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王競祭が終わり、マリーダ商会のマルタ邸で二日間の休息を取ったあと、俺は次の行動に動き始めていた。
迷宮攻略である。
目標は王都の南東を馬車で二日という近い場所にある『蛇頭の迷宮』。この迷宮は、荒野に開いた巨蛇の如く伸びる地割れの岩壁に迷宮の入り口がある。
そして、その巨大な地割れの頭に建設されたのが、要塞『スネークヘッド』。
スネークヘッドは王都に近い蛇頭の迷宮の防壁として建設され、同時に攻略のための起点となっている。
内部には飲食・宿泊施設に武具関連の店舗、探索道具を販売する店舗などがある他、クルトメルガ王国内の迷宮討伐を主任務とする、中央第三騎士団の本部にもなっている。
外部にも鍛冶屋や娼館などの店舗が建ち並び、探索者をメインターゲットとした施設が集まっている。
マルタ亭を出発した後、シャフトとして王都の出発記録を作ったのち、シュバルツへと姿を戻し、スネークヘッドへと向かう。
蛇頭の迷宮の探索日程は約三日、短い日数だが牙狼、緑鬼とは違う迷宮の現地調査をするつもりで、まずは簡単に済ますつもりだ。
行きに二日、探索三日、帰りに二日の一週間の遠征をし、王都に戻る。その後は、バーグマン宰相に預けた転送・模写魔法陣の受け取りと、マリーダ商会から購入した旧店舗の引き渡しが控えている。
シュバルツに戻った後、王都からスネークヘッド直通の巡回馬車に乗り込み、二日間を他の探索者パーティーと一緒に馬車で過ごしてスネークヘッドへと到着した。
スネークヘッドはU字型の巨壁要塞で、迷宮へと繋がる地割れを囲うように建設されている。
地上四階建てと言う、この世界ではかなり高さがある要塞だが、一般の探索者が利用できるのは地上一階のみ、二階から四階は第三騎士団の施設となっているので、基本的に立ち入り禁止だ。
巡回馬車は要塞前で停車し、そこからは歩いて門を通過し、身元確認などのチェックを受けてスネークヘッドへと入った。
まずは宿泊申請と夕食だな。
このスネークヘッドには宿屋があるわけではない。あくまでも、迷宮の探索拠点を兼ねた防衛要塞なのだ。そのため、探索者向けに宿泊施設が無料で開放されている。
ただし、大広間にベッド一台を合わせた畳一畳分ほどのスペースを、カーテンで仕切っただけのものだが。
「まるで病室だな……」
宿泊申請を提出し、ベッドの番号札と貴重品をいれる小型の魔動金庫の鍵だけを受け取り、ベッドスペースの確認を先にと思い覗いたわけだが、零れた感想がこれだ。
U字型のスネークヘッド要塞は、曲線部分の中央部が入場門口と広場になっており、南側が宿泊スペースで北側に各種店舗が入っている。
探索者だけではなく、第三騎士団の団員達と思われる騎士たちとすれ違いながら、北側に入っている食堂を目指して歩いていく。
宿泊スペースとは違い、食堂は有料だ。要塞の外には酒場もあるが、ここは食事がメイン。要塞の外から微かに聞こえる笑い声や喧噪から察するに、探索者は外で食事をすることの方が多いのだろう。
要塞内の通路ですれ違う探索者と思われる人は、ほとんどが俺と同じソロでの行動をしているようだった。
翌朝、王都や城塞都市バルガで聞いた鐘とは違う、軍隊ラッパのような金管楽器の音に起こされた。
視界に浮かぶUI情報を意識し、時刻を確認すると朝の五時。かなり早い時間だが、カーテンに仕切られた外側では同じように起き始めた探索者たちがゴソゴソと出発の準備をし始めている。
俺もTSSを起動し、銃器などの兵装を準備する。
主兵装は今回もFN P90だ。サブ兵装はCZ75 SP-01に銃剣装備、特殊手榴弾や予備マガジンも合わせて選択し、近接武器としてスレッジハンマーを選択した。
スレッジハンマーはこれまで使ってきた携帯できる小型の近接武器とは違い、全長九十㎝の柄に、六㎝×十七㎝ほどの金属ヘッドが付いた大型打撃武器だ。
今回の探索でなぜハンマーを用意するのか?
