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先を見通すことが出来ない程の暗闇の洞穴へ足を踏み入れ、迷宮と言う名の異世界へと侵入していく。
闇の境界線を抜けると、まずは薄暗い小部屋へと踏み入れる。ぼんやりと光る白光草の明かりに、幾つかの探索者パーティーの影が浮かび上がっていた。
ここには迷宮の下層へと転移できる転送魔方陣が置かれている。部屋の隅に集まる探索者たちが、次々に眩い光を包まれて消えていくのが見えた。
そして再び小部屋は薄暗い静寂に包まれる――。
十階層ごとに設置されている転送魔法陣を利用すれば、地下一階から転送魔法陣が設置されている階層へ転移することが出来る。
ただし、設置されている階層まで実際に到達し、自分の血液による生体情報の登録が必須だ。
つまり、俺は転移していく探索者たちの後姿をみながら、一階層ずつ侵攻して行くしかない。
小部屋から一時的に人がいなくなったところで、腰のポーチから銃器のアタッチメント――タクティカルライトとサイレンサーを取り出し、FN P90に取り付けていく。
今回の探索兼六角水晶採取のための近接武器、スレッジハンマーは肩に掛ける荷袋に掛けている。会敵した際には、荷袋ごと洞窟内に放り投げて戦闘行動に移行していくことになるだろう。
準備を完了させ、最後にP90に取り付けたタクティカルライトのスイッチをONに切り替える。
これまでは、この光源によって俺の居場所が判明することを嫌って、ピンポイントでの使用に留めていたが、今後はライトを点灯させたままの行動に切り替えるつもりだ。
王都で受けた襲撃――、闇ギルド“覇王樹”からの刺客との戦闘で、俺はVMBのシステム任せのCQC(近接戦闘)に限界を感じていた。
しかし、俺の戦闘方法の根幹はFPSであり、VMBだ。これは今後も決して変わらないだろう。今さら体を鍛えて、この世界の剣術なり体術なりを学ぶのは不可能だ。
俺に出来ることを、俺だけに出来ることをさらに昇華させていくことでしか、今より力を得ることは出来ない。
ではどうやって昇華させていくか?
それはFPSの技術を上げる方法でしかないだろう――。俺はそれしか知らない。これは、今回の蛇頭の迷宮探索の大きな目的の一つだ。
P90を前に廻し、小部屋を抜けて洞窟内に進んでいく。地下一階の洞窟内部は他の迷宮同様に横幅が六m~十mほどあり、地下道には小さな六角水晶が剣山のように集まった群晶――水晶クラスターがいくつも埋まっていた。
だが、この水晶クラスターは大魔力石を採取し、迷宮を討伐した後でないと採集は出来ない。
試しにとスレッジハンマーを荷袋から外し、水晶クラスターの一部を砕いてみると、破片は実体として残ることなく黒い靄に包まれて迷宮に沈んでいった。
やはり、十分な魔素を吸い実体化した巨大水晶のみが採集できるのだろう。
蛇頭の迷宮は、洞穴を模しているせいなのか判らないが、視界に浮かぶマップを見ると非常にシンプルな構造をしている。
マッピングを行いながら、王都の資料館で保存した地図のSSと照らし合わせ、地下二階を目指して進んでいく。
ゆっくりと索敵をしながら歩いていくと、マップに光点が二つ浮かぶ。
魔獣か……、この蛇頭の迷宮地下一階で確認されている魔獣・亜人種は四種類。
水晶蛇、水晶蜘蛛、ファットスコルピオン、そして蛇頭の亜人ナーガだ。
P90の安全装置をフルオートへ廻し、荷袋を降ろしてその場に膝立ちになる。
通常ならダウンサイトして待ち構えるところだが、タクティカルライトの光源が敵に警戒を生むかもしれない。まずは銃口を下げ、視界に現れる目標が現れるのを待つ。
集音センサーが目標の移動音と思われる。足音ではない音を拾っている。地面を削り擦るような、とても硬そうなものが地を這う音が聞こえてくる。
見えてきた――。
視界に映ったのは動く水晶だ。まだ距離があるが、蛇行しながら地を這っているところを見ると、あれが水晶蛇なのだろう。
光点二つとも水晶蛇のようだ。三十mほど先に現れた体長一m程の二匹は、すでに俺のことを補足しているようだ。
蒼い水晶の身体に赤い瞳を光らせ、真っすぐに……蛇行しながらこちらへ向かってくる。
銃口を下げた状態で待機するロウレディから、銃口を水平に戻しつつダウンサイト。クロスヘアと照星を合わせ、先頭を這う水晶蛇に合わせてトリガーを引く。
空気が抜けるような音と共に指切り――バースト射撃を二連射。標的が細く低いので命中させるのは難しいが、二連射で撃ちだされた計六発の5.7×28mm弾の内、三発が水晶の身体を砕いた。
