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「ほら、大丈夫ですか? 部屋に着きましたよ」
「だいじょうぶらよー! あひたは朝から出発するらよー! ちやんとおひなさいよ!」
「はい、はい。ちゃんと起こしてあげますからね。シャルさんは奥のベッドで寝てくださいよ」
麓の町の酒場兼宿屋で、夕食をシャルさんと一緒に摂ったところまでは良かった。しかし、なぜか一緒に海洋都市アマールに向かう事になり、さらには思った以上にお酒に弱かった。
よくよく考えれば二十歳以下、この世界の成人は15歳だが、気安くお酒を勧めるものでもなかったのかも知れない。
ツインベッドの奥側にシャルさんを寝かせ、掛け布団代わりの布を被せてやる。この分だと朝一の出発とは行くまい、出来るだけ早くアマールへ向かいたいが、俺が行ってすぐに海賊が潰せるわけでもないし、アシュリーに危機が迫ってるわけでもないだろう。
これも旅は道連れ世は情けって奴か、この娘に守られるつもりはないが、獲物の捌き方だけは教えてもらいたい。前に一度挑戦したときは、周囲を血の海にして吐いてしまったからな……。
ベッドに寝かせたとたんに寝息をたて始めるシャルさんの様子を窺いながら、TSSを起動する。
まだ詳しくは聞いていないが、山を越えた先では亜人種がうろついている可能性があるらしい、戦闘になった場合に備えて、装備の選択と確認をすることにした。
まず考えるのはメイン兵装だ。ここまでの道中では、FN P90を背に隠して移動してきたが、もしも戦闘になった場合に、シャルさんに銃器を見られると面倒くさい事になりかねない。
危険な状況下ではもちろん使うが、そうではない状況でどう対応していくか、それを考えると、やはりシュバルツでもCQC(近接戦闘)を積極的に狙っていくか? いや、しかし銃器という飛び道具があるというのは、俺の最大のアドバンテージ。
つまり、CQC(近接格闘)が出来て、かつ銃撃が出来る兵装――。インベントリに並ぶ数々の銃器たち、シャフトとの違いも考慮しながら最終的に選択したのは――。
部屋に一つだけあるテーブルと二つの椅子、その一つに座りインベントリから今回の旅の相棒を選択した。テーブルの上に収束していく光の粒子の輝きに、暗い部屋の中が少しだけ明るくなる。シャルさんが気付いてしまわないか気になったが、彼女は完全に夢の中だった。テーブルの上に出現した黒い補給BOXを開き、中から二丁のハンドガンを取り出す。
CZ75 SP-01、これはかつてのチェコスロバキア、現在のチェコが開発・発展をさせ続けているCZ75シリーズの一つで、装弾数十八発に加え、正式なアタッチメントオプションとして、刃渡り十七センチ程の銃剣が装着できる。
このCZ75銃剣装備を二丁選択した。バヨネットを着けると、他のサイレンサーなどのアタッチメントが使用不可になるが、これはもうしょうがない。発砲した際は短剣の魔道具だと言って誤魔化そう。
得体の知れない短杖や、遠距離攻撃が連射出来る謎の魔道具と思われるかは幾分マシだろう。そして何故二丁持つのか? これはもうロマンだ、そうとしか言いようが無い。時としてFPSプレイヤーは、使用武器に最善最強ではなく、ロマンを求めるのだ。
他にもバヨネット装着時専用のレッグホルスターを取り出す。基本的にハンドガンやアサルトライフルにバヨネットを装着する場合、着けたままで持ち歩く事は現実的ではなく、使用する前に装着するのが普通だ。
しかし、VMBのゲーム内において、そのような行為は省略される行動の対象となっており、VMBオリジナルレッグホルスターとして、着剣したまま収納できるレッグホルスターが用意されている。
他にも予備弾薬であるマガジンを取り出したり、大型と出くわした時用にP90とサイレンサーのセットを予備として持ち歩くことにする。
星明かりの差し込む夜の一室で銃器の準備を終える頃には、一階の酒場も静かになっており、静かな夜の時間が流れていた。
