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 シャルさんに案内されて向かった先にあったのは、前の世界からそのまま持ってきたとしか思えない、瓦葺の屋敷だった。

 その屋敷で待っていたのは、このクルトメルガ王国の宰相、ロベルト・バーグマン。そして、通された応接室に静かに入ってきたエルフの少女だった。



「さて、お茶もきたようじゃ。そろそろ始めよう」



 シャルさんからお盆と急須を受け取ったアシュリーが、この応接室にいる全員にお茶を注いでまわる。それを見て、バーグマン宰相が話し始めた。



「アシュリー・ゼパーネルより内密の報告を受け、君が海洋都市アマールでの海賊船団“海棠カイドウ”討伐に協力してくれていたことは聞いた。それは間違いないか?」


「はっ、宰相閣下。勝手な振る舞いだと承知しておりましたが、アシュリー・ゼパーネル殿に助力すべく、単独で先行し動いておりました」


「ふむ。如何にして単独で海洋を航海していたのか気になるが、まずは礼を言おう。それとじゃ、海棠の本拠地で君が回収した転送魔法陣について聞きたい。君は転送魔法陣でその先へ跳んだ、それは確かか?」


「はっ、跳んだ先の正確な場所はわかりませんが、個人的に調べた結果の予想では、王都の北部、ドラグランジュ辺境伯国のさらに北の山中かと思います」


「ならば、海棠の裏にいるのはドラーク王国。――いや、シュバルツ君、一つずつハッキリさせていこう。まずは転送魔法陣の所有権についてじゃ、クルトメルガ王国のみならず、他国においても、その領土内で回収された転送魔法陣の所有権は、その国家に帰属するものとしておる。しかしじゃ、君が回収した本拠地の場所は、島としてどの国も認知していない場所であり、どの国の領土でもないのじゃ。つまり、その転送魔法陣の所有権はどの国も主張できず、回収した君の物となる」



 ほぅ……、それはありがたい。VMBの個人ルームに飛ぶための手段として利用することが出来ると判明したが、この転送魔法陣と模写魔法陣はクルトメルガ王国に譲渡することになると思っていた。俺専用の魔法陣を手に入れるために、他国に潜入して極秘に討伐するか、国家が未発見の迷宮を探して討伐する必要があると考えていた。その手間が大きくなくなるのは本当にありがたい。



「それでじゃ、まずは君の転送魔法陣と模写魔法陣を調査させてほしい」


「調査ですか?」


「そうじゃ、迷宮から回収した転送魔法陣を自然界で使用できるように調整し、転移先となる模写魔法陣を作り出す技術は、最高機密であり国家によって異なる。回収した魔法陣を調べれば、少なくともドラーク王国が関与しているか否かだけは判明しよう」



 なるほど、魔法陣を調べればどの国が関与したかの手掛かりになるわけか、そしてドラーク王国の技術だけは把握しているから照らし合わせられると……。



「もちろん報酬は出す。現状のままだと、魔法陣の内包魔力が切れて模写魔法陣との繋がりが途切れた瞬間に、他の場所にある模写魔法陣と繋がってしまいかねん。それはそれで転移先を知る手掛かりになるやもしれんが、罠の可能性と帰還の手段が不鮮明では実行できん」



 転送魔法陣と模写魔法陣が、どのようなルールに従って繋がっているのか俺は知らなかったが、バーグマン宰相の話によれば、転移するたびに消費される空間属性の魔力が途切れると、他の場所で魔力を発している模写魔法陣と繋がってしまうらしい。

