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やっと到着した海洋都市アマール、シャルさんとは夕食の約束をし別れた後で、俺はまずマリーダ商会の商船所を訪れていた。
「どうぞ、お客人」
「ありがとうございます」
商船所の二階に案内されると、そこは簡素な間仕切りでスペースが区切られているだけの、ワンルームのオフィスを思わせる空間になっていた。
まずは応接の為のスペースに通され、お茶代わりの果実水を出されたところである。所長のボルロイさんに海洋都市アマールへやってきた目的を話し、海賊についての情報と、アマールの護衛船団の様子を確認することにした。
「海賊を潰しにわざわざバルガから来なすったのですか? 活動を再開した海賊どもにはこちらも困っていたんで助かりやすが、お客人は陸の方でしょ? 海で何かできやすか?」
「それは追々、まずは護衛船団と海賊達の活動範囲や拠点について情報をお願いします」
「それは構いやせんが……」
海洋都市アマールの護衛船団は、前に聞いていた状況とあまり変わっていなかった。四年前にあったと言う大海戦の影響で失った船舶数を完全には回復できていないばかりか、護衛船団を束ねる旗印に依然として不安が残る状況になっている。
現在の船団指揮官は、アマールに本宅を構える二家のうちの一家、ドルーモ子爵家の長男であるレイツェン・ドルーモである。
レイツェン・ドルーモはまだ二十歳を過ぎたばかりの青年で、将来有望ではあるものの、性格に若干の幼さが残る、とボルロイさんは溢していた。
今日中には偵察船が帰港し、その持ち帰った情報を下に、海賊討伐に向けた第一陣が出航する事になるという。
次に聞いたのは海賊たちについてだ。アマールの海洋貿易の主な取引相手は、海を南に二週間ほど航海したさきに点在する島々で構成される、フィルトニア諸島連合国。その航海の中ほどにある、中継地点の無人島が幾つか点在する付近が、海賊船団”海棠”のテリトリーなのだそうだ。
海棠の本拠地は中継地点の付近にある無人島のどれか、そこまでしか判っていないらしい。何度となく送られた調査隊は、海棠の直接的な妨害の他に、複数の無人島の間に広がる暗礁海域を進む事ができず、調査が一向に進まないのだと言う。
カイドウ……綺麗なピンク色の花をつける落葉小高木の一種で、小さな林檎のような実をつけることもある花の名だな……。
商船所で話を聞いた後、ボルロイさんに夕食を誘われたが、先約があると断り、明日以降に一緒に摂る約束をした。マリーダ商会が用意してくれたアマールの宿、「海辺の灯台亭」へと向かいながら、ここからどう動くかを考えていた。
俺が取れる行動は幾つかある。
アシュリーと合流し、彼女の下に付く形で海賊船団”海棠”の討伐を手伝う。
アシュリーと会い、護衛船団の同行を確認後、護衛船団の動きに合わせて、隠密行動で援護する。
単独で中継地点の無人島を目指し、周囲を探索して手当たりしだい海賊船を潰す。
三つ目はないな、計画性がなさ過ぎる。となるとやはり……俺の持つ力を最大限に発揮しようと考えれば、二つ目だろう。
足を止め、水平線に沈んでいく夕日を眺めながら、この後の動きを考えていると、俺が立っている海岸線から降りれる砂浜に、母子らしき姿が見えた。
その二人が夕日を眺めるのをやめ、こちらへと歩いてくる。
「ママー、おねぇちゃんの船、今日も帰ってこなかったねー」
「そうね……明日は帰ってくるといいわね……」
「うん! 明日もお迎えにこよー?」
「そうね、明日も来ようね……」
俺の横を通り過ぎていく二人と、一瞬だけ目が合う。
海賊船団”海棠"による被害は、主に積荷と金品、そして人だ。このクルトメルガ王国と言う国は、比較的平和な国だと思っていた。盗賊や迷宮などの問題はあるが、どの都市も、街も、少なからず貧富の差はあれど、基本的に人権が守られている、そう感じていた。
