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牙狼の迷宮、最下層の迷宮の主のいる部屋。そこにあるのは数段上がった場所に置かれる玉座のみ。
そこにいるのは2mを超える巨躯の狼の頭をもつ亜人種、ウェアウルフのみ。
ウェアウルフは、俺のMPS AA-12を警戒しながら距離をとり、被弾した左脇腹を治癒魔法だと思われる青白い光で癒している。
俺は左手のバリスティックシールドを構え、まずは姿が見えるようになったウェアウルフの全体像を把握する為、FLIR(赤外線サーモグラフィー)モードから通常モードへ戻しウェアウルフを観察していく――。
上半身は裸……しかし狼の体毛で覆われている為、地肌が見えているわけではない。その毛色は銀と白……と言いたいところだが、どう見ても汚れきった鼠色とくすんだ鉛色。
下半身はジーパンのようなズボンを穿いているが、その下の筋肉でパンパンに膨れ上がり、所々が千切れこちらもまた汚れに汚れきっている。
ジーパンの後ろには鼠色と鉛色の大きな尻尾が揺れている。そして、その頭はまさに狼、一切の人化なく、狼の頭部そのままが人の体にのっている。その目は赤々と狂気の光に染まり、大きな犬歯を剥き出しにしながら唸り声を上げている。
こいつ、なんでこんなに汚いんだ? 亜人種に風呂はいる習慣はな――い……ここで暮らしているのか? いや、暮らすと言う表現であっているのだろうか、迷宮の主とは一体何なのだろうか……。
ヘッドゴーグルに映るマップをよく見ると、玉座の奥にある扉の向こうに、更に幾つか部屋があることは見えている。あまり考えたくないが、まさか居住スペースだろうか?
「VuRuaaaaaaaaaaaa!」
ウェアウルフが咆哮をあげ、涎を撒き散らしながら突撃してきた。姿勢を低くし、床を這うようにして迫ってくる。
突き出される貫き手を、再びバリスティックシールドで受け止め、カウンター気味にクロスヘアをウェアウルフに合わせるべく飛ばしていくが、ウェアウルフは動きを止めずに左へ跳躍し目の前から消えていく。
速い――攻めは直線的だが、明らかに銃を警戒している。腹に喰らったのがよほど効いたか、それとも危険性を認知しているのか。
貫き手一発を受け止めるとシールドの耐久値が1割ほど減る。そう何度も受け止めてはいられないか……。
シールドの上部にAA-12の銃身を載せ、ダウンサイトするのを補助させ、クロスヘアをぶん回して動き回るウェアウルフを追う。
動き回るその先を予測し、偏差射撃で進む少し先へトリガーを指切りし、2トリガー6発のFRAG-12を撃ち込む。
しかし、こちらを睨む視線を外さず動き回るウェアウルフは、発砲した瞬間に左手の指を二本、クンッと上に向ける、そこまでは見えた。次の瞬間に目の前に広がったのは一瞬でせり上がった石壁、ストーンウォールだ。
銃撃をウォール系の防御魔法で防がれるのはこれで何回目だ! 思わず悪態をつきたくなるのを我慢し、視線が切れた瞬間にストーンウォールへ向かってスライドジャンプをし、一気に距離を詰める。
向こうが動き回るなら、こちらも動き回るだけだ。定位置で撃ち合うだけがFPSではない、高機動ムーブを駆使し、相手の横を後ろを取り銃撃を当てていく。そういった動きもできてこそのFPSプレイヤーだ!
目の前に迫ったストーンウォールを一気に飛び越え、その裏にいるであろうウェアウルフにクロスヘアを合わせ――いない!? いや、また姿を消したのだ。スキルの『シャドウラン』もしくは『シャドウウォーク』だろう。
ヘッドゴーグルをFLIRモードへ意思だけで変更し、ウェアウルフの熱源を探す。
ウェアウルフはすぐに見つかった。奴はまだストーンウォールの裏にいた。
「甘いわっ!」
躊躇うことなく、その頭上にクロスヘアを滑らせトリガーを引く、頭上から撃ち降ろすFRAG-12の雨が、ウェアウルフの頭部と足元が連続で小爆発を起こしていく。
「Gyaaaaaaa!」
ウェアウルフを、ストーンウォールと挟む形で着地し、すぐさまよろけるウェアウルフへバリスティックシールドを突き出し、ストーンウォールへ叩き付けた。
背を強打し、苦痛に顔を歪め、声にならない息を吐き出すウェアウルフの頭部にクロスヘアを合わせ――トリガーを引き、FRAG-12がウェアウルフの顔面を捉えるかと思った直前にストーンウォールは消え、ウェアウルフは倒れこむようにしてFRAG-12を避けた。
「ちっ!」
シールドの裏に倒れこみ、視界から消えた事に軽い舌打ちが出たが、すぐに追い討ちをと視線を向ける前に、シールドに強烈な蹴りが加えられた。
その威力に倒れる事こそなかったが、立ったまま滑るように後方へ飛ばされ、背に壁がつく。
『イデェェェヨ! ゼッタイゴロシデヤル!』
起き上がりながら唸る声が、自動翻訳によって翻訳される。
『~~~、~~、~~~、石の槍!!』
魔言の詠唱と魔法名の宣言により、床の石畳から鋭く大な円錐が2本、俺を挟むように突き出され、それが背面の壁に突き刺さった。
「なにっ?!」
大きな円錐二本が左右に刺さり、横への移動を阻害している。そして目の前には立ち上がったウェアウルフ。その距離はほんの数m――。
クロスヘアをウェアウルフの胴体に合わせ、トリガーを引く前に、奴は俺の懐に飛び込み左手でAA-12を内側から叩き、狙いを外させる。同時に繰り出される右の貫き手。
『『狼牙槍』!』
これまでとは何か違う貫き手が、バリスティックシールドを突きぬけ俺の腹部へと深く突き刺さった。
「ぐぁっ!」
体中を電撃のように走る激痛に、左手のシールドを持っていられない……。
苦痛に歪む俺の顔を見て、ウェアウルフの顔がこれまでの憤怒の表情から大きな口を歪ませ、嗤う。
「ぐぁぁぁ!」
ウェアウルフは腹部へ刺した手で俺の中の何かを握り、それを引きずり出して後方へと飛んだ。
はっ……ははっ……、俺の体にも内臓があったのか……。
ウェアウルフが握る赤い臓器、ありゃなんだ? 肝臓か?
