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王城で二人の宰相と会い、『魔抜け』と建国王の真実を知った。やはり、この世界に落ちたのは俺だけではなかった。ある程度の間隔で何度も行われてきた世界の狭間を越えて落ちてくる者、その先は迷宮の主に堕ちる未来か、それとも『UNKNOWN』によってこの世界へと生み落とされる未来か。
シュバルツからシャフトへと姿を変え、王都へと戻ってくるころにはすでに陽が落ち始める時間だった。これからマリーダ商会に行くのも迷惑だろう、「平穏の都亭」へと戻ることにし、周囲を警戒しながらも足早に宿へと向かった。
「平穏の都亭」に着いてすぐに、フロントロビーとなっている受付で鍵を受け取り、夕食を部屋に持ってくるように頼んだ。
王競祭は明日から始まるわけだが、俺が出品した大魔力石が登場するのは三日目だ。初日と二日目の参加をどうするか悩んだが、模擬弾の性能確認や今後の転送魔法陣の利用を考え、王都か近郊に家か倉庫を持つつもりでいる。その為の相談をしに、マリーダ商会に向かうつもりだ。
暗殺ギルド“覇王樹”の動向が不明なため、あまり頻繁にマリーダ商会へと出入りしたくはないのだが……。面倒だが王都の外へ向かい、再びシュバルツに戻って、それからマリーダ商会へと向かうか? それとも王都の中で姿を変えてしまうか?
姿を変えるタイミングを悩んでいると、部屋の外の通路に光点が浮かんだ。夕食が載っているであろうワゴンを押す音に、一人分の足音が続いて聞こえてくる。
だが、この足音はコティのものではない。
俺の知らない人物が食事を持ってくる。念のため、Five-seveNをショルダーホルスターから引き抜き、模擬弾が装填されていることを確認する。
トントン
「シャフト様、ご夕食をお持ちいたしました」
声色は年配の女性の声、明らかに部屋付きのコティの声ではないが……。
Five-seveNを半身の陰に隠しながら、ドアのカギを解除し部屋内へと女性従業員を引き入れた。
「失礼したします」
ワゴンを押しながら入室してくる女性従業員の動きを見ると、夕食を運んできたのは間違いなさそうだった。
「コティは休みか?」
「コティですか? 彼女は実家で不幸があったとかで、急遽お休みしております」
「そうか……ついでに頼みたいのだが、オフィーリア殿と連絡を取りたい、彼女の部屋付きの少年を呼んでもらえるだろうか?」
「エルフのフリックのことでしょうか? 申し訳ございません。フリックは本日体調不良で休んでおります。別の者が代わりについておりますので、伝えてまいります」
「そうか……。では、よろしく頼む」
部屋のテーブルに食事を並べ終えると、女性従業員は一礼して部屋を出て行った。光点の動きは奥のオフィーリアの個室へと向かっている。
光点の動きを追いながらケブラーマスクを外し、テーブルにつくことなく並べられた夕食を立ちながら摘まんでいく。
コティとエルフの少年――、フリックと言う名らしいが、その二人が同時に休みを取っている。これは偶然なのか、それとも……。
気になるのは昨日耳にしたコティとフリック、そして宿のコックの三人が話していた僅かな会話だ。
オルランド共用語ではない、別の言語での会話……。その内容から予測できるのは、何か計画していること、何かが危険な状態になること、その程度のことでしかなかったが、それが妙に気になった。
翌朝、コティにさりげなく出身地について聞いてみたが、彼女は王都生まれの王都育ちと答えた。
ならばなぜ、オルランド共用語以外で話す必要がある?
なぜ、別の言語で話す相手がこの宿に集まっている?
