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蛇頭の迷宮探索、初日の夕刻。俺は地下四階の清浄の泉を越え、その先にある行き止まりの小部屋へと来ていた。
しかし、小部屋の中に魔獣・亜人種の姿はない。中に見えるのは水晶クラスターの群体……。
視界を通常モードからFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードへ変更すると、小部屋中に埋まっている水晶クラスターのほぼ全てが中心部に熱量を持っているのが見える。
数は五つ……。床面だけではなく、天井部に埋まる水晶クラスターも水晶蜘蛛の擬態か。
小部屋の中へと一歩踏み込むが、擬態が解けて襲ってくる様子はない。ある程度の距離まで近づかなければ襲ってこないのか?
そういえば、地下一階で見かけた探索者は、水晶クラスターが水晶蜘蛛の擬態かどうかを確かめるために、三メートルほどの木棒を使っていた。あの長さが感知範囲なのかもしれない。
一定の距離内に近づく、もしくは攻撃を受ける。この二点が擬態を解く条件ならば、遠距離からの射撃対応ならば常に一対一の状況で水晶蜘蛛を排除できそうだ。
小部屋内の水晶蜘蛛を一掃し、一時的な安全を確保したところでTSSを起動した。
今夜の野営準備として、まずはベースとなるAEC装甲指揮車 ドーチェスターを召喚する。
次に、インベントリを開いて特殊装備をいくつか取り出す。
M18クレイモア地雷を三個、C4爆弾二個を小部屋内に設置していく。一~二時間ほどで、部屋の中央付近に再び魔獣・亜人種が湧くはずだ。
M18クレイモア地雷はそれを囲うように、C4爆弾は天井に放り投げて張り付ける。
ここに来るまでに、何度も水晶蜘蛛の擬態が天井に埋まっているのを発見した。C4爆弾はそれに対する下準備だ。
魔獣・亜人種のリスポン――、湧きに対する準備ができたところで次だ。インベントリから侵入者用対策の装備品を選択する。
眼前に収束していく光の粒子が黒い補給BOXを形作り、その中から一台の監視カメラ――、スパイカメラを取り出す。
スパイカメラは携帯型の監視カメラで、駐車場や小売店に設置されているような箱型の監視カメラと似た形状だ。唯一違うのは、スパイカメラの下部から伸びる一本の伸縮するアームバー。
アームバーは壁面・床面どこにでも刺さり固定することができ、映す映像はリアルタイムで視界に浮かぶマップの横にミニ画面として表示される。
最大設置数は似たような効果を持つ、AN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)と同じで二つだけだが、小部屋へと繋がる地下道を監視するにはスパイカメラの方が適している。
アームバーを地下道の少し暗くなっている場所に突き刺し、小部屋へ向かう動きを監視できるようにスパイカメラの向く先を調整し、スイッチを入れる。
これでスパイカメラは固定され、映像が視界に映し出される。この世界でもしっかりと機能することは確認済みだが、視界をNVモード、FLIR(赤外線サーモグラフィー)モードと切り替えていき、スパイカメラの映像もそれにリンクして切り替わることを再度確認する。
これで準備は完了だ。たとえスパイカメラがこの世界の住人に見つかったとしても、それと俺を結びつけるとこは不可能だろう。何より、スパイカメラがどのような機能を持つ“機械”であるかも理解できないはずだ。
ドーチェスターへ戻り、改めてギフトBOXを召喚して黒弁や寝具を取り出し、居住スペースに備え付けられている椅子に座り休息を取り始めた。
