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 王競祭最終日も終盤に差し掛かっていた。すでに三分の二以上を消化し、軽食休憩後からの物品はどれも高額で落札されていく。

 入札の開始価格はすでに金貨ではなく、大台の白金貨からの上乗せ金貨十枚で進行していた。



「白金貨十一枚と六十入りました! ありがとうございます! 白金貨十一枚と七十枚! 十一枚と七十のお客様はいらっしゃいますか!」


 パコンッ!


「はいっ! ありがとうございます。十一番のお客様の落札となります」



 これで目録番号九十九番まで終わった。次が最後、いよいよ大魔力石ダンジョンコアの入札が始まる。



「次が今年の王競祭を締めくくります、最後の物品となります。目録番号百番、牙狼の迷宮より持ち帰られた、大魔力石です!」



 オークショニアの今日一番の呼び声に応え、移送用のワゴンに載せられた黒塗りの木箱が運ばれてくる。

 GPSトラッキングダーツにより張り付けた超小型発信器の信号も、それに合わせて移動している。



「私も大魔力石を担当させていただくのは初めての経験です。こうして直に見ることも含めて――」



 オークショニアが木箱の蓋を開けて箱を傾ける。買い手側にも大魔力石が見えるようにとの配慮だ。さすがに、手に持ったり別の台座に移すなどはしないようだ。 


 会場からは極彩色に輝く大魔力石が見えた瞬間から、驚嘆と賞嘆の声が響き渡り、一人また一人と手を打つ音が鳴り始めた。

 称賛の音の波は次第に大きくなり、気づけば会場中が大きな拍手で包まれていた。そして、全ての参加者の視線が一点に集まる――。



「シャフト様、これは全て貴方に向けられたものです。陛下ですらお手を叩いていらっしゃいます」



 マルタさんもまた手を叩き、俺のことを見ていた。


 迷宮の討伐は、この世界で生きるすべての人々にとっての喜びであり朗報だ。


討伐した迷宮を収穫祭の名のもとに狩り尽し、迷宮からあふれ出す死と恐怖を跳ね返して、生と安寧を得る。

 そして――、それをもたらした勇者を、英雄を、救世主を、この世界は最大の敬意をもって称賛する。


 本来ならば、収穫祭において俺はその称賛を受けるはずだった。しかし、俺は収穫祭への参加よりも、アシュリーを追って南部へ向かうことを選択していた。


 行き場を失っていた称賛の行く先が、今ここで俺のもとへやってきたのだ。


 観覧席から立ち上がり、右手を腹の前で水平に曲げて頭を下げる。ボウアンドスクレイプを上半身だけで行い、称賛の波に返礼を行った。


 これほどの称賛の波は、前の世界でも受けた覚えはない。FPSの世界大会で結果を出した時でも、果たしてこれほどの高揚感を得られただろうか?

 一つの競技、その勝者に向ける称賛と、この世界の命運をかけた戦いの勝者に向ける称賛は、やはり違うと言うことだろう。



「さぁ皆様、これが最後でございます。入札の開始価格は白金貨五十枚からでございます。上乗せも金貨五十枚からとさせて頂きます。それでは――、よろしいでしょうか? 白金貨五十枚! 五十枚です!」



 響き渡る称賛の波が落ち着いたところで、オークショニアが入札の開始を宣言した。



「はい、白金貨五十枚と五十入り――、はい、そちら白金貨五十一! 五十一と五十!」



 次々と揚げられるパドルに、入札額がどんどん上がっていく。



「マルタ、どのくらいまで上がると思う?」


「そうですね、大魔力石の取引価格で記憶しているのは白金貨百三十枚ほどでしたか、今回はどこまで行くかわかりませんが、百枚は超えてくると思います」



 白金貨百枚以上は堅いか……今回のオークションが終われば、無属性魔石の購入費用とCPクリスタルポイントの問題が一気に解決することになるな。


 気づけば貴賓室に座るクルトメルガ国王もパドルを上げて入札に参加していた。貴賓室で同席しているミネアやシリル王女が、国王をはやし立てるように応援するのにつられ、入札額を越されるたびに上積みを重ねているようだ。


 入札額もすでに白金貨八十枚を超えているが、その勢いは止まる気配はない。それでも入札し続ける顔ぶれは固定され始めてきたが……、一人は国王、そしてヤミガサ商会と貴族が二名――、この四人で争っている。



「あちらの方はバルムンド伯爵とエクルース侯爵ですね。お二人とも商会の経営をされている方々です」


「貴族が商会を持つこともあるのか」


「えぇ、官職を持たれていない方に多いですね。大魔力石があれば大規模な魔法建築や大規模魔道具を管理することもできます。ご領地の繁栄を願えば、どのご領主も欲しがるのが普通ですね」


