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王城へと転送魔法陣と模写魔法陣を受け取りに行った翌朝、俺はVMBの個人ルームにある、ベッドの上で目を覚ました。
時間を確認し、視界に浮かぶスパイカメラ二基の映像も確認し、『大黒屋』の様子を観察する。一階の売り場スペースと地下倉庫前は問題なし。
次にスパイカメラの映像を非表示にし、昨日帰宅した後に設置したAN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)の映し出すミニマップを二つ表示させた。
俺が購入した商館、『大黒屋』は地上二階建て、地下一階の構造になっている。スパイカメラで一階をと地下倉庫前の通路を監視していたが、二階と地下倉庫内の状況を二十四時間体制で確認することは出来なかった。
スパイカメラの設置数には、二つまでと言う制限があったからだ。これはこの世界でも変わらず、三基目を設置すると一基目が光の粒子となって消えた。
そこで、設置する装備自体を変更し、同種の遠距離レーダーであるAN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)を同じく二基設置し、二階の事務所と地下倉庫内の動きを監視できるようにした。
マップの横に浮いているミニマップ二つには、一つの光点も浮かぶことなく、無人の事務所と地下倉庫のマップを映し続けていた。
問題はなし。
ベッドから起き上がり、あらかじめ用意しておいた水差しから水を一杯取り、一気に飲み干す。
ベッドからはい出し、ラフな下着姿のまま個人ルームに置いてあるノートPCの前に座った。
このノートPCがTSSの上位システムであり、個人ルームや移動用車両、さらにはその格納庫であるガレージのカスタマイズアイテムを購入するためのSHOPを利用することが出来る。
本来ならば、他にも数多くの機能が備わっているのだが、現在は殆どがERRORとなって使用不可能になっていた。
だが俺の目的はあくまでもこのインテリアSHOPだ。『大黒屋』で販売する家具を次々に選び、個人ルーム内に召喚設置していく。
今生きている世界のインテリアと、あまりかけ離れないようなアンティークな作りの椅子やテーブル、書棚に執務机、化粧台や食器棚にグラスやティーカップのセット。
そしてダブルサイズのベッドや三人掛けの大型ソファー等々、個人ルームに溢れるほどの家具を購入した。
次にTSSを起動し、ギフトBOXを召喚する。購入した家具たちは、あくまでも個人ルームに設置することが目的とされていたものなので、俺のインベントリに直接送られるわけではない。
『大黒屋』に持ち運ぶには、ギフトBOXへ一度入れてからVMBの世界を出る必要があった。
ギフトBOXを開き、闇色が広がるBOX内部へと“下着姿”のまま軽々とダブルサイズのベッドを持ち上げ、中へと放り込んだ。
そう……、VMBのシステムと俺の身体の同化現象は、ついにパワードスーツなしでも同様のアシスト効果を得られ、さらには俺の意思のみでTSSの起動とCBSの展開が可能になっていた。
このことに気づいたのは、昨日の王城でのことだ。
ゼパーネル家の本宅にスムーズに上がるため、靴を簡単に脱げるようにパワードスーツを着ないで登城していた。
宰相たちとの話も終わり、転送魔法陣と模写魔法陣の回収をし始めた時だ。転送魔法陣が刻まれた石板を軽々と持ち上げ、ギフトBOXへと入れる俺の姿を見て、
バーグマン宰相が驚きの声を上げていた。
「見かけによらず、相当な膂力を持っておるのじゃな。その石板は見かけ以上の重量がある特別なものなのじゃが、そうも軽々と持ち運ぶとは……。やはり、儂らとはどこか違うのじゃな……」
その声に、軽く苦笑することでその場はやり過ごしたが、帰宅後すぐに転送魔法陣と模写魔法陣を地下倉庫に設置し、VMBの射撃練習場へと移動した。
そこで確認した自分の身体の変化。また一歩、普通の人ではない何かへと変わっていく自分の身体に、軽い恐怖と不安を覚えたが、これが初めてと言うわけでもない。
不自然なほどの自然治癒力と再生力を持ってこの世界に落ちた。その後、ヘッドゴーグルなしでも己の視界にマップが浮かぶようになり、聴覚は集音センサーと同一の能力を手に入れた。
意思一つで切り替わるNVモードとFLIR(赤外線サーモグラフィー)モード。
そして、今回はパワードスーツの機能が俺の身体と同化した。その全てが、迷宮と関りがある。俺はそう見当をつけていた。
迷宮で活動をしていると、このVMBのシステムとの同化現象が進行する。何の確証もない考えだが、同化現象が発生したタイミングを考えると、進行した理由が他に見つからなかった。
