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自分が解体した鹿の肉を、自分で調理して食べたい。そんな思いで作った素人料理だったが、素材の良さに助けられたこともあり、今夜の夕食は山の尾根の休憩所で食べるものとは思えないほどの美味しい食事となった。
最高級モーターハウスの中に設置されていたワインクーラーから持ってきたワインには、シャルさんも目を見開き、興味深そうにラベルを剥がしたボトルワインを見つめていた。
さらに興味を持っていたのは、手に持つワイングラスだ。俺の目から見れば、何の変哲もない、ただの細めのワイングラスだったのだが、この世界のコップの主流は木製だ。建物の窓にはガラスが嵌められているところも多々あり、ガラス細工関係の技術が未発達と言う訳ではないのだろうが、旅の途中の食事で出すコップの品質としては場違いだっただろうか?
ワインの品質含め、マリーダ商会のマルタさんに確認が必要かもしれない……。
比較的安全な町の酒場などとは違い、ここは野外の休憩所だ。ワインを食事にはだしたが、俺もシャルさんも飲酒は少量に抑え、日が暮れて周囲が暗くなってきたところで小屋へと移動した。シャルさんには「鉱山街に着いたらまた飲ませて」とは言われたが。
小屋の中はきっちりと掃除されていた。俺の目から見ればまだまだ少女に見えるシャルさんだが、そこはCランク冒険者、やるべきことはしっかりとやってたようだ。小屋の中には基本的に何もない、唯一あるのは暖炉くらいだろう。薪を置き、火種になる小さな枝にシャルさんが魔法で火を付け、暖炉の中に放り込んでいく。
陽が落ちればやれることはない。火の番と見張りの時間と順番を決め、明日の日の出には出発することを確認し、今日一日の疲れを癒すべく眠りについていく。
翌朝、尾根の休憩所を出発し、山の盆地に造られた鉱山街を目指して山を降っていく。シャルさんの先導で
山道を獣道を使ってショートカットし、順調に進んでいく。途中昼休憩を挟み、山道を上がってくる荷馬車や商隊とすれ違いながら鉱山街を目指した。俺達二人が鉱山街ブリトラに到着したのは、昼も過ぎて夕暮れまでもう一、二時間という頃だった。
鉱山街ブリトラは、火属性の魔鉱石の鉱脈の他に、周囲に幾つかの鉱脈を持つ鉱山の中心地にあった。街を仕切る門を越え、街の通りを進む。シャルさんによれば、この街は鉱山労働者に加え鍛冶職人達が多く集まり、いくつもの工房が建ち並んでいるのだという。
周囲を見渡せば、街の通りに建ち並んでいる石造建築の家屋からは、煙突が突き出て白煙を上げ、熱気を漂わせている。工房を兼ねた店舗の奥からは鍛冶仕事の音だろうか、ハンマーが金属を叩く音がいくつも聞こえてきた。
道行く人も屈強そうな漢達ばかりだ。そして、もっともよく見かけるのが妖精族のドワーフ達だ。ドワーフの姿は初めて見たわけではないが、ここほど数多くのドワーフ達を見るのは初めてだった。
ドワーフ達は皆身長が低く、百五十センチあるかどうかだろうか、しかしその低い身長に反してとても筋肉質で、胸の厚さもさることながら、二の腕の太さも目を見張るものだ。顔は皺が多く大きい、長い髭を蓄えて、編んだりそのまま伸ばしていたりと、どこかセンスを感じる髭のデザインが多かった。
「シュバルツ、わたしは総合ギルド主張所へ行って情報を集めてくるけど、あなたはどうする?」
「私も行きます。アマールの情報が何かないか聞きたいですからね」
「ならこっちよ」
シャルさんについていき、ブリトラの街並みとは切り離されたような白い木造の建物、なんとなく派出所みたいだなと思いながらも、その建物の中に入っていった。
