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ハイラシアの外へと逃走したコティに難なく追いつき、テイザーガンを使用して行動不能状態に陥らせた。そこまでは良かったのだが、気づけばコティを追跡していた俺を、さらに追跡していた影たちがいた。
コティを追い詰めたはずの路地で、逆に俺が追い詰められていた。闇ギルド“覇王樹”からの刺客……。もう何度も差し向けられ、それを撃退してきたわけだが、もういい加減決着をつけるべきかもしれない。
とは言え、まずは目の前のピエロ六人を排除しなくてはならないが……。
路地を塞ぐように並ぶ六人のピエロ――、先頭に立つ大きな赤鼻がこの集団のリーダーだろうか?
その後ろに立つ五人のピエロたちも、一目でピエロだとは分かるのだが、メイクや衣装が少しずつ違っていた。
先頭の赤鼻、目元を青く菱形に塗り、二本角が垂れ下がるようなデザインのジェスターズキャップを被った青帽子、金髪とは言えない黄色に染めた大きなアフロヘアー、身長が二メートルを遥かに超える長身ノッポ、カラフルにデザインされた衣装を着たパンパンに膨れ上がったデブピエロ、そして頭頂部が禿げてサイドだけ赤い頭髪が残る禿げピエロ……。
よくよく見れば、こいつらハイラシアに入る時に見かけたピエロたちだ。あの時に先頭の赤鼻と目が合ったのは偶然ではなかったか……、どこかのタイミングで仕掛けるつもりで朝から張っていたのだろう。
「ウヒィ! シャ~フトちゃ~~ん。都合よく一人で飛び出してきたかと思えば追いかけっこしているなんてぇ、王都は俺たちの縄張りだよぉ~? チョット余裕見せすぎじゃなぁ~い?」
「お前たち――、覇王樹で間違いないか?」
「そのとぉ~~り! キィヒッ! クルトメルガ王国の闇を束ねる一大ギルド、覇王樹さぁ~!」
赤鼻が大きく手を振り上げて、自分たちの大きさを表現している。その後ろに並ぶ五人のピエロも、顔を歪めて嗤っていた。
「ところでシャフトちゃ~~ん。その後ろの小娘は何なのかなぁ~?」
「これか……、ただのコソ泥だ」
「コソ泥ぉ~? グフッ! ただのコソ泥を――、討伐できずに長年放置されてきた牙狼の迷宮を、たった一人で討伐して見せた大英雄、“黒面のシャフト”! が追いかけていたのぉ~?」
その問いには答えにくかった。俺はまだ大魔力石が入った木箱を抱えたままなのだ。
いつ戦闘状態に突入するのか分からない状況で、TSSを起動して、ギフトBOXを召喚している余裕はない。
「それにぃ~、その大事そうな木箱には何が入っているのかなぁ~? キヒッ! あぁ~~、言わなくてもいいよぉ~」
人差し指を立てて横に振りながら、「チッチッチ」とワザとらしく舌を鳴らす赤鼻の目が細められ、その奥が嫌らしく光ったように見えた。
「ダ~ンジョ~~ンコア! だろうぉ? ウヒィ! シャフトぉちゃ~ん、キミの命と一緒にぃ、それも貰ってあげるよぉ~!」
相手は六人、装備はコンバットナイフに特殊電磁警棒とテイザーガン、それにFMG9――。だが、交換用マガジンは二本しか用意していない。
前回の黒騎士を考えると、こいつらも一筋縄ではいかないだろう。無駄撃ちをすれば一瞬で弾薬を消費してしまうはずだ。
それに、覇王樹との決着を考えれば、最低でも一人は行動不能でとどめる必要がある。
ギャーギャー喚く赤鼻ピエロを無視しつつ、視界に映るマップを再確認する。
路地に追い詰められた形だが、周囲が壁だけと言うわけではない。どうやらここは商店の裏口が集まっている場所のようだ。
ピエロたちが塞ぐ通りへ抜ける道以外の三面には、裏口と思われる木製ドアがあるのが見えるし、家屋の中で動く光点も見えている。
路地の一角には、ゴミ捨て場と思われる大きな木製のゴミ集積庫が二つ見える。しかし、逆に言えばそれしかない。ここで六人を相手にするには正直厳しい。
FPSプレイヤーとしては、一対複数での撃ち合いではマップに置かれているオブジェクト――様々な物体を利用して、時には盾に、時には攻めの起点にと使ってきた。
だが、ここにはそれがない。となれば……、こちらから攻めてグチャグチャにかき回すしかない。
そこから隙を生み出して、武器の換装を行うタイミングを狙いたい。
ニヤニヤと笑う五人のピエロたちの前に立ち、間延びする口調で喚く赤鼻に意識を向ける。
まずは先制――。
右手を腰の裏に回し、ズボンの後ろポケットに挿していたFMG9を、手前に放り投げつつ展開ボタンを押した。
「――に散々邪魔されてねぇ~って、何よそれぇ!」
中空で回転しながら箱型から銃型へと展開していくFMG9のグリップをキャッチし、フルオートで9×19mmパラベラム弾をばら撒くようにピエロたちへと横薙ぎに射撃した。
初期装弾数三十三発を、撃ち鳴らされる轟音と共に右へ左へと往復させながら撃ちきる。
俺の突然の行動にピエロたちは反応が遅れたが、銃口が自分たちに向いた瞬間に、それが戦闘行動だと一瞬で理解したようだ。
銃口を避けるように散開し、上へ後ろへと回避していく。
やはり、俺の攻撃手段に関して少なからず情報を得ているようだ。だが、この初動は当たらなくてもいい。
