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2016/3/27
総合ギルド本館で、牙狼の迷宮の討伐報酬を貰うだけのはずだったが、受け取りの為に案内された応接室でであったのは、ギルド職員のジークフリード、総合ギルドのギルドマスター、マーレン・ベルダライン公爵、そして王国北部のドラグランジュ辺境伯領からやってきた、オフィーリア・ドラグランジュだった。
彼等から聞かされた王競祭に忍び寄る影……。
「怪盗……?」
「そうだ、怪盗“猫柳”。盗賊団ほどの規模ではなく、多くても三人だと言われている――」
猫柳……川辺に自生する落葉低木だな、白いふさふさの猫の尾に似た花穂をつけるのが特徴だ。
ジークフリードの説明によれば、クルトメルガ王国のみならず、近隣諸国を広く移動しながら盗みを繰り返す“猫柳”は、オルランド大陸全土で指名手配されているほどの大怪盗なのだそうだ。
盗む対象は様々で、魔石、宝石、美術品、骨董品、心、魔法技術、魔導書、魔法武具、魔道具と、今までに盗まれてきた品々はどれも最高級の物ばかり。
しかし、それだけの貴重品ばかりを盗みながらも、“猫柳”は犯行時に猫一匹殺した事がないのだという。
その不殺の大怪盗が次に狙っているのが、俺がマルタさんと共に王競祭に出品する大魔力石なのだと言う。数日前に王競祭の開催場所である、ハイラシアに予告状が届けられたそうだ。
なんともまぁ、自信に溢れた行動だ。王競祭はクルトメルガ王国の王族が主催するオークションだ。その警備体制は当然最高レベルだろう。しかし、そこから不殺で大魔力石を盗むと宣言してきたわけだ。
「私は“猫柳”を追って、ドラグランジュ辺境伯領から王都までやってきた。奴らは度々辺境伯領に現れるのだ。どうもクルトメルガ王国に入国するときの玄関口として使われているようでな、そのような不名誉は許しがたい。必ずや捕縛し、その罪を償わせなければならない」
なるほど、オフィーリアさんが総合ギルドにいるのは、その協力体制構築の為か?
「そこでじゃ、シャフト。大魔力石の出品者がマリーダ商会だとはすぐに分かっていたのじゃが、その出所が不鮮明だったのでな。こうして確認させてもらった訳じゃ」
「そこで、シャフトさんにご提案があります」
ギルドマスターのベルダライン公爵に続いたのは、副ギルドマスターのヴァルヴァラさんだ。
「提案?」
「そうです。本来ならば、このような申し出を出品者に行うのは、失礼極まりない事ではありますが、単独での戦力を考えれば、このクルトメルガ王国でも指折りのシャフトさんの力を無駄にするのは効率が悪いと判断しました」
「つまり?」
「“猫柳”捕縛にご協力いただきたい」
やはりそうくるか……。
「協力とは、具体的にどこまでだ?」
「簡単なことだけさ、王競祭三日目のハイラシア内部で何か起こったときに、お前の思うように対処してくれればいい。要は自分の出品物を自分で守れ、という訳さ。“猫柳”が逃亡した際にはこっちが追跡する」
「王競祭の基本的な警護は、中央第四騎士団が行う。手配中の怪盗から予告が届いたからと言って、総合ギルドから武装した人員を派遣できんのじゃ。それに仮に派遣できたとしても、王族を護衛する名誉を第四騎士団が一片たりとも譲るはずがないのじゃ」
「私達が求めているのは、事情を知る強者が王競祭に参加し、“猫柳”捕縛を援護してくれる、この一点だけだ。これを頼めるのは君しかいない、頼む」
三者からそれぞれ話を聞き、この依頼とも言い切れない要請を受けるか考えた。だが、これは答えに悩む必要はないだろう。俺の大魔力石を狙っている者たちがいると聞かされたのだ。
それに対して、それ相応の対応をとる。その連携をしましょう、とただそれだけの話だ。
「わかった。“猫柳”捕縛に協力しよう」
その後、牙狼の迷宮討伐の特別報酬を受け取り、“猫柳”に関してわかっている情報を全て聞き、そろそろ資料館へと向かおうとソファから立ち上がった。
「そうだ、ジークフリード。俺がヴェネールで送った封書は読んだか?」
「ん? あぁ、あれか。その件に関しては現在も調査中だ、変装をしていた三人組の当時の行動は、ただ飯を喰らって帰っていった。これだけしか判っていない、ヴェネールの奴らはタダ飯喰らいを追うくらいなら、他にする仕事があるってんで中々進展してねぇんだ」
「そうか……」
俺とジークフリードのやり取りが終わるのを待っていたのか、オフィーリアさんが声を掛けてきた。
「シャフト、君は王都のどこに宿を取っているのか聞いても?」
「宿? まだ取っていない」
「そうか、なら丁度いい。王都の第一区域に、「平穏の都亭」という高級宿がある。そこで私の紹介だと言えば、すぐに部屋が取れよう。“黒面のシャフト”が第二や第三の宿に泊まっている、などと知れれば、すぐに周囲を囲まれるぞ」
そう言いながら、オフィーリアさんの表情が緩む。この部屋に入ってきた時から今まで、常に真剣な表情で色々と語っていた。そこに、なにか切羽詰った焦燥感のような者も見え隠れしていたが、俺が“猫柳”捕縛に協力する事を承諾した事で、その緊張の糸が少し緩んだのかもしれないな。
「助かる。宿を取りに行くのは夕方頃にするつもりだったからな。最悪、宿が見つからない可能性もあった」
「そうか、それは色々と都合が良かったかもしれないな」
「では、俺はここで失礼させてもらう」
そう言い、応接室から出ようとしたが、俺の視界に浮かぶマップに映る光点の位置がおかしい……、本館の受付ロビーから、この応接室へと繋がる廊下へと出る扉付近に、光点が固まって光の壁のようになっている。
これは……完全に俺がここにいることがばれているな……。
「ジークフリード、この応接室から受付ロビーではなく、裏口的な場所から外へ出られないか?」
「おう、出られるぜ。そうか、ロビーにいた勘のいい奴らはもう気付いちまったか」
「なら、私がご案内します。ジークフリードさんはギルドマスターとオフィーリア様に付いていて下さい」
ヴァルヴァラさんに案内され、応接室を出ると受付ロビーとは反対側へと歩いていく。
遠ざかっていく応接室から、残った三人の会話がまだ聞き取れていた。
「これで内部は一安心だな、あいつなら間違いないだろう」
「できれば生きて捕縛して欲しいのじゃが、“首狩りのシャフト”などと裏では呼ばれる男じゃからな。それにしてもオフィーリア、まさかまだ婿取りを諦めていなかったのか?」
「何を仰られますか、ベルダライン公爵。ドラグランジュ辺境伯領の未来の為、安寧の為ならば、私はどのような男でも婿に迎えます。ただし、その男が私より強ければ、ですが」
「なら決まりではないか! 単独で迷宮を踏破する男じゃ、いかに“剣姫オフィーリア”と言えど、勝てぬじゃろ」
「そこはしっかりと見極め――」
あの人たちは一体何を話しているんだ……。
事前告知:7/16(木)は仕事が忙しいので更新はありません




