165
9/16 誤字修正等
いよいよ王競祭の三日目が訪れた。一日目と二日目は王都の一般市民や商人が自由に参加できるのだが、三日目は貴族や有力商会だけが参加でき、もっとも格式が高く、特別なオークションとなっている。
そのため、早朝から準備をし、ドレスコートに従い正装と仮面を変更する必要がある。
仮面は歓楽都市ヴェネールでも使用した黒豹のベネチアンマスク、服装はドレスコードに従い黒のテールコートだ。
会場であるハイラシアには武器を持ち込めないことになっているが、怪盗“猫柳”のことを考えれば、無手と言うわけにはいかない。
マルタさんからは、当日の俺たちの席が出品者用のゲストルームになると聞いている。そこで召喚することを前提にして、FMG9、GPSトラッキングダーツ、テイザーガンと言った三種の銃器を選択する予定でいる。
近接用の武器としては、特殊電磁警棒を選択する予定だ。さすがに、武器の持ち込みを禁じられているのに、スミス&ウェッソン E&E トマホークを使用するわけにはいかないだろう。
俺は総合ギルドから怪盗“猫柳”の捕縛に関して協力を要請されている立場だが、それはあくまでも、“総合ギルドから”だ。
実際に会場を警備するのは、王都の第四中央騎士団であり、彼らは自分たちの任務と誇りに掛けて、参加者による自主的な防犯対策を認めるわけにはいかない。
しかし、俺としても第四中央騎士団を侮るつもりはないのだが、盗みに行きますと宣告された以上は、それに対して人任せにするわけにはいかない。
今後の活動資金として、大魔力石の売却金は絶対に必要なのだ。
出発の準備を終え、今日までの宿として利用していた、『平穏の都亭』をチェックアウトし、最後にマリーダ商会の商館まで馬車で送ってもらうことにした。
「到着いたしました」
「ありがとう」
御者に声をかけ、商館へと入っていくと、すぐに従業員が俺に気づき応接室へと通してくれた。
「おはようございます、シャフト様」
「おはよう、マルタ」
「ご準備はすでに終わっていらっしゃるようですね。すぐに馬車を回します、まずは会場のハイラシアに入りましょう」
マルタさんもすでに準備完了のようで、いつもの服装よりも豪華な刺繍の施されたローブを着て応接室へと入ってきた。
三日目の目玉商品となる大魔力石がオークションに掛けられるのは、王競祭の最後と決まっている。会場に朝から入っても、だいぶ待つことになるとは思うのだが、王族が参加するのにその後から会場入りするわけにもいかない。
それに、どの段階で怪盗“猫柳”が動くかは分からない。早い段階から会場に入り、大魔力石の動きを追えるようにしておきたい。
会場のハイラシアまではマリーダ商会の馬車での移動だ、俺とマルタさんがキャビンに入り、御者台にはアルムが座っている。
アルムの双子の妹であるシルヴァラとマルタさんの一人娘であるミネアは、昨日から泊りで見学会に参加しているそうだ。
シャフトとして久しぶりに会ったアルムと軽く言葉を交わした後は、マルタさんとキャビンでこの後の話を詰めながら、ハイラシアへと向かった。
ハイラシアまでの通りには、数多くの露店が開かれていた。まだ開店には早い時間で、店主らしき男女が最終日の稼ぎに備えて準備をしているのが見える。
会場であるハイラシアに近づいてくると、会場の周辺で大道芸らしき集団が集まっているのが見えた。
いや、正確にはピエロの集団か? この異世界にもピエロがいるとは知らなかったが、白塗りの顔に赤い丸鼻を付けた、どこから見てもピエロとしか言いようのない六人組だ。
玉乗りやジャグリングをしながら、早くから集まり始めている観衆の目を楽しませていた。
そのピエロの集団が、ゆっくりと走るマリーダ商会の馬車へ近づいてくる。愉快に笑う化粧にこちらも笑いそうになるが、一人のピエロと視線が合うとさすがに不気味に見えた……。
ハイラシアに到着した後は、アルムと別れて俺とマルタさんは出品者用出入り口より中へと入っていった。アルムはオークションが終わったころに迎えに来る予定だ。
ハイラシア内の警備や要人警護は、基本的に第四中央騎士団に一任されている。王族の護衛は当然ながら、出品者だけでなく入札する側である商人や貴族の護衛も行う。
そのため、警備上の混乱を招かないよう、貴族や商人たちに付いている護衛たちはハイラシア周辺に待機する形になっている。
それでも、貴族や商人たちは一人で参加しているわけではなく、付き人の名目で確かな武力をもった腕利きを横につけてはいるが……。
俺たちに用意された個室で、装備品を召喚しながら最終日の開始を待っていると、マップにこの部屋へ近づく光点が移動してくるのが見えた。
トントン
「失礼いたします。ハイラシアを管理運営しております、ジャックスと申します。王競祭最終日の開場前に、出品者の方々へご挨拶をさせて頂いております」
「これはジャックス殿、わざわざありがとうございます」
「いえいえ、マリーダ商会には毎年大変お世話になっております。今年は特に、大変貴重な品を――」
「それは、こちらのシャフト様に――」
「おお、そうでございました、改めてごあいさつさせて頂きます。ご高名な“黒面のシャフト”様の物品を取り扱いさせて頂き、恐悦至極でございます。当館の管理運営をしております、ジャックスでございます」
「傭兵ギルドのシャフトだ。今日はよろしく頼む」
ジャックスと名乗った彼は、グレイアッシュの髪を中分のショートボブを綺麗に切りそろえ、左目には白銀のモノクルを掛けた細身の男性だった。
「はい、今回競売に掛けられます大魔力石は、クルトメルガ王国でも討伐を先延ばしにしていた迷宮の物、そこから持ち出された大魔力石ともなれば、過去に数度だけ出品された大魔力石の落札価格を、大幅に更新するものと思われます」
「だが、それに釣られて良からぬことを企む者もいるようだが……」
「怪盗“猫柳”でございますね。しかし、ハイラシアの魔道金庫はそう簡単に破れるものではございません。物理的にも強固に、対魔法防御陣を三重に張り巡らせ、魔錠紋は生体情報と一致しなければ作動しない最新式でございます」
「なるほど、金庫内に保管されているうちは安全と言うわけだな」
「その通りでございます」
「競売が始まる前に、もう一度だけ大魔力石を手に取ってよく見ておきたいのだが、構わないだろうか?」
「――通常は競売に掛けられる物品をこちらに預けられた後は、出品者さえも魔道金庫へはご案内できない決まりとなっておりますが、シャフト様の願いであれば、特別にご案内させて頂きます」
「すまないな」
「いいえ、とんでもございません。しかしながら、魔道金庫内へは立ち入れませんので、隣の小部屋までとなりますがよろしいでしょうか?」
「もちろん、それで構わない」
「それではご案内いたします」
そうして、俺とマルタさんはジャックスさんに案内され、魔道金庫に併設されている小部屋へと向かった。




