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マリーダ商会でマルタさんらと談笑をした後、マルタさんからアマールのマリーダ商船所の所長宛の手紙を貰い、総合ギルドの資料館へと向かった。資料館で働く司書に、レミさんから迷宮の地図売買について何か指示を受けているか確認し、昨晩の話し通りに内々で買い取る方向で指示を受けていることを確認した。
あとは牙狼の迷宮地下二十階までの地図を売却し、旅の路銀の足しとすることにした。シャフトで来ていれば、迷宮討伐の報酬も受け取れたのだが、シャフトがここにいる痕跡を残したくはないので、それはまた別の機会に回収する事にする。
帰り際に少しだけ総合ギルドの本館を覗くと、多数の冒険者たちが掲示板の前に集まり、次々と依頼書を剥がし受付へと向かい、僅かな時間の確認で受付を完了し、外へと向かって行った。
多くの冒険者が、一箇所に山積みにされている依頼書を手に取っている。たぶん、牙狼の迷宮の殲滅依頼だろう。非戦闘員の労働者や市民たちが迷宮内へ安全に入れるように、一日でも早く迷宮内の魔獣・亜人種を殲滅する必要がある。
緩やかに完全なる死へと向かっている牙狼の迷宮に残された時間は、僅かに一月しかないのだ。
たった地下二十五階層と言えども、人海戦術を用いて複数階層を同時に掃除していかねば、一月などすぐに経ってしまうだろう。それに一月の猶予とは言え、最下層からゆっくりと消滅していくのだ、魔水の汲み取りができる地下二十階層以下の掃除は急務だろう。
城塞都市バルガを拠点にしている冒険者のみならず、王都方面からも多数の人がバルガ領を訪れ、昨年末の緑鬼の迷宮収穫祭に続く、好景気が続いていくはずだ。
そんなバルガ領の明るい未来を想像しながら、俺は正門の巡回馬車の停留所へと向かった。
旅立つ支度は全て済んでいる。まずは停留所から旅馬車に乗り、三日かけて王都へ向かう。そこからは自分の足で移動するつもりだ、もちろん歩きと、VMBの移動用車両を使ってだ。
城塞都市バルガから出る旅馬車だけで、全ての行程を進む事は出来ない。王都の南に聳え立つ、幾つかの山を越える必要があるからだ。山越えは専用の往復馬車に乗るか、歩きで越える事になる。そこからまた旅馬車に乗り換えだ。
幾つもの山を越え、馬車を乗換えながら進む為、単純な距離の問題もあり、南部のアマールまでは二月は掛かると聞かされていた。俺はこの行程を、一月で踏破したいと考えていた。
山越えに関しては、実際に山道がどうなっているのかを確認しなければならないが、平地の街道は夜間に移動用車両で移動するつもりだ。
午後からの出発便に乗り込み、城塞都市バルガを出発した。次にここを訪れるのは何時になるか……マルタさんは、収穫祭が終わったら様子を見にアマールへ向かうと言っていた。
彼とはまたすぐ再会できるだろうが、バルガ公爵家や総合ギルドの職員達、常宿として使ってきた、「迷宮の白い花亭」の女将たちの顔を思い浮かべながら、バルガの城壁を眺めていた。またいつの日か来る事になるだろう、その時までサヨナラだ。
◆◆◇◆◆◇◆◆
俺は今、深夜の街道を軽装甲機動車、LAV(Light Armoured Vehicle)に乗って走行している。このLAVは陸上自衛隊などで使用されている車両で四ドアの四人乗り、一応銃座に席もあるので、そこに五人目が座れるがLAVには固定武器はない。
オフロードバイクである、KLR250で進む事も考えたが、夜間をバイクでの長距離移動は厳しいだろうと考え、ゆっくり座れるLAVを選択したわけだ。
エンジン音が結構大きな音を立てているため、休憩所に近づいたときには大きく迂回しながらの走行となったりしたが――。
夜明けが近づいてきたところでLAVをガレージに戻し、燃料を回復させる。ここからは歩きだ。しかし、LAVを使っての深夜の移動により、行程をだいぶ短縮する事が出来ている。今日にも山の麓の町に到着し、そこから山越えに入る予定だ。
夜明けから昼前ぐらいの時間まで街道を歩き、ようやく麓の町の門が見えてきた。高さ一メートル五十センチ程の高さの木製の壁に囲われた町で、王都側への出入り口になっている木門には門番が二人立っている。
