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純 i‐じゅんあい‐  作者: 奥野鷹弘
死と救済
26/30

「バイト君っ!!!どけろ、そこのバイト君だよ!聴こえてんか?!!」

「おいっ、そこのバイトだよ!死にてぇのか?!!さっさと、退けやがれ!」


かすかに注意されてる声が聴こえてる。重機の音や鉄のぶつかり合う音、指示叫びをするツアースタッフの声に紛れて聴こえてくる。細まりつつある虚ろな目の向こうに、彼の姿も引き連れたバイト仲間がスタッフに指を指されながら何か云われてる。あの声が、僕の耳に届いているんだ。確かに、スポットライト付の宙吊り鉄骨が降りてきている。でも、おかしい…彼の頭上の出来事ではない、もっと離れたところで作業が行われている。しかもそこにはちゃんとバイト仲間がはけて、降りてくるのを判って距離を置いている。



『でも、彼が危ないっ!!彼が危ない、危ないんだ。』

心の中で必死に想いをめぐらせた、怪我してほしくない僕にとって大事な人。新しい世界を見開いてくれた人、たとえどんな想いが彼に巡ろうとも、僕が感じたことに嘘はない。

『助けなきゃ!助けないと、きっと後悔する。絶対、僕が助けないと後悔する!!』



「退けやがれ!!!!!バカ!」



僕は…迷わず彼に向かって飛び出した。

気の迷いもなく。





≪ドンッ!!≫




彼に体当たりしたと思うけど鈍い音とともに僕は倒れこんだ。


「ううっ!!」

僕は、思わず声の弱音を出してしまった。一瞬電気刺激をされたように、脚から頭に向かって痛みが走った。恥ずかしい、気持ち悪い、でも彼を助けるため、そんな事なんて、今は、関係ない!それより、何だろうか。この感覚、男の体というものはこんなにも硬くて重くて錆びた匂いがするのか。いや違う、作業してるうちにこんな匂いが服にまとまりついて彼をダサくしてしまってるんだ。この仕事は最悪だ。彼を嫌いになるどころか、懸命に仕事をしていたってプラス評価になってしまうじゃないか。それより、変な声がざわめいている。


「だっ、大丈夫かぁ!!!」「おい、ヤバイぞっ!」「辞め、辞めっ、やめぇ!!」


「っん…んん??」

思ったより声が出ない。今は大丈夫なことを意思表示をしなければ、迷惑がかかると思い力を振り絞る限り返事をした。

「んんっ!!大丈…夫です、………、あっ、すみません!!飛び込んでしまって!!」

相手に聴こえたのだろうか。眼が開かなくて前が見えない。



「………っ、口も……が…いて…ど、………は……だ!!」

集まっている人たちの声が途切れ途切れで判りにくいが、意識があることは確認されて安心したようだった。


「いや、いや…、だい、だいじょうぶ…ですか…?!!」

彼の声がかすかに聴こえた。




僕は眠たいんだろうか、どんどん意識が遠くなってくる。また泣いているのか、やけに目の辺りが熱い。あぁ、違う…彼の胸の中に飛び込んでしまったから尚更だ泣いているんだ。ぎゅっと誰かが手を握り締めている感覚に襲われていたけど、これは感覚じゃなくて実際に握られていたんだね。笑ってしまう、笑えてしまうどこまでも滑稽でバカな自分。


やばい、鼻血も出してしまったかもしれない…鉄の匂いが心を揺さぶっている。たとえ、撤去作業でこびり付いた匂いであっても微かに生きてる臭いがするから鼻血だ。あぁ、そしたら彼の服を汚してしまったのだろう。匂いが鉄の固まり自体になって鋭くとがったかんじになって、胸を刺すかのように切なく痛くなる。


彼がこんな筋肉質な身体しているなんて思わなかった。飛び込んだとき、すごく硬かった。まるで、自分から鉄骨に飛び込んだような硬さだから。


呼吸も荒くなる。

『想い…』


苦しい。苦しすぎる、こんな形で彼にうずくまるなんて…

嫌われた…嫌われた、絶対に嫌われた。あの日、本番の開演前に正式に話したときから恋焦がれていた、色々尽くしてきてくれた、ミーティングのときに席を作ってくれたり、愚痴を聞いてもらったり、一言漏らすたびに耳を傾けくれたり…

嫌われた、勝手に恋をしていたけど…



もう、『好き』だなんて。恋だなんてしたくない、一生したくない!

まさか…こんな最悪の不祥事を彼の胸の中でするなんて…

『彼のこと、好きだったのに…。好きだったのに!!』



僕は思わず…身震いをした。

こんな経験はじめてだ。誰にも経験させられたことない、この窮屈な思い。いや『思い』じゃない、これは…これは、これはきっと『想い』だ。

『大好きだ!!』



苦しい。もう限界だ。

熱い。彼の涙だろうか。前が見えない。胸の奥で、何かが押し潰されていく。



重たい恋だ…

救急車のサイレンが聴こえる…


重たい、息が出来ない…


苦しい


重たい



人生は終わってないけど、心は…3度目として死んだんだろう。

これが、人生だったら…彼に助けられたかった。

彼なら本当の姿見せなくても、「おはよう。」の挨拶だけで充分だ。でも、叶わない、ごめん…少し寝かして。


ホントにごめん、シフト5日間ぶっ続けで入れるんじゃなかったよ…

みんな、ごめん。


ちょっと疲れたよ、

ありがとう。そして。ごめんなさい。

みんなみんな、さようなら。

そして、ありがとう。

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