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時は少し遡る、シュバルツがDランク昇級試験を受ける1週間ほど前、アシュリーはマイラル村の総合ギルド出張所へ来ていた。
「シュバルツ・パウダー……?」
レミ先輩はシュバルツさんの姓名を聞き、やはり私と同じように聞き覚えがないという表情をしています。
「はい、王都の紋章官に問い合わせ、クルトメルガ王国及び、近隣諸国の貴族名鑑の確認をしてもらいましたが、現在過去共にパウダー家という王侯貴族は存在しないと言うことです」
「そうか、彼はバイシュバーン帝国から逃げてきたわけではなかったのだな……」
レミ先輩は、自分の考えが的外れだったことに少しだけ驚いたようでした、ではシュバルツさんはどこから来たのか。その疑問を考える前に、まだ報告しなければならない点があります。
「なんとまぁ、『魔抜け』に血統スキルか。しかし、こうなってくると総合長の言うとおりに放置しておくわけにはいかなくなってくるな。
だが、私はマイラル村の西で見つかった新たな迷宮の調査で、ここを離れるわけには行かない、アシュリーには引き続きシュバルツの近くで様子を見てくれ、何かあれば報告を頼む」
「はい、わかりました。でも……彼は決して悪い人ではありません、むしろ……」
「ん? どうした、まさか惚れたか?」
レミ先輩の一言に私は目を見開き、顔は熱を放つかのように高揚し、胸の内を締め付けられるような圧迫感を覚えました。しかし、ニヤニヤと笑うレミ先輩の顔をまっすぐ見つめ……
「ち、違います! そういうわけではありません!」
「ふっ、ゴブリンの巣穴に連れ去られた見知らぬ女一人の為に、冒険者でもない男が一人で救いに来たら、私なら惚れてしまうがな。まぁいい、シュバルツの傍にいてやれ、『魔抜け』では依頼をこなすのも一苦労だろう」
「し、しかし、今の私は総合ギルド調査員……見習いです。冒険者として依頼を受けることや、同行はできません」
「シュバルツは依頼をこなしてるんだろう? なら一緒にいけるタイミングがあるじゃないか」
「そ、それは……」
レミ先輩が言わんとしていることを理解した私は、その日の内にマイラル村から城塞都市バルガへと戻り、総合ギルドでシュバルツさんの近況を確認すると、その日に備えました。
◆◆◇◆◆◇◆◆
Dランク昇級試験当日、総合ギルド本館へ行くと、そこで待っていたのはミリマリアさんとアシュリーさんだった。
「おはようございます、シュバルツさん。本日の昇級試験の試験官は、アシュリーが担当することになりました。試験の詳細は彼女から聞いて下さい、私は通常業務がありますので、これで失礼します」
そう言って、ミリマリアさんはすぐに受付カウンターの向こうへ行ってしまった。行く時にアシュリーさんに、「頑張ってね」と耳打ちしてるのをイヤーパッドが拾っていたが、アシュリーさんもこの試験で何かあるんだろうか。
「おはようございます、アシュリーさん。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます、シュバルツさん。今日はDランク昇級試験の試験官として、よろしくおねがいしますね」
アシュリーさんと挨拶を交わし、さっそく今日の試験内容の確認をおこなった。 向かう迷宮は、何度か討伐依頼で向かった東の森にある、『牙狼の迷宮』
ここの地下1階を走破し、地下2階に到達し、城塞都市バルガに戻ってくるまでが試験内容となる。迷宮内での戦闘能力やサバイバル能力、情報収集能力など、複数の面で評価され、迷宮探索者として問題がないかをテストする。
俺の準備は全て整っており、アシュリーさんも問題ないと言うことで、さっそく迷宮に向かうことになった。行きはどうするのかとアシュリーさんに問われ、まずは巡回馬車に乗り、東の森前まで行くことにする。
