133
海賊船団”海棠”の本拠地は、人が住んでいるとは思えない岩壁のような岩島の内部だった。Uボートから潜水アイテムを使っての単独潜入を行い、内部を確認していると、岩壁上部の洞窟住居から大男が少女を最下層へと投げ飛ばすのが見えた。
「なっ!?」
身を隠していた海賊船から移動した先の、丁度真上あたりに少女が落ちてくるのが見えた。叫び声を上げたのも放り投げられた最初だけ、落下しながら気を失っているようだ。
本拠地の港へと投げ落とした張本人の姿は見えない、投げ込んですぐに興味を失ったのか、洞窟住居へ戻ったようだ。
落下してくる少女が目の前に迫る。海面に頭部しか出していなかったが、受け止めるべく手を広げた――、一番に守るべきは頭部だろう――落ちてくる少女の頭部を包み込むように受け止め、その衝撃で海中へと押し込まれるように沈んでいく。
落水により大きな音が出たはずだが、集音センサーにはそれに驚く声や動く音は聞こえてこない。俺が海に沈んでいるせいかも知れないが、もしかすると、この行為は日常茶飯事なことだったのかもしれない。
海中に沈みこんだまま、胸に包み込んだ少女の背に回り、背中から掴み直す。少女はまだ気絶したままだったが、海に落ちた衝撃で目を覚まして暴れられても困る。
後ろから抱えるようにして、すぐに海賊船の陰へと移動した。
海面から頭だけを出し周囲を確認するが、やはり何かが落水した事を確認しにくる動きは見えない。
一旦、Uボートへ戻るべきか……。
胸に抱える少女の顔が海中に沈まないように気をつけながら、静かに、ゆっくりと港から洞窟へ、そして岩壁の島から離れていった。
岩壁の島をNVモードやFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードで何度も確認したが、海賊達は見張りを外に立てていないようだった。
それほどにこの岩壁の島の本拠地が見つかる事はないと考えているのか……、それとも二十四時間の監視体制をとっていないだけか?
それならそれで有難い、TSSを起動し、インベントリから救命ボートとギフトBOXを取り出し、ギフトBOXの中からは寝具用の布を取り出して少女を包み込んだ。
救命ボートには二馬力ほどの出力が出る船外機がついているが、さすがに聞いた事のない音が響けば誰かが見に来るかもしれない。ボートの脇についているオールを取り外し、それを漕いで岩壁の島から距離を取る事にした。
オールを漕ぎながら、正面に寝かせた少女の様子を窺う。普人族の少女は栗毛色の髪を濡らし、まだ目を覚ましていない。着ている物は服とは呼べないような貫頭衣を一枚着ているだけ、下着の類も着けていなかった。
歳は十代半ばくらいだろうか? 全体的に痩せている印象だが、海賊の本拠地でどのような生活をしていたのか?
――手に握るオールから割れるような音が響いた。波の抵抗が強いせいか、オールを握る手に力が入ってしまったようだ。
岩壁の島からある程度はなれたところで、TSSのドックからUボートを召喚し、少女をなんとか居住区まで抱えて運び、船員用のベッドへと寝かせた。
濡れた貫頭衣は脱がし、体と髪を拭いてから薄い掛け布団を何枚か重ねてやり、居住区を出た。
濡れたままでは体調を崩す可能性があるし、少女が目を覚ました時に混乱するかもしれないので近くにいるべきなのだが、なんとかアシュリーと合流するまでにやっておきたい事がある。
少女をUボートの居住区に残し、俺は再び岩壁の島へと向かった。
◆◆◇◆◆◇◆◆
海棠の本拠地からUボートに戻ってくると、視界のマップに映る居住区の光点が、もぞもぞと動いているのが見えた。
どうやら少女が目を覚ましたようだ。混乱して叫ぶような声は聞こえない、どこかの部屋にいることは理解しているのだろう。もしくは、すでに散々叫んで疲れ果てた後かもしれないが。
居住区に繋がるハンドルに手を掛け、重く硬く閉められたハンドルを回していく。ゆっくりと開けられる扉に気付いたようで、居住区の中をうろうろしていた光点がベッドへ飛び移るように動いたのが見えた。
「やぁ、目が覚めたかい?」
見知らぬ空間に閉じ込める形になっていたからな、少女は怖い思いをしていただろう。出来るだけ軽く、やさしく声を掛けながら部屋へと入っていった。
「きゃあああああああ!」
あっ、俺の姿って幽霊船長ヨーナのままだ……。どうするよ……この状態で話聞けるかな?
少女はベッドの隅に座り込み、掛けておいた布で全身を隠すように包んでいた。当然ながら目を見開き、恐怖に震えながらも俺から――ヨーナのスケルトンフェイスから視線を逸らせずにいる。
しょうがない、このままでいくか……。
少女が逃げ込んだベッドとは反対側のベッドに腰を下ろし、向かい合うようにして声を掛けていく。
「オレはヨーナ、オマエの名前は?」
「……ミミ」
「そうか、ミミ――メシ喰うか?」
返事は聞かず、TSSのインベントリからギフトBOXを出現させ、中からマリーダ商会の迷宮弁当とコップを二人分、それに水筒の魔道具を取り出す。その様子を少女――ミミが何が起こっているのかわからないと言う顔で黙って見ていた。
「ほら、ハラ減ってるだろ? 喰え」
ベッドの端に迷宮弁当を置き、コップに水筒から水を注ぎ、ミミの目の前に差し出す。俺の行為に理解が追いつかないのか、ミミの視線は水の注がれたコップと俺の顔を何度も往復している。
目の前に立つスケルトンへの恐怖に、喉がカラカラに渇いていたのだろう。大きく唾を飲み込むと、ミミが恐る恐る手を伸ばしてコップを受け取った。だが、まだ飲もうとはしない。コップに並々と注がれた水と、俺の顔を何度も視線が往復している。
だが、コップを受け取ってしまえばもう大丈夫だろう。俺は反対側のベッドに再び座り、自分用にと出したコップに同じように水筒から水を注ぎ、一気に飲み干していく。
その様子に何かの安堵を得たのか、ミミも水を勢いよく飲んでいく。これで少しは落ち着くだろうか?
「弁当も喰え」
迷宮弁当を指差し、ミミの意識をベッドの脇に置いた箱に向ける。だが、まだアマールにまでは弁当箱が広まっていないようで、中に料理が入っていることがわからないようだ。
「べんとー?」
俺が自分用にと取り出した弁当を開き、中に入っていた白パンや綺麗に間仕切られた料理たちを広げていく。ミミに見せ付けるように食べ始めると、すぐに自分の傍にある箱の中身が理解できたようで、飛びつくように箱を開け、中の料理を食べ始めた。
勢いよく食べていく姿を見ながら、これで少しは恐怖心が和らぐだろうか? と考えながら、ミミに「幾つか聞きたいことがある」と話を切り出していった。