しかし、それがこの世界全体に広がっているかと言えば、それは否だ。マルタさんやボルロイさん等と色々な話を聞いてきた中で、この国の成り立ちを知った。
かつて、アシュリーの読んでくれた絵本では、この国は一人の冒険者が圧政に苦しむ民衆の救済を目指して造り上げた国だと話していた。
民衆の救済とは実際には何だったのか? それは――奴隷解放だ。この国は、奴隷からの解放を願った人々によってその礎が創られた。だからこの国には奴隷がいない、種族を差別する風潮がない、そして奴隷と言う言葉がない。
建国王は苦心したそうだ。どうすれば真の奴隷解放が行えるか? 立場から、心から、奴隷の系譜から解放するにはどうすればいいのか? その答えを求めて辿り着いた先が、今のクルトメルガ王国だ。
この国には奴隷はおらず、人身売買は堅く禁じている。奴隷と言う言葉を認めず、教えず、使用を禁じている。そうして積み上げてきた年月により、その概念の消滅を図った。
もちろん全てが上手くいっているわけではない、現実には娼館と言う体を売る商売が成立する場所があるし、そこへ本人の意思に反して働かされる事がある。しかしそれでも、この国に生きる人々の意識から、奴隷と言う言葉を消す事には成功していた。
だが、それもこの国の中だけの話。フィルトニア諸島連合国は、そこまで積極的な奴隷政策は採っていないそうだが、自然環境の厳しい北部方面の国では、大規模な奴隷政策を採る国もあるそうだ。
そして、海賊が襲う船の中から、商品として価値が出る人物が攫われる。攫われた後、どういうルートでどこに送られるのかは全くわかっていないらしいが、海賊行為の目的の一つが人攫いである事は間違いないそうだ。
海岸線を歩いていく母子の後姿を見ながら、そんな海賊被害の話を思い出していた。
アマールでの宿となる「海辺の灯台亭」に顔を出し、部屋の鍵と場所を確認したらすぐにシャルさんの実家へと向かった。
海岸線から坂道を上がり始め、緑の多い山方面へと進んでいく先に、樹木に囲まれた赤い屋根の邸宅が見えてきた。王都で滞在したバルガ公爵の邸宅ほど大きくもなく、歓楽都市ヴェネールで宿泊した高級宿の離れ屋のような、少し小さめの落ち着きのあるレンガ造りの邸宅だ。
邸宅の門には、山頂の山門で出会った門番と、同じ皮鎧を着ている門番が二人立っていた。都市の警備兵が護衛をしているのか?
「止まれ! こちらはゼパーネル家の邸宅だ。何か用向きあっての訪問か」
ゼパーネル……薄々そうではないかと感じていたが、シャルさんはやはり貴族、それもアシュリーと同じゼパーネルか……となると二人は姉妹か?
「私はDランク冒険者のシュバルツ、こちらのシャルロット様に夕食に招待され参りました。お取次ぎをお願い致します」
「確認してくるから少し待っていろ」
門番の一人が邸宅へと走っていく。その後姿を見ながらもう一人の門番へと声を掛けた。
「アシュリー・ゼパーネル様はすでにお帰りですか?」
「ん? アシュリー様はまだだな、あのお方はいつももっと遅い、夕食時には間に合わないだろう」
「そうですか、それは残念です」
邸宅の玄関まで走っていった門番が戻ってきた。玄関前には執事らしく老齢の男性が、背筋を綺麗にのばして佇んでいた。俺の視線に気付いたようで、ゆっくりを腰を折って頭を下げている。
「確認が取れた、入っていいぞ」
「ありがとうございます」
門から敷地内へと進み、玄関前に辿り着くまで老執事の男性は頭を下げ続けていた。
「Dランク冒険者のシュバルツです」
「承っております。ゼパーネル家の執事をしております、レスターでございます。シュバルツ様、どうぞこちらへ」
レスターさんに案内されるままに、ゼパーネル家へと足を踏み入れていった。