この考えが正しいのか、それとも他に理由があるのか……。それを誰かに聞くことも相談することもできな――。いや、一人だけこの質問に答えられる存在がいる。
しかし、それを問うには、それ相応の場所とタイミングが必要だ。今は出来ない、だが何れその時が来れば……。
購入した家具を全てギフトBOXに入れたのを確認し、蓋を閉めてギフトBOXをインベントリへと収納する。
あとはこれらを売り場に並べるわけだが、まずは朝食だな……。
昼を過ぎ、一階の売り場に家具を並べ、コンチネンタルから持ち出した浴室用品なども全て陳列し終わったころ。商店の外から昨日聞いたばかりの声が聞こえてきた。
『ここじゃない?』
『どこじゃ! どこなのじゃ?!』
『はしゃぎすぎじゃ、歳を考えんか歳を』
『何を言っておるのじゃ! もしも妾たちより先に買いに来ている客がいたらどうするのじゃ!』
『心配しすぎじゃ、朝から『大黒屋』に客が入っていないのは確認済じゃ、焦らなくとも“いくもうざい”は売り切れたりせん』
『宗主様にバーグマン様、少し落ち着いてください。せっかくお忍びで城下へ来ているのに、これでは逆に目立ってしまいますよ』
すでにゼパーネル宰相にバーグマン宰相、それにシャルさんとアシュリーが商店の前に来ているようだ……。
商店の入り口の鍵を解除し、扉を少しだけ開けて外を覗いてみると、騎士服を着ているシャルさんとアシュリーがまず見えた。
そしてその横には、浴衣を着崩しながら手には風呂桶と手ぬぐいを持つ幼女と、どこの御大尽様だよと突っ込みたくなる紫頭巾を被るご老人が立ち並んでいた。
「あっ、シュバルツ来たわよ!」
速攻でシャルさんに気づかれた……。
「ごめんなさい、シュバルツ。執務の関係で空いた時間がこの時間しかなかったそうなの」
「とりあえず、中へどうぞ。そちらの御二方も、早く入ってください」
「おぉ、シュバルツ! すぐに“しゃんぷー”の売り場へ案内するのじゃ!」
これ以上店先で騒がれては、他所からどう見られるか判ったものではない。『大黒屋』が建つ細い通りには、似たような規模の駆け出し商店が多数建ち並んでいる。
午後から夕方にかけて、大通りの大商会や専門店を金銭的に利用できない若い冒険者や探索者も多数通る。
開店前から不審な客の通う店などと噂されるのは、儲けるつもりのない商店だとしても御免被りたい。
「へぇ~、結構雰囲気いい店じゃない! この長椅子、物凄く柔らかいのに凄い張りがあるのね――って、金貨三〇枚?!」
「この食器棚も中の食器もとても綺麗だけど……。ねぇ、シュバルツ、これは合わせて金貨八〇枚なの?」
「あぁ、それ。中の食器は別だよ、グラスは一つ金貨一枚、ティーカップも一式で金貨十枚かな」
商店一階には個人ルームより持ち込んだ家具たちが並べられ、高級インテリアショップさながらの、モデルルームに似た空間を作り出している。
元々の内装が古臭いので、壁面や天井は少しばかりみすぼらしいが、何れは壁紙の張替えなども検討するつもりでいた。
シャルさんとアシュリーが次々に家具の品質に驚嘆の声を上げ、同時にその値段に驚愕の声を上げる。
二人一緒に動くその姿に、仲のいい姉妹なのだなと見守りつつ、質問に答えていると、視界の奥に商品棚の前で釘付けになっている、別の二人の姿が見えた。
「ぉぉぉぉ……。こ、これが“しゃんぷー”……」
「ぉぉぉぉ……。こ、これが“いくもうざい”……」
あの二人は少し放置して――
「シュバルツ! 湯殿の準備をするのじゃー!」
俺の視線に気づいたのだろうか、満面の笑みでゼパーネル宰相がこちらに振り向き、ビシィ! と効果音が鳴りそうなほど見事な指さしで俺に指示を飛ばすが。
「湯殿なんてありませんよ」
「な、なんじゃと……」
天国から地獄。ゼパーネル宰相の手から風呂桶が零れ落ち、両手両膝をついて床に倒れ込んだ。
使用兵装
AN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)
この戦術無人地上センサーは、設置箇所から半径25mの範囲で震動・音響を感知し、ミニマップへと表示させる。このT-UGSは最大で2個設置する事ができ、俺の体を中心とした半径150mを越える場所でも、マッピングが出来ている場所ならば、T-UGSから半径25mを常に表示してくれる。
スパイカメラ
携帯型の小さな箱型監視カメラ。下部から伸びる一本の伸縮するアームバーは壁面・床面どこにでも刺さり固定することが出来る。スパイカメラが映す映像は、リアルタイムで視界に浮かぶマップの横にミニ画面として表示される。