床に片膝を突き、突き刺された腹の穴を左手で押さえ、息を整え、心臓に、心に、落ち着け、落ち着け、と訴えていく。
ウェアウルフは俺の内臓を口の横でぷらぷらとぶら下げ、俺の姿を見て楽しんでいるようだ。
『ア゛ア゛ア゛~ナンジュウネンブリノショクジダ、イタダキマ~ス』
ウェアウルフは真上をに向けて大口を開け、そこへ俺の内臓を一口に落とし込んでいった。
グチャグチャと汚らしい音を立て、血に染まる顔を至福の表情に変えていく――が。
『オロェェェェェェ!』
ウェアウルフは至福の表情を苦痛の表情に再び変え、口に入れた俺の内臓を吐き出している。
『マジィィィィ! ナンダコレワ! マリョクヲガンジナイ! オォェェェェ』
これはチャンスだ。俺はフィールドジャケットのポケットを探り、10cmほどの小さな円柱を取り出す、これはVMBに唯一ある体力回復アイテム、メディカルキット。針なし注射器に似た形状で、二の腕などに押し当て、スイッチを押すだけで内部の薬剤が皮膚を貫通し、体内に浸透していく。
プシュッという空気の噴射される音と共に、内部の薬剤が減っていくのが見える。VMBのゲーム内では、このメディカルキットを使えば体力の自然回復が即始まる。そしてクールタイムとして、5分以内に再度利用しても効果は現れない。これがこの現実の世界においてどのように変化しているのか、または変化していないのかはわからない。
唯一つ判った事は、腹部の大穴が再生するように塞がっていき、体の中に感じる空白感がだんだんと薄れていく。体力の回復効果は間違いなくある、今はそれが実感できればいい。
今するべきことは唯一つ!
腰に付けているポーチからM84フラッシュバンを取り出し、両腕を突いてまだ吐いているウェアウルフの目の前に転がす。
轟く爆音と、光り輝く閃光。
「Gyaaaaaaaaa!」
目を両手で押さえ、床を見ていた顔が、今度は天井へと向けられる。
俺は片膝をつく態勢から、スタートダッシュを決めるように飛び出し、天井を見上げ、がら空きとなったその喉へ向け、パワードスーツによるアシストと、ダッシュの勢いを乗せて一気に蹴りを突き刺した。
「GuOoooo!」
嘔吐物を撒き散らしながら吹き飛んだ先は、この部屋に唯一あるオブジェクト、玉座だ。背もたれに激しく背を打ちつけ、そのまま玉座に座り込むようにしてうな垂れる。
メイン兵装をAA-12からSCAR-Hにスイッチし、ダウンサイトから照星とクロスヘアとウェアウルフの頭部を結ぶ。
単発射撃のセミオートで3連射-3連射-3連射、銃身の跳ね上がりをコントロールしながら全てを頭部に集弾させ、目を、鼻を、口を、耳を、頭部を粉々に吹き飛ばしていく。
9連射したところで動きを見る――構えを解かず、一歩ずつ近付いていく。
僅かにウェアウルフの体が動くのが見えた。その瞬間、心臓めがけてさらに2連射。
ウェアウルフの体は、その自重を支える意思を失い、脳髄をぶちまけながら、ずるずると玉座からずり落ちていった。
使用兵装
MPS AA-12
アメリカのミリタリーポリスシステム社が開発している、フルオート射撃が可能なSGで、低反動で片手でも制御できるのが特徴。ドラムマガジンを採用し、装弾数32発。作中での弾丸は特殊弾薬のFRAG-12という小型グレネード弾を使用している。
M84フラッシュバン
爆音と閃光により、相手の視覚と聴覚を一時的に麻痺させ無力化させる特殊手榴弾。
SCAR-H
ベルギーのFN社製のアサルトライフルでアメリカ特殊作戦軍(SOCOM)向けに開発され、後に海兵隊でも使用されている。7.62x51mm NATO弾を使用し非常に攻撃力が高いが、装弾数が少なめで発砲時の反動が強いといった特徴も持つ。




