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城塞都市バルガに戻ってきた翌朝、まずはマリーダ商会に向かうことにした。総合ギルドの近くにある、「迷宮の白い花亭」から出ると、まだ朝早い時間にも関わらず、通りには総合ギルドヘと向かう冒険者の姿が見える。
牙狼の迷宮討伐の報は、俺が討伐から戻ってすぐにバルガへと届けられた。それにすぐ対応した総合ギルドの動きを見るに、総合ギルドの長、ビューリッツ伯爵の統率力はかなりのものなのだろう。
城塞都市バルガの南に広がる歓楽街も、牙狼の迷宮の討伐を聞き、これから開かれる事になる牙狼の迷宮の収穫祭に向けて動き出していた。なんとも商魂逞しい人々なのか、討伐された迷宮を刈りつくす為に、地域住民総出で取り組む収穫祭の文化を、とても新鮮に感じていた。
マリーダ商会が見えてくると、商会前には多数の荷車や荷馬車が止まっていた。商館に近づいて行くと、荷馬車の護衛がこちらに気付き近寄ってきた。
「おはようございます、シュバルツさん」
「おはようございます、ビルさんかマルタさんは居られますか?」
「はい、商会長も支店長も商館に入ってます。呼んでまいりますので、奥へどうぞ」
彼は何度も顔を合わせている護衛だったので、話が早かった。こちらも勝手知ったる他人の家、応接室で待たせてもらう事にした。
「お待たせ致しました、シュバルツさん」
応接室のソファーに座り、ちょっと一息ついた頃にはマルタさんとビルさんの足音が聞こえてきていた。俺の来訪を聞き、すぐに降りてきてくれたのだろう。
「お久しぶりです、マルタさん」
「えぇ、お久しぶりです、シュバルツさん。今日明日にでも来られるとは思っておりました。まずは牙狼の迷宮討伐、おめでとうございます」
「ありがとうございます、でも討伐したのはシャフトですからね。そこのところ、お願いしますよ」
「えぇ、勿論心得ております。ビル、すまないがしばらく誰も応接室に近づかないように伝えてきて下さい。それとお茶の用意を」
「畏まりました。アルムとシルヴァラを廊下に立たせておきましょう」
ビルさんが持ってくるお茶を待つ間に、マルタさんとお互いの近況を確認しあった。王都での襲撃事件以降、マリーダ商会に特に異変はないそうだ。むしろ日が経つにつれ、”黒面のシャフト”と連絡が取れる唯一の商人との噂が立ち、取引先の貴族や同業の大商会から紹介するよう頼まれて困っているほどだという。
ちなみに、そういった話が出るたびに、誤解だと言って誤魔化しているそうだ。一人娘のミネアは元気に学院に通っているらしい、ヤゴーチェ商会や盗賊団”鬼蓮”の残党による報復も懸念していたが、今のところその前兆もなく、シャフトの影に完全に怯えているのだろう。
ビルさんにも聞いていたが、迷宮弁当の売り上げは右肩上がりの成長を見せており。弁当箱の製作による、収納箱の技術も向上を続け、現在では鍛冶ギルドと共同で、金属製の弁当箱の制作に取り組んでいるそうだ。何れはアルミ製の日の丸弁当を目にすることが……梅干を見たことがないな……。
マリーダ商会に卸している魔水の販売は好調で、売上金の取り分も頂いた。それと、完全に忘れていた魔法武器”腐毒の短剣”の売却金もだ。結局、購入者はバルガ公爵だった。
牙狼の迷宮が討伐された事で、地下二十一階以下の魔水の汲み取りが頻繁に行なわれる事になるだろう。あの大雨がどうなったのか、確認せずに出てきてしまったが、仮に止んでいたとしても、所々に出来た雨水の溜まりを、洩れなく汲み取る事になるだろうとマルタさんは笑っていた。
これにより、一時的に魔水の買い取り価格は落ちるだろうが、それも一過性のものだ。しばらくは売却を休み、取引価格が戻ってくるまで寝かせることで意見が一致した。
俺の話としてはやはり迷宮の討伐だろう。最下層から持ち帰った大魔力石を見せびらかし、ついでにこれの売却も頼んだ。大魔力石ほどになると、貴族やギルドに持ち込んで売却する事はありえない。
