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現在地は牙狼の迷宮、地下二十四階の林道だ。魔水の大雨が降る中、ガレージから召喚した装甲歩兵輸送車、LVTP-5に乗り込み、ライトの灯かりとヘッドゴーグルに映るマップを頼りに走行している。
ここに来るまで、何度もカワウソの魔獣に囲まれた。城塞都市バルガにある資料館で閲覧した魔獣図鑑を、スクリーンショットでコピーし保存していた事を思い出し、階層を降りるついでにカワウソについて何かないかを探した。
あのカワウソの魔獣は、やはりバルガ領で度々見かけられる魔獣らしく、名はアクアルトゥラと言うらしい。水属性魔法と小さいながらも鋭利な爪を使い、集団で襲ってくる魔獣なのだと言う。
たしかに、ここまで来るのに何度も包囲されたが、どうやら魔法を放つには停止しないと駄目なようで、常にこちらが走行していれば、アクアルトゥラの攻撃手段は爪だけになるようだ。
しかし、体長が1m前後しかないアクアルトゥラの爪では、LVTP-5の装甲を貫く事はできず、体当たりか追従してくるだけであった。また、体当たりをしてくるアクアルトゥラを弾き返し、そのままLVTP-5で轢き潰していく。
地下二十一階を越えて現出する魔獣は、アクアルトゥラだけではない。俺が目撃した中では、巨大なオオサンショウウオの魔獣、アクアドリアスも確認した。
体長が2m近くあり、黒いぬめりのありそうな光沢した体表に、赤い斑点をいくつも浮かべ、大雨に濡れる地表を泳ぐように移動している。
アクアドリアスはLVTP-5に対して好戦的な意思は持っていないようで、襲ってくることはなかったが、何度か進行方向で止まっていたり、横切っていくので、そのまま轢き斃したりしながら進んできた。
そしてマップには、地下二十五階へ降りる階段が見えている。
地下二十一階からここまで、魔水の大雨と言う環境が最大の難所だったようだ。アクアルトゥラは数と包囲戦術が厄介だが、個の力はそこまで強くないと感じていた。アクアドリアスに関しては戦闘にすらなっていないが、踏み潰せる硬さしかないようならば、銃器でも問題なく排除できただろう。
階段のある大岩の中へLVTP-5を進め、操作を運転からブローニング機関銃へと変更し、後方から追従してくるアクアルトゥラの集団に向け、トリガーボタンをタッチしていく。
LVTP-5に一基だけ装備されている、ブローニング機関銃が使用している弾丸は7.62×63mm弾で、有効射程距離は1300mを越える。さすがにスコープもない状態で1000m以上先の標的を撃ち抜くのは難しいが、逆に考えれば殆ど距離減衰による攻撃力の低下を考える必要なく、発砲できるのは大きい。
TSSのウィンドウモニターをタブレットコントローラーのようにして操作している為、どこかゲームをプレイしている感覚を思い出しながら、クロスヘアを高速で横移動させる。
飛ぶように動くクロスヘアが、アクアルトゥラに一致するところで吸い付くように停止し、トリガーボタンを長押しして致死量の銃弾を発砲し、次の標的へとクロスヘアを飛ばす。
LVTP-5の上部にある砲塔が、キビキビと細かく左右に首を振りながら、鳴り止まぬ轟音と火砲でアクアルトゥラを殲滅した。
LVTP-5の前面ハッチを開き、外に出てガレージへと収納する。同時に燃料と装甲ゲージを回復させて、魔水の雨に濡れながらもアクアルトゥラの魔石を回収した。
たった四階層分を走破しただけでも、道中で負った装甲ゲージをCPを消費して回復させるのは、結構いい数字になってしまっている。
これが無傷で燃料ゲージだけなら単価はそこまで高くならないのだが、VMBで使用できる多種多様な乗り物たちは、装甲ゲージの回復に多額のCPを要求した。これは使い捨てるような使い方や、自爆攻撃の類を安易にさせない為だ。
まだまだ潤沢なCPが残っているとは言え、大きな収入を一発当てるか、定期的な収入源を作らないと、先を見たときに心配になってくる。マリーダ商会のマルタさんに何か持ちかけようか、いや……俺は冒険者であり、探索者なんだから依頼こなせよって話しだよな。