 魔力がゼロになるか、模写魔法陣が破損し作動不可能にならない限り、横から割り込まれるようなことはないそうだが、不意の事故に備えておくに越したことはない。

 宰相の用意する報酬とは、調査の過程で作動不可能になる他国の転送技術を消去し、クルトメルガ王国の転送技術で魔法陣を作動可能に上書きするというものだった。

 はっきり言って、この提案を断ることは出来そうもないし、断る理由もない。転送魔法陣の所有権が俺にあるのなら、より使いやすいように調整してもらうほうがいいだろう。



「承知いたしました。転送魔法陣と模写魔法陣をお預けいたします」


「君の英断に感謝じゃ、調査と転送魔法陣の調整には一週間ほどかかるじゃろう。それに明日からの王競祭もある故、さらにもう数日といったところじゃろう」


「承知いたしました」


「うむ。後の海棠に関する聞き取りについては、アシュリー・ゼパーネルに任せる、よいな」


「はい、バーグマン宰相」


「では、儂は執務室に戻る。後のことは、頼んだぞ……」



 そう言って立ち上がったバーグマン宰相は、チラリと部屋の隅に静かに座り、無音でお茶を啜っていたエルフの幼女に一瞬だけ視線を飛ばしていた。

 俺も立ち上がり、バーグマン宰相が応接室を出ていくのを見送る。廊下を歩いていくその背を見送り、応接室内へと視線を戻すと、エルフの幼女がジッと俺のことを見ていた。



「アーちゃん、シャルちゃんのところに行って、食事の用意をお願いするのじゃ」


「……畏まりました」


「居間に並べておいてほしいのじゃ、この子の分も含めてじゃ。用意ができたころにそちらへ行くから、待っているように」


「……はい」



 応接室から出て行くアシュリーと視線が重なる。その目と表情が俺に何を訴えているのか? 俺が感じたのは、アシュリーからのえも言われぬ信頼感だ。

俺なら信じ切れると、アシュリーの目が言っている。



「そち、名をシュバルツ・パウダーと言うたか。座るがよい、これからが本題なのじゃ」



 幼女エルフがトテトテと、自分が座っていた座椅子を運んで上座へと陣取る。それを見て俺も座椅子へと戻り、幼女エルフの正面へと座った。



「クルトメルガ王国、永世名誉宰相のゼパーネルなのじゃ」


「――シュバルツ・パウダーと申します」



 そんな予感は最初からしていた。アシュリーたちはバーグマン宰相からではなく、ゼパーネル永世名誉宰相から海賊船団“海棠”の討伐を命じられていたはずだし、王都へ来ているのもその報告のためだったはずだ。

 これまで応対してくれたバーグマン宰相は、転送魔法陣に関する取扱いでここに来ていたに過ぎない、それならもっと別の場所で良かったはずだ。わざわざ王城の隅に建つこの屋敷である必要はない。更には、人目から遠ざけるように建てられた瓦葺の屋敷を俺に見せる必要もなかったはずだ。


 つまり、転送魔法陣とは別に、俺がここへ連れてこられたのは、この異世界の建物としては異質な、瓦葺の屋敷を見せることが目的なのだろう。ならば、その理由とは何だ……?



「妾が宰相と聞いて驚かぬのか?」


「この部屋に入られたころより、そのような予感はしておりました」


「幼子の、それも女が宰相と聞いて信じるのか?」


「驚きはしますが、納得もします。ゼパーネル永世名誉宰相は姓だけで、名が広まっておりません。名を聞けばすぐに女性だと気づくでしょう。また、第一線を退かれており、そのお姿をお見掛けする者も随分と減ったのでは? 私が宰相の名を初めて聞いた時は、男性だと思っておりました」


「それだけで信じるに値するというのか?」


「どうでしょう、聞く人によれば信じない方もいらっしゃるでしょう。それでも私は、目の前の貴女を信じる。と言うよりも、アシュリーを信じます」


「ほぅ、アーちゃんは妾のことを何か言っておったのか?」


「いいえ、何も。しかし、先ほど部屋を出て行くときに感じました」


「ほぅ! ついにアーちゃんにも春が来よったか!」


「は、春?」


「まぁ、今はそれを置いておくのじゃ。確かに、妾は永世名誉宰相としてこのクルトメルガ王国に尽くしておる。出来るだけその時代の治世を乱さぬように、そして、建国王の目指した国づくりが乱れぬようにじゃ」


「私はまだこの国へ来て間もないですが、素晴らしい国だと実感しております」


「そう、それなのじゃ。そちを呼んだのはそれを聞くためじゃ」


「――それ、とは?」


「そち、どこからやって来たのじゃ?」



 その問いを口にした瞬間、目の前の幼女エルフの白髪がより一層の輝きを増し、翡翠色の目が鋭く俺を見抜く。

 ハッキリとはわからないが、宰相の周囲に溢れ出る大魔力が漂っているのを空気の震えから察した。誤魔化すことを許さぬ空気が応接室を支配していく。



「おっしゃる意味がわか――」


「『魔抜け』の真の意味を知っておるか? 異なる世界の間を抜けてきた者のことじゃ。いくつもの世界の間にある狭間の世界を、道理を枉げて抜けてくる者、それが『枉抜け』なのじゃ」






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