「こんにちは、総合ギルド、ブリトラ出張所に何か御用――あれ? シャルさんじゃないですか、帰ってきたんですか?」
「久しぶりね、トール。あなた、まだここにいたのね!」
「出身地に近い街に配置してくれている総合ギルドの配慮ですよ……ところで、今日は何用で?」
そう言いながら、トールと呼ばれた普人族の男性の視線がこちらへ向く。
「アマールに戻る途中なの、向こうの情報は何かないかしら、それと近隣の亜人種の動きね」
「海洋都市アマールですか、海賊達の動きが再び目立ってきたのはご存知ですよね?」
「ええ、だから私も呼び戻されたのよ」
「やはりそうですか、少し前からアマールの護衛船団の再編が行われています。近々海賊船団討伐に向けて、第一陣が出航するのではないでしょうか。さすがにブリトラまで伝わってくるのはこのくらいですね。支部にはもっと詳細や最新情報が入っているとは思いますが」
「第一陣に間に合うかは微妙ね。まぁいいわ、どうせ偵察だろうし、それでブリトラの周辺はどうなの?」
「こちらとしてはそれの方が問題ですね。すでに依頼が回ってはいるのですが、数日前に魔鉱石の鉱山でオークが発見されています。そのオーク自体は鉱山夫たちが排除しましたが、周辺の警戒が必要な状況です」
オーク……まだこの世界では姿を見たことがない亜人種だが、話を聞いていると非常に好戦的で、特に女性を好んで襲撃し、攫い、犯し、孕ませ、種を増やす苗床とする。その特性はゴブリンとほぼ同じだが、ゴブリンと比べて体格も大きく戦闘能力も高い。
魔鉱石の鉱山運営も大変なんだなと、なんとなく他人事のように聞いていながら、俺の意識の中心はアマールの近況の方だった。まだ大きな戦端は切られていないのは分かった。アシュリーがどのような立場で関わっているのかこの場では分からないが、なんとか間に合いそうだな。
「トールいるか!?」
聞ける情報はすべて聞けたと、出張所を出ようとしたところで、外から一人のドワーフが駆け込んできた。俺とシャルさんの体をかき分け、トールさんの前に体を投げ出していく。
「トール! 豚どもに抗道の一つを占拠された!」
「オークですか?! 数と場所は?」
「数は六体までは見た。場所は魔鉱石の八番抗道だ!」
「ブリトラに滞在している冒険者に依頼を出します。あなたは鉱山夫の皆に無茶をしないように伝えてください」
「わかった!」
ドワーフが再び俺達の間を駆け抜けて出張所を出ていった。その背を見送り、視線を前に戻そうとすると、横に立つシャルさんと目が合った。固い意志を宿した目、口にしなくとも何を決意したのかがありありと分かる。
「トール、私が行くわ。八番坑道の場所を教えなさい」
「ありがとうございます。すぐに指名依頼書を起こします――それで、その、そちらの彼は?」
「あぁ、シュバルツね。彼はDランク、指名依頼の対象外よ。シュバルツ、あなたはブリトラで宿をとって先に休んでいなさい」
てっきりオーク討伐に強制参加かと思ったが、シャルさんにそのつもりはなかったようだ。しかし、俺としても目の前で亜人種の襲撃を聞いておきながら、無視をするというのも落ち着かない。
「私も行きますよシャルさん」
「指名依頼を受けたくないんじゃないの?」
「何日も束縛されるような依頼を避けるためですよ、目の前で発生した緊急性の高い問題を無視するほど、周囲に無関心と言う訳ではありません」
「ならついてきなさい。夜までに終わらせて、その後は鹿肉で夕食よ!」
トールさんに詳しい場所を聞き、まずは俺とシャルさんが先発して抗道へ向かうことになった。他にもブリトラに滞在している冒険者数名に後発として声をかけるそうだ。街の周囲の警戒も必要になる、その辺は他の冒険者に任せるとしても、まずは抗道を占拠したオークどもの排除だ。




