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蛇頭の迷宮探索を開始しての初戦を終え、さらに奥へと進んでいくと人の話し声が聞こえてきた。声質は三つ、マップにはまだ光点が見えていないので、もう少し先から聞こえてきているのだろう。
両手で保持しているP90を背に廻し、荷袋に掛けてあるスレッジハンマーを手に持つ。
P90などの銃器の攻撃性能は、迷宮探索を続けていけば何れ多くの探索者の目に触れることになるだろう。だが、その時期は少しでも先延ばしにしたい。
シャフトはその名声と傭兵と言う立場が確立し始め、安易に勧誘や近寄ってくるものは少ない。しかし、シュバルツは“地図屋のシュバルツ”などと迷宮の便利屋さんみたいな雰囲気が漂い始めている。
そこに戦闘能力が加われば、俺の目標・目的であり、生きる意味とも言える迷宮討伐への異音となりかねない。
誤魔化せる時は誤魔化す。
マップにも声の出元が光点で表示された。数はやはり三つ、探索者パーティーだろう。地下道の先にある小部屋で、戦闘ではない何かを行っているようだ。
「そっちの水晶はどうだ?」
「これも大丈夫だ」
「じゃぁ、今度はあちら側のだな」
「よし、魔言詠唱準備! やってくれ」
地下道から小部屋の中を、リーンの体勢を取りながら覗き込む。
小部屋の中にいたのは三人の男性探索者、マップを見ても光点の数はこの三つだけだ。
三人の探索者のうち一人が、手にやたらと長い棒を持っていることに目が行く。
持っている探索者の身長から考えると、三メートルほどの長さだろうか。武器には見えない、細身の木棒の先に小さな鉄魂が付いているだけの棒だ。
あれで何をするのだろうか?
探索者たちの観察を続けていると、どうやら木棒で水晶クラスターを一つずつ、何かを確認するように叩いていた。
これはそうか……。
蛇頭の迷宮に現出する魔獣のうち、水晶蜘蛛は擬態による罠を張るのが特徴だ。そして、その擬態の対象が水晶クラスターだと、資料館で読んだ資料には書いてあった。
その時は擬態とは言え、よく観察すれば見極められるだろうと思っていたが、木棒を持つ探索者の先にある水晶クラスターが擬態とは到底思えないし、この小部屋には探索者三人分の光点しか映っていない。
しかし、探索者が持つ木棒で叩かれた水晶クラスターが、水晶を擦り合わせるような異音を発生させながら蜘蛛型へと姿を変えた。
俺のマップには異音が発生するその瞬間まで光点は出ていなかった。つまり、擬態している状態ではマップ上に表示されないと言うことか。
これは牙狼の迷宮で遭遇したラビリンスバットと同じだな、無音状態で待機しているため、俺の集音センサーにもマップにも光点として表示されない。
小部屋の中では、擬態が解けて蜘蛛型に戻った水晶蜘蛛と探索者の戦闘が始まっていた。
水晶蜘蛛は背を反らし、尾の先から硬質な糸を針のように飛ばしていた。それを盾役の探索者が受け止め、その隙に魔法によって生み出された、円錐状の《石の槍》が水晶蜘蛛を下から貫く。
止めは木棒を持っていた探索者だ。下から突き貫かれ、体が宙に浮いて身動きの取れない水晶蜘蛛の頭部を、メイスと思われる打撃武器で打ち砕く。
見事な連携だ。その動きを観察しつつ、小部屋から離れていく。この先は行き止まりだ、地下二階への正道は少し戻った先を曲がった先になる。
地下二階に下り立ち、地下一階と同じような地下道を進む。周囲の環境音の確認、視界を通常モードから頻繁にFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに切り替えながら、水晶クラスターに不自然な熱源――、魔石の熱源が映らないかを確認していく。
地下道に埋まる水晶クラスターの温度はどれも低温の青色を示していたが、天井に埋まっている一つだけが中心部をわずかに赤くしているのを発見した。
蛇頭の迷宮の地下道は高さが五メートル~六メートルはある。手持ちのスレッジハンマーを使っても届きそうもなかったが、あからさまに怪しい水晶クラスターの下を歩きたくはない……。
「撃つか……」
あの熱源が水晶蜘蛛の魔石が発するものかは判らないが、何事も経験だろう。P90を立射の体勢で構え、バースト射撃で四発ほど撃ち込んでみた。
水晶蛇と比べ、水晶クラスターは少し硬い感じがした。細く伸びる六角水晶は撃ち砕いたが、その土台部分には大きな損傷は見られない。
しかし、水晶蜘蛛の擬態を解くのには十分な衝撃だったようだ。
撃ち砕かれた水晶をボロボロと下に落としながら、水晶クラスターが体長一.五メートルほどの巨大蜘蛛に姿を変えた。
