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ラピティリカ様の護衛依頼を完遂し、その報酬を受け取りに総合ギルドの敷地内にある傭兵団支部所へと来ていた。
受付カウンターに座る受付嬢の前まで進み、依頼終了のサイン済み依頼書と、バルガ公爵より追加で用意してもらった追加報酬の書類と共に提出した。
「いらっしゃいませ。報酬の受け取りですね、書類をお預かりさせていただきます。傭兵ギルドのギルドカードもお願いします」
受付嬢の指示に従い、ギルドカードも提出する。俺のギルドカードを受け取り、カウンターの奥に置いてある水晶球の台座へとギルドカードを刺している。
「少々お待ちください」
受付嬢がカウンターの奥へと消えていく。追加報酬の件もあるし、思ったより待たされるか……?
「お待たせ致しました」
受付嬢が戻ってきたが、手に持つ物の量が多い……。
「まずは、こちらが今回の依頼の正規報酬になります。続いて、追加報酬としてバルガ領領主、フランクリン・バルガ公爵閣下の推薦により、シャフト様のギルドカードに迷宮探索者の資格を付与いたしました。ご確認ください」
俺がバルガ公爵に強請った追加報酬はこれだ。元々、迷宮探索を資格制にしていたのは、十分な戦闘能力や生存能力がない状態で迷宮に入り、無闇にその命を散らし迷宮に力を与えない為だ。
迷宮探索者の資格を得るには、Dランク冒険者になることが必須ではあったが、そこをバルガ公爵の推薦にて免除させてもらった形だ。これで普段の迷宮探索はシュバルツで行い、迷宮を討伐する時だけシャフトになりその名声を肩代わりさせる事ができる。
問題なく報酬を受け取り、帰ろうかと腰を浮かせたところで受付嬢から待ったが入った。
「シャフト様、貴方への指名依頼が多数きております。ご確認いただき、是非、受けていただきたいのですが」
俺が帰ろうとしている事に気付いたのか、”多数”と”是非”の部分にやけに力を入れて依頼書と思われるファイルの束を差し出してきた。
俺としては新たに依頼を受けるつもりは全くないのだが、受付嬢の逃がすつもりはないという目力に負け、依頼書の束を受け取った。
さて、どのような依頼が……商隊護衛、晩餐会の護衛、商会の護衛、盗賊団討伐、犯罪者の護送、おい、死刑執行官ってなんだ? 攻撃魔法の有用性の調査協力? 騎士団の入団審査の審査員? 何かおかしな依頼が混ざっていないか?
「どれも受けん」
「そんな~~!」
上の方に積んであった依頼はまだ判る、しかし下に行くほど傭兵に出す依頼ではないだろ。なんだよ、死刑執行官って……。
「判りました……では、依頼書に拒否のサインを記入してください」
差し出されたペンを受け取り、依頼書一枚一枚に記入していく。思わぬ枚数にサインする事になってしまったが、全てに記入し席を立った。これ以上ここに居ると更に何かを書かされかねない。
傭兵団支部所を出ると、空はうっすらと赤みを帯びて来ていた。今日のところはどこかに宿を取り、明日の朝から牙狼の迷宮へと出発するか……。
そんな明日からの予定を立てながら、城塞都市バルガの大通りを歩いていると、レンズに映るマップに奇妙な光点が幾つか浮かんでいた。
何が奇妙か? 家屋の中を動く光点だと思っていたのだが、その光点の動きは家屋の壁を突き抜け、俺と並走するように動いている、それも大通りの両側でだ。
これは……家屋の屋根伝いに追跡されている。夕暮れに照らされていく城塞都市バルガの大通りは、大勢の冒険者や労働者で溢れ、一日の疲れを癒そうと料理店や酒場へと向かっている。その喧騒の中から、屋根伝いに移動する足音を聞き分けていく……。
