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総合ギルドの応接室で聞かされた、怪盗“猫柳”が俺の出品する大魔力石を狙っているとの情報。“猫柳”はオルランド大陸全土で指名手配されるほどの三人組の怪盗だった。
“猫柳”捕縛の為の協力要請に快諾し、当初の目的だった牙狼の迷宮討伐の報酬を貰い、本館の裏口から外へと移動した。
「この先を進むと避難口があります」
「助かる」
総合ギルドの副ギルドマスター、ヴァルヴァラさんに案内され、本館の裏口から外へと出ることができた。俺の視界に浮かぶマップには、受付ロビーに集まる光の壁が依然として映っていた。
光の壁は俺が出てくるのを待ち構える光点の群れだ。これは、“黒面のシャフト”が王都に現れた事が完全に周囲に知られたことを意味する。
何も考えずに待ち構える壁の前に姿を現すと、何が起こるか予想も出来ない。その為に裏口から出ることにしたのだ。
本館の正面玄関付近にも光点が多く映っている。総合ギルドの敷地から出ることは難しい、当初の予定通りに総合ギルドの資料館へと向かった。
王都の資料館は地上三階建て、地下階は表記されていなかったが、王都の規模を考えれば地下階も相当深いだろう。
まずは地上階で王国の地理に関して調べる事にした。海賊船団“海棠”から転送魔法陣で繋がっていた王国北部、あの位置の情報を少しでも集めておく。
北部へ乗り込んで攫われた人たちを助け出す。と言う訳でもないし、このクルトメルガ王国に何かを仕掛けてきている黒幕を如何こうする、と言う訳でもない。
しかし、いつの日か北部へ行った時の為に、やれることはやっておきたい。
資料館の司書に王国全域の地図がないか確認し、見せてもらった酷く簡易な全域地図を借りた。
閲覧室の個室を借り、地図を広げてスクリーンショットの撮影を意識する。脳内に響くシャッター音でスクリーンショットが撮れたことを確信し、後は地図をじっくりと調べていく。
クルトメルガ王国の王都は東西に長く、南に海が近く、西は未開の森が広がっている。東は長く平野が続き、北は山岳地帯へと繋がっている。
それがクルトメルガ王国の地形だった。そして、クルトメルガ王国と北の国境を境にするのが、ドラーク王国だ。
ドラーク王国とは停戦条約を結び、今でこそ戦争状態ではないが過去には何度も小競り合いを繰り返してきた国でもある。
ドラーク王国のさらに北には、バイシュバーン帝国が広がっていると記載されているが、ドラーク王国の地形を含め、簡易な位置関係だけの表記だ。
見下ろす地図の山脈の走り方を見ると、転送魔法陣の繋がった先はドラーク王国だと予測するが、それが即ちドラーク王国が黒幕と決め付けるのは危険だろう。
海賊船団“海棠”の本拠地が絶対に発見されない保証など、どこにもなかったはずだ。にも拘らず、貴重な転送魔法陣を往復分設置し、その転移先にドラーク王国内を選んだ。
転送魔法陣の転移先が判明しても、黒幕までは辿り着けない。つまり、そう言う事なのかも知れない。
地図を司書へと返却し、次に探したのは神話や伝承の類だ。クルトメルガ王国、さらにはオルランド大陸に伝わる古い文献を漁った。
目的はあのメールの差し出し主。そして、俺をこの世界へと落とし、迷宮の主に据えようとした何者か。
だが、これに関しては収穫がなかった。このクルトメルガ王国の歴史はまだ浅い、建国より近隣諸国と何度も戦をし、護る事に徹した国。古い文献も、建国時の頃までしかなかった。これ以上過去のものを調べるならば、もっと歴史のある国へ移動して調べる必要があるだろう。
だが、今のところそのような予定はない。これに関しては調査を保留し、場所を地下階へと変える事にした。他にも調べたいことはある、迷宮についてだ。
王都の周辺には二つの大迷宮がある。一つ目は国内で一番多くの探索者が潜り、多くの成果を持ち帰り、また多くの犠牲者を出している魔獣王の迷宮。
そしてもう一つが、同じく多くの犠牲者を出し、討伐が滞り始めている蛇頭の迷宮だ。踏破された階層は魔獣王の迷宮が百五十階層、蛇頭の迷宮が五五階となっている。
探索に行くとすれば蛇頭の迷宮か。できれば人が少ない方がいいが、王都が比較的近いこともあり、少なからず探索者が探索を行っている。