食事を終えた後は、ここまでマッピングした迷宮の構造を白紙の地図用紙に描き写していく。
今はまだ販売するつもりはないが、少しずつでも描いておかないと後々時間を足られるからな。
これらの地図をつくることは俺の自己満足である反面、探索者シュバルツとしてのカモフラージュにもなるだろう。
ソロで迷宮の奥深くまで潜るという危険極まりない行為、一歩間違えれば迷宮に命を狩られ、糧となってしまう行為。
それでもソロで潜る理由、それが迷宮地図作製のため――。これだけ精密で正確な迷宮地図を、探索のついでに作れるとはだれも思わないだろう。
“地図屋のシュバルツ”などと呼ばれ始めてしまった以上、俺は俺でそれを利用させてもらう。
地下四階までの地図を描き上げ、スパイカメラの映像を見ながら覗き窓で小部屋の様子を窺うと、部屋の中央に黒い靄が湧き上がるのが見えた。
魔獣・亜人種のリスポンだ。靄の数は四つ、靄が形作るのは水晶蜘蛛か……。
天井に最初から湧くと言うことはないのか。靄が水晶蜘蛛の形に固まると、靄が霧散するように晴れていき、そこに水晶蜘蛛が現出した。
俺の手の中にはM18クレイモア地雷の起爆リモコンが握られている。だが、まだ起爆させるレバーは引かない。
リスポンしたばかりの水晶蜘蛛たちの動きを監視する。牙狼の迷宮で何度も経験しているが、この蛇頭の迷宮でもリスポンした直後の魔獣・亜人種の行動は変わらないな。
同じ小部屋内に停車しているドーチェスターに対して、全く警戒している様子がない。中にいる俺のことも認知できていないのも同じだな。
確認ができたところでM18クレイモア地雷の起爆レバーを引く。クレイモアが連続する三つの爆音を鳴らし、動き出した水晶蜘蛛たちを合計二一〇〇発もの鉄球が粉々に撃ち砕いた。
翌朝、タイマーで目覚めるとまずは魔獣・亜人種の配置を確認し、クレイモアとC4爆弾を爆破させて小部屋内の掃除を済ませる。
スパイカメラは早朝を迎えても起動し続け、映像は鮮明に送られ続けていた。近寄る探索者の影もなく、魔獣・亜人種に破壊されることもなかったようだ。
出発の準備を行い、蛇頭の迷宮探索の二日目へと出発する。地下五階に下りれば、この迷宮特有の亜人種であるナーガが徘徊しているはずだ。
ナーガは上半身が人間の裸体、下半身が蛇の尾、そして頭部にはキングコブラのように頚部を広げた蛇の頭がのっている。
そして、ナーガにはゴブリンなどの性別が一つだけの亜人種とは違い、雄と雌が存在する。雄は戦士系で多彩な武器を扱い、雌は魔術師として魔法攻撃を扱うそうだ。
初日で清浄の泉まで問題なく来れたのは大きい。帰りを考えれば、次の清浄の泉がある地下十一階まで潜るのは難しいだろう。
だが、蛇頭の迷宮は地下六階からが本番だ。そこからはフィールドダンジョンとなり、マルタさんから頼まれていた六角水晶もこの階層から採取可能になる。
地下四階を問題なく走破し、地下五階へと降り立った。ここからはナーガの魔法対策でバリスティックシールドを用意する。
地下道を進み、道中の水晶蛇や水晶蜘蛛などを排除しながら小部屋を抜け、大部屋が見えてきた。
ここまでナーガの姿はない。と言うよりも、俺よりも少し先行している探索者パーティーがいるようで、魔獣・亜人種の姿がどうも少ない。
しかし……、迷宮を探索するのは俺一人ではない。他にも大勢の探索者パーティーが潜っていれば、階層被りも当然出てくるか……。
これがクルトメルガ王国で一番活気のある『魔獣王の迷宮』だった場合は、一体どれほどの人数が同時に探索に潜っているのだろうか?
正道の先を他のパーティーが狩っているならば、少し遠回りをして大部屋を狩るか?