「止まれ! 冒険者か? ギルドカードを出してくれ」
門まで進むと、門番の一人が身分証の提示を求めてきた。ギルドカードを提示しながら、簡単な訪問目的を話し、門を通過した。ここ数日はLAVの中で仮眠をとっての移動だったので、この町で一泊しここまでの疲れを癒す予定だ。
麓の町は長閑な労働者の町といった雰囲気で、木造建築の家屋が建ち並んでいた。道行く人に食事のできる宿屋を聞き、町並みを見ながら、威勢のいい声を上げる商店に目を向けながら、通りを進んでいく。
ちょっとした観光気分だ、これまで訪れた王都やヴェネールの、大きな石造建築の街並みもよかったが、この町の街並みは、また違った趣が見て取れる。
道行く人に聞いた酒場兼宿屋が見えてきた。まだ昼過ぎくらいの時間だ、酒場が騒がしくなる前に少し寝れるだろう。
まるで西部劇かと思わすスイングドアを押し、中へ入っていく――。
「たっかーーーい! なんでそんなに高いのよ! こっちが女一人だからって舐めてるの!?」
「だからな、お嬢ちゃん。さっきから何度も言ってるじゃねぇか、シングルはもう埋まってるからツインしか空いてねぇんだって」
「だ・か・ら! そこに私一人で泊まるって言ってるのに、何で二人分請求するのよ!」
「だからよー、人数じゃなくて部屋の大きさで金取ってるんだって、文句があるなら他行ってくれよ」
「もうここしか空いてないのよ!」
「それじゃぁ、ツインの料金で払ってもらわないと貸せないなぁ」
酒場兼宿屋の中に入っていくと、一階の酒場のカウンターで二人の男女がカウンターを挟んで口論をしていた。カウンターの中にいるのはここの店主だろう、筋肉質な体を少しよれたシャツとベストで隠した、バーテン風のおじさん。
カウンターの外側で大声上げてギャーギャー言ってるのは、赤毛の長髪を一つに纏めて編んでいる普人族の少女だ。後姿しか見えていないので容姿はわからないが、聞こえる声は十代半ばくらいに聞こえた。
スイングドアを通ってきた俺に、店主が気付いたようだ。
「いらっしゃい、酒場はまだやっていないが、部屋を取りにきたのかい?」
「えぇ、空いてますか?」
俺が入ってきたのに気付いたのか、赤毛の少女がこちらへ振り向いた。やはり随分と若く見える。十六、七だろう、小さな顔にどんぐり眼の可愛らしい少女だ。着ているのは軽装の騎士服に似ている、冒険者だろうか?
「ツインしか空いてねぇが、それでよければ最後の一部屋だ」
「えぇ、では一泊だけですがお願いします」
「毎度あり~」
「ちょちょちょっと待ちなさいよ~!」
俺と店主の間で簡潔に話が終わった訳だが、そこに赤毛の少女が待ったを入れてきた。
「ちょっとあなた! その部屋は私が泊まる予定だったのよ! 横から出てきて何勝手に横取りしてるのよ!」
「わりぃな、お嬢ちゃん。こちらの旦那に貸しちまったからな、どこか別のところ行ってくれや」
「だから他の宿はすでに満室だったのよ! こうなったら……ちょっとあなた! 部屋はツインなんだからベッド一つ余るでしょ、半分お金出すから私も一緒に泊めなさい!」
ビシッ! と音が鳴ったような気がするほど、見事な指差しで俺の顔を差してきた。
「私は構いませんけど、貴女はそれでいいのですか? 見ず知らずの男と一緒の部屋に泊まっても、身の安全は保障しませんよ?」
「大丈夫よ、私はCランク冒険者のシャル。もしも寝込みを襲ってきたら殺すから」
「Dランク冒険者、シュバルツです。殺されないよう、ベッドで大人しくしていましょう」
「旦那、いいのかい?」
「一晩だけですから、それに明日は早くに立ちます。酒場で夕食は食べれるんですよね?」
「あ、あぁ、十八時ごろからなら、いつでも大丈夫だ。少し騒がしくなるかもしれねぇが、そこは勘弁してくれ」
「わかりました。それまでは休ませてもらいます。シャルさん、私は部屋で寝てますので襲わないでくださいよ」
「だ、だ、誰が誰を襲うのよ!」
俺に向けた指をプルプルさせながら、顔を赤くしたシャルさんをからかい、店主に宿泊料を払い鍵を受け取った。
流れに任せて同室を簡単に認めてしまったが、一晩同じ部屋で寝るだけだ。特に問題はないだろう、夕食の時間まで一眠りしよう。
まだ何か言っている赤毛の少女を残し、俺は部屋へと向かった。