依頼と言えば地図だ。総合ギルドのギルド調査員であるレミさんに、迷宮の地図を作成したら売却する話はしたが、牙狼の迷宮の最下層まで制作して売却したら、俺がそこまで降りたことがばれる。収穫祭前の残存魔獣の討伐後に制作して売却しても、タイミングとしては遅いだろう。
どうするか……ふむ、地下二十階までを売却し、後は逃げるか……。
この牙狼の迷宮を討伐した後は、アシュリーを追って南部へと旅立つのだ。収穫祭にまで付き合うつもりはない。早々に売却し、得られる資金を得たらサヨナラだ。
そんな事を考えながら階段を降りていく――地下二十五階、ここに門番部屋があり、そこを越えれば迷宮の主を残すだけだ。
地下二十五階も、何も変らず大雨が降り続いている。再びLVTP-5を召喚しなおし、最後の工程に向けて出発した。
1時間ほど林道を走行し、アクアドリアスの群れを轢き潰しながら進んだ。これは……車両に乗って攻撃対象であることを認識させていなかった場合、相当な激戦になったんじゃないだろうか……。
少なくとも、二十五年は誰も足を踏み入れていない階層である地下二十一階以下は、現出した魔獣が間引かれる事なく増え続けていたようだ。
この分だと、迷宮の大魔力石を取り外して魔獣の現出を止めても、収穫祭を迎えられるように残存魔獣や亜人種を殲滅するのは、相当の時間がかかりそうだ。
見えてきた。ヘッドゴーグルに映るマップに、不自然な真四角の区画が映り始める。降り続ける土砂降りの雨の向こうに、白い石柱に支えられた扉が見えてくる。
迷宮の門番が居座る門番部屋へと繋がる迷宮の門だ。門の前でLVTP-5を停車させ、装備を確認していく。地下二十五階の門番の情報は、総合ギルドの資料館でも伏せられていた。
これは、安易に門番越えに挑戦しないようにする為の処置だとは思われるが、総合ギルドには後々に、この牙狼の迷宮を討伐する方策か目処があったのだろうか?
二十五年も放置していたのだから、そんなものはないのだろうが……。
対門番戦、俺としても初めての経験になる。メイン兵装にはMPS AA-12と特殊弾薬のFRAG-12。もう一種類としてSCAR-Hを準備、特殊手榴弾三種を2本ずつ用意。サブ兵装はFive-seveNとバリスティックシールドを持ち、これで準備完了だな。
事前情報では、門番戦や迷宮の主戦は撤退が可能と聞いている。この構成で攻撃力に不足が出るようならば、一度撤退し大型火器の使用を考えなければならない。
LVTP-5をガレージに収納し、目の前に立つ迷宮の門を見上げる。白柱と白扉にびっしりと施された彫刻、まるで地獄の門かと思えるような、人と魔獣・亜人種の戦いを描いた彫刻が彫られている。そして、白扉の上部にはそれを見下ろすかのように彫られた玉座があり、そこに座る一体の魔物の像、こいつが迷宮の主。
見下ろす狼の頭を持った人型の魔物と目を外さず、白い扉を押し開いていく。
「こ、ここは……」
迷宮の門を開いた先に広がる門番部屋は……水浸しになっている。と言うよりも、ここは大きな池――か?
ここの門番は、ここまでの魔獣と同種の水辺に棲む魔獣か……ご丁寧に門番部屋に水まで引きやがって……。
ヘッドゴーグルに映るマップには、歩ける部分と池部分がしっかりと表示されている。
水に浸かった道を、ビチャビチャと足音を鳴らしながら進む。その音に誘われるかのように、池部分に薄っすらと、しかし段々と濃い大きな光点が浮かび上がってくる。
どうやら門番の登場のようだ。
使用兵装
LVTP-5(Landing Vehicle Tracked, Personnel-model5)
全長9m、全幅4m、全高3mほどの長方形で、足回りは車輪ではなくキャタピラ。こいつはアメリカで開発された水陸両用の装甲兵員輸送車で、30人以上の兵員を輸送する事ができ、ブローニング機関銃M1919A4という重機関銃を一基だけ装備している。