「ん~――おねぇ――」
木窓の向こうに見える夜空を見つめていると、ベッドから寝言のようなものが聞こえてきた。視線をベッドに向けると、掛けてあげた布を蹴飛ばしている。あれでは寒いだろう……。
明日からの山越えに備え、俺ももう寝ることにし、シャルさんにもう一度布を被せて自分のベッドへと潜った。
翌朝、案の定シャルさんは起きれなかった。ベッドでもぞもぞと起き上がれずにいるシャルさんを横目に装備を整え、一階の酒場に降りて店主に洗面湯を貰う。再び部屋へ戻り、テーブルの上にお湯の入った桶と一応清潔らしい布を置いておく。
「シャルさん、洗面湯と布、テーブルに置いておきますよ。十五分だけ待ちます、それで来なければ俺は一人で行きますよ」
「う~待ってなさいよ~、すぐに降りて行くから待ってなさいよ~」
「あと十四分ですよ」
それだけ言い残し、俺は宿屋の外へと向かった。外の通りはすでに多くの労働者が行き交っており、通りの至る所に屋台が並び、朝食を売り込む声が響いている。
あと十一分、これで本当に遅れたら置いていくか。獲物の捌き方だけは興味があるが、好き好んで子供の世話をするつもりは無い。いや、一応成人しているのか。
どうしても十五歳で成人と言われても実感が無い、俺自身がそういう環境で育っていない事もあるのだが、十七、八の小娘なぞ親戚の娘か、妹みたいなものだ。
あと八分、どうやらベッドからは這い出したようだ。集音センサーにあたふたと動き回る音が聞こえている。ヘッドゴーグル無しでもUI情報が見れる事が分かった事で、俺はゴーグルタイプのアバター衣装を着るのをやめていた。
目の部分だけとは言え、この世界にはないゴーグルの衣装は、何気に目立っていたんだよな……。
あと四分、間に合うか分からないシャルさんを待つ間、意識するだけでどこまでUI情報を変えられるかを確かめていた。NVモード、FLIR(赤外線サーモグラフィー)モードを自由に切り替えるのにはもう慣れた。視界に浮かぶマップを拡大したり、縮小したり、視界から消してまた出現させたり。
メイン兵装の装弾数の表示をサブ兵装、特殊手榴弾の携帯数など、まるでサイボーグかと思えるような、視界に映る数値や切り替えられる表示に微妙な気分になる。
あと一分、ばたばたと階段を駆け下りてくる音が背後で聞こえる。間に合ってしまったか。
「待たせたわね! さぁ出発よ、シュバーツ!」
「シュバルツです」
振り返りながら間違いを訂正し、ちゃんと準備が終わっているのかを確かめる。
「寝癖、髪立ってますよ」
「え? どこよ! どこどこ?!」
「頭部の少し後ろです、いや右側。あぁ、私から見てです」
俺の指摘に、手櫛で整えようと髪を梳いていくが、微妙に寝癖に触っていない。
「失礼」
一言断りを入れてから、シャルさんの髪を撫でるようにして寝癖を直していく。彼女の身長は俺よりも頭半分ほど低い、百六十ちょっとだろうか。
「直りましたよ。さぁ行きましょう」
シャルさんの寝癖を直してやり、これで準備完了だろう。向かうは目の前に聳え立つ山脈だ。頂上まで上がる必要はないが、それでもだいぶ上がらなければ反対側へは行けまい。通りを山側の出口へ向けて歩いていく。
「ん?」
シャルさんが来ない? 振り返ると、宿の前に突っ立っている。よく見れば顔が真っ赤だ。
「シャルさん、置いていきますよ。それにまだお酒が抜けていないんですか? 顔が赤いですよ、酔ったまま山越えするのは危険ではないですか?」
「あっ、あっ、あっ」
「あ?」
「あなたのせいでしょうが~!」
そりゃぁ、お酒を勧めたのは俺なわけだが、なにも顔真っ赤に怒ることは無いだろう。
6/10~6/14の五日間、仕事の関係で出張しますので、20時の更新はたぶん出来ません。ホテルで書くつもりですけど、飲み会やら慰労会やら色々あるので、どこまで書けるかは判りません。
15日からは通常通り更新できるようがんばっていきます。