基本的に、王都などの大都市で行なわれるオークションで買い手を捜すことになる。マルタさんによれば、大魔力石ならば、どのオークションに出しても一番最後の目玉商品になることは間違いなく。
落札価格も間違いなく超高額になることから、もっとも格式高いオークションに出す事になると言われた。
それに了承し、マルタさんに魔石鑑定用のルーペを借りながら、二人して大魔力石の極彩色の輝きを堪能した。
ビルさんがティーワゴンを押して戻ってきた。載っているのは紅茶系ではなく、緑茶系のようだが。
「お待たせ致しました。アルムとシルヴァラを売り場との境に立たせました、あそこなら彼女達もここの話声は聞こえないでしょうし、大事な商談だと言ってきましたので、誰も通すことはないでしょう」
「ありがとうございます。彼女達、それに一緒にいた少女二人はどうですか?」
アルムとシルヴァラ、狐系獣人族の双子の姉妹と、エイミーとプリセラの普人族の少女達。彼女達はヤゴーチェ商会に囚われた後、俺が偶然救う形になり、その後はマリーダ商会にて借りたお金を返しつつ、住み込みで働いていた。
「アルム、シルヴァラの二人は、正式にマリーダ商会の護衛団に加わりました。冒険者を続けて危険な橋を渡るより、大商会の専属についている方が金になるし、安全だと言っておりました。エイミーとプリセラも同様にマリーダ商会でメイド兼売り子をしております」
「そう言えば、緑鬼の迷宮の収穫祭で見かけましたよ」
「えぇ、物覚えのいい娘達です。何れはどこかのお屋敷にメイドとして紹介するつもりですが……シュバルツさんは屋敷の購入などは興味ないのですか?」
「屋敷ですか? 今は考えていないですね。城塞都市バルガに定住するわけでもありませんし、明日にもここを立つ予定でいます」
「拠点を変えられるのですか?」
ビルさんが物凄く残念そうな顔をしている。だが致し方あるまい、俺はアシュリーを追って南部に向かうと決めているのだ――ビルさんの横を見ると、俺の発言を聞いて、マルタさんが目を見開き完全に停止していた。
「ど、どど、どこへ、む、向かわれるのですか??」
「クルトメルガ王国の南部です。たしか――海洋都市アマール、そこへ向かう予定です」
「アマール!? まさか、海賊退治ですか?」
「マルタさん、何か知っているのですか?」
「それは勿論、この国で商いをしている商人ですから、それにアマールならマリーダ商会の商船所もあります」
そうして、マルタさんから聞いた海洋都市アマールの近況について聞くことが出来た。元々、海洋都市アマールの主な海洋貿易の相手は、アマールの南に点在する諸島連合が中心だったそうだ。しかし、その諸島連合との間にある幾つかの無人島に、海賊が住み着くようになり。アマールと諸島連合の間を行き来する船を度々襲っていたのだという。
そして四年前、海洋都市アマールに住む幾つかの貴族家が中心となり、討伐船団を組んで出航するも、大海戦となって痛み分けに終わった。
討伐船団は旗印を失い、海賊船団は多数の船を失った。しかし、半年ほど前から海賊の動きが活発化してきており、再びアマールの商船や漁船を襲い始めたのだという。
これに対する海洋都市アマールの動きは鈍く、その原因の一つがトップの不在。海洋都市アマールは、その内陸部分を含めて治めているバレイラー伯爵領なのだが、バレイラー伯爵は海に関して無知だった。
四年前の海戦で有力な貴族を失い、統率の取れていないアマール護衛船団は後手に回り続け、苦戦を強いられているのだという。
「そうですか、貴重な情報をありがとうございます」
「いいえ、とんでもございません。それでもアマールへ向かわれると言うのでしたら、私どもの商船所へお立ち寄りください。なにかお役に立てるよう一筆書いておきます」
「重ね重ねありがとうございます」
その後も、マルタさんとビルさんと談話を続け、昼食を共に摂りながらも会話を続けた。




