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「そこまでだ!」
山茶花のマスター、シプリア・アズナヴールが俺とフェリクスの間に介入した。
右手でフェリクスの刀を防いでいるシプリアの炎を模した大剣から、ギリギリと擦れるような音が聞こえた。
この男、まだ力を入れているのか。
だが、それは俺も同じだった。シプリアの左手でAS_VALの銃身を押さえられ、銃口は地面を向いているが、俺も右手一本で銃口の向く先――、クロスヘアをフェリクスに重ねようと力を加え続けていた。
そして、結果的に空いている左手が胸の内ポケットに隠すコンバットナイフを抜こうと、ゆっくりと動き出す。
「止めておけ、さすがにこれ以上続けるなら、私も押さえるだけでは済まさないよ」
直前までフェリクスと視線を合わせていたシプリアの赤い瞳が、上から俺を見下ろす。
「貴様は何者だ」
今度はフェリクスだ。凍るような翡翠の瞳が俺を見下ろしていた。
「シャフト」
フェリクスの問いへの答えに、路地を封鎖しながら俺たち三人の動きを見ていた第四騎士団が騒がしくなってきた。
「――シャフト? あれが“黒面のシャフト”か」
「人の顔とは思えん」
「あれが黒面の理由か……」
騒めく第四騎士団とは対照的に、俺を見下ろす二人は冷静だった。
「やはり、《魔力感知》での見え方からそうじゃないかと思ったよ。本当に醜顔なんだね」
そう言うシプリアとは対照的に、フェリクスは無言で刀を引き、振り返りながら納刀しざわつく第四騎士団の中へと消えていった。
フェリクスがここに来た目的は何だったのか、いくつか心当たりはあるが……。
「君もその殺気を抑えなさい。それまでは左手は離さないよ」
殺気? 知らないうちにそんなものが滲み出るようになったか……。
「ふぅ~」
一つ、深く息を吐き。気持ちを落ち着けていく……。この路地での戦い、どうやらこれで終わりのようだ。
路地の状況を改めて見渡せば、フェリクスの放ったスキルにより路面はボロボロに焦げ、割れ、破壊尽くされていた。
すでに俺が無力化したピエロたちだけでなく、闇ギルド“覇王樹”の情報を聞き出すために、気絶に留めておいた青帽子もスキルに巻き込まれて死亡していた。
どの死体も真っ黒に焦げ上がっており、得られるはずだった情報量はだいぶ減っただろう。
「落ち着いたか?」
「あぁ、もう大丈夫だろう? 手を放してくれ」
シプリアの手がAS_VALから離れたところで、膝立ちの体勢から立ち上がり、AS_VALの安全装置を入れ、背に廻した。
「俺は礼を言うべきか?」
「要らないし、必要もないだろう。あの一撃の結果は私にも判らない」
「そうか……」
「その顔をこれ以上晒すのは不味いだろう、これでも巻いておけ」
向かい合うシプリアが赤い騎士服の胸元に手を入れ、ゴソゴソしながら引き出したのは、シルクのような肌触りの薄くて長い布だった。
受け取りながら視界に浮かぶマップを見ると、路地を塞ぐ第四騎士団の後方から、新たな光点たちが合流してきたのが見える。
「道を開けろ! 部隊長は状況を報告!」
以前に聞いた声だ……たしか、第四騎士団の副団長、名前は忘れた。
そして、続いて聞こえる足音はしっかりと覚えている、オフィーリアだ。
「シャフト! ぶじ――」
第四騎士団を押しのけるようにオフィーリアが前に出てきたが、俺の素顔を見てその動きが止まった。
これが普通の反応だよな……、そういうフェイスペイントをしているのだから……。
シプリアから受け取った布を顔に巻いていき、剥き出しになっている左目を覆う形で右目だけで前を見る。
この布、物凄くいい匂いがする――、少し生暖かい気もするが、一体どこにしまっていたんだ?
「オフィーリア、済まないが怪盗“猫柳”には逃げられた」
「そ、そうか……。大魔力石も持っていかれたのか?」
「いや、大魔力石はあそこだ」
そう言いながら、路地奥のスペースの端に置いてあるゴミ集積庫を指さす。
「あれは……汚物入れか?」
「そうだ。中でコティが水魔法を使ってな、酷いことになっている」
ゴミ集積庫改め――、汚物入れはコティの水魔法により、汚臭と油のような膜が浮いていた。
マップを見れば、大魔力石に付着させた発信器の光点は、間違いなく汚物入れを示している。
しかし……
「どうやって取り出すか……」
路地での戦闘から、すでに二日が経過していた。
大魔力石を王競祭に掛けるために訪れた王都。しかし、そこで知った『魔抜け』の真実と、VMBとは別のゲームから落ちてきた過去の人々。
そして、怪盗“猫柳”を追ってこの路地まで来たが、いつの間にかピエロたちとの戦闘になり、最終的には覇王花のフェリクスとも刃を交わすことになった。
本当に色々なことが交錯した十日間だった。
あの後――、汚物入れに沈んだ大魔力石を、箱を破壊し中身をぶちまけることで無理やり回収し、事情聴取を受けるために中央第四騎士団の詰め所へと移動した。
詰め所では、本当に俺がシャフトなのか? 怪盗“猫柳”を追跡後何が起こったのか? 黒焦げにはなったが、あの六人とは一体どういう関係なのか?