家屋を突き抜けて並走する、光点と同数の足音が聞こえる。大通りから横道に進み、ついて来る光点を誘っていく。城塞都市バルガの町並みは、碁盤目のように区画整理されているわけではない。大通りを逸れれば、途端に迷路のように入り組んだ街並みへと変貌していく。
どこの組織か集団か、どこにせよ穏やかな話し合いにはなるまい。今所持している兵装は、スミス&ウェッソン E&E トマホークを四本、特殊電磁警棒とウェルロッドverVMBのシャフトの基本三種装備だ。
入り組んだ街路をマップを見ながらゆっくりと歩いていく。ついて来る光点は八個、これにプラスして『シャドウラン』や『シャドウウォーク』を使う奴が居れば更に増えるだろうが、それは後で確認しよう。
周囲に無関係の光点がなく、包囲はされないような場所を探しつつ、適当な袋小路をマップに見つけ、そこへ向かって歩いていく。
「そろそろ降りてきたらどうだ? それとも屋根の上で殺り合うか? 俺はそれでも構わないぞ」
袋小路の外壁の壁を背に振り返り、屋根の上からこちらを見下ろす影を見上げた。影達は皆黒い忍び装束に頭巾、そして口元には布を巻き顔を隠していた。かつて、休憩所を襲撃してきた賊と同じ姿だ。
「わざわざ場を作ってくれてご苦労だな、”黒面のシャフト”!」
「貴様のせいで槐は終わりだクソがぁ!」
「マスターの仇取らせて貰うからな!」
「”覇王樹”の命により、貴様の命貰うぞ!」
なるほど、闇ギルドが受けた依頼の失敗の責任を取る形で、俺の暗殺依頼を新たに受けたか。屋根から降りたのは八人中四人か、上に残ったのは弓持ちが二人、短杖持ちが二人、下に降りた四人は短刀持ちだ。
胸の前で腕を組むようにして、オーバーコートの内側に隠すトマホークのグリップを握る。
「貴様らの狙いは俺だけか?」
「当りめぇだ! 今更公爵の娘襲っても手遅れなんだよ馬鹿が!」
「貴様を殺りゃぁ俺達は助かるんだ、大人しく死ね!」
ベラベラとよく喋る。ケブラーマスクのレンズをFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに変更し、周囲に隠れている奴がいないかを探っていく。どうやら居ないようだが、警戒は解かない方がいいだろう。
このレンズやヘッドゴーグルのモード変更、以前は毎回のようにスイッチを押して変更していたのだが、何時の頃からか意識するだけで変更できるようになっていた。この世界に落ちて四ヶ月ほどか、VMBの力が、システムが、俺の体と同化し始めているのかもしれない。
にじり寄る目の前の四人の暗殺者、レンズに浮かぶ投擲用のシングルラインは一本だけ、両手で握ってても二本になることはないようだ。
飛び出す隙を窺っている左前の暗殺者へラインを合わせ、左手からの振り上げるような投擲、結果を見届けることなくシングルラインを右に滑らせ、右前の暗殺者へと同様に連続投擲を放つ。
すぐさま真後ろへと振り向き、一気にウォールランで駆け上がる。
「ぐぁ!」
振り向いた後方で、叫び声と肉を潰す、ぐちゃっとした音が別々の方向から聞こえた。城壁を駆け上がる軌道に遅れて矢が刺さっていく。石造の城壁に弾かれる事なく突き刺さる音がしている。普通の弓術じゃないな、これもスキルか魔法の力で威力を増しているのだろう。
城壁を駆け上がり、そのまま後方宙返りをしつつ180度回転し、空中から屋根上の弓使いへとシングルラインを飛ばし、トマホークを投擲する。同時に握った最後の一本を握りしめ、着地地点にいる暗殺者へと落下の勢いを乗せ振り下ろす。