ピエロたちが回避行動を取るのを見ながら、俺も足元に倒れるコティの腰に手を回し、脇に抱えるように持ち上げる。
そのまますぐにゴミ集積庫へとスライドジャンプし、大きな上蓋を持ち上げてコティと大魔力石の入った木箱を放り込んだ。
ちょっと臭いな……。
二つ並んでいたゴミ集積庫のうち、俺が蓋を開けた方は生ゴミ用だったようだ……。生ゴミが直に入れられているわけではないが、紙袋などに集められて放り込まれていた生ゴミから汚臭が漂っている。
しかし、脇に抱える大魔力石や、足元のコティを気にしながら戦闘するわけにもいかない。少しの間だけだ――と、大魔力石に呟き、上蓋を閉じた。
「シャ~~フ~~ト~~! まだ少し言い足りないがぁ、始めようってのかぁ~い?!」
どう言う手段で行っているのかわからないが、赤鼻は路地ではなく、横の家屋の壁面に片手片足だけで張り付いている。
赤鼻の口調は軽いが目は決して笑っていない。鋭い眼光には明らかな殺意が籠っていた。
俺から奴らに掛ける言葉はない。無言でマガジンベルトから予備マガジンを抜き、FMG9に挿す――、これで残りは予備マガジン一本と三十三発。
FMG9の点射装置をセミートに廻し、左手に持つ。右手には腰から特殊電磁警棒を引き抜き、軽く振って格納状態から伸長させる。
俺が戦闘準備を整えていくのを、ピエロたちも黙って見ているわけではない。赤鼻は壁に張り付いているが、他の五人はそれぞれに武器を取り出していた。
青帽子は短杖、アフロは細剣、ノッポは槍、デブは短剣、禿げは両刃斧を手に持つ。赤鼻だけは武器を用意していない、まずは高みの見物のつもりだろうか?
「~~~~、~~~~~、倍力」
青帽子が魔言を詠唱し、周囲に集まった四人へと付与魔法を掛けていく。
あれは不味い、青帽子がピエロたちのサポート役ならば、まずはソレを潰す必要がある。
「ウヒィ! さぁ、狩りの時間だよぉ~!」
赤鼻の号令によりアフロと禿げが駆け出す。同時に、デブの両手に握られた短剣が俺へと投擲。
縦回転しながら飛んでくる短剣のうち、一本を電磁警棒で叩き落とし、もう一本は体を捻って躱す。
投擲された武器を叩き落とすという行為は、VMB時代に散々やってきた防御アクションだった。
無音で攻撃を放てる投擲武器。俺はトマホークを愛用しているが、VMBに用意されている投擲武器には、他にも投げナイフやチャクラム、棒手裏剣や十字手裏剣なども用意されていた。
攻撃手段があれば防御手段もある。銃弾が飛び交うVMBにおいて、投擲武器の飛行速度は遥かに遅い。投擲モーションから軌道を予測し、打ち払う、避けるなどの基本的な防御アクションを取ることは、初見の相手や武器であっても体が自然と反応してくれる。
しかし――
「「ダッシュ!!」」
デブによる短剣の投擲は牽制に過ぎない。アフロと禿げがスキル『ダッシュ』により、地を滑るようにして急接近してくる。
右側のアフロが若干早いか――、クロスヘアを左側の禿げの頭部へと滑らせる。片手による射撃になるので、アイアンサイトを覗くダウンサイトをすることはできないが、そのためのセミオート射撃だ。
トリガーを三連射。発砲するたびに縦に揺れるリコイル――、反動を左手だけで制御し、禿げの頭部へと集弾させていく。
同時に『ダッシュ』の加速に乗せて突き出されるアフロの刺突を警棒で外側へ流すように叩き、体が流れたところをFMG9のグリップで喉を打つ。
「グホッ」
アフロの体勢が崩れたところで、右腕で首を巻き込み、アフロの向きを反転させつつ腕で視界を防いでホールド。
一瞬でアフロを肉盾に変えると、目の前には最初の三連射を両刃斧で防いだ禿げの横薙ぎが迫っていた。
9×19mmパラベラム弾により、禿げの持つ両刃斧はその片刃を失っていた。だが、片刃となってもその威力が失われたわけではない。
しかし、俺のCQC(近接戦闘)ムーブが理解できていなかった禿げは、横薙ぎにした攻撃を止めることが出来ず、結果的にアフロの腹を裂くこととなった。
「ぎゃぁー!」
アフロの絶叫が右腕越しに響くが、せっかくの肉盾を放棄するはずもない。片刃となった斧を振り切り、俺の目の前で隙を晒す禿げへと肩越しにクロスヘアを合わせ、再び三連射。
味方を盾にされただけでなく、それを斬ってしまったことに驚愕の表情を表していた禿げは、その顔のまま顔面に穴をあけて斃れた。
これで一人……、肉盾としているアフロはまだ生きているようだが、大きく裂かれた腹部の傷は致命傷だろう。
最後の時まで肉盾として利用させてもらうが、残りは四人――、嗤うピエロの表情は憤怒の表情へと変わり、俺を睨みつけていた。
使用兵装
特殊電磁警棒
VMBのオリジナル近接武器。護身用の市販されているスタンバトンの改良型で、伸縮する細身の円柱警棒タイプのデザイン、伸ばすと70cmほどになる。
先端部分を相手に押し付け、グリップのスイッチを押せばスタンガンと同じように電流が流れ、相手を一時的にスタンさせる効果がある。
FMG9
アメリカのマグプル社がグロッグ18という拳銃に外部パーツ取り付け製作したSMG。警護任務用特化のSMGで、長方形に折りたたむ事で、ズボンの後ろポケットに納まるほどのコンパクトサイズになる。




