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『大黒屋』の二階、事務所の応接スペースのソファーには、クルトメルガ王国の重鎮であるバーグマン宰相、ロイド・テイセン王国財務長官、アーレイ・クルード王国騎士団顧問、そして総合ギルドのギルドマスター、マーレン・ベルダラインの四人が並んで座っていた。
向かい合うように座る俺は、育毛剤やシャンプー、コンディショナーの正しい使用方法などを説明していた。
「ふむ、使用方法は理解した。それで一つ質問があるのじゃが」
「何でしょうか、ベール卿」
「バード卿はこれを使用して三日と聞く、その驚くほどに短期間で目に見えるほどの効果がある錬金術薬は見たことも聞いたこともない。これはお主が調合したのかね?」
れ――、錬金術薬? ちょっと聞きなれない言葉だが、あまり縁のなかった錬金術ギルド方面では普通に使われている言い回しなのだろうか? いや、それよりもだ――。この問いにどう答えるべきか……。
調合というか、製作者は間違いなく俺だ。他の誰にも同一の性能を持ったものは作れないだろう。これをどこかから仕入れたものとするか、それとも俺が作ったものとするか――。
当初は、『大黒屋』で販売するものすべては俺が独自のルートで仕入れた物、とする予定でいた。しかし、シャンプーやコンディショナーを含め、あまりに効果が高すぎたため、安易にそう言うのも憚られる……。
「詳しい材料や製法はお答えできませんが、私が調合したものです」
「なんと……、一級錬金術師や特級錬金術師にも調合不可能……。いや、人体の理を無視した薬を調合したと申すか」
「ベール卿、シュバルツ君はそれほどの逸材よ。でなければ、無名の商人が突然王都に商店を構えるなど不可能なことじゃ」
「……しかしなバード卿。お主も知っておろうが、人体の老化による常態化を治療することは、回復魔法では不可能じゃ。それを錬金術薬で治療することも、これまでは不可能だと考えられてきたのじゃぞ?」
老化による常態化……。つまり、本来ならば常態異常であるはずのことが、当たり前の常態として受け入れられている。
たとえば、老いて抜け落ちた頭髪や単純なシミやそばかすなどの老化現象などには、それが正常と認識されて回復魔法では効果がないということか。
それに一級や特級……たしか、生産系のギルドは冒険者とは違い、ランク分けではなく等級で分けられていたはずだ。
前にマルタさんに少しだけ聞いたことがある。細かい内訳は知らないが、少なくとも一級や特級は最上位の等級だったはず。
バーグマン宰相とギルドマスターが、錬金術の基本や人体の理などについて議論を交わし始めたのを聞き取りながら、残る二人……テイセン財務長官とクルード王国騎士団顧問の質問にも答えていった。
彼ら二人は調合者やその偉業よりも、実際の使用方法や効果の確認を取るほうが重要だったようだ。頭巾はすでに取られ、今にも育毛剤を使い始めそうな勢いである。
テイセン財務長官は、いわゆる若ハ――であった。三十代後半から四十代前半だろうか。見るからに若い彼だが、その頭頂部はお皿状態……。
彼は魔導貴族ではなく、普通の貴族らしい。その若さで財務のトップに立つほどの秀才ではあったが、未だに独身なのだそうだ。
その原因がお皿にあるとは言い難いが、自信をもって女性の前に立つことができないらしい。と言うか、そんな話を赤裸々にしないでほしい……。
そして、クルード王国騎士団顧問の頭部は、大きなMの字だった。彼は五十代の老戦士といった風体だが、年々大きくなるM字に危機感を抱いているそうだ。
「あぁはなりたくない」と横目に、議論を続けるバーグマン宰相とギルドマスターを見ていた。だから――、赤裸々に心情を吐露しないでほしい……。
このままではいつまでも議論と悩み相談を色々と聞かされそうだったが、付き人の男性がバーグマン宰相に、「そろそろ出ませんと、執務に影響が」と耳打ちしたのが聞こえた。
