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海賊船団”海棠”の本拠地捜索のために動き出した、海洋都市アマールの護衛船団を追跡していたところに、ついに海賊船団が姿を現した。
この世界の海戦については、事前にマリーダ商会商船所のボルロイ所長に聞いていた。油の利用はともかく、この世界では火薬に関しての発展が遅れていた。その利用方法の殆どが魔法で代用が利くからだ。いや、この世界からみれば、火薬などと言う物は、魔法の代用品にすらなれない無価値な物だったらしい。
護衛船団や海賊船団に固定武装があるとすれば、それは船首の衝角になるのだろう。遠距離攻撃の手段で考えられる、弓矢などの小粒な物理攻撃は、海水を利用した防御魔法でほぼ無効化されてしまう。
この世界の海上戦闘における遠距離攻撃手段は、攻撃魔法に他ならなかった。そして、攻撃魔法にしろ、防御魔法にしろ、その威力・効果をより高める為に、船舶に魔法陣を施したり、複数人数での同時詠唱によるブーストを行っていた。
では『魔抜け』であり、魔力のない俺の場合はどうするか?
その答えがこれだ。
海賊船団の船舶は、護衛船団の遠距離魔法を掻い潜り、衝角攻撃を仕掛けて白兵戦へと持ち込んでいる。もちろん全ての船が護衛船団への衝角攻撃に成功したわけではない。海賊船団も被害を出しながらの攻撃だ。
そして、その接近戦が行われている一帯を囲うように、五隻の海賊船が周回していた。包囲網の内側の波に干渉し、船足を鈍らせているようだった。
だが、その五隻の内、四隻が水柱と爆炎を噴き上げ海へと沈んでいく。
俺が操舵する、Uボートからの魚雷攻撃によるものだ。
Uボートの船首魚雷管には四基の魚雷が装填される、総本数は十四発だ。四発撃つ度に自動装填のためのクールタイムが発生し、魚雷は発射できなくなるが、その間に戦闘の中心地へと船を進めた。
「な、何が起きたぁー!」
「せ、船長! 二番船から五番船までが撃沈されてやす!」
「馬鹿やろうがぁ! そんなのは見ればわかるだろぉ! 周囲警戒しろ! どこからだ?!」
潜望鏡を通して海上の混乱する声が聞こえてくる。どうやら周囲を周っていた船にこの海賊船団”海棠”の船長らしき男がいたようだ。
どうする? 船長を捕縛するのを狙うか? いや、海上でどうやって捕縛する……。それに船長と呼ばれても、一船舶の船長かもしれない、全体の船長とは言い切れないか。
ならば……魚雷の自動装填を待ちながら、進行方向を変えず衝角攻撃を受けて白兵戦になっている護衛船団の援護に向かう方針を継続する事にする。
潜望鏡で進路を微調整し、Uボートの正面に護衛船団に取り付いている海賊船がくるように進路を調整する。
そして急速浮上、海面に広がる海と空の境を突き破るように、Uボートが海上に出現させた。
「船長! 二時方向! 海中から何かが!」
「あ、ありゃなんだ……」
Uボート船内の強化された集音機能が、周囲の声を俺に聞かせてくれる。だが、そんな驚きの声を一々聞くために浮上させたわけではない。
TSSのウィンドウモニターを操作し、操作対象をUボートの操舵から船体上部に設置されているもう一つの固定武器、八十八ミリ砲の銃座モードへと切り替える。
八十八ミリ砲というのは、本来は地上戦で使用される対戦車用の平射砲/高射砲だ。ファイヤーレート(発砲間隔)も高く、しかも装弾数二二○発が自動装填されるので、装弾の為のクールタイムを待てば弾切れの心配はほぼない。
Uボートに装備されているものは、地上戦とは使用される弾薬が違うが、その威力は木造帆船を屠るのには十分過ぎるものだろう。
しかし、Uボートを始め、潜水艦の装甲ゲージはかなり低い。反撃を受ければすぐに航行不可能になり、撃沈されるのを待つだけになってしまう。故に一撃離脱を狙う!