水晶蜘蛛は下に落ちてくることなく天井にへばり付き、その場で背を反らして尾の先をこちらへと向けてくる。
この動きはさっき見た。
尾が向く先――射線を見切り、スライドジャンプで右前方へ飛び込みながら、水晶蜘蛛を中心に回転するように5.7×28mm弾を撃ち上げる。
バースト射撃を三度――、水晶蜘蛛の脚は撃ち砕けたが、胴体の破損具合は芳しくない。
胴体に撃ち込まれた5.7×28mm弾は、砕くというよりは胴体内部に埋まって終わっているようだ。それでも脚を砕き、天井から水晶蜘蛛が落下する。
地下道にうまく着地できずに、横腹から落ちた水晶蜘蛛の脚をさらに撃ち砕く。
こうなれば実験だ。安全装置をセミオート――単発射撃に廻し、水晶蜘蛛の腹部、頭胸部、複眼、口と5.7×28mm弾を撃ち込みながら損傷具合を確認していく。
撃ち込んでみて判ったことは、頭胸部と腹部は厚みがあり過ぎてあまり効果的とは思えなかった。これが生物としての魔獣ならば、体内の急所を撃ち抜いて致命傷となったかもしれないが、水晶蜘蛛の体内はあくまでも水晶だった。
最終的に斃すに至る致命傷を与えたのは、頭胸部の中でもより頭部に近い部分、普通なら脳がある場所を撃ち砕いた時だった。
HSが弱点と言うなら、それはそれで単純な話ではあるが。
今後、無生物系の魔獣に対してはより高い精度の射撃を求められるかもしれない。
そんなことを考えながら、水晶蜘蛛の魔石を拾い、P90のマガジンを換装する。
とりあえず、対処方法は判った。地下二階の地下道を進みながら、FLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに切り替えつつ水晶蜘蛛の擬装水晶を警戒していく。
地下二階、地下三階と踏破し現在地は地下四階、蛇頭の迷宮での最初の清浄の泉へと到達した。
ここに来るまでに、さらにファットスコルピオンと言う、体全体が黄色で巨大――と言うか、腹部がやたらと太い蠍系の魔獣とも戦闘を行った。
ファットスコルピオンは水晶蛇や水晶蜘蛛とは違い、普通の魔獣だった。普通の探索者ならば、ファットスコルピオンの大きな鋏と猛毒を持つ尾を相手に近接戦闘をするのは、相当に苦戦することだろう。
実際に、地下一階の三人とは違う探索者パーティーが戦う様子も観察したが、魔法により動きを鈍らせるまでは防御一辺倒だった。
脚を破壊し、血を流させ、体力を奪い、尾も上がらなくなったところでソレを切断し、それから仕留めに行っていた。
資料館で調べた資料では、ファットスコルピオンの尾から受ける毒は、かすり傷も許されない程の体躯干渉型の猛毒。
俺が対峙した時も探索者パーティーの方法に倣い、足を撃ち抜き動きを止め、鋏――触肢の付け根を撃ち、完全に身動きが取れなくなったところで頭部にクロスヘアを合わせ、迷宮の地に沈むまで弾を撃ち込んだ。
清浄の泉で休息を取りながらここまでを振り返っていると、地下道から清浄の泉へと声が掛けられた。
「おや? 地下三階から妙に魔獣が少ないと思ったが、やっぱ先行者がいたか」
「だから言ったろ? 寄り道しないでさっさと下りようって」
「お邪魔するよ」
マップに映る光点の動きで、清浄の泉に接近してくる三人の動きは判っていたが、入ってきたのは地下一階で見かけた木棒の三人組だった。
時刻はすでに夕方から夜になろうという時間、探索ペースを考えればこの三人はここで泊まる予定なのだろう。
「お疲れ様です。私はもう出発しますのでゆっくりどうぞ」
「え? これから奥へ行くのかい?」
「本気かよ、一人で動いているんだろ? 夜間はしっかり休まないと死ぬぜ」
「ありがとうございます。ですが十分な休憩は取りましたので、大丈夫ですよ」
「まぁ、好きにすればいいさ。だが、命狩られて他の人に迷惑かけるなよ」
「えぇ、もちろんです。それでは」
元々、俺は清浄の泉で夜を明かすつもりはなかった。もう少し先を進んだところに行き止まりの小部屋へと続く道がある、俺の野営地はそこだ。
肩に背負う荷袋には最低限の食糧と道具しか入れていない。寝るための毛布やマリーダ商会の黒弁などは、全てギフトBOXの中だ。
しかし、それを他の探索者の前で出しては目を引いてしまうだろうし、寝ている間の安全を考えると、色々と準備をしたい。
そのためには、探索者の近づかない行き止まりの小部屋に安全地帯を構築する方が良い。
これは牙狼の迷宮で既に何度も経験している。迷宮は違えども、魔獣・亜人種の習性に大きな変化はないと思うが、それを確認する意味でも清浄の泉ではない場所に野営する必要があったのだ。
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。




