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俺の前に現れた闇ギルド“覇王樹”からの刺客、六人のピエロ。
その内一人を撃ち斃し、もう一人は腹を裂かれた状態で俺の肉盾となっている。無傷なのはあと四人――。路地に建つ建物の壁面に、片手片足で張り付いていた赤鼻はすでに路地に降り立ち、後ろに立つ三人のピエロたちと共に憤怒の表情で俺を睨んでいた。
「シャ~フ~ト~……、やってくれるねぇ~、やってくれたなぁ~」
赤鼻の白塗りの顔に青筋が浮かび上がるのが見える。相当に頭にきているようだ。
手元に残る銃弾はFMG9に二十七発と予備マガジン一本。不意に声を掛けられたためテイザーガンのカートリッジは再装着していないが、交換用カートリッジは怪盗“猫柳”捕縛用に用意した三個。
初手をうまく切り返したことで、手持ちの装備だけで一人を斃し、もう一人を無力化したがやはり弾数が心許ない。
「~~~、~~~~、~~――」
赤鼻の後ろに立つ青帽子が再び魔言を唱え始めた。何がくる――、魔言を聞き取ることが出来ない俺には、詠唱後の魔法名を聞かなければ何が起こるかわからない。
ならば、完成前に――
肉盾越しにFMG9を構え、クロスヘアを青帽子に飛ばそうとした瞬間、視界にデブピエロが立ち塞がる。奴らはすでに俺の銃器の特性に気づいているようだ。銃口が向く方向への直線的な攻撃。その射線を塞げば後方をピンポイントで攻撃することは不可能。
しかし、魔法は違う。デブの後ろで魔法名が宣言される。
「――~~、石の監獄!」
魔法名が聞こえた瞬間、俺の目の前に石壁が急速に迫り上がった。それは正面の一枚だけではなく、俺の四方を囲む形で左右と後方にもだ。
囲まれた?
石壁の高さは二メートル弱ほど、左右の幅も同程度だが、この狙いは何だ? 手を掛けようと思えば届かない高さではない。上は開いているのだから――
石壁の上を見上げ、とにかくこの状況からの脱出を考えたが、視界に映るマップの光点がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
赤鼻ではない、その後ろにいた……槍持ちのノッポ!
駆け寄る足音が消えた――? 光点の動きは止まっていない、俺と重なる位置に光点が移動するのが見えている。
「上か!」
石壁の高さを遥かに超える上空に、長身のピエロが見えた。穂先を下にし、槍に紫電を纏わせながら急降下してくる。
「『霹靂神』!」
スキルか! 四方を石壁に囲まれ回避はできない、受け止めるしかない!
肉盾にしていたアフロを正面の石壁へ突き飛ばすように離し、腰を沈めて左腕を上へ向ける――、人差し指の付け根にあるCBSの展開ボタンを押せば、瞬時に不可視のバリアが傘となって俺の頭上を塞いだ。
ノッポの槍とCBSが接触した瞬間、激しい閃光と轟雷が鳴りCBSに紫電が走る。CBSは俺の左腕とは直接触れていないため、紫電は円状に広がり四方の石壁を破壊。そして、石壁に手をついて自分の腹部を抑えていたアフロにも紫電が走り、全身を黒こげにして崩れ落ちていった。
目前の閃光はVMBの遮光機能により瞬時に抑えられ、俺の目には自分のスキルを防がれたことに驚愕するノッポの顔がしっかりと見えていた。
この隙にカウンターを仕掛けたいが、FMG9は左手で不安定に握っている。右手の電磁警棒ではノッポの体には届かない。
その一瞬の迷いを見抜いたか、ノッポはスキルが防がれた反動を利用し、跳ねるようにして俺から距離を取った。
「奴はまだ生きているぞ!」
赤鼻たちの下へと戻ったノッポが、再び槍を構えてピエロたちに警戒を促す。
「あれも防ぐかぁ~、一体どうやって防いだんだぁ~い?」
「魔法障壁に似ている不可視の盾だ。物理攻撃を耐える障壁なんて聞いたこともない」
「ふぅ~ん、おい」
ノッポの話を聞いていた赤鼻がデブに何かを指示した。
CBSは俺の唯一の防御手段だ。先ほどのスキルを受け止めたことで、CBSのエネルギー値は通常展開による自動消費よりも多く減っている。この戦闘中にエネルギー切れを起こすことはないだろうし、そんな無駄使いをするつもりはないが――。