そう、文字通り身体を砕いた。撃ち砕かれた水晶蛇の身体からは、血が流れている様子がない。
こんな魔獣もいるのか……。
黒い靄に沈む水晶蛇に一瞬見とれたが、もう一匹の水晶蛇がかなり近づいていた。水晶の身体をS字のバネのように折り畳み、力を溜めているのが見える。
これはまさか――
すかさずP90を背に廻し、立ち上がりながら右太ももに着けている専用のレッグホルスターからCZ75 SP-01銃剣装備を引き抜く。
水晶蛇が撃ち出されるようにジャンプしたのは、俺がCZ75を引き抜いたのと同時だった。
自身の身体以上に開かれた蛇口が眼前に迫る。
VMBの格闘システムであるCQC(近接格闘)が反応する。システムにアシストされた動きに身を任せつつも、水晶蛇の予想外の動きにも対応できるように、その動きを、身体全体を、発生する音すべてを捉えて対応する。
飛び込んでくる蛇口にCZ75のバヨネットを突き込んで迎撃した。
突き込んだバヨネットは水晶蛇の口内を切り裂きながら、銃身の先まで突き込まれていた。トリガーガードに触れるか触れないかの位置に水晶蛇の蛇口と小さな牙がある。
CZ75を噛み砕こうと蛇口が閉まる。そして、銃口上部のスライドに立てられた牙から何かが染み出てくる。
それを見た瞬間、水晶蛇の一m程ある身体ごと振り回し、俺の背面の地面へと叩きつけ、同時にトリガーを引く。
発砲の反動を利用して蛇口からCZ75を引き抜く。頭部のやや下を撃ち砕き、俺の眼前でのたうち回る水晶蛇を踏みつけ、さらに二連射。
先に撃ち斃した水晶蛇と共に、眼前で沈んでいく水晶蛇の様子を確認しながら、CZ75のマガジンを換装する。
あの一瞬、水晶蛇の牙から染み出すように見えたものは、資料館で得た情報から考えると、相手を麻痺状態にするという“体躯”干渉型の毒だろう。
この蛇頭の迷宮に現出する魔獣・亜人種は、かなり多くの種類が毒持ちだ。魔力干渉型だけではなく、身体に直接不調を起こさせる体躯干渉型の毒持ちも多い。
『魔抜け』である俺には、魔力干渉型の毒や魔法は効果を発揮しない。しかし、体躯干渉型は話が別だろう。
VMBのゲームの身体を持つ俺に、それがどのような効果を与えるのかは未知数だ。しかし、敢えて喰らうような実験は危険すぎる。解毒薬の関しても調べたが、薬物的な解毒薬は一般人向けのものしかなかった。
探索者や冒険者が魔獣・亜人種から受けた毒は、魔法の《体調管理》で回復させるのが一般的な対応方法だ。
つまり、体躯干渉型の毒が俺に対して有効な効果を発揮した場合、俺にはそれに対する術がない。
体にダメージを受けるものならば、VMBの回復アイテムであるメディカルキットで回復させることは出来る。
だが、攻撃を受けて体調不良を引き起こされた場合、メディカルキットで治せる保証はない。これまで被弾することは殆どなかったが、今まで以上に相手の攻撃に注意を払わなければ、どんな危機的状況に陥るかわからなかった。
しかし、逆にその緊張感が必要だと俺は感じていた。受けたダメージを時間が回復してくれることに甘えていては、俺の戦闘能力に向上はないだろう。
FPSもそうだった。FPSが上手くなるにはどうすればいいか? 俺が前の世界でよく聞かれた質問だ。それに対しての返答は一つしかない。
死んで覚えろ。
自分が撃ち負けて死んだ原因、それを一つ一つ改善していくことが、FPSが上手くなるための確かな道だった。
しかし、この世界で迷宮探索の仕方を魔獣・亜人種との戦闘を、死んで覚えるわけにはいかない。いくらVMBのゲームの身体を得たと言っても、俺の命が複数ある保障などない。
ピエロたちとの戦闘でとった三度もの不覚……、あのようなミスは二度としない。
水晶蛇の魔石を拾い上げ、地下一階のさらに奥へ進み始めた。
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。
CZ75 SP-01
かつてのチェコスロバキア、現在のチェコが開発・発展をさせ続けているCZ75シリーズの一つで、装弾数十八発に加え正式なアタッチメントオプションとして、刃渡り十七センチ程の銃剣が装着できる。
メディカルキット
VMBに唯一ある体力回復アイテム。10cmほどの小さな円柱で針なし注射器に似た形状、二の腕などに押し当て、スイッチを押すだけで内部の薬剤が皮膚を貫通し、体内に浸透していく。クールタイム5分が存在し、連続使用は不可能




