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ハイラシアを管理運営するジャックスさんに案内され、俺とマルタさんは魔道金庫が置かれている地下階へと降りて行った。
視界に浮かぶマップを見ると、特徴的な地下階の配置に気づく。防犯を意識した設計だろうか、地下階への階段や通路は狭く、隠れるような場所も部屋もない。
そして、地下階の壁の反対側は土と言うわけではない。分厚い壁の反対側には何か別の空間が広がっているのが分かる。地下にどうやって浮かんでいるのかわからないが、たぶん魔法建築なのだろう。
前を歩くジャックスさんが、俺が地下道の壁を凝視していることに気づいて足を止めた。
「シャフト様、もしやお分かりで?」
「あぁ、この壁の向こうは空洞になっているか?」
「正確には水が充填されております。土魔法建築の専門家を招聘して、地中を通って魔道金庫に近づけないように設計されております。魔道金庫への道は、正真正銘この一本しかありません」
「なるほど……」
防犯を考えるならば、地中からのアクセスにも対応しなくてはならないか……。
俺が購入予定のマリーダ商会の旧商館はどうしようか。同じような構造にするのは不可能だろうし、同一の構造を持つ建物を探しても、簡単には見つからないだろう。
それとも考えすぎか? 念のため、いくつかの防犯対策を用意しておくか。
「こちらの小部屋でお待ちください。すぐに魔道金庫より大魔力石を持ってまいります」
ジャックスさんに案内された小部屋には、簡素な机と椅子だけが置かれていた。内壁も簡素で余計な家具の類はない。
唯一と言える、部屋の隅に置かれた予備の椅子にマルタさんが座り、俺は小部屋の中心にある椅子に座ってジャックスさんが戻るのを待った。
マップで光点の動きを見ていると、小部屋の奥にある魔道金庫でジャックスさんが、警備らしき光点と共にさらに奥へと進んでいるのが見える。
「ときおり――、シャフト様はどこか別の場所見ているような仕草をしますが、遠見のスキルか何かをお持ちなのですか?」
珍しい――、マルタさんは俺のVMBの力に関して、殆ど何も聞いてこない。そう言うものなのだと受け入れてくれていた。それに少し甘えすぎていたかもしれないな……。
「遠見のスキルではないが、俺が立っている周辺の地形が全てわかる。そこで動く、人や人以外の動きもな」
「なんと……、それが地図屋の正体ですか……」
「そう言うことだ」
「シャフト様の単独迷宮攻略が異様に安定し、攻略速度が異常に早い理由がやっとわかりました」
「まぁ、それ以外にも色々とあるが――、どうやらジャックスさんが戻ってきたようだ」
「お待たせいたしました」
ジャックスさんが物品の移送用と思われるワゴンを押しながら小部屋に入ってきた。ワゴンの上には黒塗りの木箱が載せられている、あの中に大魔力石が入っているのだろう。
「どうぞ、ご確認ください」
小部屋に一つだけ置かれている机に黒塗りの木箱が置かれ、そっと上蓋が外される。中には極彩色の輝きを放つ、マーキースカットされたラグビ―ボールほどの大きさがある魔石が納まっていた。牙狼の迷宮より持ち帰った大魔力石だ。
「マルタ、頼む」
「畏まりました」
まずはマルタさんに、この大魔力石が間違いなく本物であるかどうかを確認してもらう。
魔石鑑定用のルーペを取り出し、慎重に大魔力石の輝きの奥を覗き込み、真贋を確かめていく。その様子をジャックスさんと見守りながらも、俺は腰のガンホルダーに隠し持っていたGPSトラッキングダーツを握りこんでいた。
「間違いありません、本物です」
マルタさんがこちらを向き、間違いないことを確認してくれた。続いて俺が大魔力石を手に取り、その輝きを目に焼き付けるかの如く振舞っていく。
それを見てマルタさんがジャックスさんに話しかけ、彼の視線が俺から外される――、さり気ない動作で腰からGPSトラッキングダーツを引き抜き、大魔力石の背面へと超小型のGPS発信器を撃ち込んだ。
