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一瞬の隙を利用し兵装の換装を行うことが出来た。青帽子を無力化し、捕縛する準備は完了した。後は残りのピエロ二人、赤鼻とノッポを斃すだけだ。
怪盗“猫柳”を斃さずに捕縛するための兵装から、闇ギルド“覇王樹”を撃ち斃すための兵装へと変更したわけだが、シャフトの基本装備となっていた三つ――、ウェルロッドver.VMB、特殊電磁警棒、S&W トマホークのうち、数を持てないトマホークは用意しなかった。
その代わり、特殊消音ARFであるAS_VALを久しぶりに用意した。
ウェルロッドとAS_VALは、共に消音銃と言う特徴がある。逆に先ほどまで使用していたFMG9には、別途サイレンサーを装着しないと消音効果は当然存在しない。
撃ち鳴らされた銃声を聞きつけ、路地を構成している建物内の光点が、慌ただしく動いているのがずっと見えていた。
この路地裏のゴミ捨て場――、小スペースに繋がる裏口の木扉が微かに開き、俺とピエロの戦いを覗いている人影も見えている。
騎士団に通報しろと言う話し声も聞こえているので、いずれ騎士団かオフィーリアたちがやってくるだろう。
だが、音に釣られて一般人がやってくる可能性もある。余計な者が近づかないようにするため、大きい銃声が鳴らないようにする配慮が必要になっていた。
「シャフトちゃ~ん、やりすぎだよぉ~? や~り~す~ぎ」
赤鼻の口調はまだ軽いままだが、その顔から笑みは完全に消えていた。
「そろそろ僕も行かせてもらうよ~? ウヒィ!」
ノッポが槍を構えて一歩前に出る。その後ろで赤鼻が次々とbuffと思われる自己強化スキルを連続で行使し始めた。
「スキル『身体強化』、『攻撃力強化』、『敏捷強化』、『付与:火属性』――」
おいおい、どれだけ強化するつもりだ……。今まで色んな冒険者や騎士たちを見てきたが、ここまでスキルを連発して自己強化する人はいなかった。
それは、“出来ないから”なのか、“効果が低いから”なのかは判らないが、このまま強化され続けるのは不味い気がする。
腰からウェルロッドを引き抜き、右手に持って左手は開けておく。AS_VALは装弾数が二十発なので、正面で警戒されているタイミングでは使用を控えた。
一定以上の実力者には、正面からの射撃は避けられることも判っている。牽制も兼ねるFMG9などのSMG系とは運用方法が違うのだ。
俺が攻めに転じようとしたのが判ったのか、ノッポの槍を握る力が増すのが見えた。穂先は俺の中心を捉え、僅かな横移動にもブレることなく追ってきている。
前に出られない……。
このノッポ――、先ほどの強力なスキルから見ても、相当な実力者なのかもしれない。
俺の格闘戦能力は、VMBのCQC(近接格闘)ムーブによるところが大きい。俺自身の意思で身体を動かしもするが、VMBのシステムアシストに流れを任せて対応することも多い。
VMBのシステム能力が、この世界の強者に対してどこまで有効なのか。今のところ対応は出来ているが、どこかで上限に達するだろうと俺は考えている。
そして、このノッポと対峙して感じるプレッシャーとでも言うのだろうか?
FPSの大会で感じる空気に似ている。一歩前に出ればお互いに射線が通る――、その一歩をどちらが出すか。待ち構えるか、飛び込むか、その選択しに迷いが生じた瞬間。
「ハァッ!」
ノッポが飛び出し高速の突きを繰り出した。
「くっ!」
突き出された槍を小円を描くようにウェルロッドで弾き、カウンターでノッポの頭を――と言いたいが、高い位置にあり頭部は狙えない。回転するウェルロッドがノッポの胸部へと吸い込まれていく。
しかし、その長身からは考えられないほどの身体能力でノッポは身をかがめ、俺のカウンターアクションは空を切った。
もしもウェルロッドを受け止められたとすれば、そこからトリガーを引き射撃へと移行するのだが、空ぶった腕は空を泳いで俺の体勢が崩れる。
不味い――
上半身が泳いでいくところを無理やり下半身に力を入れ、ノッポが俺の足を斬りに来たところを、ギリギリのタイミングで後方へとスライドジャンプで回避した。
だが、ノッポの攻撃は止まらない。後方へと飛んだ俺に合わせて前へと踏み込み、着地の足を狩りにくる。
