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翌朝、朝早くから動きだし管理棟を出発した。西方バルガ騎士団の面々や、総合ギルドの職員達もすでに活動を始めており、次々と牙狼の迷宮内へと殲滅に向かっていった。
総合ギルドの総合長であるビューリッツ伯爵と魔術師ギルドの支部長テルミ伯爵は、昨夜から休まず日程調整や、魔鎧の調査を行なっていたらしく、俺が出発するときにはまだ休んでいた。
テルミ伯爵には、黒騎士を仕留めた大魔法について散々聞かれたが、そんな物は存在しないので、秘儀だとか秘奥義だとか禁呪だとか言って説明を逃げた。
魔鎧については魔石が破壊されたことで、魔法防具としての特性を完全に失っているらしく、修復も不可能とのことだった。
戦利品として持っていくか聞かれたが、テルミ伯爵の「研究したいのぅ」「魔道具作成技術の未来がのぅ」とブツブツ言っているのを聞かされれば持って行くなどと言う訳にもいかず、魔術師ギルドにその場で売却する事にした。
外で指揮をとっていたケイモン副団長に挨拶をし、王都方面へ向かって移動を開始した。勿論、この移動はフェイクだ。黒騎士を始末した後、俺はすぐにでも足取りを消すつもりでいた。それが管理棟で一晩過ごす事になった為、闇ギルド”覇王樹”の監視の目が付いている可能性を考えた、それを撒く必要がある。
人の目がなくなった辺りから、街道を進む速度を速め、周囲をFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードも使い確認しながら進んだ。更には、監視の目がいないことを確認しつつもTSSを起動し、ガレージからカワサキ KLR 250-D8を召喚し、街道から外れ北へと向かった。
城塞都市バルガと王都の間の北部には丘陵地帯が広がっている。そこまで走り続け、例え俺が感知できない監視の目が合っても、物理的に追いつけないであろう距離まで引き離した。
そこからは、姿をシャフトからシュバルツへと戻し、今度は丘陵地帯を城塞都市バルガへ向けて駆け抜けた。最終的に城塞都市バルガの城門に到着した時は閉門の直前だった。
陽が落ちたバルガ市内の、魔法による数時間だけ灯る街灯に照らされた大踊りを歩く、向かう先はシュバルツの常宿としている、「迷宮の白い花亭」だ。
以前と変わらぬ女将のミラーナさんのニコニコ顔に迎えられ、部屋をとり夕食に間に合うかを確認する。
ラストオーダーまでもう少しだけ時間があるということで、まずは食堂へと向かった。
「ようやく帰ってきたか」
食堂へ入っていくと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。食堂内には夕食の一時を楽しそうに過ごす人たちで溢れていたが、一席だけ一人の女性が座っている席があった。
その女性が、じっと俺のことを見ている。総合ギルドの調査員、レミさんだ。
他に空いている席もあったが、レミさんが俺に向けて同席しろと机を指で叩いている。
しょうがない、俺もレミさんには会おうと思っていた。このタイミングは予想外だが、何か不味い事があるわけでもないか。
「お久しぶりです、レミさん」
「久しぶりだな、シュバルツ君。一、二ヶ月ほど見かけなかったが、遠征していたのかい?」
レミさんの向かいに座り、給仕の女性に夕食を注文しながら、レミさんの質問に適当に答えた。迷宮に篭っていただの、北部の丘陵地帯を探索してきたと言ったところだ。
「そうか、たまには総合ギルドで依頼も受けてくれよ。依頼を受けることは冒険者の生存報告にも繋がるからね」
「考えておきます」
給仕が料理を運んできた、テーブルに並べられる夕食に手を付けながら、改めてレミさんを見直す。今夜のレミさんは、以前と違い皮鎧ではなく、事務員のような白いシャツ姿だった。しかし、その胸元は大きく開かれ、褐色の肌を大胆に見せつけている。
「今夜はいつもと違う服装なのですね」
「ん? あぁ、アシュリーの教官役が終了したからね。現場に出ることは最近ないんだ、調査員のまとめ役として、事務仕事ばかりの毎日だよ」
「アシュリーは今何を?」
「彼女は辞めたよ。元々、バルガに長くいる予定ではなかったんだが、調査員の資格を取って実務を積んだら実家のある地方へ戻る予定だったんだ。それが早まってね、今は王都から飛んだ頃だろう」
「そうですか……」
「ふっ、逢いたかったかい?」
「ええ、もちろん」
「おや、随分とはっきり言うんだね。だが、ゼパーネルの意味を知っているのかい?」
「意味、とまではどうでしょうか。それでも、その家名が何を示しているかは承知しているつもりです」
「ほぅ……シュバルツ君。前に私が言った言葉、覚えているかな?」
「どの言葉でしょうか?」
質問に質問で返す俺の言葉に、レミさんは手に持つグラスの中身を一気に飲み干し、真っ直ぐに俺の眼を見て問い直した。
「シュバルツ・パウダー、君はこのクルトメルガ王国、バルガ領に突然現れた。君の持つ特別なスキル、そして姓を持つ謎の男。君に仕事を依頼した時から今まで、どこを捜しても君の痕跡は一切見つからなかった。君の目的は何だ? 何故ここにいる?」
その問いは、俺がこの世界に落ちて、初めて訪れたマイラル村の宿屋の食堂で問われたものだ。
「やはり、俺の姓名とスキルについて伝わっていましたか」
「失望したか?」
「まさか、伝わっても構わないから話した事です。それと私の目的ですか――そうですね、一言で言えば……生きること、ですかね」
「生きる?」
「えぇ、何も特別な事ではありませんよ。食事を摂り、美味しいお茶を飲み、異性と語らい、友と語らい、安らぎを得て寝る。手に職を持ち、お金を稼ぎ、居場所を作る。ただ、それだけですよ」
「本当に、それだけなのか? ならば、なぜバルガ領で姿を現した」
「偶然ですよ、もしくは人ではない何かの意思でしょう。それより、牙狼の迷宮が討伐されたそうですね」
「……そうだ。私も明日からまた忙しくなる」
俺の答えにどこまで納得しているのかは分からないが、少なくとも嘘は言っていない。真実を全て話してもいないが、そこに意味はない。俺はすでに、この世界の住人なのだから。
「地図、買いますか? とは言っても、地下二十階までしかありませんが」
「そこまで降りたのか?! 助かる、明日にも資料館で買い取る指示を出しておく。できれば、その先の地図も描いてもらいたいが」
「それはお断りさせていただきます。私も準備が出来次第、旅に出るつもりです。次にこの都市を訪れるのは、何時になるかわかりません」
「そうか、それは残念だな。君には聞きたいことが”もっと”あったが、それが聞けなくなるのは残念だ」
「私は貴女との出会いに感謝していますよ」
あの緑鬼の迷宮の地図作成依頼があったからこそ、俺はこの世界での生きる意味を知れた。
「君は随分と口が上手い。だが女は嫉妬深い生き物だ、そういう言葉は一人にだけ言うといい」
「覚えておきます。それでは、俺は部屋に上がらせてもらいます。地図は明日の昼過ぎまでには持って行きます」
「ありがとう、助かるよ」
「ご購入ありがとうございます」