赤鼻に何かを指示されたデブの両手に、何本もの短剣が握られているのが見えた。デブの丸い顔が嫌らしく歪む――。
「俺にも見せてくれよぉ~、ウヒィ!」
赤鼻の嗤い声と同時に、デブの短剣が連続で投擲された。
数が多い――、回避や捌けるような量ではない――CBSを展開するか? いや、ピエロの思い通りに動くのは癪だ。
俺は目の前に残っていた石壁の残骸に、身を隠すように滑り込んだ。一メートルあるかどうかの高さしか残っていなかったが、身を隠すと同時に俺の頭上を何本もの短剣が飛んでいく。
これは……逆にチャンスかもしれない。この瞬間、ピエロたちから俺の姿は見えていない。マップを見ても、近づいて奇襲をかける様子もない。
兵装の換装をするなら誰にも見られていない今だ――、とTSSを起動したが、そんな俺の姿を黒こげのアフロの頭部が見つめていた。
ゲラゲラと嗤う赤鼻の声が聞こえる中、インベントリからメイン兵装に予備マガジン、特殊手榴弾に近接武器と次に次に選択し、補給BOXを召喚した。
目の前で収束していく光の粒子を見ながら、マップで光点の動きに注意を払う。
換装の瞬間が一番危険だからだ。
短剣の投擲を石壁で防いでいることに苛立ち始めたのか、赤鼻は青帽子に石壁を消すように指示を飛ばしたのが聞こえた。
石壁が消える――。補給BOXから取り出した銃器たちを回収し、壁が消えると同時に路地の壁へと超低空のスライドジャンプ。
そこから止まることなく高機動ムーブへと動きを変える。ウォールランで路地の壁面を駆け上がり、ピエロたちの頭上へと再び飛んだ。
「ウヒィ!」
突然動きを変えた俺の行動に、赤鼻が目を光らせて嗤っている。
何がそんなに面白いのか判らないが、まずは――
デブの頭上を取り、直上からの直下射撃。FMG9の安全装置をフルオートに廻し、マガジン内に残っている二十七発全てを撃ち込んだ。
デブはどこが首なのかわからない首関節を曲げ、頭上を見上げて短剣をクロスさせる。それで9×19mmパラベラム弾を防ぐつもりなのだろうが、FMG9が降らす轟音と暴力の雨は短剣を撃ち砕き、デブの頭部に無数の穴をあける結果となった。
デブに正面から銃弾を撃ち込んでも、分厚そうな脂肪の塊に銃弾が致命傷にならない可能性があった。狙うなら上からの頭部だと、最初から決めていたのだ。
ノッポと青帽子の間に着地し、同時にFMG9をノッポへと投げつける。不意に投げつけられたFMG9をノッポが槍で叩き落すが、その間に青帽子との距離を詰める。
「ひっ! ~~、~~~――」
「させん!」
急接近する俺に、顔を引きつらせて長杖を構えて魔言を唱える青帽子の手を、パワードスーツのアシストを全開に乗せた電磁警棒の横薙ぎで払いあげた。
「うおっ!」
青帽子の手から長杖を弾き飛ばし、がら空きとなった胸元へと電磁警棒を突き込む。打突と同時に、グリップのボタンを押し込む――。
電磁警棒の先端から放たれる電流が、青帽子の全身へと駆け巡った。
「ぎゃぁ!」
短い悲鳴と共に、青帽子は倒れた。こいつは情報源として確保する。これで残りはノッポと赤鼻の二人……。
俺はゆっくりと振り返り、槍を構えて今にも飛び出しそうなノッポと、未だに武器を取り出さない赤鼻を見据えた。
使用兵装
サークルバリアシールド(CBS)
VMBオリジナルのバリアシールド、左人差し指の付け根に展開スイッチがあり、エネルギーが続く限り、VMBではあらゆる攻撃を防ぐ円盾状のバリアを張れる。消費したエネルギーは時間による自然回復もしくは回復アイテムで回復させる。
特殊電磁警棒
VMBのオリジナル近接武器。護身用の市販されているスタンバトンの改良型で、伸縮する細身の円柱警棒タイプのデザイン、伸ばすと70cmほどになる。
先端部分を相手に押し付け、グリップのスイッチを押せばスタンガンと同じように電流が流れ、相手を一時的にスタンさせる効果がある。
FMG9
アメリカのマグプル社がグロッグ18という拳銃に外部パーツ取り付け製作したSMG。警護任務用特化のSMGで、長方形に折りたたむ事で、ズボンの後ろポケットに納まるほどのコンパクトサイズになる。




