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夕食の約束で訪れたシャルさんの実家は、アシュリーと同じゼパーネル家だった。執事のレスターさんに案内されながら、ゼパーネル家の邸宅へと入っていった。
レスターさんの後に続き邸宅の中を歩いていくが、邸宅の中は以外にもに質素で、最低限の調度品しか置いていない感じだった。
「質素な邸宅で驚かれましたか?」
後ろを歩く俺の雰囲気を感じ取ったのか、レスターさんが歩きながらも声を掛けてきた。
「ええ、ゼパーネル家のお話は聞いておりましたので……こちらの邸宅はあまり使われていないのですか?」
「はい、その通りでございます。現在の主人が長らく留守にしておりましたので、普段は使用しておりません。主人の帰参により、普段使いが出来るように整えている最中でございます」
「そうですか、レスターさんはずっと留守役を?」
「はい、前主人の頃よりゼパーネル本家に仕え、邸宅の留守を預っております」
確かに、邸宅内は清潔感に溢れ、しっかりと手入れがされているのが見て取れるが、生活感が余りなかった。門番が海洋都市アマールの警備兵だったのもその辺が関係しているのかな? 普段使っていなかったので、専属の警備兵の手配が終わっていないのかもしれない。
「こちらが食堂でございます。邸宅を整えている最中とは申し上げましたが、料理人はゼパーネル家専属でございます。シャルロット様もすぐに来られますので、ごゆっくりとお食事をお楽しみください」
「ありがとうございます。あぁ、アマールに到着してすぐでしたので、たいした物を用意できませんでしたが、果実酒を持ってきましたので、邸宅の方々でお飲みください」
「これはご丁寧にありがとうございます。夕食の際にご一緒に出させていただきます」
俺が渡したのは、モーターハウスのコンチネンタルに設置されていたワインセラーから取り出していたワインらしきものだ。あらかじめラベルを剥がしておいた瓶が二本残っていたので、それを持ってきていた。
食堂には六人掛けほどのテーブルと椅子が四脚用意されていた。メイドの女性に席に案内され、席につこうとしたところで視界に映るマップに、この部屋へ向かってくる光点の動きが見える。
席に座らずに食堂の入り口を見ている俺の動きに、メイドの女性が不思議そうにしていたが、一度座ってまた立つのも馬鹿らしい。
「待っていたわ、よく来たわね、シュバルツ!」
食堂の扉が開かれ、シャルさんがご機嫌な様子で入ってきた。服装はこれまでと同じ騎士服に近い軽装だが、髪型は後ろに一つに纏めていた赤毛の長髪を解き、綺麗に梳いたストレートに変わっていた。
「お待たせしたようで。今晩はお招きあり――」
「堅苦しいのはいらないわ! わたしはこの家を出る人間だし、今まで通りで大丈夫よ」
「そうですか? ではそうさせてもらいますが」
シャルさんが席につくのを待ち、その後に俺も席に座った。それを見計らったようにメイドが食前酒を運んでくる。
「わたしが夕食に人を招待するって言ったら、レスターが張り切っちゃってね。堅苦しい食事にはしないようにとは言ったけど、あなたもあまり気にしなくていいわ」
「シャルロット様、四年ぶりのお客様ですから、私共も気合が入るというものです」
夕食を載せた配膳ワゴンを押すメイドと共に、執事のレスターさんが入ってきた。そこからは、レスターさんに夕食の料理を説明してもらいながら、シャルさんの冒険譚を聞いたり、俺の冒険譚を誤魔化しながら話したりと楽しい夕食の一時を過ごした。
色々と話を聞いている中で、今夜初めて知る事がいくつもあった。その一つはシャルさんだけでなく、アシュリーにも関わる事、二人の両親についてだ。
マルタさんやボルロイさんとの話の中で何度も出た四年前の大海戦、そこで二人の両親は共に戦死していた。この大海戦では五家の貴族が出陣し、三家が当主戦死、二家が帰還したが、この四年の間に帰還した一家が本宅の場所を変更した。
当主が戦死した貴族家は爵位を失い、残された家族はアマールを去ったという。爵位を持たない特別な貴族家である、ゼパーネル本家だけは存続したが、まだ成人して間もないアシュリーは次期当主候補に留まり、本宅の主人と言う形で家を継いだ。
そしてゼパーネル家の宗主である、ゼパーネル永世名誉宰相の命により、アシュリーは城塞都市バルガでの修行を、シャルさんには北部のドラグランジュ辺境伯領での修行が命じられたのだそうだ。
シャルさんとアシュリーは、時折王都で顔を合わせていたそうだが、アマールに戻ってくるのは修行に出たとき以来なのだという。
昔の笑い話をするように、シャルさんが「未成人の頃から冒険者をやっていたわ!」と俺が持ってきた果実酒を呷りながら胸を張っている。しかし、この国の成人は十五歳だ、つまり十三、四の頃から一人依頼を受け、時にはパーティーを組み、活動してきたと言っているのだ。
シャルさんの気丈に振舞う姿の後ろにあるものはなんだろうか。冒険者として独り立ちしなくてはならない不安か、亡き両親を不安にさせまいという家族愛か、離れても共に切磋琢磨していると信じる姉への姉妹愛か。
シャルさんの語る武勇伝を、レスターさんと共に微笑を持って聞いていた。俺の胸に思う感情は憐憫か、いや、それを表に出しては彼女に対して失礼に当たるだろう。シャルさんも、そう思って欲しくて笑い話のように語っているわけではないはずだ。
いつの間にか、だいぶ時間が過ぎていたようだ。そろそろお暇しようかと思ったところで、マップに馬車らしき光点が映るのが見えた。
レスターさんも気付いたようだ。「主人がお戻りになったようです」と断りを入れ、食堂から迎えに出て行った。
「レスター! わたしも行くわ! シュバルツ、ちょっと待っていてね!」
待っていてね! って言われても……俺も迎えに出よう。
シャルさんの後を追い俺も邸宅の玄関へ向かうと、すでにアシュリーとシャルさんが抱き合うように再会を喜んでいた。
ゆっくりと近づいていく俺の姿にアシュリーが気付き、シャルさんも俺が来たことに気付いたようだ。
「あっ、姉様紹介するわ。Dランク冒険者のシュバルツよ!」
「お帰り、アシュリー。お邪魔してるよ」
「シュバルツ――ただいま。怪我なく……出発できたようね、思ったより早く来ていて驚いたわ」
「え? え?」
俺とアシュリーのやり取りに、シャルさんは理解が追いつかないようで俺とアシュリーさんの顔を交互に見続けていた。