すぐにGPSトラッキングダーツを腰のガンホルダーに戻し、赤く点滅するGPS発信器がしっかりと大魔力石に付着していることを確認し、マップにも発信器の位置が表示されたことを確認した。
GPSトラッキングダーツには攻撃力が設定されていないため、大魔力石に傷を付ける心配もない。
付着した発信器を隠すように黒塗りの木箱へと大魔力石を戻し、魔道金庫について彼是と話し込んでいるマルタさんとジャックスさんへと振り返った。
「十分に堪能させてもらった。後は競売で良い値が付くことを願うばかりだ」
「それは間違いないでしょう、今年は国王陛下もいらっしゃいました。王都の民たちへの顔見せももちろんですが、大魔力石を直接落としに来られたのは明白です。また各地に領地を持つ貴族の方々にも、大魔力石を手に入れるまたとない機会です」
「盛り上がるでしょうなぁ、大魔力石の用途は数多くあります。大規模な魔法建築に使われ、大型船舶や魔動昇降機のような大型魔道具にも使われます。今年参加している貴族の全員が欲する一品なのは間違いないです」
もうすぐ始まる王競祭最終日の盛り上がりを予想しつつ、ジャックスさんが再び大魔力石を魔道金庫へと仕舞っていく。
俺が準備できるものはこれで全てだ。後は怪盗“猫柳”がどう動くか、それを考えながら、俺たちに用意された個室へと戻っていった。
個室でマルタさんが用意してくれたお茶を飲みながら待機していると、スタッフが間もなく王競祭最終日が始まることを知らせに来てくれた。
マルタさんと共に、個室から出品者用の観覧席へと移動する。ハイラシアは演劇場に似た二階建てになっており、一階部分には舞台と演台が置かれ、そこへ物品が運ばれて、実物を前に競売が行われる。
入札を行う買い手たちが座るスペースは、長い時間行われる王競祭を少しでも楽しめるよう、八人掛けの円形テーブルが何台も用意されていた。
それらを見下ろす俺たちがいるのが、二階にある出品者用の観覧席だ。小さめの個室で見下ろし型のカウンターが備えられている。同じデザインの観覧席が、一階を左右から見下ろす配置で複数用意されている。
同じ二階にある舞台の正面には、王族が観覧するロイヤルルームとも言うべき貴賓室となっている。
聞いた話によると、マルタさんの一人娘であるミネアは、同じ第一魔術学院の学院二名と共に貴賓室で観覧するそうだ。
すでに座席は埋まりつつある。マルタさんが名門貴族や大商会の商会長、個人で活躍している注目の商人などを教えてくれた。
それを聞きながら、いくつかの気になるグループを見下ろしていく――、クルトメルガ王国のトップクラン“覇王花”。マリーダ商会同様に、王国でも指折りの大商会であり、覇王花のスポンサーでもあるヤミガサ商会。
それにあそこに見えるのは――、女性のみで構成されるクラン“山茶花”のマスター、シプリア・アズナヴール子爵に、城塞都市バルガのバルガ公爵と三女ラピティリカ様が同じ席に――あっ、魔術師ギルドのテミス伯爵もいるようだ。
さりげなく視線を送っているつもりだったが、各席の何人かは俺の視線に気づいたようで、むこうも視線が上がる。
俺を射殺すかのような怒気を含む視線、見られているから見返しただけ、そんな無関心な視線、何か面白いものを見つけたと言わんばかりの視線。
おいおい、こんな奴らが屯する会場に、怪盗“猫柳”は本当に現れるのか?
マップには発信器の光点が動くことなくしっかりと点滅している。競売が始まる前に盗み出すと言うつもりはないようだな、やはり開催中に何か仕掛けてくるか。
何を仕掛けてくるか、逆に楽しみになってきた。
使用兵装
GPSトラッキングダーツ
ハンドガンタイプのVMBオリジナル非殺傷銃器で、相手にダメージを与える事はできないが、着弾すると対象に超小型のGPS発信機を付着させ、GPS衛星により、発信機の位置を特定し、マップに表示させる事ができる。




