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海洋都市アマールのゼパーネル邸での夕食会は、シャルさんやアシュリーの過去を色々と知る事ができた。それが俺のアシュリー達への接し方に変化をもたらすとは思わなかったが、知る事ができてよかったと思える話だった。
夕食を終え、時間もだいぶ遅くなってきた頃に邸宅に帰宅したアシュリーとロビーで再会した。シャルさんには実は俺とアシュリーが顔見知り、しかも口調が自分と全く違う事に随分と突っ込まれたが、今は果実酒に酔ったのか、唯一の肉親であるアシュリーと一緒にいる事に安堵したのか、彼女の膝を枕に寝てしまっている。
「護衛船団の本部にも牙狼の迷宮の討伐の知らせが来ていたわ。本当に一人でやってしまったのね」
俺とアシュリーは邸宅の客間に移っていた。アシュリーはソファーに座り、膝の上のシャルさんの頭を撫でている。
俺もその向かいに座り、ゼパーネル家の執事のレスターさんが淹れてくれたお茶を啜っている。
「迷宮の主は強かったよ、でも、俺の目には狂っているようにも見えた。迷宮の主って奴等は、意思ある亜人種ばかりなのかな?」
「迷宮の主は魔獣の時もあったと聞いてるけど、亜人種の時はとても知性が高いと言うのが一般的に知られている特徴ね。でも、狂っているとはあまり聞いた事がないわ。もしかしたら――技能《狂化》とか、そういったものが働いていた可能性はあるかもしれないわ」
「そんな技能もあるのか……まぁ、牙狼の迷宮の話はまたにしょう。それよりも海賊たちの話を聞かせてくれ」
「シュバルツ……本当に討伐に参加するつもりなの? 海は陸と違うわ、それに一人では海を渡れないのよ?」
「同行はするよ、そのために来たんだ。だけど……君に無理を言って同じ船に、とは言わないし、船もこちらで用意するよ」
「駄目といっても、勝手についてきそうね……」
「そういうこと」
「……第一陣は明後日の出航よ、私とシャルは第二陣で五日後に。これ以上は例え貴方でも話せないわ」
「十分だよ、俺は第一陣に合わせて海に出るよ」
それだけ伝え、俺はゼパーネル邸からアマールでの宿となる、「海辺の灯台亭」へと向かった。アシュリーには泊まって行けばいいのにと言われたが、朝になったらシャルさんの追及が凄そうだったので退散させてもらう。
翌朝、まずは第一陣の出航に追随していく為の準備を行うことにした。早朝の海岸を歩き、人目を遮れそうな場所まで移動し、TSSを起動する。
インベントリを漁り、目的のアイテムを取り出す。砂浜に出現した黒い補給BOXを開け、中から取り出したのは白い円柱状の塊だ。
一メートルほどある白い円柱を海に放り投げると、縦に割れるように開き、空気を噴射するような音と共に膨張していき、ほんの僅かな時間でオレンジ色のボートへと変わった。
こいつは使い捨ての緊急用アイテムで、低速で移動できる船外機を備えた四人乗りの救命ボートだ。まずこの救命ボートに乗り、船外機のスタートボタンを押して海岸から沖へと向かう。
緊急用のアイテムなので速度は出ないし、稼動音が結構大きい。それでも波を越えて沖へと出ると、周囲に漁船などの姿がないことを確認し、再びTSSから今度はガレージ――の下にある、ドックを選択する。
VMBの長いサービス期間の中で配信された大型ダウンロードコンテンツの中には、地上戦だけではなく海戦に特化した物もあった。海戦と言っても海の上の戦闘だけではない、海上から相手陣営側の陸上拠点に攻め込むミッションやマップも多数取り揃えられ、その為の艦船も多数用意された。
地上戦用の戦闘車両は用意されていないVMBだったが、そのお詫びとばかりに用意された船舶は多岐に渡り、唯一ないのは航空戦力を保持する航空母艦だけだ。