この迷宮を本格的に攻めるかは判らないが、王競祭が終われば一度は行ってみようと思う。
蛇頭の迷宮の資料を集め、次から次へとスクリーンショットを撮り、現出している魔獣・亜人種や階層地図の情報を集積していく。
ここは……蛇頭の亜人種や亜竜とも言われるトカゲ系の魔獣も多いのか……。
そうして資料館に引きこもり、気付けば日が暮れようとしている時間になっていた。
資料館は二十四時間開いているわけではない。個室に引き篭もっているところに司書がやってきて、閉館時間だと追い出された。
渋々と資料館を後にし、陽が暮れて空が赤く染まる王都の大通りを第一区域に向かって歩き出した。マップを確認しても、すでに俺を待ち構えていた光点の群れはいない。
俺がいつまでも出てこない事で諦めたか、それとも総合ギルドの職員から本館から出た事を聞かされたか。
とりあえず、今夜からの王都の宿として、オフィーリア・ドラグランジュさんに紹介された、「平穏の都亭」へと向かった。
総合ギルドのある第二区域から第一区域にどうする際に、警備で立っていた警備兵に宿の場所を確認し、迷うことなく宿へと到着する事ができた。
「平穏の都亭」は口型の中庭を持つ石造四階建てだった。この世界の石造建築は高くても三階建てが多い、それ以上の階層があると言う事は、魔法建築の練度が高い者が建てたか、なにか魔法的な補助でもされているのだろう。
四階建てと言う事実だけでも、この宿がかなりの高級宿だと言う事がわかる。
「いらっしゃいませ、お食事でしょうか、それともお部屋のご予約を御取りでしょうか」
宿のロビーへと入り、フロントと思われる場所に立つ男性の下へと進んだ。どうやら、この宿は予約制のようだ。
「ドラグランジュ辺境伯家の紹介できたのだが」
「辺境伯家、でございますか? 確認させて頂きますが、傭兵ギルドのシャフト様でお間違いないでしょうか? お間違いなければ、ギルドカードのご提示をお願いいたします」
「たしかに、傭兵ギルドのシャフトだ」
フロントの男性が提示したギルドカードを確認すると、フロントの内側にある小さな鐘を鳴らした。
「ようこそ「平穏の都亭」へ、シャフト様。クルトメルガの英雄にご利用頂き、光栄でございます」
「出来れば、俺が宿泊している事は内密にしてもらいたいのだが」
「心得ております。お食事は基本的に一階の料理店をご利用いただけますが、ご希望でしたらお部屋にお持ちいたします。それと、オフィーリア・ドラグランジュ様より言付けを預かっております。「今晩の夕食は一緒に摂ろう」との事でございます」
「――わかった」
「ご夕食の準備が出来ましたら、係の者を向かわせますので、お部屋でお待ちください。それと、本日より王競祭最終日までの宿泊料は全て、ドラグランジュ辺境伯家様より頂いておりますので、ごゆるりとなさってください」
「わかった、ありがとう」
「とんでもございません。それでは係の者が参りましたので、お部屋にご案内いたします」
フロントの奥から、若い獣人族の女性がやってきた。若いといって十代後半か二十代前半くらいに見えるが。
「お客様のお部屋を担当させて頂きます、コティですニャン。お部屋にご案内するニャン」
部屋付きの仲居のような者だろうか? コティについて行き部屋へと向かったわけだが、宿が用意した部屋は四階にあり、コティが言うには、この四階全てをドラグランジュ辺境伯家で貸しきっているそうだ。
案内された部屋も広くゆったりとした空間が広がっており、キングサイズのベッドにトイレや浴室まで付いている。
この世界、なぜか風呂文化が一般にまで浸透しきっていない。貴族や大商会の邸宅では何度か見たのだが、一般家庭は個別に持たず、大衆浴場と似て非なる場所があるだけだった。どうも他人とお湯を使いまわすことが、受け入れきれないらしい。
マルタ邸にあった浴室は魔力消費型の魔法陣による浴槽だったが、この部屋にある浴槽は魔石消費型の魔法陣でお湯を晴れるようだ。これはうれしい……。
コティから部屋の魔法陣について簡単に説明を受け、夕食の準備が整うまでは僅かな休息をとる事にした。
しかし、オフィーリア・ドラグランジュは本気で俺を……。
明日、7/16の更新は仕事忙しいのでお休みします。