路地に最後に現れた第四騎士団の副団長、オード・サマタを中心に事細かに聴取されたが、俺が話せることは極僅かだ。
俺がシャフトで間違いないし、コティを追跡していたら、俺も追跡されていて襲われた。
俺が言えることはこれに尽きる。ピエロたちが闇ギルド“覇王樹”からの刺客であったことも伝え、王競祭に沸く王都の裏で、“黒面のシャフト”と覇王樹が激突していた事実に副団長が唸り声を上げた。
シプリア・アズナヴールとは路地で別れたが、俺と一緒に詰め所へ来ていたオフィーリアもまた、驚きの表情を見せていた。
俺の素顔――として偽装しているゾンビフェイスを見た時の動揺の色はすでになく、普段通りのオフィーリアの姿を取り戻していた。
しかし、それでも覇王樹の名が出てきたことには驚いたようだ。オフィーリアの実家、ドラグランジュ辺境伯領にまで名が届くほどに、このクルトメルガ王国の影に蠢いているのが闇ギルド“覇王樹”とその傘下の闇クランたちなのだ。
サマタ副団長の話では、覇王樹の暗躍が明確な事態と言うのは、相当に珍しいそうだ。その傘下と思われる闇クランの動きは見えるのだが、それを率いる覇王樹の姿が見えることは殆どない。
黒焦げにはなってしまったが、覇王樹から直接送り込まれた刺客の死体から得られる情報は少なくないだろう。
俺の本人確認に関しては、ハイラシアで見かけたバルガ公爵家に協力をお願いした。丁度詰め所にバルガ公爵がいたこともあり、再び素顔を晒しての確認はスムーズだった。
だが、その際にさらに大勢の騎士団員や他の貴族に素顔を見せることにもなったが……。
詰め所には第四騎士団のほかに、魔導貴族家を中心に若い貴族たちが集まっていた。大きな被害がなかったとは言え、王族が集まっている会場を襲撃されたことに、大人しくはしていられなかったようだ。
いくつかの情報提供を終えた後、オフィーリアは怪盗“猫柳”を追って北へと向かった。王都の北の村で、コティたち三人の目撃情報が得られたからだ。
そして、貴族たちは王都内の闇を潰すべく、第四騎士団と共に闇クランのたまり場と目されている拠点への一斉捜査へと出陣していった。
残された俺は、いつかの再会をオフィーリアと約束し、ハイラシアへと戻った。
ハイラシアではマリーダ商会のマルタさんと、ヤミガサ商会の商会長が待っていた。取り戻した大魔力石の引き渡しがいよいよ行われる。
王競祭での落札金額は、白金貨百五十枚と言う過去最高額での落札となった。この内、一割がハイラシアの取り分、二割が共同出品者のマルタさんの取り分、そして残りの七割が俺の取り分となる。
それでも白金貨百五枚、一億オルを超える資金を得ることが出来た。
引き渡しが行われたゲストルームでは、鼠系獣人族であるヤミガサ商会の商会長がしきりに鼻をヒクヒクさせながら大魔力石を愛でていた。
汚物入れの中で汚水に浸かっていた大魔力石は、正直言ってかなり臭った。しかし、引き渡しを先延ばしにするわけにもいかず、簡単に拭いただけでこの場へと持ち込んでいた。
「ほほぉー、これが大魔力石の香り! 邪悪なる迷宮を思わせる、なんとも嫌悪感を湧きたてさせる香りですな! だが、この輝き! この魔力! 素晴らしい!」
たしか、そんなことをしきりに言いながら大魔力石に頬ずりをしていた。当然ながら、少し前まで汚物入れに浸かっていたなど教えてはいない。
そして今、俺はマルタ亭の客室で休息を採っていた。
昨日今日とマルタ亭に泊まり、ミネアの相手をしながら覇王樹の動向や第四騎士団たちの成果を見守っていた。
結果的に第四騎士団の一斉捜査は空振りに終わったが、当分は俺に対する攻撃が鎮まるのではないかと考えている。
その隙にシャフトの行方をくらまし、俺は次の目的地へと向かう予定だ。
そう、俺がこの世界で生きる目標に掲げている迷宮討伐。まずは蛇頭の迷宮からアタックするつもりだ。




