167
「クルトメルガ王国国王陛下、キリーク王子、シリル王女、そしてご参加いただきました紳士淑女の皆さま。大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、王競祭最終日を開始させていただきます」
会場に並べらえた八人掛けのテーブル席は満席となり、二階の出品者用観覧席にも多くの出品者の姿が見える。王族の入る貴賓室には、さきほど全員で立ち上がり国王と第二王子、そして第四王女を迎えた。
第一魔術学院からはミネアと二人の少年少女が、見学会として王族と共に貴賓室に入っている。護衛として同行しているはずのシルヴァラの姿は見えないが、どこかにはいるのだろう。
「本日最終日は、王国各地より集められました名匠の作品、厳選された最高級の宝飾品、王国の歴史を紐解く古美術品をはじめ、各地の大迷宮より持ち帰られました高性能な魔道具など、皆様の御眼鏡にかなう物品が必ずあると確信しております」
舞台では王競祭の司会進行役と思われるオークショニアらしき男性が、舞台の横に置かれた演台で前口上を述べている。
観覧席には本日の出品目録が置かれていた。この世界へ落ちてだいぶ経つのだが、未だに文字の読み書きに関しては何も勉強していない。精々自分の署名ができるようにしてあるだけだ。
書くのは人任せ、読むのは自動翻訳機能任せである。
オークショニアが言うように、目録に書かれている物品の数々はどれも高級感を感じさせるものだった。芸術家の名前やその作品名を見てもピンとこないが、宝飾品や古美術品に記載されているオークションのスタート価格を見れば、どれもこれもが最高級品なのだろうとすぐにわかる。
「そして、本日の最後を締めくくります一品は、先ごろ討伐されました牙狼の迷宮の大魔力石でございます。ご来場いただきました皆様方のお目当てもこれでございましょう。どれ程の値が付くか、私も楽しみにしております。それでは始めて参りましょう! 目録番号一番、ヴェネールを中心に活動しております芸術家――」
前口上から流れるようにオークションへと移行していく。俺とマルタさんが座る観覧席には、簡単な軽食とグラスが置かれている。
王競祭に出品される品目数は多い、大魔力石が出てくるまでは随分と時間がかかるだろう。それまでは食事やお酒を楽しみつつ、オークションの進行を見下ろすことになる。
一階のテーブル席でも同じように貴族や商人たちがグラスを傾けている。よくよく見渡せば、会場の端の席にはオフィーリア・ドラグランジュの姿も見える。
同席している護衛騎士のヴァージニアと共に、厳しい表情でオークションの進行を見つめていた。
どうやら、怪盗“猫柳”の捜索に進展はないようだな。探しても見つからないのなら、向こうからやってくるのを待つということか。
王競祭は順調に進んでいた。各テーブルに座る貴族や商人たちは、歓談をしながらも興味を引かれた物品や目当ての物品にはパドル――、番号が記された札を掲げて入札をしていく。
「目録番号二十五番、魔獣王の迷宮より持ち帰られました魔法防具“旋風の小盾”です。こちらの魔法防具は、魔力消費により盾の周囲に風属性の防御障壁を展開いたします。大きさは一般的な大盾ほどでございます」
オークショニアの紹介と説明を受けながら、舞台に“旋風の小盾”と呼ばれた盾が移送用のワゴンに載せられて運ばれてきた。
“旋風の小盾”を運んできた男性が、そのまま盾を構えて魔力を通していくと、肘から手首ほどしかない盾の周りが緑色に発光し、緑光の膜が男性の身長ほどの大きな盾の形状を形作る。
それはまるで、俺のCBSのようにも見えた。魔法防具の実演に驚くのは俺だけではない。テーブルに座る何人かの貴族も、感嘆の声を漏らしているのが聞こえた。
「こちらの物品は金貨三十枚より、三枚ずつの上昇です。三十枚のお客様はいらっしゃいますか! 三十枚!」
紹介とスタート価格が提示されれば、すぐに入札が始まる。最初の価格に早くも一人の貴族がパドルを掲げた。
「はい、金貨三十枚ありがとうございます。金貨三十三枚いらっしゃいますか!」
次々に掲げられるパドルにより、入札額がどんどん上がっていく。あの魔法防具はそれほどの価値があるのだろうか?
