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マリーダ商会から購入予定の旧商館を見に行った帰り道。王競祭の会場である、ハイラシアへと向かう王族のパレードとかち合った。
せっかくなので、とそれを見学することにしたわけだが……。
俺のことを直接、「地図屋」などと呼ぶのはこの男しかいない。
クラン“覇王花”のライネル。緑鬼の迷宮で山茶花と共に迷宮の地図作成を行った際に、覇王花は迷宮討伐を目的として迷宮へアタックを仕掛けていた。
結果的に迷宮の大魔力石を入手したのは山茶花の面々だったが、覇王花は俺の地図作成能力に目を付け、自分たちのクランへの参加を求めてきた。
しかし、俺は覇王花の基本的な考え方が気に食わなかったため、その誘いを断った。それに、俺の参加するクランは『P0wDer』だけだ。
「久しぶりだな、地図屋……」
「そうですね、ライネルさん」
ライネルは、以前と比べると明らかにランクが上のプレートアーマーを装着している、パレード用の儀礼鎧だろうか。騎馬の後方に並ぶ列から離れ、俺の目の前に立つ。
やはりこの男は大きい――、俺と同じ普人種ではあるが、大きな体躯は獣人種にも引けを取らないだろう。茶色の短髪に見え隠れしている傷痕の数々が、この男がどれ程の激戦を潜り抜けてきたかを雄弁に語っていた。
「お前も王都に来ていたんだな。覇王花に入る気になったか?」
「まさか、今回は商談で立ち寄っただけです。あれから俺の考えは一切何も変わっていない」
「チッ、相変わらず女を横に置かなければ王都も歩けないのか」
ライネルの視線は、俺の後ろでこちらを見守っていたマリーダさんを見ていた。
「今回の商談相手ですよ。あなたこそいつものメンバーはどうしたのですか? 魔術師と軽戦士の姿は見えますけど、ウィルともっと大きな戦士の人はいないのですか?」
マリーダさんを睨むライネルの視線をこちらに戻すため、大して興味もなかったが、姿の見えないライネルのパーティーメンバーのことを口に出した。
緑鬼の迷宮討伐で会った彼らのパーティーは、ライネルと女魔術師が二名、軽装鎧の戦士が二名、このうち一人が地図製作担当のウィルだ。そして、ライネルよりもさらに大きな体躯を持っていたパーティーの盾役と思われる重戦士の計六名のはずだった。
ライネルがパレードの列から離れたことで、彼のパーティーメンバーと思われる女魔術師二名と、騎士服を着ている軽戦士らしき男性が少し離れたところで待っていた。
顔はあまり覚えていないが、たぶんパーティーメンバーだろう。だからこそ、残り二人の動向が少し気になったのだ。
「……ウィルとギャラックは死んだ」
「え?」
その返答は俺の予想外のものだった。ギャラックと言うのは重戦士のことだろうが……、そうか――、死んだか。
「ご冥福を」
「チッ、死出の幸福なんて存在しねぇ。生き残ってこそ、全てを手に入れられるんだ」
ライネルの目は俺を見ていながらも、うっすらと感じる殺気のような威圧感は、目の前の俺に対してと言うよりも、どこか別の場所の誰かに向けているように感じた。
「地図屋、改めて言う。覇王花に来い、お前の能力はウィル以上だ。その力を覇王花に捧げれば、俺たちの覇道は決して迷わず全てを手に入れられる!」
「――断る」
「き、貴様ぁ――」
どこかへ向けられていた朧げな殺意が、明確な殺意となって俺に向けられた。ライネルの手が俺の肩を掴み、その手に力が入っていく――。
「ライネル、列を乱すな」
俺の手がライネルの手を掴み上げようとした瞬間、よく響く低音の声が聞こえた。声がした方に目を向けると、一騎の騎馬がこちらに近寄ってくる。
馬に乗るのは見たことのない騎士。しかし、その装いから相当に上位な人物だとすぐにわかった。
「チッ――、申し訳ありません、サブマスター」
「すぐに隊列に戻れ」
それだけ言うと、金色の長髪をポニーテールのようにまとめ上げている、サブマスターと呼ばれたエルフの男性騎士が、馬を返して先頭へと戻っていった。
「チッ」
ライネルは舌打ちだけして俺の前から去っていった。
「さすがは“地図屋のシュバルツ”。覇王花から誘いを受けるなんて、そしてそれをあっさりと……」
そう小さな声で話しかけてくるのは、俺の後ろで静かに経緯を見守っていたマリーダさんだ。
「先ほどのサブマスターと呼ばれたエルフの男性、知っていますか?」
「えぇ、もちろんです。覇王花のクランマスターはキリーク王子ですが、実質的にクランを運営しているのは、サブマスターのフェリクス・メンドーザ様です。メンドーザ伯爵家の長男で、“迅雷のフェリクス”とも呼ばれる魔導剣士です」
「“迅雷のフェリクス”……」
なぜだろう――。フェリクスは俺に一瞬たりとも目を向けることはなかった。しかし、俺はフェリクスの持つ雰囲気から目を離すことができなかった。
パレードが通過していき、大通りを横断できるようになったところで、俺とマリーダさんは馬車へと戻り、マリーダ商会の商館へと戻った。
商会に戻った後は、旧商館を購入するためのプロセスや、必要な資金などの確認を行った。改装により掛かる追加費用などもあるのだが、予想される合計金額を算出し、今後マリーダ商会から得られる俺への利益配分の額を考え、分割で支払うのか、全額用意するのかなどを話し合った。
これまでの冒険者、探索者としての活動。また、それ以外の傭兵としての活動により、一般的な冒険者以上の稼ぎはあった。
しかし、無属性魔石の購入資金、『魔抜け』である俺専用の魔石消費型の魔道具の発注や制作依頼など、出費もまた大金となっていた。
購入予定の旧商館も、建物自体は古く周辺の環境も一等地はおろか、二等地、三等地とも呼べるかどうかの立地だ……しかし、王都である。
これが王都や貴族領の中心都市から離れた街や村なら話は違っただろう。王都内では良くない立地だとしても、外から見れば王都内に商館を持つということは大変なことだった。
建物自体の価格に、土地代とそれらに関わる税金、後々のことを考えるとカモフラ―ジュとして商業ギルドへ加入することも視野に入れる必要がある。
商業ギルドか……、すでに冒険者ギルドと傭兵ギルドに加入しているが、更にもう一つとなったときに、シュバルツとシャフトのどちらで登録するか、もしくは新しい偽名を用意するか?
いや……、アバターカスタマイズはフェイスペイントで外観を変更するのが限界だ。その外観もスケルトンやゾンビなどのアンデッド系ばかり、商人として活動するのならば、シャフトのようにマスクを被るわけにもいかないだろう。
となるとシュバルツだな……。まさかシャフトが店を出したなどと広まれば、隠れ家を用意した意味がない。
後は何を売る店にするかだが、それは今すぐに決めなくてもいいだろう。
マリーダ商会で商談を纏めた後、コティたちのことが気になったので、早々に宿へと戻ったが、コティたち従業員三人だけでなく、オフィーリア達もまた出て行ったきりとなっていた。
そして王競祭二日目、俺は外出することなく『平穏の都亭』に留まり、オフィーリアからの連絡を待った。
結果、二日目の夕方に届けられた連絡は至極簡単なものだった。
コティと少年エルフのフリック、そしてコックのガラードの三名は行方が確認できず、コティの実家とされた家屋はもぬけの殻、フリックとガラードの住所には別人が住んでいたことが分かり、オフィーリア達は三人を怪盗“猫柳”の容疑者と認定し、行方を追い続けている。