「なるほどな……」



 大魔力石一つで何が変わるのかは分からないが、マルタさんがそう言うならそうなのだろう。


 そして入札額が白金貨百枚を超え、貴族の二人は脱落し、国王とヤミガサ商会との一騎打ち状態となっている。

 ヤミガサ商会の商会長は、マルタさんとは真逆の細い長身の体格で、鼠顔の獣人種の男性だった。



「白金貨百二十枚と五十! 陛下いかがですか!」



 一騎打ち状態に入り、オークショニアが入札の意思を交互に確認し始めている。


 オークショニアの問いかけに国王がパドルを上げ、すぐさまヤミガサ商会もパドルを上げる。


 そんなやり取りを数度繰り返し、段々と国王のパドルが上がる間隔が長くなっていく――。



「白金貨百五十枚! 百五十枚です! よろしいですか?」


 パコンッ!


「はいっ! 牙狼の迷宮より持ち帰られた大魔力石は、白金貨百五十枚でヤミガサ商会様が落札です!」



 最後の落札に会場中から手を打つ音が鳴り響き、白金貨百五十枚と言う落札額にどよめきが起こっている。

 鎮まることを知らぬどよめきと、見事落札したヤミガサ商会への称賛に包まれる中で、どこからともなく白煙が一階の会場の足元へと静かに、しかし箱の底に満ちていく水のごとく充満していくのが見えた。


 一階で歓声に包まれている参加者たちは、それに気づいていないようだ――。



「あれは何かの演出か?」


「いえ、昨年まではなかったものですが……」




眠りの霧スリープ・ミストだ!」



 その叫びは、会場の端の席に座っていたオフィーリアのものだった。


 演出ではない? ならこれは、怪盗“猫柳”のものか?


 オフィーリアの声を察した何人かの貴族たちが、自分たちの席を囲うように魔法障壁を張り出すのが見える。

 魔法障壁に触れた白煙――、眠りの霧はそこで動きが止まり、障壁の中へは入っていけないようだ。


 しかし、魔法障壁を広く展開するには相応の技術が必要になる。それが出来ず、眠りの霧に足元を囚われているハイラシアのスタッフは、膝をついて動きが止まっている。


 眠りの霧の魔法名が示すように、睡眠状態に陥っているのだろうか?

 

 いや、それよりもだ。


舞台は少し高くなっているため、眠りの霧の影響は受けていないようだが、周囲を囲まれて動きが取れない状態になっている。

 テーブル席側も、睡眠の状態異常に耐えていたり、魔法障壁を張ったことで逆に動きが取れなくなっている。


 それでもこの状況下で大きな混乱が発生していないのは、さすがに貴族ゆえか。



「周囲を警戒しろ! テミス伯爵! この霧は吹き飛ばせないのか?!」


「無理じゃ、屋内で吹き飛ばそうとしたら霧が舞ってしまうからの」


「陛下の安全を最優先にしろ! フェリクス! 二階に上がって退避を援護しろ!」


「霧を吹き飛ばせないのならば、障壁を広げて押し戻せ!」



 王競祭に参加している魔導貴族を中心に、声を上げて態勢を整えていく。この眠りの霧の次の攻撃への対処、国王含め貴賓室に入っている王子と王女、それに第一魔術学院から参加しているミネアたちを、退避させることを最優先に行動し始めている。



「マルタ、この観覧席なら危険は少ないだろう。ここで事態が収拾するまで待機してくれ」


「シャフト様は?」


「大魔力石の周囲に人が集まりだしている。大魔力石を落札者に引き渡すまでは、アレの所有権は俺にある。俺の所持品である内は、誰にも奪わせはしない」



 視界に映るマップには、舞台に集まるスタッフと思わしき光点が見える。スタッフ同士で混乱が発生しているような声は聞こえない。

 それでも、大魔力石を舞台の上に置いたままにするかを話し合っているのが聞こえる。まずはあの輪に合流し、大魔力石を守る動きを――。


 舞台に集まるスタッフが動き始めた。大魔力石が納まっている黒塗りの木箱が閉められる――、どうやら大魔力石を別の場所に動かすようだ。 



「シャフト様、怪盗“猫柳”の噂は私も知っています。不殺の大怪盗と呼ばれる正体不明の集団だとか……」


「不殺だとか傷一つつけないとか、そんな噂に甘えるわけにはいかない」


「確かに、品物が実際に奪われていることには変わらないですからね」


「そう言うこ――」



 動き出した大魔力石のワゴン――、動き出すスタッフたちの足音――。


 そこに聞き覚えのある音が一つ――、この軽く跳ねるような足音、コティだ。



「シャフト様何を!」



 マルタさんが俺の動きを見て声を上げた。それは当然だろう、ここは二階席だ。俺は階下を見下ろすカウンターに足をかけ、そこから飛び降りようとしているのだから。



「マルタ、俺は行く」


「お、お気をつけて……」



 マルタさんの声を背に聞きながら、階下の人の少ないスペースへと飛び降りた。



 

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