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「今日はお疲れさま、次の営業日は三日後だから、よろしくね」


「はいっ、おつかれさまでしたー!」


「それではまた三日後きまーす!」


「暇な仕事だったな、姉さん」


「そうだな……だが、暇なのは今だけだと思うぞ」


「アルム、シルヴァラ、二人を頼むぞ」


「もちろんだ。それが本来のあたしたちの仕事だからな」


 『大黒屋』の開店初日の営業を終え、商店の玄関先で四人を見送った後は、明日の出発に備えて色々と準備を行った。


 ちなみに、初日の売り上げは0オル……、なに一つとして売れることはなかった。


『大黒屋』を留守にする間、スパイカメラにAN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)によって侵入者の有無は常にわかる。それに加えての防衛手段として、VMBの支援兵器召喚コマンドから召喚したのは、据え置き型の遠隔操作型重機関銃、セントリーガンだ。


 このセントリーガンはVMBオリジナルデザインの支援兵器で、一般的なRWS(Remote Weapon System)のような軍用装甲車や船舶に設置されているものと同様に、離れた場所からリモートコントロールで機銃掃射を行うことが出来る。

 三百六十度回転する台座には12.7㎜重機関銃が設置されているが、ゲームバランスの名のもとに、装弾数は四○○発で補給不可能、有効射程は二〇○mに限定されている。


 たった二〇〇mしかない射程は使いどころが難しいが、屋内防衛戦では十分な射程であり、VMBでもよく使われた支援兵器だ。ただし、召喚するためのCPクリスタルポイントが高めな上に使い捨て、一度設置場所を決定すると動かすことは不可能と、制約の多い兵器でもあった。


 セントリーガンを地下倉庫の一角に設置し、入り口に照準を合わせておく。あとはTSSタクティカルサポートシステムのスクリーンモニターが遠隔操作をするためのコントローラーとなり、離れた場所からでも侵入者に攻撃ができる。


 まぁ、開店したばかりの商店に窃盗に入る奴は、そうはいないと思うが……。


 この世界でもスクリーンモニターがタブレット型コントローラーとして機能することを確認し、待機状態にしておく。これで準備は完了だ。

 『大黒屋』の戸締りをして、クルトメルガ王国の北の国境線の地であるドラグランジュ辺境伯領へと跳ぶため、第二区域と第一区域の境にある転送管理棟へと向かった。






「ここがドラグランジュ辺境伯領か……」


 王都の転送管理棟では、バーグマン宰相から受け取った特別使用許可証により、本人確認の類もなくスムーズに跳ぶことが出来た。

 そして、ドラグランジュ辺境伯領の中心地である森林都市ドラグランジュへと降り立った。


 ドラグランジュの転送管理棟から出てきた俺の目の前に広がっているのは、見上げても空が見えない程に生い茂った葉をつける樹木たちと、この都市の水源を一手に引き受ける大きな湖だった。

 前の世界では見たこともないほどに太く高く伸びた樹木の根元や中ほどには、巻き付くようにいくつもの木製住居が建てられているのが見える。

 そして、大きな湖の中央の小島には、領主の住むドラグランジュ邸が建っているのが見えた。


 ここ森林都市ドラグランジュは、妖精種のエルフが中心に住む、ドラグランジュ大森林の中に造られた都市だ。

 都市を構成する施設は大きく四つの区――、中央行政区、工房区、商業区、居住区に分けられ、その周囲に行政区以外を内包した外郭区がいくつも点在している。


森林を切り取るように造られたこの都市には、明確な防御壁などは造られていない。その代わり、大規模な魔獣・亜人種避けの魔法陣と都市計画を掛け合わせて造られた、この森林都市ドラグランジュそのものが防御結界魔法陣となり、魔の山脈からの魔獣・亜人種の南下を食い止めている。


しかし、この防御結界魔法陣だけで全ての魔獣・亜人種の南下を止められるわけもなく、魔法陣を避けて辺境伯領内に侵入する魔獣・亜人種の数は多い。

それを排除するために――、また領内に点在する迷宮討伐やドラーク王国との摩擦に対応するためにも、ドラグランジュ辺境伯領では一人でも多くの冒険者、それも強者を欲していた。


「さて……、バーグマン宰相からの指示では、転移したら中央行政区に住む元侯爵家へ向かえと言っていたが……」


 『大黒屋』ではアシュリーたちの目もあり、細かい話は聞いていない。これから向かうことになる魔の山脈や、先行している“山茶花サザンカ”とオフィーリアたちの混成パーティーについては、元侯爵家のアドラール夫人から聞くことになっている。