それは、蛇頭の迷宮がクルトメルガ王国でも最大の、巨大水晶を産出する迷宮だからだ。
巨大な洞窟型の蛇頭の迷宮では、内部に巨大な六角水晶が出現することがある。基本的に迷宮内の壁や構造物を完全に破壊することは不可能なのだが、水晶や鉱石などの鉱物資源であったり、フィールドダンジョンになった場合の草木などの植物資源は採取することが可能である。
それが迷宮内部へと餌となる人間を誘い込む罠である反面、持ち帰れれば有効な資源となる。
王都を出発する際に、俺はマルタさんからこの水晶の採取を依頼されていた。通常の探索者が持つ道具袋では、巨大な六角水晶を粉々に砕かなくては持ち帰れない。
迷宮内に荷車を持ち込んで巨大水晶を採取する探索者もいるそうだが、戦闘や故障の危険性を考えるとあまり現実的ではない。
しかし、俺のギフトBOXは大きさを無視することが出来る。
アクセサリーや石英ガラスなどの材料となる水晶は需要も多い。大魔力石の落札金により多額の資金を得たが、今後のことを考えると資金が多いに越したことはない。
今回選択したスレッジハンマーは、この巨大水晶採取のための道具として持っていく予定なのだ。
装備品を身に着け、出発の準備を整えていく。まずは食堂へ行き朝食を摂り、それから蛇頭の迷宮へのアタック開始だ。
スネークヘッドの中央一階にある広場には、王都方面への門と反対側に位置する蛇頭の迷宮へと繋がる門が向かい合って配置されている。
広場には、朝早い時間から探索者パーティーと思われる集団が見て取れた。
そして、迷宮へと繋がる門の横には、迷宮管理棟と同じ機能を持つブースが置かれている。探索者パーティーの代表者らしき列がブースの前に出来上がっており、探索計画書を提出しているのだろう。
俺もその列に並び、探索計画書提出と白光草の種を購入し、スネークヘッドの内側へと出発した。
スネークヘッドの門をくぐると、巨大な地割れが目の前に広がっていた。蛇が地を這い蛇行するかの如く波打つ地割れ――、スネークバレーが東西二km程の長さで伸びていた。
大勢の探索者により長年踏み鳴らされた迷宮までの荒野道を歩き、土魔法により造成された土階段を利用して下へと降りていく。
蛇頭の迷宮の入り口である洞窟は、岩壁の中ほどに開いているそうだ。
迷宮で探索者が命を失うと、それが迷宮の糧となり力となる。その力は迷宮で生まれた幻影の魔獣・亜人種に実体を与え、さらに力を蓄えた個体が外部へとあふれ出す。
だが、この“あふれ出す”と言うのは比喩でしかない。あふれ出てくる魔獣・亜人種は、ご丁寧に迷宮の出入り口から出てくるわけではない。
迷宮内で倒された魔獣・亜人種が黒い靄に包まれて沈み込んでいくように、迷宮周辺の地表に黒い靄と共に湧き出てくる。それが魔獣・亜人種のあふれ出す現象だ。
土階段の先には、奥が暗闇で全く見えない大穴が開いていた。
迷宮に入り暗闇を抜けていく瞬間は、まるで世界が切り替わるような感覚がする。だが、真実その通りなのかもしれない。
迷宮は決して構造体が破壊されることはなく、地面を掘っても下の階層に抜けることは出来ない。
迷宮と言う一つの理に支配されている世界。ここもまた、一つの異世界なのだろう。
そんなことを考えながら、蛇頭の迷宮へと侵入していった。