そうと決めれば話は早い。事前に調べておいた正道から外れ、行き止まりの先にある大部屋を目指すために進路を変更した。
進みだして少しすると、集音センサーが激しい戦闘音を拾い出した。せっかく正道を外れて大部屋を目指したのに、どうやらこちらにも別の探索者パーティーがいたか。
しかし、どうも聞こえてくる音から見える状況は宜しくないようだ。聞こえるのは怒声、悲鳴、そして亜人種と思われる複数の叫び声。
急ぐか……。
そこで、どこの誰が戦闘を行っているのかはもちろん判らない。だが、迷宮で死に、その魂を狩られることは、探索者として最も避けなければならないことだ。
狩られた魂は迷宮の糧となり、自然界へと魔獣・亜人種を溢れさせる要因となる。
この世界で――、この国で探索者として生きていくのならば、救える命は救わないとな……。
大部屋までの距離は四〇〇メートルほどか。地下道を走りながら戦闘音に意識を集中させ、状況を正しく把握していく。
聞こえる探索者の声は四人分、相対する亜人種の奇声は五匹分だろうか? 探索者たちの声から、すでに死者もしくは行動不能な者が最低一人は出ているのが判った。
遅かったか――。
視界に浮かぶマップに大部屋が映り始めた、光点の数は――九つ。壁際に追い詰められた四つの光点を、五つの光点が囲うように浮かんでいた。
大部屋の入り口に背を合わせ、リーンの体勢で中を覗く――、同時にP90の安全装置をフルオートに廻し、いつでも発砲できる準備を完了させる。
やはり、亜人種のナーガ……。
後姿だけで分かる半人半蛇の異様な姿、下半身の蛇足によりだいぶ背が高く見える。ナーガたちは二メートルを超える高さから、紫肌の上半身を踊るようにくねらせていた。
見下ろすのは四人の探索者――、ナーガたちの隙間から見える姿は血に染まり、最期の時が来るのを少しでも遅らせようと足掻いている。
後姿からでは正確な性別は判らないが、少なくとも探索者たち四人を囲っている三匹の手には、槍やスパイクの付いた長柄の棍棒を握っているのが見えた。
残る二匹が持っているのはもっと短い、密教法具の独鈷杵に似ている。
予想は付く、独鈷杵を持っているのが魔術師タイプの雌だろう。ならば、最初に排除するのはこの二匹だ。
リーンの体勢からP90をダウンサイトし、探索者を囲んで奇声を発しているその後頭部へとクロスヘアを合わせる。
紫肌の身体に載るキングコブラを思わせる後頭部、P90の5.7×28mm弾が通用するかわからないが、最悪でも奴らの注意をこちらへ向けることは出来るだろう。
もしも通用しなければ、一度身を隠してSCAR-Hを用意すればいい。
方針は決まった――。揺れ動く頭部に吸い付くようにトレースするクロスヘア。動きを先読みし、トリガーをバースト射撃で二連射、結果を確認することなくクロスヘアを滑らせてもう一体の頭部へ二連射。
「Gyaaaaa!」
短い奇声と共に独鈷杵持ち二匹の頭部が血を吹き、しな垂れるように地に斃れた。
通用する――。
後方にいた二匹の奇声を聞き、振り返った武器持ち三匹の視線が同時に俺を捕捉する。
目のいい奴らだ。蛇は視力が弱いと聞くが、代わりにピット器官と言う温度を見ることが出来る赤外線感知器官を持つと言う。
もしかしたら、ナーガたちも似たような器官を持っているのかもしれない。
一瞬のにらみ合い。
「Kaaa!」
そして投擲されたナーガのさすまた状の槍。
あぶね!
咄嗟にリーンを解いて壁に身を隠したが、その直後に壁へと槍が激突する音が響く。
足元に立てかけておいたバリスティックシールドを持ち上げ、今度はその陰に身を隠して大部屋の入り口へと再び立つ。
雌を斃された雄ナーガたちは怒り狂い、追い詰めていた四人の探索者を放置して、こちらへと高速で蛇行する動きで近寄ってくる。
速い――しかし!