しかし、ミッションやマップに用意されているフリーオブジェクトの艦船とは別に、プレイヤーが個人で艦船をSHOPで購入しようとしても、それにはかなりの制約があった。
まず、購入の為のCPが恐ろしく高額だった。同時に燃料や装甲の補給額も高く、所有艦船の轟沈はプレイヤーの破産を意味するほどだった。
そして、逆に低額だったのが潜水艦だ。これは高額艦船を轟沈させる意味でもプレイヤーたちがこぞって購入し、海上に浮かべられた過去の大戦艦を、競うように、また執拗に追い回して沈めてきた。
一応、艦船には対潜水艇の爆雷を標準装備していたが、数の暴力と爆雷の補充による金欠を引き起こし、大海戦はいつしか大海中戦へと姿を変えていった歴史がある。
何故ここまで艦船が不遇にされたか? それは艦船からの引きこもり砲撃、または艦船の船首に寝そべって、狙撃銃を構えるだけのプレイヤーが海に溢れる事を開発側が嫌ったからだ。
攻めの意識のない味方は、殺せない最強の敵。ゲームルールを無視した行為は、プレイヤーたちだけでなく、開発側からも嫌われていたのだった。
TSSの操作を終え、海上に大量の光の粒子が出現する。粒子が収束し形作るのは、全長約六十七メートル、全幅約六メートルのUボートVII型だ。
Uボートはドイツ海軍が用いた潜水艦の総称で、このVII型はWWIIの頃に運用されていたタイプだ。VMBの中では艦首四基の魚雷発射管を持ち、魚雷の総本数は十四本、船体中央に載せられた司令塔には八十八ミリ砲が一基備えられている。
実際には他にも多数の兵装があるのだが、ゲーム内の仕様として、一艦船二種までしか兵装を持たない。その組み合わせは幾つかあるが、中にはプレイヤーアカウントに対して、一度しか撃てない潜水艦発射弾道ミサイル一発を積んだ潜水艦などもある。
救命ボートからUボートへと乗り移り、船体中央に突き出ている司令塔上部に上がり、そこに隠れるハッチを開けて、まずは司令塔内部の一階へと降りる、そこから更にハッチを開け、下に降りれば発令所と呼ばれる操作スペースだ。
一度Uボート内部に入れば、TSSからコントロールモードをリンクさせる事ができ、ウインドウモニターで外部を見ながらどこにいても、Uボートの外にいても、短距離ならば操舵することができる。
まずはUボートを潜航させ、海中へと姿を隠す。俺との距離が離れた事で、海上に乗り捨てた救命ボートは光の粒子に変わったことだろう。
潜水艦は海中を潜航していると一定時間毎にバッテリーを消費し、これを回復させるには一定時間の浮上航行が必要になる。永久に潜り続けられるわけではない。とは言え、潜航可能時間に比べれば、微々たる時間でしかないが。
海中でUボートを停止させ、まずは内部のチェックを行うことにした。VMBのゲーム時代にも見て周った事はあるが、これからここで数週間過ごす事が可能な環境かどうか、をチェックしなければならない。
発令所を挟むように居住区画があり、調理室やトイレは確認できた。他の動力室や魚雷発射管室などには入れないようになっていた、この辺はゲームだった頃と同じだ。
居住スペースの一つを荷物置き場にすれば、何とかなりそうだと感じた。
ウィンドウモニターでUボートを少しだけ浮上させ、今度は潜望鏡モードを試してみる。俺の立ち位置が基点となり、ウィンドウモニターをもって三六○度回転すれば、潜望鏡もリンクして回転し、海上の様子を映し出している。
このモードも問題なし。コントロールを操舵に戻し、Uボートを浮上させ再び救命ボートを使ってアマールへと戻った。
その後はマリーダ商会に向かい、明日の出発を伝え、その為の準備を行なっていくことになる。基本的にはマリーダ商会の商館に行けば揃うだろう。
そう考えながら、救命ボートの船首を海岸へと向けた。




