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俺は今、王都を出発し城塞都市バルガへと向かう、バルガ公爵家の馬車の御者台に座っている。馬車の隊列を護衛するのは、城塞都市バルガより迎えに来た西方バルガ騎士団の面々だ。
御者台に座る俺の横に、2頭の騎兵が近付いてくる。馬に跨るのは騎士団の副団長であるバトラー・ケイモン子爵。それともう一人は、バルガ公爵家護衛団の団長だ。
「シャフト、団長から聞いたぞ。王都、ヴェネールとしっかりと勤めを果たしたそうだな」
「恐れ入ります。しかし、帰還時には多数の被害も出ました」
「なに、完璧な仕事なぞ必ずしも必要ではない。重要な事はラピティリカ様を守りきった、その事実のみ、でなければ護衛団の団員達も浮かばれまい」
「子爵の言うとおり、我々はバルガ公爵家に命をかけて仕えております。シャフト殿のお陰で彼らは使命を果たすことができたのです」
「バルガにつけば俺はお役御免。その後は彼に任せましょう」
俺達が雑談する前方には、俺の後を引継ぐ青年騎士の馬が進んでいた。
「あやつは中々やりよるぞ。騎士団でも1、2の剣の使い手だ。ラピティリカ様が王家へ嫁がれる事が決まれば、奴を近衛に推薦するつもりじゃ」
「シャフト殿は騎士になられないのか? 今回の功績を考えれば、公爵閣下から何か褒美が出ると思われますが」
騎士……にはなるつもりはないな。しかし、褒美というのは興味がある。
「騎士に興味はないが、護衛依頼の報酬以外にも何かと問われれば、欲しい物はあるな」
「ほぅ、貴公は欲を表に出さない性格と見ていたが、思うところあるならば言ってみるがいい、公爵閣下にお伺いしてこよう」
俺の返答にケイモン子爵が気を利かせてくれるようだ。ならば強請るだけ強請っておくか、無理だったならばそれはそれでいい。
「ならば――」
◆◆◇◆◆◇◆◆
王都を出発して三日、城塞都市バルガが見えてきた。この三日間、闇ギルドの悪足掻きもなく、他の問題が発生する事もなく、馬車の御者台で座りながら景色を眺めているだけの旅路であった。正直言って退屈だった。
そういえば、一つだけ事件があったかな。
馬車にゆられている最中、余りにも暇だったのでケブラーマスクのレンズをFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードにしながら周囲を観察していた。
その日の野営地である休憩所に到着し、FLIRモードのまま御者台を降り、キャビンを開けてラピティリカ様とアシュリーの降車を補助しようと後方を見た時、それがいた。
俺が乗っていた馬車の後方から近づいてくるのは、バルガ公爵夫妻の乗る馬車だ。その馬車のキャビンの上にそれは居た。何かの塊だ、FLIRモードで見たことで、それが熱量を持っていることがわかる。しかし、キャビンの中ならば判るが、上ってどういうことだ?
さらに正確に言えば、その塊はキャビンの上からキャビンの中を覗き込むように垂れ下がっている。馬車の揺れに合わせて、覗き込む塊から髪のような物が更に下へと垂れ下がり、同時に揺れている。
キャビンの扉を開け、ラピティリカ様とアシュリーの降車を補助しつつも、その塊から目が離せない。
俺は、休憩所へと入ってくる公爵夫妻の乗る馬車へと近付いていき、御者台に乗る護衛を片手で制止し、停車した馬車のキャビンの前まで行き――勢いよく扉を開けた。
「ぶひぃ」
おっと、扉に何か当たったようだ。
「おや? シャフト君ありがとう」
「休憩所に到着いたしました、閣下」
バルガ公爵が降りるのを待ち、夫人の降車を補助する。夫妻が休憩所へと向かうのを見届けてから、俺は真後ろへと振り返った。
「ヴィーよ」
「一体何をするのだ、”黒面のシャフト”」
「それは俺の言いたい事だ。貴様は公爵が移動するときは、いつもキャビンの上に居るのか?」
「何を言っているのだ、当たり前じゃないか。私はフランク様の護衛として、日夜御傍に控えているのだ。外出の際もお食事の際もお湯殿へ向かわれる際もご就寝されるその時まで御傍に居るのだ」
この女、こぇぇぇよ!
