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マリーダ商会の商館でマルタさんと打ち合わせた後、商館の倉庫を借りてTSSを起動し、ガレージからモーターハウスのコンチネンタルを召喚した。
召喚した目的は、内部の居住スペースに据え置かれているワインセラー内部のワインたちの品質確認だ。
読めない文字のラベルが張られているワインなど、保管されている物を一旦全て出してコンチネンタルをガレージに戻し、マルタさんや商館で働く酒類関係の担当者を呼んで、コンチネンタルの燃料を回復させる事で無限に生み出せるワインの品質確認を行なった。
「商会長、これはどこ産なのですか? 今まで飲んだ事がないほどのふわっとした芳醇な香りなのに、とても品があって主張しすぎていない。喉越しも滑らかで深い旨みを感じます」
「こちらも美味いぞ、色も深み合って香りは優雅、喉越しもきめ細やかなのに、飲んだ後に残るこの余韻……間違いなく最高級ワイン」
マルタさんと酒類の担当者は、数十本とあるワインを封切ってはテイスティングして状態を確かめ、味わいを確認していく。
全てのワインを確かめ終わった頃には、二人とも顔真っ赤になっていたが、さすがはクルトメルガ王国でも指折りの大商会の商会長と、その酒類担当者、コンチネンタルに積まれていたワインは間違いなく全て最高級ワインだと判断した。
しかし、ラベルが読み取れず、原産地も収穫年も判らない状態では、売り物にはならないと言うのが共通の意見だった。
ただし、招いた客人に出すものとしてみれば、これ以上のものは早々ないのではないかとも話していた。
その後はもう宴会だ。封切りしてしまった数十本のワインを、時間が止まるからといってギフトBOXに入れておくのも無粋だろう。商館で働く従業員達や、顔を出しにきた商船所のボルロイ所長らも加わって、倉庫でひたすらにワインを空けていった。
ただまぁ、俺はあまりお酒が強くないので、皆がワインを楽しんでいるのを眺めているほうが長かったが。
その日の夜は、再びゼパーネル邸を訪れ、海洋都市アマールでの最後の夜を過ごした。今夜のシャルさんは手ごわかった。ワインの品質確認の為に出したうちの数本を持参してきたのだが、今夜は酔いつぶれまいと俺とアシュリーの二人でワインを楽しんでいるのを睨んでいる。
明日の朝にもアマールを立ち、王都へ向かう事を告げた。ただし、移動は馬車や徒歩の陸路のみだ。陸路だけで王都へ向かうと通常一月以上の日数になる。
シャフトは転送魔法陣を利用して飛ぶので、シュバルツが到着するまでの時差が生まれる。その間に王競祭があるので、シャフトとシュバルツが同時に王都に滞在している状況は避けられるだろう。
今夜はゼパーネル邸に泊まることなく、いい頃合でお暇させてもらった。アシュリー達は王都へ行った後に、どの位の期間滞在しているのかは分からない為、シャルさんとはここでお別れだろう……たぶん。
一応の別れを言い、部屋を取っただけで全然使っていなかった、「海辺の灯台亭」へと帰っていった。
翌朝、寝る為の部屋としても殆ど使わなかった宿をチェックアウトし、マリーダ商会へと向かった。
一応、俺が単独でマルタさんを護衛する事になっており、CZ75 SP-01とFN P90を用意しての王都への旅路だ。
「おはようございます、マルタさん」
「おはようございます、シュバルツさん。準備は整っておりますので、いつでも出発できますよ」
商館の前には、二頭立ての荷馬車が止まっていた。相変わらず俺は馬が駄目なので、マルタさんが手綱を握り、俺が横に座る。
幌付きの荷台の中には、野営用の道具や王都へ運ぶ魚類などの海産物が入れられた道具袋が積まれている。
見送りにはボルロイ所長も来ており、旅の安全や昨日のワインのお礼などを言われた。商船所の所長たちには、商会長のマルタさんからの指示とは言え、突然やってきた見知らぬ男に、何から何まで疑問を口にすることなく尽くしてくれて非常に助かった。
彼等の協力がなければ、情報収集に梃子摺り色々な面で後手に回ることになっただろう。再び、この地で再会することを約束し、俺とマルタさんは海洋都市アマールを出発した。
最初に訪れた時同様に、アマールの街の縦断する魔動昇降機に荷馬車ごと乗り、遠く先に見える南洋の水平線を見つめながら、海洋都市アマールに別れを告げた。
◆◆◇◆◆◇◆◆
王都への旅路は平穏そのものだった。山賊に襲われることも、魔獣・亜人種が現れることもなく、つづら折りの山道を荷馬車で進み、所定の休憩所や鉱山街ブリトラで休みを取り、まずは山岳都市バレイラーへと向かった。
山岳都市バレイラーは、緩やかな傾斜の山に沿うように作られた都市で、南部の海産物や周辺の山々で摂れる木材、鉱石資源が集約し、転送魔法陣によって各地に送られる資源産出都市だ。
人口の多くが妖精族のドワーフで、南部の海で働く獣人族も多い。都市内の建築物はほぼ全てが石造建築で、統一された赤茶のレンガ屋根が印象的な一体感のある都市つくりがされていた。
都市内へ入っていき、俺達が目指すのは都市の中心部、山の頂をそのまま城にしたような領主の館だ。
王都を含めた各都市への転送魔法陣が、領主館の手前にあるバレイラー山岳騎士団の本部敷地内に置かれている。
山岳騎士団の転送魔法陣を管理している、転送管理事務所で幾つかの書類を提出し、使用料金の支払い、運ぶ積荷のチェックなどを受ける。
転移装置を利用する本人確認なども同時におこなわれ、ギルドカードの提示を行なったりもする。
「では、ギルドカードの提示を、こちらに名前が見えるように」
騎士団員と思われる男性にギルドカードを提示し、確認が終わるのを待つ。
「はい、傭兵ギルドのシャフ――ト?」
この山岳都市バレイラーに入る少し前に、荷馬車の幌の中でシュバルツからシャフトへと、アバター衣装を変更していた。今の俺は、黒いタクティカルケブラーマスクに、ドイツ軍親衛隊の黒服、そしてオーバーコートの組み合わせだ。
騎士団員の男性の動きが固まり、提示しているギルドカードと俺の黒面の間で視線が行ったり来たり……。
「そうだ。何か問題でも?」
「い、いえ、何もあ、ありません! ど、どうぞ、お。お通りください!」
「さぁ、シャフト様、参りましょう」
マルタさんが笑いをかみ殺したような顔を向けながら、俺を先へと促した。王都へ飛ぶ前からこれか……、と王都へ飛んだ後の事を考えると思わずため息を吐きたくもなるが、それを我慢し、王都へと繋がる転送魔法陣へと向かった。