暗殺者は手に持つ短刀の腹を見せ、俺の斬撃を受け止めるつもりだったようだが、落下の勢いと、パワードスーツのアシストによって威力を増した俺の斬撃は、短刀を分断し、頭を割り、胸を裂き、腹を開いて、股へと抜けた。
「ば、化け物めぇ!」
最後に残った地上の暗殺者が斬りかかる。同時に俺の集音センサーには弓を引く音と、聞き取れはしないが魔言の詠唱をしているのが聞こえる。
右手より振り下ろされる短刀を半身を逸らして回避し、その手首をトマホークの斧元と柄で引っ掛け、後ろに引くように回転しながら引きこむ、暗殺者の体が泳いだところで左手で背中から首をホールドし、屋根上からの攻撃の盾にするように回り込み暗殺者の影に入る。
「「炎の槍!」」
屋根上より放たれた矢が、盾にした暗殺者の胸を貫き、俺のケブラーマスクの眉間を叩いた。しかし、このケブラーマスクは防弾性に優れた高い防御力を誇る。9×19mmパラベラム弾はおろか、.357マグナム弾すら弾くのだ。
多少強化された弓矢程度で貫けるはずもない、矢に続いて二本の炎の槍が暗殺者へと突き刺さった。こちらは貫通こそしなかったが、炎の槍が直撃しても槍の形状が解かれる事はなく、刺さった場所から染みこむ様に体を焼いていく。
「ぎゃぁぁぁ――!」
盾にした暗殺者の絶叫、そして空中で投擲したトマホークを喰らい即死した弓兵の死体が屋根から滑り落ち、地へと叩きつけられる音がした。
追撃が来る前に盾の影からスライドジャンプし、家屋の下まで移動する。弓兵はこの真上だ。ウォールランで駆け上がり、屋根に飛び出ようという瞬間、上から見下ろすように矢を引く弓兵が下を覗き込んだ。
だが、このような一瞬の出会い頭の攻防こそ、FPSプレイヤーの本領! 瞬時にシングルラインを弓兵の首に合わせ真上へとトマホークを投擲する。
弓兵が俺に狙いをつけるよりも先にそれは直撃し、弓を切断し首を斬り飛ばした。
屋根上に上がる俺とすれ違うように首無しの弓兵が下へと落下していく。
「~~~、~~、~~~~~、炎の道!」
屋根上に上がった俺を狙い、魔術師の魔法が放たれた。魔術師の足元から燃え盛る炎の道が生まれ、こちらへと伸びて来る。
この屋根の上では、スライドジャンプで回避するわけにもいかない。迫りくる炎の道を前に片膝を突き、左腕を突き出してCBSを展開する。
CBSに直撃する炎の熱さが伝わってくるが、その威力自体はしっかりと防いでいてくれる。炎の道を受け止めながら腰からウェルロッドを引き抜き、クロスヘアを魔術師の頭部へと合わせ、トリガーを2連射。
炎の道の消失と共に、魔術師が仰向けに倒れていき、そのまま地へと滑り落ちていった。残るはあと一人。
「き、貴様は何なんだ!」
「さぁな、死んだ先で邪神に会ったら聞いてくれ、俺を何にしたのかをな」
ウェルロッドをダウンサイトし、クロスヘアと小さな照星を最後の一人へと重ね、トリガーを引いた。
使用兵装
スミス&ウェッソン E&E トマホーク
アメリカのS&W社が販売している投擲可能な近接武器の手斧で、全長は40cmほど、斧刃は斧頭の突起を含め20cmほどになる。
ウェルロッドver.VMB
WWII(第二次大戦)で特殊作戦用に開発された消音銃で、見た目は近接武器のトンファーと酷似している。弾丸は9×19mmパラベラム弾。この銃は実際に開発されたモデルを元に、VMB用にオリジナル武器として発展させたもので、ボルトアクションから、自動で装填をおこなうセミートオートマチックに改良されている。また、その形状を利用して、近接武器のトンファーとしても使用できる。