それに答えるようにバーグマン宰相が一つ頷き、彼らは会計を済ませて帰って行った。
もちろん、「また来るぞ」とか「製法を教えろとは言わんが、在庫は切らすでないぞ」とか、「悩んでいる騎士は多い、兜は蒸れるからな……」とか、「“こんでぃしょなー”を贈り物用に」など、言いたい放題言って去っていった。
「店長、あの方々は一体……」
「エイミー、プリセラ、それにそっちの二人も聞いてくれ。今後、頭巾をかぶったお客様はすべて俺が担当する――。それと、どこぞの邸宅からやってくる使用人や従者の類もだ」
「「はい、わかりましたー」」
「まぁ、あたしらは不審な行動をとらなければ何もしないが」
エイミーとプリセラは明らかに高位の貴族であろうお客を相手しなくて済むことに安堵し、アルムやシルヴァラは苦笑交じりに返してきた。
だが、これで連絡役の接客を俺が担当しても不審がられることもないし、二階に通して密談の形をとっても問題ないだろう。
今日は営業開始前からお客を迎えることになったが、正式な開店時刻はもう目の前だ。
宰相たちが買い込んでいった育毛剤や浴室用品の在庫を地下倉庫から運び、改めて開店の準備を行った。
そして開店時刻となったわけだが……。
今日の営業もまた、冷やかしばかりで購入に踏み切らないお客ばかりであった。しかし、初日とは明らかに違う流れがあった、それは来店したお客の視線だ。
商店の出入り口には銀髪のシルヴァラが立っているわけだが、彼女の髪はシャンプーとコンディショナーによって輝くツヤとサラサラの髪質となっている。
それに加え、シルヴァラは服の上からでもよく判るほどにスタイルがいい。マリーダ商会の護衛団員として動いている時でも目を引くのだが、今はさらに目を引く美しさを放っていた。
そして、それは店内で番をするアルムも同様だ。お客がシルヴァラに引き寄せられて店内に入れば、次にアルムの美貌に目が行く。
最初は男性冒険者ばかりだったが、二人とも気軽に声をかけられるような女性ではない。
次第に引き寄せられるのは同性の冒険者や買い物客へと変わっていき、店内でシルヴァラたちと同様の髪を持つ、エイミーとプリセラを取り囲むようになっていった。
「本当にこれでお嬢ちゃんたちのような髪になるのかい?」
「はっ、はい! 一回使うだけですぐに効果が出ます。香りもとってもいいんです!」
「たっか! この小瓶で金貨……」
「あっ、店長が言うには表示価格は時価? だそうです。次回営業時には価格が変わっているかもしれません」
「それってどういうこと?」
「この価格で売っているのは今だけで、次に来たらもっと高いか、逆に安いってことじゃない?」
「何よそれ……、一級鍛冶師が打った武具みたいじゃない」
女性冒険者や恰幅のいい中年の小母さま方に囲まれながらも、エイミーとプリセラはよく質問に答えていた。
その接客姿をカウンターから眺めながら、会計にやってくるのを待っていたわけだが、結局今日も普通の来店客が商品を買うことはなかった。
根本的に商品価格が高すぎるのが一番の原因だが、コンチネンタルから一度に持ち出せる量には限界がある。売れすぎては俺が困るのだ。
来店客の興味は引いていただけに、今日もなにも売れなかったことに落胆するエイミーたちへ、俺の考えとは裏腹に、「そのうち売れるさ」などと軽口を叩いて今日一日の労をねぎらった。
次の営業日も三日後だ。それまでには魔の山脈にあると思われる迷宮の位置を特定したい。四人を見送った後、俺はすぐに転送魔方陣で魔の山脈へと戻ることにした。
今年最後の更新です。
年末年始は本業がくっそ忙しく、来月からは書籍化作業に入ります。
一月と二月は更新を不定期から週一へと試験的に変更する予定です。
もちろん、一話の文字数はその分増量します。
それでは皆様、メリークリスマス、そしてよいお年を。