バリスティックシールドの上部にP90を載せ、先ほどよりも激しく揺れる上半身ではなく。
人の上半身と蛇の下半身、その接合部分にクロスヘアを合わせる。そこが最も揺れていない、まるで力の支点となっているかのように堅く力が入っているのが見て取れた。
スパイクの付いた長柄の棍棒を振り回し、這い寄るナーガの腹を狙い、トリガーを引き抜く。
フルオート射撃により銃口が跳ね上がる――リコイルをコントロールし、ナーガの腹を撃ち破るほどの銃撃を浴びせ、すかさず左前方へとスライドジャンプ。
俺が立っていた場所のすぐ目の前に、折れるように上下に分かれたナーガを残し、残り二匹と交差するようにストレイフジャンプからの百八十度ターン。
着地した場所は、突然の乱入者に状況が把握できていない探索者四人の前だ。
「なっ……、あんた一体……」
「質問よりも先に状況を教えてください。怪我は大丈夫ですか?」
「あっ……、すでに仲間が一人狩られた。だが、まだ遺体は飲まれていねぇ、それだけは阻止した。怪我は――」
俺の真後ろにいる探索者の話を聞きつつ、腰のポーチからM67破砕手榴弾を二つ取り出し、指でピンを弾き飛ばして残り二匹のナーガへと投擲する。
「――怪我は死ぬほどじゃない。今ならまだ癒せる」
迷宮は人の命を狩る。そして、その魂を糧とし力とする。しかし、その行為は二段階に分かれていた。
一つ目は当然ながら殺すことだ。そして、二つ目は遺体を黒い靄で包み込み、迷宮の地へと沈めること。
つまり、死んだ瞬間に魂を狩られるわけではないのだ。死んだ者を蘇らせることは出来ない、そんな魔法も薬もない。
しかし、遺体を迷宮に飲まれさえしなければ、魂までもが狩られることは避けることが出来る。
この探索者パーティーは、危機的状況ながら最期まで迷宮に抗っていた。
「グッジョブ――。後は任せてください」
「えっ? 今なんて?」
思わず昔を思い出し……、FPSで良いプレイをしたプレイヤーに投げかける言葉を言ってしまったが、この世界の人々には通じないか。
探索者の疑問の声を打ち消すように、M67破砕手榴弾が炸裂した。
響き渡る爆音に探索者たちが気を取られる。残っているナーガ二匹も手榴弾の炸裂に奇声を上げ、体中に破片を食い込ませ、体の一部を吹き飛ばしながらも再びこちらへと這い寄ろうとしていた。
損傷具合を見ると、蛇の下半身は防御能力が高いようだ。しかし、人の身の上半身は傷を負っている。
頭部を撃ち抜けることも判っている。これで不安要素は何もないな。
P90のマガジンを換装し、バリスティックシールドを突き立てて立射でP90をダウンサイトする。
クロスヘアが吸い付くのは動きの弱っている上半身――、急所があるであろう心臓だ。
少しだけ長くバースト射撃し、ナーガの左胸に五つの穴が開く。
直後に力なく斃れていくナーガを確認し、人の身体を持つ亜人種の急所が人間と同じだと再確認した。そして、最期の一匹の頭部へとクロスヘアを飛ばし、トリガーを引く。
使用兵装
AEC装甲指揮車 ドーチェスター
第二次世界大戦時に使用されたイギリスのAEC社製の装甲指揮車、厚い鋼板に囲われた
キャンピングカーの様な居住スペースを後部に持つ装甲バスである。
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。
バリスティックシールド
CBSの実体版である防弾盾。幅58cm、高さ92cmの黒一色の無骨なデザインで、盾の上部には防弾ガラスの嵌った覗き窓がついている。耐久値が残る限りは使用できる使い捨ての盾。基本的な銃弾と特殊手榴弾による攻撃くらいまでは防ぐ防御性能を持つ。
C4爆弾
米軍を初め、世界中の軍隊で使用されているプラスチック爆薬、衝撃や火に触れても爆発することがなく、起爆装置がないと爆発しない爆薬。VMBのC4は、爆薬と遠隔操作の起爆装置のセットで、爆薬の数は任意で増やすことができる。起爆装置のレバーを握れば、それが一斉に起爆する。
M67破砕手榴弾
緑色の梨のような形状の手榴弾で、投擲後3秒で炸裂し、半径5mに致命傷を、半径15m以内に内部の破片を飛ばし、殺傷することができる。VMBの仕様上、15mを越えると飛散した破片は光の粒子となり消滅する。




