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アシュリーが城塞都市バルガを出発してから遅れる事、約一ヶ月。最初に聞いていた所要日数は約二ヶ月だったのに対して、随分と早く目的地である海洋都市アマールに到着する事ができた。
序盤の平坦な道のりを移動用車両で走りぬけ、その後の山越えをシャルさんと共に、山道をショートカットしながら越えれたのが結果的にこの早さに繋がっただろう。
山の頂から見下ろす海洋都市アマールの風景は、俺達が今まで登ってきた山の反対側を切り崩し、その斜面に民家がひしめき合い、海岸線には大きな商館らしき建物が所狭しと建ち並んでいた。
都市の入り口を目指し、坂を下りながら周囲を見渡すと、山を切り崩した斜面に家を建てるだけでなく、洞窟住居らしき岩壁に開く窓枠の穴が多く見られた。
前の世界で見たような雑な造形ではない、綺麗に成形された岩壁の壁や窓枠を見るに、たぶん魔法を利用して綺麗に成形しているのだろう。
俺が珍しそうに周囲を観察している様が可笑しいのか、隣を歩くシャルさんが自慢げに笑みを浮かばせながらこちらを見ていた。
「どう? シュバルツ、海洋都市アマールの街並みは綺麗でしょ!」
「え、ええ、似たような風景を見たことがありましたが、そこよりも遥かに自然にあふれ、美しく整えられた街並みに驚いています」
「ふふん、土魔法を極めた建築家たちが大勢集められて造られた街よ! 夏になれば観光客も訪れて大賑わいなんだから!」
シャルさんの都市自慢を聞きながら坂道を降り、やがて山道とアマールを区切る山門が見えてくる。門の傍には門番が二人立っており、俺達が到着するのを眺めながら待っていた。
「シャルロットさまぁ! お帰りなさいませぇ!」
山門に立つ門番のうち、まだ若い青年が手を振って叫んでいる。シャルロット様? ひょっとしてシャルさんのことか? と横を見ると、シャルさんがその声に返すように手を振っていた。
「シャルロットさま?」
「……シャルは冒険者登録時の名前よ、アマールの人達はシャルロットの名しか知らないわ。わたしも四年ぶりに戻ってきたしね。呼び名はシャルのままでいいわよ、今はもう、わたしはCランク冒険者のシャルなのだからね」
「――わかりました、シャルさん」
門番の青年に手を振り、表情はにこやかにしているシャルさんだったが、その目はどこか哀しそうな、そんな印象を受けた。
「お帰りなさいませ、シャルロット様。それとご同行の方、ようこそ海洋都市アマールへ。一応規則ですので、身分証の提示をお願いします」
門番のもう一人は壮年の男性だった、言われるままにギルドカードを提示し、入都の許可を得る。シャルさんもギルドカードを提示しながら、壮年の男性に幾つか質問をしていた。
「船団の再編は?」
「終了し、偵察船が何度か出航してます。数日中には第一陣が出航するかと」
「総指揮はどっちが?」
「ドルーモ子爵家の長男、レイツェン様です」
「あの豚レモン?!」
「その呼び名は……」
「姉様は?」
「指揮所となっている護衛船団の本部か、邸宅ではないでしょうか」
「そう、ならまずは家に向かうわ。昇降機は使える?」
「ええ、変わらず稼動していますよ」
「ありがとう、じゃぁいくわ――。シュバルツ! 街へ降りるわよ、ついてきなさい!」
若い門番の青年と共に、二人が話し終わるのを風景を楽しみながらなんとなく待っていたが、どうやら話し終わったようだ。昇降機と言う言葉が聞こえたが、エレベーターかエスカレーターか、何か類似する物があるのだろうか?