「私はいくぞ、”お邪魔虫のシャフト”。フランク様が行ってしまう」
バルガ公爵夫妻を追って走っていくヴィーの後ろ姿を見ていると、俺と同じようにその背を追っている男が居た、公爵の専属男性護衛だ。
俺の視線に気付いたのか、振り返った彼の顔は、何と言うか疲れきった表情だった。そうか、この人も苦労しているのだな……。
「公爵閣下を、守れよ……」
「……あぁ、ありがとう……」
そんな一幕があった旅路であった。
城塞都市バルガにある公爵の居城、バルデージュ城へと到着し、俺は公爵の執務室へと案内されていた。
「シャフト君、ラリィの護衛任務はこれで終了だよ。短い間だったが、非常に助かったよ」
「微力を尽くせて光栄です閣下」
「事前に決めていた報酬とは別に、君が望んでいた物を用意できるよう、書面に書き記しておいた。これを持って総合ギルドの傭兵団支部所へ行くといいよ」
公爵が差し出した書面を受け取り、中身に軽く目を通す。俺が要望したとおりの物が貰えるようだ。
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
「むしろ、そんな物でいいのかと思ってしまうよ、報酬の増額でも騎士への登用も受け付けているよ?」
「いいえ、最初に決めた報酬とこれだけで結構です。それでは、これで失礼させていただきます」
俺は、早々に執務室を出ることを決めていた。あまり長話しをしていると、何か別の依頼を頼まれかねない。今回の報酬をもらい、これで一旦距離を置かせてもらう。
バルガ公爵は、個人的には好意的な方だった。また何かあれば、依頼という形で仕事を受けてもいいが、それはまた別のお話だ。
執務室を失礼し、ラピティリカ様の私室へと向かった。
今後、ラピティリカ様が第三王子の妃として、嫁ぐ事になるのかはまだ判らない。現段階での候補一番手に上がった事は確かだが、近々迎えられる第三王子の生誕祝いより一年の間、他に実力・実績、共に遥かに優れた候補が出なければ、妃として選定されるだろう。
その日まで彼女は練魔に励み、修学に勤めていくことになる。
ラピティリカ様の私室では、今回の護衛に対する厚い謝辞を貰い一時の別れを告げた。
彼女とは、緑鬼の迷宮を共に攻めた仲ではあったが、その時の関係と、今回の護り護られる関係は全く違う物だった。お互いがお互いに全く違う身分となり、違う役目を持って共に過ごした。もしも次に会った時は、また違う立場同士で共に過ごす事になるのだろう。
そんな予感をさせながら、俺はバルデージュ城を後にした。
城門の外には、アシュリーが俺を待っていてくれた。これから二人で総合ギルドへ向かう予定だ。アシュリーはギルド脱退の申請を出しに、俺は報酬を貰う為だ。
通りを歩きながら、これからの予定を確認していく。アシュリーはゼパーネル家の宗主より、クルトメルガ王国南部にある本家へと帰宅し、南部の海を荒らす海賊の討伐を命じられている。その南部の港町までは、馬車を使って進むと二ヶ月もかかる遠方にあるそうだ。
その為、アシュリーは城塞都市バルガでの身辺整理の後、再び王都へと戻り、南部に領地を持つ貴族の転送魔法陣に同行させてもらい、早々に南部へ飛ぶ予定になっているという。
俺はまずは牙狼の迷宮だ。こいつを討伐し、俺をこの世界に落とした何者かに、俺の意思を示す。
その後に南部へと陸路を使って進む事になるだろう。アシュリーとはだいぶ時間差が出来てしまうがしょうがない。途中でVMBの移動車両を使用しながら、少しでも時間を縮めていくつもりだ。
お互いの予定を確認し合い、アシュリーは総合ギルドの事務棟へ、俺は傭兵団支部所へと入って行った。




