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黒騎士の着る魔鎧”混沌の大地”の護りを突き破り、闇ギルド”覇王樹”への牽制の為、斃すにしてもド派手にいく必要があった。
そして俺が選択したのが、燃料を満載したオシュコシュ M978 タンクトレイラーを質量兵器に見立てて空中より落とし、更に爆破による大爆発で止めを刺す。
陽の落ちた星空が紅く焼かれ、東の森から城塞都市バルガへと向かう街道の一角が炎に包まれていた。距離を十分にとったつもりだったが、熱風が俺のところまで届いてくる。
爆心地となった場所には、M978の残骸がまだ燃えている。黒騎士はあの下にいるはずだが、火の勢いが収まるまでは確認のしようがない。
しかし、M978の装甲ゲージはゼロになり、完全な破壊判定が入ると三分程で光の粒子へと変わっていった。周囲に撒き散らせた燃料も同じように光の粒子となり、燃えながら消えていく。
その光景は燃える火の粉が空に浮かび消えていく、なんとも幻想的な絵ではあったが、燃えるものが無くなると周囲の火も自然と消えていった。
燻る煙と地の焼ける臭い。夜風に煙が流れ、爆心地の状況が見えてくると、そこには大きなクレーターが出来ていた。まさか生きているとは思わなかったが、確認はしなくてはならない。
足の裏から伝わってくる熱を感じながら、クレータの中心を確認すると――。
黒騎士の魔鎧は、クレーターに一部埋まりながらも破壊された様子はなく、その場に倒れていた。
通じるとは思えないが、AS_VALを両手に握り、警戒しながら近付いていく。黒騎士に動く様子はない、魔鎧は無事だが、中の人は死んだか?
倒れる黒騎士の真横まで行ったところで、AS_VALの構えを解除した。見下ろす黒騎士に生気はない、フルフェイスの兜から見える細いスリットの先には、眼と思えるものが見えなかった。
黒騎士の魔鎧をよく見ると、胸の中心についていた大きな土色の魔石だけが割れていて、その色を失っていた。
その頭部を足の爪先で軽く押してみる……焼けた肉の臭いが立ち込める、そして決して人体を押した音とは思えない割れるような音……。
死んでいる、それを確信し最後の確認として、胸の部分にクロスヘアを合わせ、トリガーを2連射した。
鈍い貫通音と共に、AS_VALの9×39mm弾が黒い全身鎧の胸部を打ち抜いた。
なるほど、――魔石を失い、その堅牢な特性を失ったか。今回は試す事がなかったが、魔法防具の弱点は、その魔石かもしれない。
戦闘の終了を再確認し、TSSを操作しながら、クレータの中心から街道に向かって歩き始めた。弾薬や投擲したスミス&ウェッソン E&E トマホークの補充、それとガレージには破壊判定の下されたスクラップ状態のM978。
破壊判定の下された乗り物は、インベントリ内にゴミとして収納される。ここから新しく買うよりかは少しだけ安いコストで行なえる完全修復か、ゴミとして捨てる廃棄を選ぶ事になる。当然ながら、俺が選択するのは完全修復だ、ついでに燃料も満載にしておこう。
召喚した補給BOXから武器弾薬を補充し、周囲を確認していく。特に姿を隠している見張りなどが居ないかを重点的に調べたが、どうやら黒騎士は単独でここへき――
俺の集音センサーが多数の馬蹄の音を拾った、城塞都市バルガの方からだ。すぐに近くの樹木に体を隠し、音のするほうを注視する。
ヘッドゴーグルのマップにはまだ光点として映ってはいないが、日が落ちたとは言え、視界の開けている街道である。数百メートル先に、馬車を含めた多数の騎士の集団が見えた。
あれは……西方バルガ騎士団か?