その攻撃もウェルロッドで弾き、着地と同時にもう一度後方へ飛ぶ。当然ノッポも前に出てくるが、今度は俺が攻撃する番だ。
飛ぶと同時にクロスヘアを正面に合わせ、前に出た瞬間のノッポへ二連射――。
「なっ!」
胸部に二つ穴を開け、着地と同時にクロスヘアを頭部へAim――狙いをつける。
ノッポは自分の胸部に目をやり、突然の攻撃とその威力に驚きを隠せないでいた。完全に動きが止まり、口からは赤い血が零れて俺の勝ちを確信し――
「ヒャッハァー!」
突然の奇声が聞こえたかと思えば、ノッポを後方から赤鼻がジャンプで飛び越えてきた。そして、その軌道が空中で変化する――
「『猛襲脚』!」
赤鼻は二メートルを遥かに超えるノッポのさらに上を飛び越える軌道から、不自然なほどに急降下する蹴り技と思われるスキルを発動させた。
「くっ!」
CBSを展開する前に、赤鼻の蹴り技が俺の胸部に直撃――する寸前でウェルロッドを挟み盾にすることが出来たが、赤鼻の攻撃はまだ終わっていない。
蹴りの威力に身体が押される――、それに反発するように蹴りの圧力を耐えるウェルロッドを前へと押し出す。
が、その瞬間に圧力が消え去り、俺の両手がマヌケにも前へと突き出される。
「なっ?」
寸前までスキルの体勢を維持していた赤鼻は、目前で小旋回から次の攻撃へと移っていた。
それに俺が気付いたのと、側頭部に衝撃が走ったのは同時だった。
「ヒャー!」
赤鼻の奇声が響く。スキルを放ったのとは逆足が俺の側頭部を打ち付け、俺の身体は路地の壁面へと吹き飛んだ。
「シャフトちゃ~~ん。お待たせぇ~……、んぅ?」
久しぶりの被弾――、痛みにクラクラする……。
視界の半分がなぜか真っ暗になっていたが、それが被っているベネチアンマスクがズレたせいだとすぐに気づいた。すぐにマスクを直し、正面を確認すると赤鼻が嫌らしく口を歪ませ嗤っていた。
「シャ~フ~ト~ちゃ~ん、面白いことを考えたよぉ~。その面の下ぁ~、一体何を隠しているのかなぁ~? 死ぬ前にぃ~、見せて行きなよぉ~」
赤鼻の歪んだ瞳が嫌らしい眼光を放った気がする。
「ふぅ~」
壁面に蹲り、被弾したことに動揺した心を静め、自然治癒が始まるのを感じる。非戦闘状態を意識し、体力を一気に回復させる――。
赤鼻が何やら喚いているが、攻撃を中断しているならその隙に回復させてもらう。
しかしこの赤鼻……、いつまでも武器を持ち出さないと思っていたら、攻撃方法は素手による格闘攻撃か?
改めて赤鼻の全体像を観察すると、複数のBuffスキルによる強化と思われる発光現象が見て取れた。
魔法以外にも自己を強化するスキルがある――、ゼパーネル永世名誉宰相の話を思い出せば、俺と同じ『枉抜け』の血が伝えた、VMBとは別のゲーム世界のスキルだろう。
よし、目眩や頭痛も完全に消えた。視界に浮かぶUI情報にはHPや体力と言ったゲージは存在しないのだが、自分の体力がしっかりと回復したことは感じる。
俺の回復を待っていたわけではないだろうが、赤鼻が喚き終えたようで、再びこちらへと突き進んできた。
赤鼻は、両拳を上げたオーソドックスなボクシングスタイルに似た構えをしていた。そして、その拳が赤い炎のよう輝く――。
「『拳打・三連』!」
目前に迫った赤鼻が再びスキルを放つ――。壁面を背に立ち上がり、赤鼻が繰り出した三つに分裂したように見える左手を迎えうつ。
一撃――、二撃――、三撃目をウェルロッドで弾き、その左手をホールドしようと左手を伸ばしたが、伸びきった左手に触れた瞬間に幻影のように消えていった。
三度、俺のカウンターアクションが隙を呼ぶ。VMBのCQC(近接格闘)システムに頼り過ぎた弊害が如実に現れていた。
「もらったよぉ~!」
赤鼻の右手の赤い光が燃える炎に変わり、俺の頭部へと突き出される。
「くっ!」
首を曲げ、その拳をギリギリでかわ――、いや、元々直撃するコースではない?
左側頭部を擦るように突き出された拳が壁面へ刺さり、路地に大きな打突音が響く。
赤鼻の歪む顔が俺のすぐ目の前まで寄っていた。俺の顔と奴の顔の間隔は五十㎝もない、その僅かな隙間に特殊手榴弾――、M84フラッシュバンが割り込む。
「なにぃ?」
赤鼻が怪訝な顔をした瞬間、フラッシュバンが炸裂し爆音と閃光が轟いた。