ウィンドウモニターに映る照準器を護衛船に取り付く海賊船に合わせ、トリガーボタンを押す。
海上に轟く爆音、そして海上を切り裂きながら砲弾が疾走し、護衛船に取り付く複数の海賊船を巻き込んで爆散させた。
この世界で初めての使用だったので、着弾をしっかりと確認し、爆散し、粉々になりながら炎上し沈んでいく海賊船を視認するまで待った。それから再び操作対象をUボートに戻し、今度は急速潜航で海中へと姿を消した。
「何だ今のは! 見張り台! 報告しろ!」
「レイツェン様! まだ船上に敵が残っております!」
「そんな事はわかっている! だが今の魔法が味方のものでなかったら、次はこの船だぞ!」
潜水航行をしながら護衛船団の旗艦の真下を通過し、その先で戦闘を行っている護衛船を目指す。マップとソナーから護衛船に当たらない角度を確認し、再び急速浮上からの八十八ミリ砲が轟音を上げる。
再度潜航し潜望鏡で様子を見ると、海賊船団は撤退を開始していた。白兵戦を中断し残っている船に飛び降りて、護衛船から離れていく。当然ながら、護衛船団が安易な撤退を許すはずもなく、その船尾に魔法攻撃を加えようとしていたが、護衛船の周囲が急に濃霧に包まれだし、視界がまったく取れなくなってしまった。
どうやら海水を利用した海霧を発生させ、それを煙幕として逃げる算段のようだ。護衛船側からは、「霧を吹き飛ばせ!」「海面に落ちた賊を捕らえろ!」などと怒号が飛び交っていた。
俺としてはこの場で残らず撃沈するつもりはなかった。海賊船団"海棠”の討伐は、本拠地の無人島を制圧するのが最終目標だ。逃げた海賊船には、今だ判明していない本拠地の場所を教えてもらわなくてはならない。
護衛船団もそのつもりなのだろう。逃げていく海賊船を無理に追うことはせず、船上で捕縛した海賊や、俺が破壊した海賊船から海へ落ちた海賊達を引き上げては首に何かを嵌めていた。
あれは……たしか、王都のヤゴーチェ邸で見た捕縛用の魔力攪乱リング。着けた対象の魔力の流れを乱し、魔法やスキルを使えなくするものだ。
捕縛した族たちに次々と嵌めていき、手を縛り船上に並べ、跪かせていく。その族達の顔を一人ひとり確認してる男が見える。
獣人族だと思うが、樽のように太った体に縦に長い頭、そして短い房のような金色と言うか、黄色い髪に白い垂れた耳――。あ、顔が見えた……豚鼻?
あぁ……あれがシャルさんの言っていた豚レモンか……。
護衛船団を包み込んでいた霧は、魔法のによる風でどんどん晴れていく、その殆どが吹き飛ばされたあたりで、小船を下ろして船の修理が始められた。
どの船も航行不能なほどの被害は受けていないようだが、雰囲気的に修理してすぐに追撃戦が始まる感じでもない。
むしろ、豚レモン……レイツェン・ドルーモが持つ刃幅の広い長剣に目がいく。
海賊達は旗艦の船側付近に並んでいる。離れたところから潜望鏡で見ている俺には、その背中と向き合うレイツェンの豚鼻ばかりが見えているが、どうやらこの場で尋問して本拠地の場所を聞き出しているようだ。
「あの黒い船は何だ?! それと本拠地の島への航路だ!」
「あ、あんなのは俺達の仲間じゃねぇ! てめぇらくせぇ豚の仲間だろ!」
黒い船ってのは俺のUボートか……
「貴様等よく見ておけ、オレはゼパーネルのように甘くはないぞ! 正直に話さないのならその口はもう必要ないだろ」
レイツェンは手に持つ長剣で目の前に跪く海賊の首を落とし、その体を海へと蹴り落とした。そして、足元に転がる頭部を後ろから長剣で突き刺し、隣に跪く海賊の目の前へと突き出している。
「さぁ、次はお前だ。海に潜る黒船と本拠地への航路を教えろ!」
「ま、待ってくれ! 航路は教える! でもあの船は本当にしらねぇんだ!」
二人目の体も海へと落ちていく。これは……俺も本拠地の場所が判らなければ似たような手段をとるだろうし、海賊の命を救う気などさらさらない。しかし、その死の理由が俺のUボートと言うのは少し気に食わない。
「周囲の警戒怠るなよ! あの黒船を発見したらすぐに知らせろ!」
「レイツェン様、あの船をどうするおつもりですか? どうやら敵ではないようでしたが……」
「ふん、敵かどうかは捕獲すればわかる。あの船はクルトメルガ王国のものではなかろう、海に潜る船など聞いた事もない。だが、アレはいい物だ、是非欲しい」
この豚レモン……尋問の目的変わってるじゃないか……。こうなってくると、Uボートと俺が一緒にいるところを見せるわけにはいかないな。アシュリーが中継地点に到着する前に全てを終わらせて引き上げるか?
それも一つの方法なのは間違いないだろう。だが、アシュリーも宗主の命で討伐に赴いておきながら、「本拠地に行ったら全て片付いていました」で、終わらせてもいい物か……。
いや、最終的にどうするかは後で決めよう。まずは海棠の本拠地へ向かい、どの程度の戦力が残っているのかを確認し、俺ひとりでやれるなら終わらせる。無理そうならば護衛船団が来るのを待とう。
総考えを纏め、潜航深度を下げながら、AR(拡張現実)によって視界に浮かぶ赤い枠に向かって進路を変更した。
使用兵装
UボートVII型
ドイツ海軍が用いた潜水艦の総称で、このVII型は約六十七メートル、全幅約六メートル。VMBの中では艦首四基の魚雷発射管を持ち、魚雷の総本数は十四本、船体中央に載せられた司令塔には八十八ミリ砲が一基備えられている。