「シュバルツさん、牙狼の迷宮地下1階の地図は準備されましたか?」
「ええ、資料館で迷宮の基本情報が閲覧できると聞いたので、昨日行って確認してきました。しかし、地図と言ってもコレ、落書きレベルの出来なんですが大丈夫なんですかね?」
「牙狼の迷宮の地図が作成されたのは、もう何年も前ですが、迷宮の地図はどこも変わりませんよ?」
迷宮の地図は、探索者が作成して総合ギルドに売り込む場合と、地図作成に長けた探索者に、総合ギルドから依頼し作成される場合があるそうだ。しかし、どちらの場合も、基本的には迷宮内での探索者の感覚で作成されている為、所々地図の縮尺が歪になる。
この異世界で、測量技術が全く進歩していないわけではないらしいのだが、まさかその技術者を連れて迷宮を探索するわけにもいかず、また測量技術を持つ探索者も極僅かしかいないのだと言う。
そんな雑談を交えながら巡回馬車の中で、アシュリーによる迷宮探索の為の道具の準備の有無などの確認が行なわれた。これも試験の一部なのだろう、質問に答えながら牙狼の迷宮へと向かった。
「迷宮地下1階では私は戦闘をしません。襲われれば対処しますが、基本的にシュバルツさんが一人で対処していくことになります、それはよろしいですか?」
今日のアシュリーは、初めて会った時のようなレザーアーマーを着込んでいたが、戦闘は自分が襲われた時だけらしい、道具袋と思われる荷物袋は持ち歩いていたが、武装は取り出していない。
俺はこの3週間、数々の依頼を受けてきたが、行く先々でパワードスーツやマガジンベルト、剥き出しの銃器が異質に映り、悪目立ちしていた。そのため、最近はいつもの装備の上に、アバターカスタマイズで新たに設定した、黒いナポレオンロングコートを着ていた。
VMBをプレイしていた時は、こういったイメージが崩壊するアバターを着飾るファッションアイテムには見向きもしなかったのだが、現実に何処でも戦闘服で出歩くわけにもいかず、かと言って武器を持ち歩かずに外出するのは不安だったのだ。幸いにもロングコート一着くらいなら、TSSを操作すれば簡単に脱着できたので、戦闘時にはすぐに脱ぐことが可能だ。
「もちろんです。一つ聞きたいのですが、試験で目にした冒険者の戦い方や能力は、何処まで記録され、ギルドでその情報を共有されるのでしょうか? 俺の戦い方はかなり異質な方だと思いますし、あまり広めたくもないのですが」
「そこは御安心下さい。試験の合否は試験官に一任されていますので、試験で見聞きしたことを、他のギルド員に話すと言うことは基本的にはありません。それに、このDランク昇級試験は落とす試験ではなく、研修に近いものですから、あまり深く詮索はされません」
「基本的に……ですか、わかりました。それなら安心ですね」
巡回馬車を降り、そこからは街道を歩いて牙狼の迷宮入り口へ向かう。牙狼の迷宮は東の森の中ほどにあり、巡回馬車を降りても、そこからさらに30分以上は歩く必要があった。アシュリーさんと、試験とは関係のない雑談を交えながら進むと、ようやく迷宮の出入りを管理している建物が見えてきた。
「牙狼の迷宮管理棟が見えてきました。まずはあそこで探索登録を行ないます、白光草の種もあそこで買いますのでお忘れなく」
迷宮管理棟では、出入りの探索者の記録を管理し、探索計画や迷宮情報の整理を行なっている。休憩所や売店もあり、回復薬や白光草の種の販売もしている。迷宮に入る探索者の記録をとっているのは、中で死亡した探索者の数から、迷宮から魔獣や亜人種が溢れてくる時期をある程度予測するためらしい。
俺とアシュリーさんは、管理棟で試験の為の探索計画書を提出し、ギルドカードの確認を経て迷宮への探索許可を貰い、森の中の地面に不自然に開く大穴へ向け歩を進めていった。