シャルさんの後を追い、連れて行かれた先に見えてきたのは、急斜面に剥き出しの形で海岸線まで延びる軌道軸とそれに載る大きな床板。
「これは……?」
「魔動昇降機よ! これで一番下まで直通で降りれるわ!」
魔動ということは魔力と魔法で動くエスカレーターと言うわけか、床の幅は六メール近くあり、荷馬車ごと上下できるサイズになっているのだろう。昇降機の数も四台並び、見下ろすと荷箱が載せられた床がゆっくりと降っていくのが見えた。
「早く乗りなさい、行くわよ!」
先に昇降機に乗ったシャルさんを追い、俺もその床板に乗ると、床の一角に設置されている操作台のようなところにシャルさんが手を当てていた。
操作台上部に魔法陣が浮かび、同時に昇降機の床板が振動するように動き出し、ゆっくりと起動軸に沿って急斜面を降り始めた。
構造原理はわからないが、何が起こっているかは判る。こんな魔法技術もあるのだなと関心させられる一方で、この魔動昇降機が魔力のみで動くのならば、『魔抜け』である俺には使えそうもないなと軽く落胆してしまった。牙狼の迷宮で手に入れた”魔力の認識票”は、転送魔法陣用の道具だし、これにはたぶん使えないだろう。
「シュバルツ、下に降りたら一旦お別れよ」
「一旦?」
「あそこの赤い屋根の家が見える?」
シャルさんが操作台に魔力を送りながら、海岸線に建ち並ぶ建物たちの少し上に建つ、緑に囲まれた赤い屋根の邸宅を指差している。
「ええ、見えます」
「あそこがわたしの実家よ、夕食をご馳走するわ。マリーダの商船所へ手紙を届けたら、家にいっらしゃい」
夕食か、陽が暮れるまではまだ時間があるが、この都市での宿の事など色々考えなければいけないし、マリーダ商会の商船所には行っておきたい。やる事は多い、夕食をどうするかを決めてしまえるなら決めてしまったほうがいいだろう。
「ありがとうございます。用事を済ませたら、ご馳走に伺います」
「ふふん、アマールの海の幸を沢山用意させるわ、わたしも久しぶりだしね。商会の商船所は反対側のあの辺りに集まっているわ、マリーダのがどこかは覚えていないけど」
「それだけでも結構です、あとは自分で探します」
昇降機が一番下へと到着した。周囲には山の頂付近では感じなかった磯の香りが漂っている。
「到着よ! じゃぁ、シュバルツ、待ってるから必ずきなさいよ!」
「ええ、ありがとうございました。また後で伺います」
昇降機の床板を降り、シャルさんと別々の方向へと歩いていく。昇降機の目の前は防波堤が広がり、その先は青い海だ。
上から見た海も綺麗だったが、目の前に広がる日の光を反射した輝く海もまた凄い。水平線の先には漁船らしき船や、商船らしき帆船も見える。
海岸線に沿って商船所があると思われる方向に歩いていく。道行く人は商人風であったり、漁師や都市の市民と多くの人が行き来していた。海岸線の一方は海なのは当たり前だが、その反対側には三階建てほどの石造の商館、商店が隙間無く建ち並んでいた。
客を呼び込む声、商談を行っている声、飛び交う活気ある声にこちらまで気分が高揚してくるのを感じる。
再び活動を再開した海賊の被害に悩まされているのかと思ったが、それはあくまでも海上のお話。海洋都市アマールは、その不安を吹き飛ばすほどの活気にあふれていた。
多数の商会の商船所建ち並ぶ区画に入ってきた。何本もの桟橋が海へと伸びており、そこに各商会の商船が碇を下ろしている。大柄な男達が商船から木箱を降ろし、倉庫へと運んでいくのが見える。手が空いている風の男に、マリーダ商会の商船所の場所を聞き、桟橋に並ぶ多くの商船を見比べながら、商船所へと向かった。
「こんにちはー」
ここまで見てきて中で一番長い桟橋と、一際大きな商船が停泊している商船所の、一階倉庫部分を覗き込みながら声を掛けた。
「どちらさんー?」
倉庫の奥から獣人族の男性が出てきた、犬系だろうか?
「Dランク冒険者のシュバルツと申します、こちらの所長さんいらっしゃいますか?」
「おやっさん? ちょっと待ってて下さいよ――。おやっさーん! お客人きてますわー!」
獣人族の男性が二階に繋がる階段から、上へ声を発している。その声に答えるように濁声の返事が聞こえる。
「お客人だってー? ――オレがマリーダ商会の商船所所長のボルロイだが。お客人、何用かな?」
二階から降りてきたのは猫系の獣人族の壮年男性だ。頭の上に飛び出る耳と、尻尾の感じから猫系だと判断したが、ボサボサっとした茶髪と無精ひげを蓄え、王都や城塞都市バルガのマリーダ商会の関係者とは、また違った雰囲気を持っていた。
「初めまして、Dランク冒険者のシュバルツと申します。商会長のマルタさんにこちらを紹介してもらいまして、これがマルタさんから預った手紙です」
「マルタの大将が? なんだいお客人、海にでも出たいのかい?」
所長のボルロイさんにマルタさんから預った手紙を渡す。彼はすぐに封を切り、中の便箋に目を通していく。
「なるほど、畏まりやした。お客人、海洋都市アマールに滞在の間、生活の一切をマリーダ商会でご用意させていただきやす。おい、おまえ、ちょっと「海辺の灯台亭」に走って一番いい部屋を借りて来い、宿泊客のお名前はシュバルツ様だ」
ボルロイさんが最初に応対してくれた男性に指示を飛ばし、彼をアマールの街へと走らせた。マルタさんは一体何を書いたんだ……。
「お客人、まずは二階でお話を伺いやす」
ボルロイさんに案内され、商会所の二階へと通された。