その疑問の答えもまた、頭に浮かんでくる。身の上を誤魔化す必要性、三人組、何かの計画――、浮かぶ答えは一つ。怪盗“猫柳”だ。
トントン
「シャフト様、オフィーリア様がお部屋でお待ちでございます」
「わかった」
俺の予測が正しいのか、それとも考え過ぎなだけなのか。それを判断するにはオフィーリアの協力が必要だ。
テーブルの上に載せられたフルーツの山盛りから、小さな赤い実を取って口に放り込み、再びケブラーマスクを被ってオフィーリアの個室へと向かった。
「なるほど、状況だけ見れば怪しいな」
「証拠は何一つない。だからこそ君に頼みたい、宿の業務を休んでいる二人の所在と、俺が見た二人と親密な関係にあるコックについてだ」
「もちろん調べよう。元々私たちが王都まで来ているのは、怪盗“猫柳”を捕縛するためなのだからな。貴重な情報提供をありがとう、シャフト」
まだ宿へ戻って来たばかりだったのだろうか、オフィーリアは初めて会った時と同じ騎士服を着ていた。
「ヴァージニア、総合ギルドに戻るぞ。それと護衛騎士にコックを調べさせろ。場合によっては、今夜は大捕り物になるぞ!」
「畏まりました、オフィーリア様」
「シャフト、せっかく来てくれたのにすまないな、今夜も夕食を共に摂れるかと思ったが、聞いた通りで私たちは総合ギルドへ戻る」
「気にしないでくれ、約束したワインも持ってきていないしな」
「ふっ、そのワインはとても楽しみだ。では、準備もできたようだ、失礼する」
「あぁ、いい結果が出ることを願っている」
オフィーリアが護衛騎士のヴァージニアを連れて部屋を出て行く。俺もそれに続き、廊下の先まで送った。
コティを始めとした『平穏の都亭』の従業員が、本当に怪盗“猫柳”であるかは判らない。だが、俺もむざむざと大魔力石を盗られるわけにはいかない。
怪盗“猫柳”が何を目的としているのかも分からないし、興味もない。俺は俺の大魔力石を守るだけだ。
翌朝、起きてすぐにマップを確認すると、オフィーリアの個室には光点が一つもなかった。つまり、昨夜からまだ戻ってきていないということか。
だが、問題が解決したのならば何かしらの連絡は来るだろう。今日から王競祭が始まるが、三日目の最終日までは現状なにも予定はない。
しかし、約十日後には、調査と調整を終えた転送魔法陣と模写魔法陣の受け取りがある。これを今後どう利用していくか、どこに設置し利用するか、それをまず考える必要があった。
転送魔法陣で飛ぶ先は決まっている、VMBのガレージだ。そこから個人ルームが使えるようになる。今後、個人ルームはコミュニケーションをとるプライベートな空間ではなく、完全に俺の秘密基地的な扱いになるだろう。
銃器などの射撃訓練も出来るし、食料を持ち込めば、この世界から一時的に姿を消すことも可能なはずだ。
だが、その為には転送魔法陣を安全に設置できる場所の確保が前提となる。そうしなければ、逆に俺が個人ルームのある、VMBの世界に閉じ込められてしまうからだ。
さらに、クルトメルガ王国のバーグマン宰相は言っていた。国家の領土内で回収された転送魔法陣の所有権は、その国家に帰属すると。
ならば、どこの国の領土とも決まっていない、はっきりしていない地域の迷宮を討伐することが出来れば、一気に複数の転送魔法陣が手に入るかもしれない。
ここに、俺が迷宮を討伐する理由が一つ増えた。より多くの転送魔法陣を手に入れ、VMBの世界を転送基地として利用することが出来れば、俺はこの世界を自由に移動出来るようになるだろう。
単独での迷宮討伐は決して容易いことではない。しかし、やり甲斐はある。俺の生きる世界が広がった時、何が見えるのか、何が起こるのか。その先の未来を思うと、自然と胸の内が熱くなる。
まずは足掛かりとなる拠点だ。マリーダ商会に行き、マリーダさんに手ごろな物件を扱っていないか聞いてみよう。
まだ日の出を迎えたばかりの薄暗い王都を駆け抜け、マップの光点の位置、周囲をFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードで見渡し、俺を監視している者がいないかを丁寧に探索し、問題がないことを確認したところで、シャフトからシュバルツへと姿を戻した。
マリーダ商会に出入りするのもそうだが、拠点となる物件を購入するのもシャフトでは拙いだろう、物件の持ち主はシュバルツにしておいた方がいい。
姿を戻した後は、今日から始まる王競祭に沸き始めている大通りを歩きながら朝食を買い食いし、少しだけ時間を潰しながら祭りの始まりを感じていた。