先頭を走る騎兵の鎧は、西方バルガ騎士団のものだ。数台の馬車が後方に続き、騎士団とは別の集団も馬に乗り追随しているのが見える。そして、向かう先はここだ。どうやら樹の影に隠れるのが遅れたか、すでに捕捉されていたようだ。
樹の陰から出て行き、こちらへ向かってくる集団を迎える。それにしても凄い数だ、星明かりしかない状態なので、そこまで速度は出していないようだが、五十騎ほどの光点が映りだした。
俺を囲うように西方バルガ騎士団の騎兵達が動いていく。360度を騎兵に囲まれたところで、正面に馬車が止まる。キャビンの扉が開き、誰が降りてくるのかと思えば――
「誰が暴れているのかと思えば、貴公か”黒面のシャフト”」
降りてきたのは3人の……老人……。
「私もこのような場所で合うとは思っておりませんでした。ケイモン副団長殿」
馬車に乗っていたのは西方バルガ騎士団の副団長、バトラー・ケイモン子爵。それに続いて降りてくるのは……あれは魔術師ギルドの支部長、たしかガラシモス・テミス伯爵。そして最後に降りてくるのは……知らないな、獣人族だとは思うが、その巨躯も茶髪も、淡い黄色の目も見た覚えがない。
「シャフト、ひさしぶりじゃの」
「テミス伯爵、お久しぶりです」
「シャフト? 貴様が牙狼の迷宮を討伐した傭兵ギルドのシャフトか!」
「……はっ、傭兵ギルドのシャフトと申します」
この獣人族はどこの誰かはわからないが、貴族の二人と一緒の馬車に乗っていたのだ。服装から見ても貴族で間違いないだろう。一応の礼儀を見せ、軽く頭を下げた。
「シャフト、こちらは城塞都市バルガの総合ギルドを束ねる、総合長のガルバス・ビューリッツ伯爵だ」
ケイモン副団長が紹介してくれたが、この人が総合ギルドのトップか……いや、あくまでも城塞都市バルガの、か。
「それよりもシャフトよ、先ほどの空高く燃え上がった爆炎は、お主の仕業かの」
「ええ――」
俺は三人にここであった事を簡単に説明をしたのだが、話をしている最中に魔鎧の名前を出した途端にテミス伯爵はクレーターに向かって走り去っていった。
「気にするな」とのビューリッツ伯爵の言葉に説明を続けた。とりあえず、黒騎士とやり合っているうちに閉門の時間を過ぎているらしい。今夜は牙狼の迷宮管理棟で休ませて貰う事にし、更には迷宮の地下二十一階から先の話を聞かせてくれと頼まれた。
出来ればすぐにでもバルガへ戻り、その後南部へと旅立ちたいのだがしょうがない。
星明りしかないというのに管理棟の周辺には多数の天幕が張られ、緑鬼の迷宮の探索本部を思わせるような前線基地が出来上がっていく。
元々、ケイモン副団長らは牙狼の迷宮討伐の一報を聞いて、直ちに行動を起こし、総合ギルドのギルド職員や調査員を加えて、騎士団を出してきたそうだ。
問われるままに迷宮で見てきたことを話し、勿論隠すところは隠してだが……しかし、特に具体的な質問が多かったのが、総合ギルドの長、ビューリッツ伯爵だった。
彼は、冒険者だった二十五年前に唯一、地下二十五階へ辿り着いたパーティーの一人だった。
そう言えば、以前マルタさんが言っていたな、地下二十五階から撤退し、その後パーティーは解散となり、一人だけ総合ギルドに加入したと……。
「門番は、あの門番はどうやって倒した? いや、水中に逃げて怪我を治すのをどうやって食い止めた?」
話をしているうちに、自然とビューリッツ伯爵と二人だけで話をしていた。ケイモン副団長は明日から行なわれる、迷宮内の殲滅作戦の準備を。テミス伯爵は回収してきた魔鎧"混沌の大地”を、弟子と思われる魔術師ギルド員たちとで囲んでいる。
黒騎士は、魔鎧の中で完全に消し炭になっていた。赤黒く燃やし尽くされ、グズグズになっていた顔は、もはや判別不可能となっていた。
「あのワニですか、やはり当時もあの行動に苦戦を?」
「そうだ、攻撃を当てては逃げられ、時間を掛けて回復する。それを繰り返されてな、ついに戦闘継続が不可能になり撤退した。門番を倒して転送魔法陣を利用するつもりが、不可能になってな。撤退戦は消耗戦となり、我々のパーティーは瓦解した……」
ビューリッツ伯爵は俺の横に立ち、管理棟の窓から牙狼の迷宮の入り口を見つめていた。
「で、どうやって引きずり出したのだ」
「一撃を加え、水中に逃げたところで炎系魔法を水中へ打ち込み続けました。伯爵もごらんになったでしょう、俺の魔法の威力を。あそこまでの大魔法ではありませんが、水温を上げ、門番が潜んでいられないほどの高温に変え、向こうから出てくるように仕向けました」
「そんな方法で……」
魔法を使ったわけではないが、嘘は言っていないよな。このぐらいの情報提供はいいだろう……。
「シャフト」
「はっ」
「総合ギルドに加入せぬか?」
窓の外を見ていたビューリッツ伯爵が、こちらに目を向けそう言った。
「伯爵閣下からの恐れ多いお誘いではございますが、お断りさせていただきます」
「そうか……だがシャフト、貴様このままでは済まないぞ。単独で迷宮を討伐するような逸材を野放しにするほど、この国は自由の国ではない。かと言ってその力、他国に譲るわけにはいかぬ」
それはつまり、この国を出て他国に根を張るというならば、クルトメルガ王国の害になる前に排除すると言う訳か。だが……
「この国には友人も多くおります、今はまだ、他国に行くつもりもございません」
「ならば尚の事、誰かの下につけ。総合ギルドでなければ公爵か、もしくはテルミ卿も貴様を欲しがろう。別の貴族でも構わぬが、この国で傘になるものの下につけ」
「ご配慮、心入ります」
「ふっ、積年の仇であった牙狼の迷宮を討伐してくれたのだ、この程度の助言では、礼にもならぬわ!」
そう言って笑いながら伯爵は離れていった。俺も今夜は休ませて貰おう、明日は朝の開門にあわせて城塞都市バルガだ。




