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オークに占拠された八番坑道を進み、まずは一匹を排除したが、ここまでの俺が見せた武器、能力、持ち物、冒険者ランクのちぐはぐ差に、シャルさんの疑念が爆発した。
しかし、俺に疚しいところは何もない。シャルさんの疑念を晴らす為に、マリーダ商会のマルタさんが用意してくれていた手紙を使い、一応は疑念を晴らす事ができた。
俺の先を歩くシャルさんの背を見ながら、八番坑道を更に奥へと進んでいく。視界に浮かぶマッピングされたこの先の地形は、円形状に広がっていた。
たぶん最奥の採掘エリアだろう。採掘エリアには五つの光点が蠢いている、残りの五匹はここにいると見て間違いない。
「この先にいるわね」
「ええ、どうやら一番奥まで来たようですね。残りの五匹が固まっているようですが、どうしますか?」
「今度は私が初手を取るわ。オークたちを麻痺させるから、動きが止まったところを狙って」
「わかりました」
前を行くシャルさんの横に並び、彼女が道具袋を漁っているのを横目に見る。シャルさんが取り出したのは魔石だ。色の感じからしてレアな雷属性の魔石だろう、それを魔動弓の上部にある水晶のように透明な宝石へと近付け――その宝石の中に沈み込むように魔石が溶け込んでいくのが見えた。
「シャルさん、それは?」
「ふふん、わたしのアトリビュートボウは属性魔石を吸収させる事で、魔矢に属性効果を持たせることができるのよ!」
「なるほど、今のは雷属性の魔石ですよね、それで麻痺させるわけですね」
「そうよ! 属性矢は高くつくからあまり使えないけど、ここは任せて頂戴!」
シャルさんの持つ魔動弓は雷の魔石を吸収し、弦の部分に紫電が走っているのが見える。魔動弓を握る人には何も影響を及ぼさないのか、紫電が手を通過していても、シャルさんは平気な顔をして歩いていく。
そして、最奥の採掘エリアが見えてきた。オーク五匹は採掘エリアの壁際に固まっており、マップに映る光点の動きだけでは何をしているのかよく判らない。
坑道と採掘エリアの境から覗き込むと、どうやらオークたちは採掘をしながら魔鉱石を――食べている?
「アレは不味いわ、魔鉱石を直接摂取して、上位種に無理やり進化しようとしてるのよ。すぐに仕掛けるわよ!」
「了解、いつでもどうぞ」
採掘エリアに飛び出し、シャルさんが魔動弓を引き絞る。
射線に被らないように俺も飛び出し、大回りをしながらオークたちが集まる壁際へと走り出す。
「VuHyyyyyyyyyy!」
坑道から飛び出してきた俺の動きに気付いたようで、オークたちが威嚇の咆哮を上げながら戦闘態勢をとり始めた。どの個体も手にはつるはしやスコップのような大型工具を握っている。
オークの目が、近付く俺を追うので夢中になっている。これは――さらに大回りをし、オークの視界からシャルさんを消すように周る。
「いくわよ! 『稲妻の鎖』!」
放たれた魔矢が稲妻のように暴れる軌道を取り、一匹のオークへと直撃した。
「BuGyaaaaa」
直撃を受けたオークは、落雷に当てられたかのように顎が上がり、痛苦の叫びと声にならない息を吐き出し仰向けに倒れていく。その巨躯が地に倒れると同時に、その巨躯を基点に周囲に再び稲妻が走り、周りいる四匹へと吸い寄せられていく。
次々に感電していくオークたちを確認し、俺はこれが麻痺だと判断した。大回りをやめ、真っ直ぐにオークの集団を目指す。すでに両手にはCZ75 SP-01が抜かれている。装弾数は右十八発、左十七発。
まずは倒れたオークを狙う、マップに映る光点がアレがまだ生きている事を示しているのだ。ダッシュから前方スライドジャンプ、そこからパワードスーツのアシストを使い、倒れたオークの真上を跳び越すようにジャンプした。
空中で体を捻りながらの直下射撃、左右のCZ75を二連射-二連射。真上から撃ち降ろされた9×19mmパラベラム弾が、オークの両目を撃ち抜き、鼻を潰し、締まりのない口を貫く。
着地した場所は、電の余波を喰らい体を麻痺させているオークの真後ろ。つるはしを支えにして何とか立っていたが、その両膝の裏を斬り、尻を蹴って跪かせる。
背後から首を落とそうかと思ったが、首の周りも脂肪の塊で保護されていた……狙いを変えて、オークの左耳を狙い、CZ75に装着させている銃剣を突き刺す。
バヨネットの刃渡りは十七センチほど、全てが刺さりはしないが、止まったところでトリガーを二連射。射撃の反動で内部が抉られ、9×19mmパラベラム弾が頭骨を砕き、バヨネットを更に押し込み頭部を貫通する感触を感じる。
命が消える感触と共に、視界に浮かぶマップから光点がまた一つ消えた。これで方法は決まった、残り三匹も同様に処理していく。
「あなた、本当に普通の冒険者なのよね……?」
処理が終わり、CZ75のマガジンを交換しているところで、シャルさんが近付いてきた。少し怖がっているように見えるのは気のせいだろうか?