 転送管理棟が建つのは中央行政区の中心付近、そこからドラグランジュ辺境伯領の貴族たちが住む区域へと向かって歩き始めた。






「あら、随分と若い男が送られてきたのね」


アドラール邸の場所は道行く人に数度尋ねるだけですぐに判った。邸宅に門番の姿はなく、生い茂る樹木に囲まれてひっそりと佇んでいた。

重厚な木製ドアに付く、妖精(?)をかたどった像が持つリング――、ドアノッカーを数度打ち鳴らす。


 そして、開かれたドアの向こうに立っていたのが、その声の主だった。


「王都クルトメルガより参りました。シュ――」


「名は要らないわ。貴方はここには来ていない、わたしも誰とも会っていない。いいわね?」


 そう言いながら、その女性は振り返り邸宅の奥へと歩いていった。


 これは、何も言わずに中へ入れということだろうか?


 玄関口に現れた絶世の美女……、褐色の肌に小さくて長い耳、艶やかな黒髪は一つにまとめられ、紺色のタイトなロングドレスの背に揺れていた。

 

 妖精種のエルフ――、この世界でもそう呼称するのかは判らないが、前の世界の知識で言えば、ダークエルフとも呼ばれるような、妖艶で危険な香りのする女性だった。




 応接間に通され、「座って待っていて」と言って、彼女は部屋を出ていった。邸宅に足を一歩踏み入れた瞬間に一階のマッピングが完了し、邸宅内の様子が把握できるようになった。

 しかし、一階で動いている光点は彼女のもの一つのみ、二階はマッピングできていないが、誰かが動いているような音は一切聞こえない。


 この邸宅には彼女一人しか住んでいないのだろうか?


 バーグマン宰相からは、爵位を持っていたアドラール侯爵とは死別しており、爵位は誰にも継がれることなく返上され、元貴族としてここに住んでいるとだけ聞いていた。


 しかし、使用人が一人もいないとは考えにくい。アドラール邸は一人で住むにはあまりにも大きい……。となると、俺が来ることは知っていたのだから、予め人払いをしておいたのか?


「紅茶でよかったかしら?」


 戻ってきたようだ。両手でティートレイを持ち、応接間へと入ってきた彼女に手を貸し、ティートレイを受け取ってテーブルへと運んだ。


「あら、やさしいのね。ロベルトの直属にしては珍しいわ」


「ロベルト……、バーグマン宰相のことですか? 私は直属の部下と言うわけではありませんよ、アドラール夫人」


「アルティミラでいいわ――。そう、“君影草スズラン”ではないのね」


 彼女――、アルティミラ・アドラール夫人が注いだ紅茶を受け取りながら、それに返事をしていく。


「えぇ、私はただの冒険者です」


「ふふっ、ただの冒険者をロベルトがここに寄越すわけがないわ」


 ティーカップを胸元に寄せ、ソファーに深く身を沈めるアルティミラさんが、俺の前で足を組む……。そのロングドレス、スリット入っているのか……しかも深い……。


 そこから視線を外すように紅茶に目を落とし、俺も一口頂く――。


 カップから香る強い花の匂い……、そして透き通るように濃い赤色、これはローズティーだろうか? 甘い――、ローズジャムあたりも加えられているのだろう、だがこれが美味しい。


「いい香りですね。なんと言う花ですか?」


「ロージィーよ、紅茶に興味をもつ男性がロベルトの周りにいるなんて知らなかったわ」


「個人的に好きなだけです。それでアルティミラさん、バーグマン宰相からはこちらで詳細な情報が得られると聞いてきましたが」


「これね、預かっているわ」


 アルティミラさんがティートレイに載せられていた一通の封書をこちらへと滑らせた。

 それを受け取り、裏を確認するとバーグマン宰相のものと思われる魔法印によって封がされていた。


「ありがとうございます。それではこれで失礼させていただきます、ごちそうさまでした」


「あら? もう帰ってしまうの?」


「仕事がありますので」


「それは残念だわ、茶飲み友達は少ないのよ、また飲みに来てくださる? それとも――、夜にお酒を飲みかわすほうがいいかしら?」


「茶飲み友達として、でしたらまた立ち寄らせてもらいますよ」


「ふふっ、楽しみにしておくわ」


 足を組み替えながらカップに口をつけるアルティミラさんに軽く頭を下げ、応接間をでて邸宅の外へと歩いていく。


 先行しているパーティーが迷宮を発見する前に、その動きを把握できる距離まで近づかなくてはならない。紅茶はとてもおいしかったが、今は少しでも前に進むため、俺は邸宅を出てそのまま魔の山脈へと向かった。






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[一言] この世界では珈琲は不人気?
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