「マルタ、あの盾をどう見る?」
「そうですね――。まず、私なら金貨百枚以上で捌きます」
「そんなにか?」
「えぇ、魔法防具は魔法武器に比べると、数がまず少ないのです。迷宮に堕ちて魔素を吸い、魔道具として再出現できる武具は、傷が少ない物が大前提と言われております。身を守る防具の類で傷が少ないなどと言うのは、なかなかあるものではありません」
「確かにそうだな」
「加えてあの魔法効果です。どの程度の衝撃まで耐えるのかは分かりませんが、持ち運びが楽な小盾が大盾に変わると言うのはとても魅力的です」
マルタさんの説明を聞きつつ、オークションの動向を見守る。
「九十九枚入りました、ありがとうございます! 百二枚! 百二枚のお客様いらっしゃいますか!」
いつのまにか入札額が大台を超えようといていたが――・
パコンッ!
オークショニアのよく通る声と、テーブル席での歓談する声でざわつく会場に、オークションハンマーの高く鳴る打音が響く。
「はい、ありがとうございます。“旋風の小盾”は金貨九十九枚で三十五番のお客様の落札となります」
落札が決まると、歓談の声が一瞬止み代わって手を打つ音が響き渡った。
そして、次々に新しい物品に運ばれ、入札され、落札されていく。
予定されている物品の三分の二が消化したところで、軽食休憩が摂られることになった。
テーブルには、簡素だがフルーツとサンドが運ばれてきている。一日の食事が朝夕の二食を基本としているこの国では、昼食をしっかりと摂る文化は希薄だ。時間的には昼食と言うよりは三時のおやつ的な時間だが……。
「本日ご用意いたしましたのは、王都で人気急上昇中の料理店、『コールベイ』より王競祭のためだけに調理された、フルーツマフィンです。それともう一点、マリーダ商会より新作葡萄酒をご提供いただきました」
新作ワイン? まさか……。
ワゴンに載せられて運ばれてくるマフィンと葡萄酒、その容器には見覚えがある。黒塗りのブラックラベルだけが貼られた容器は、俺のコンチネンタルから持ち出した前の世界のワインだ。
「マルタ……」
「えぇ、シャフーワインをお披露目する機会を色々と考えましたが、王競祭で王侯貴族の皆さまに飲んでいただくのが最良だと考えました。この軽食休憩は毎年ありますので、大魔力石を出品する際に売り込んでおきました」
貴重な大魔力石を出品することを盾にねじ込んだのか……、俺と一緒にいるときはニコニコ顔の丸腹おじさんだが、見えないところではしっかりと大商人をやっていたようだ。
一階では、オークショニアがマフィンと俺のワインの説明を行いながら各テーブルを回っている。
「こちらの葡萄酒、この黒塗りのブラックラベルには酒精の度数しか書かれておりませんが、醸造所はあの“黒面のシャフト”ゆかりの地と聞いております。ごく少数だけの限定醸造の中から、特に厳選されたものをご提供いただきました」
八人掛けのテーブル席に座る貴族や商人の男女は、マフィン食べながらもシャフーワインに興味津々のようだった。
シャフーワインが注がれたグラスを、厳しい表情で見つめているのが見える。味は間違いない――。問題があるとすれば、“黒面のシャフト”と言う得体の知れない傭兵が関係する、どこの物とも知れないワインを受け入れてくれるかどうかだ。
だが、美味しいものを食するのに、その背景はそれほど大きなものではなかったようだ。最初は原産地も収穫年も分からないシャフーワインを訝しんでいたが、注がれたグラスから香る芳醇な香り、澄んだ赤いレンガ色を見て、口にする――。
俺の集音センサーに聞こえる声は、シャフーワインに対する感嘆の吐息ばかりだった。
そんな軽食休憩を終え、王競祭は大魔力石が登場する終盤へと進んでいく。そして、怪盗“猫柳”も動き出してくるはずだ。