「ええ、普通のランクD冒険者ですよ」
「ランク詐欺冒険者でしょ……どこに無表情でオークを処刑していくランクDがいるのよ……」
「……さ、これで終わりのようですから戻りましょう。今ならまだブリトラで夕食を食べる時間があるでしょう」
頭を潰したオークを放置して、坑道の外に向かって歩いていく。最初の一匹を含め、片付けは後続の冒険者と鉱山夫のドワーフたちにお任せだ。オークの皮は皮細工の材料にもなるらしく、斃した後にも使い道があるのだが、皮を剥いでいては時間が勿体無い。報酬に色をつけてもらうように交渉する事にし、まずは街に帰る事を優先した。
「ちょっと、肉を食べる気力を失いかけているんだけど……まぁ、いいわ。さっきのお詫びに今夜の食事は私が出すわ、これで旅の路銀が稼げたし、アマールまで問題なく進めるわ」
「そうですか、では今晩は私がご馳走になりましょう。しかし、そんなに旅費が渇々だったのですか?」
と、問いかけたものの、シャルさんからの返答は来ない。不思議に思い、横目にシャルさんを窺うと、彼女の顔は耳まで真っ赤にするほどに赤くしていた。
俺の視線に気付いたのか、シャルさんの視線が重なる。
「お、王都で旅費を貰い忘れたのよ……そしたら麓の町で雷の魔石が大量入荷していて、思わず買い占めちゃって……さっきの属性矢見たでしょ、ああやって魔石を消費しながら使うから、物凄くお金が掛かるのよ……」
なるほど……麓の町で夕食を食べていなかった理由もそれか。
「本当は、あなたに冒険者の知識を教えて小銭を稼ぐつもりだったけど、実際には必要なかったようだし、早とちりして弓は向けるし、ジジイに呼び出されてから焦って失敗してばかりだわ」
「鹿の捌き方を教えてもらったことは非常に助かりましたよ、本当に知りませんでしたから」
俺の返答に、シャルさんの小さな肩が少し震えたように見えた。チラチラとこちらを何度も横見している。
「――ありがと」
その小さな呟きを拾ったところで、外の光が見えてきた。どうやら坑道の前に篝火を焚いて待っていたようだ。
「おお、戻ってきたぞ!」
「やったか?!」
「だからワシは言ったじゃろ! あの二人ならすぐに終わらせて戻ってくるって!」
ドワーフの鉱山夫たちに囲まれ、飛び交う質問に答えながら坑道に残るオークの処理を頼み。俺とシャルさんはまず総合ギルドの出張所へと戻る事にした。
使用兵装
CZ75 SP-01
かつてのチェコスロバキア、現在のチェコが開発・発展をさせ続けているCZ75シリーズの一つで、装弾数十八発に加え正式なアタッチメントオプションとして、刃渡り十七センチ程の銃剣が装着できる。




