き勝手な立ち位置で警護している二人だが……。
「なにか?」
「商会長から注文票を預かってきてるんだよ」
「あたいは物があればすぐに持ってくるように言われてる」
「注文票?」
アルムが差し出した封書を受け取り中を確認すると、近々開催が予定されているクルトメルガ王国の第三王子、アーク・クルトメルガ王子の生誕及び成人を祝う大きな晩餐会で提供される、シャフーワインの大量注文を取りつけたそうだ。
いよいよこの時期が来たのか――。
アーク王子はこの晩餐会から一年という長い時間をかけて、自らの妃となる魔導に優れた娘を探すことになるのだが、すでにその筆頭候補は城塞都市バルガを中心としたバルガ領を治める、バルガ公爵家の三女――、ラピティリカ様にほぼほぼ決定している。
ラピティリカ様は山茶花の一員として迷宮討伐に参加し、俺も地図作成依頼を経由してそれに参加し、緑鬼の迷宮は無事討伐され滅んだ。
その後、妃候補を政治的に一本化するまでの間、シャフトとして短い期間だったが護衛の依頼を受けたこともあった。
この晩餐会を契機に、ラピティリカ様は名実ともに妃の筆頭候補として、王国全土に認知されることになるだろう。
その大事な晩餐会に、俺が用意するワインが並ぶというのはちょっとした優越感がある。
「わかった、地下倉庫に在庫があるから持ってこよう」
「手伝おうか?」
「大丈夫だ。それに木箱はどれも同じ形でね、間違えたら大変だ」
「そうかい――、あたいは構わないんだが……」
そう言いながらも、シルヴァラの視線は地下倉庫へ続く階段に向いていた。
これまで地下倉庫へは立ち入りを禁じている。大事な商品倉庫であり、俺の仕事場ということにしてあるからだ。
だが、立ち入ってはいけない秘密の部屋……なんて言うのは逆に興味を引くだけかもしれない。
今日は無理だが、別の機会にでも転送魔法陣と模写魔法陣を一時的に撤去して案内してしまったほうが安全かもしれない。ただの地下倉庫と判れば興味も薄れよう……。
『大黒屋』開店までの僅かな時間でギフトBOXへと大量に移動させておいたワインたちを取り出し、空の木箱に詰め直して地下倉庫と一階を往復した。
それを受け取ったアルムが通りで待機している馬車まで運び、シルヴァラがマリーダ商会へと運んで行った。
だが、注文票に書かれている量にはまだ足りない。納品の期日にはまだ余裕がある、坑道の迷宮が一段落したら用意することにするか……。
使用兵装
グレネードアックス
フリントロック式グレネードランチャーと片手斧を複合させたような特殊銃器で、弾薬は40×46mm擲弾を使用、最大で二五〇m先に放物線を描きながら射出し、着弾点を中心に半径一mの範囲を爆撃することが出来る
LVTP-5(Landing Vehicle Tracked, Personnel-model5)
全長9m、全幅4m、全高3mほどの長方形で、足回りは車輪ではなくキャタピラ。こいつはアメリカで開発された水陸両用の装甲兵員輸送車で、30人以上の兵員を輸送する事ができ、ブローニング機関銃M1919A4という重機関銃を一基だけ装備している。




